06 怪しい目的地
日本中で描かれている魔法陣が、ラースゴレームの襲撃とエルを結びつける唯一の接点なのではないか。そう考えた茉莉香は、すぐさま行動を開始した。
ちょうどエルは夏休みである。店は改装すると張り紙をして臨時休業とし、本州の魔法陣が描かれた地へと向かった。
向かって周辺を調べるたび、エルは魔法陣に反応を示した。昔の知り合いを通じて魔術師を呼んで調べてもらったり、周辺で何か妙なことが起きてないか聞き込みを行った。新たな襲撃があるかもしれないと注意を払いながら、各地を旅する生活を続けた。
そしてついに今夜、二人は魔法陣で異変が起きているのを目にしたのだった。
「……で、それがほんとは、姿を消すためにミカヅチが作った幻だったわけだね」
茉莉香の長い説明につなげるようにして、クロウが言った。
「悪いことをしたよ。ただ、こっちも命がかかってるんだ。ちょっと先走っちまうくらい大目に見ておくれ」
「それで、あの魔法陣からエルは一体何を見つけたんです?」
今度はミカヅチが尋ねた。茉莉香に尋ねたつもりだったが、助手席に座ったエルが先に答えた。
「血の匂いだよ。前に浴びたラースゴレームの血と同じ匂いが、あそこにあった」
「この子はあの姿になれるようになってから、五感が鋭くなったみたいでね。嗅覚は犬並みだよ」
「その言い方はやめてよ、ママ……」
恥ずかしそうにエルが呟いた。その顔が妙に幼く、かわいらしく見えて、ミカヅチはどきりとした。軽く格好を整え、黙っていれば女でも通る事だろう。
「ねぇねェ、さっき茉莉香さんが、エル君には元々別の能力があったって言ってましたよね?」
話が終わったのを見て、クロウが話題を変えた。
「元はどんな力があったんです? 茉莉香さんと同じで、すごい怪力の強化人間とか?」
「まさか。この子にはそんな危ない事させてないよ」
茉莉香が軽く肩をすくめる。その隣で、エルの顔色が明らかに変わった。
「ママ、別にそれは話さなくていいだろ」
「なんでさ? 別にやましいところなんてないんだし」
「だってかっこ悪いよ」
エルは茉莉香を止めようと食い下がる。その姿を見ていると、ミカヅチも逆に興味が湧いてきた。
「そんな変な力だったんですか?」
「いやいや。単に体を変化させる事ができるだけだよ」
「変化?」
「この子は、男にも女にもなれるのさ」
「ママ!」
顔を真っ赤にしたエルの怒声が、車内に響き渡った。
なるほど、とミカヅチは声に出さずに呟いた。確かに感受性の豊かな中学生の身になれば、いくら超人になれたとしてももっと格好いい、強そうな能力が欲しいところだろう。
「気にする事はないと思うぞ。口から火が吹けたり、手から雷が出せても、日常生活じゃ役に立たないんだから。むしろそういう力の方が友達と騒げていいよ」
「ったく、慰めはいらねーよ。今じゃもっといい力が手に入ったんだからな」
そういうとエルは後ろを振り向き、
「もし今度俺の力を茶化したら、絶対丸焼きにしてやるからな」
と凄むのだった。
───・───
ひどく暗い雰囲気の建物だった。
三階建ての鉄筋コンクリート造アパートである。建物はL字型をした形で、内側が駐車場となっていた。
決して広くない、しかし車は一台も止まっていない駐車場に、茉莉香の車が止まった。運転席と助手席の扉が同時に開いて茉莉香とエルが下りる。後部のスライドドアからミカヅチ達三人も外に出た。
ミカヅチは地面に降り立つと、茉莉香に軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。乗せてもらって」
「気にしないで。わざわざ走るのも大変だしね」
「二人もボクみたいに空を飛べたらいいんだけどねェ」
クロウが隣のブライトを見ながらからかった。ブライトは軽く鼻を鳴らして、
「言ってろ。そのうち俺の力で空も飛べるようになってやるさ」
「楽しみにしとく」
クロウは頭を上げると、疑い深そうに首をひねった。
「それよりさァ。……目的地ってここォ?」
疑問符を浮かべるのも無理はなかった。目の前にあるアパートは、かなり年季が入った建物だ。学生や一人暮らし用の安アパートといった雰囲気である。
リノベーションなども行われていないようで、外装はかなり薄汚れている。「空き部屋有」の看板が立てられているが、その看板もずいぶん錆びていた。修繕して客を呼ぶか、取り壊して土地を利用するか。大家としては悩みどころなのではないか。
「こんなショボくれたとこに、異次元の侵略者がいるとは思えないけどォ?」
肩をすくめるクロウに、エルが目を鋭くした。
「なんだよ、俺を疑うのかよ」
「疑うわけじゃないけど、ボクらはキミの力をよく知らないからね」
「なんだとぉ……」
エルの顔がどんどん険しくなっていく。怒りが爆発する前に、ミカヅチは慌てて二人の間に割って入った。
「まあまあ、ふたりとも落ち着けよ。行ってみればすぐわかる事だろ」
「でもさァ、あのシュラン=ラガの尖兵が、こんなアパートにこもる? これじゃどっかのギャグ漫画だよ」
「実は近くに工作員の隠れ家がある、とかかもしれないだろ。ひょっとしたら、もう俺たちが来てるところを見られてるかも」
「む……」
ミカヅチに言われて、クロウの顔に真剣さが出てきた。どう見ても周囲は市街地の外れの風景だが、何が潜んでいるかわからない、という気持ちが生まれると一気に雰囲気が変わる。敵が周囲を監視していて、既にこちらを見つけている、という可能性もあるのだ。
「じゃ、俺が嘘を言ってないところをその目で見せてやるよ」
エルはアパートの階段に向かって駆けていった。茉莉香もついていく。残った三人は、徒歩でエルの後を追った。
「なあ、あいつの言ってる事、本当だと思うか?」
ブライトが尋ねた。ミカヅチはちらりと彼を見やり、軽く笑った。
「少なくとも、お前は本当だと信じてる、だろ?」
ブライトの体の表面に、うっすらと白い光の膜が張られているのが見えた。いつでも体の周囲にエネルギーの鎧を張れるように、準備をしている証拠だった。
ブライトはうまく言い返せないのをごまかすように腕を組んだ。
「いや、俺は別に……」
「本当かどうかはすぐにわかるさ。それより問題がある」
「問題?」
「ああ。あいつ、どうやって部屋の中に入る気なんだ?」
エルが入ろうとしている部屋に、仮に誰も住んでいないとしても不法侵入、人が住んでいたならほとんど押し込み強盗である。何か言い訳の一つか二つは考えているのだろうか。
(綾さんに、ちゃんと連絡すべきかな)
ミカヅチは既に、灰堂と綾にメールで状況を連絡していた。電話で話そうと思ったが、二人とも忙しいようで繋がらなかったのだ。
話をしていたならば、「シュラン=ラガが関わっているかもしれないのに、勝手に動くな」などと怒られていた事だろう。
改めてそう考えると、自分たちがかなり無謀な事をしているように思えてきて、ミカヅチは背に冷たいものを感じた。
(やっぱりもう一度連絡しておこう)
ミカヅチは再度、詳細な内容を二人にメールで送るのだった。
階段を上り、三階にまで来たところで、右手からエルと茉莉香の声が聞こえてきた。見るとちょうど廊下の真ん中あたりにある扉の前で、茉莉香がドアノブを握ってガチャガチャと動かしている。
「ちょっと、何やってるんだ?」
ミカヅチ達が近づいたところで、茉莉香はゆっくりとドアノブを回し、引っ張った。先程までの何かが引っかかっていたような音は鳴らず、扉がスムーズに開いた。
扉の鍵が見える位置まで開いたところで、エルは扉を戻し、にやりと笑った。
「よし」
「今、よしって言った? 何したんだ?」
「うるさいぞ、お前。ママは別に何もしてないよ」
エルが口を尖らせて言った。ミカヅチは思わず半眼になってエルを眺めた。
「さっきガチャガチャやってたろ」
「知らないね。俺達は部屋の中から怪しい物音と変な匂いがしたから、気になって声をかけただけ。反応がないからママがドアを開けようとしたら、鍵があいてただけさ」
「あのなあ……」
話をしていてわかったが、茉莉香とエルはかなりアウトローというか、自分本位で直情的な性格だった。問題解決の為にまず自分で行動するのはいいにしても、警察や『アイ』を信頼していない。自分が動いた方が早いと感じたら、人に任せておけない性質なのだろう。
気持ちはわかるが、やりすぎると別の火種を呼びかねない性格といえた。
「それに、この部屋が関係してる証拠ならある」
「証拠?」
「俺の胸が言ってる」
エルはシャツのボタンをはだけ、両手で胸元が見えるように開いた。電灯の光に照らされたエルの浅黒い肌に、痣が鈍い光を発していた、痣は先ほど見た時よりも赤く、色濃くなっており、心臓の鼓動に合わせるようにびくびくと脈打っていた。
「さっきから感じるんだよ。この部屋の中には何かある」
「ま、エルがこう言ってるんだしさ。人の気配はないし、空き部屋みたいだから大丈夫じゃない? さっと確認してさっと帰るってことで」
言うが早いか、茉莉香は勢いよく扉を開けた。ずかずかと部屋の中に入っていく二人を見て、ブライトは思わずといった感じに嘆息した。
「あいつらクロウより無茶しやがるな」
「あん?」
「いや、なんでもない」
にらむクロウから顔を反らすブライトだった。二人をどうするべきかと悩んでいたところに、部屋の中から茉莉香が声を上げた。
「ちょっとあんたら、これを見てよ!」
慌てたような声色に、ミカヅチ達は仕方なく室内に入った。扉を開けて部屋の中をのぞき、三人は目を見張った。
部屋の中は普通の1DKだった。入ってすぐの位置にキッチンとダイニングルームが置かれ、その奥に6畳ほどの部屋がある。部屋の間を仕切る引き戸が取り払われ、壁に立てかけられていた。
そして奥の部屋に、またしてもあの魔法陣があった。
次回更新は21日21時頃予定です。
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