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05 エルの目覚め

 茉莉香とエルの母子は沖縄で暮らしていた。茉莉香は元軍人で、現在は小さなバーを営んでいる。エルの父親は世界中を飛び回っている為、家にはあまり顔を見せないが、特に不満もなく暮らしていた。


 茉莉香もエルも、二人とも超人である。しかし普段は力を使う事もなく、『アイ』ともできるだけ関わらず、一般人と変わらない生活を送っていた。

 そんな二人の生活は、沖縄であの魔法陣が初めて描かれた時に一変した。


 その日、エルは中学生最後の夏休みを迎えていた。授業も部活もなく、普段ならばだらだらと眠りこけるエルだったが、その日はひどく寝苦しく、朝早くに目が冷めた。

 寝ている間にひどい汗をかいており、シャワーを浴びようと服を脱いだ時、エルは胸の痣に気がついた。


 もともとエルには子供の頃から、胸に小さな円形の痣があった。ゴルフボールほどの大きさをしたそれはいつついたのか、茉莉香も記憶していない。しかし痛みもないし、普段なら全く気にすることのないものだ。

 しかし鏡にうつるエルの痣は、テレビでやっていたあの魔法陣と同じ、複雑な紋様を描いていたのである。


「魔法陣になった痣を見た時、嫌な予感がしてね。その日はエルを外に出さずに、ずっと家にこもらせてた」


 事件が起きたのは深夜、二人とも眠りについた頃だった。

 奇妙な物音が聞こえて、茉莉香は目を覚ました。


 若い頃から訓練を積んできた茉莉香の勘は、現在でも鈍ってはいない。それに加えて強化された肉体は、例え熟睡していても異音や妙な匂い、気配を感じれば、すぐに目覚めて臨戦態勢を取れる。


 茉莉香は音を立てずにベッドから降りた。ベッドの脇に据え付けたナイフを引き抜き、五感を集中する。

 自宅の周囲は把握している。カーテンをおろしている為に室内は暗く、窓とカーテンの隙間からわずかに外の明かりが入る程度だが、茉莉香にとっては十分な明かりだった。


 家は町の中心部から、少し離れた位置にあった。一階がバーになっていて、二階が3LDKの間取りになっており、親子が寝泊まりしている。

 すでに夜も更けている。車の往来もなく、近くで開いている店もほとんどない。仮に何者かの襲撃を受けたとしても、よほど大きな音を立てなければ、騒ぎを聞きつける者はいないだろう。


 エルの部屋に向かいながら、茉莉香は襲撃の主を考えた。軍人時代の恨みつらみで、今更自分を狙う人間がいるとは思えない。気になるのはエルの痣の事だが、だとすれば魔術師の類だろうか。


 茉莉香が若い頃ならば映画やコミックでしか見ないような話が、今ではあって当然の事として考えている。それが妙におかしかった。


 扉を開け、隣室のエルの部屋に入った。

 エルはぐっすりと眠っており、特に変わったところはない。しかし嫌な気配はまだ続いていた。

 ベッドに近づき、エルを軽く揺すると、エルはすぐに目を覚ました。


「ママ?」

「静かに。何か来てる」


 小声で鋭く言うと、エルもすぐに反応した。ベッドから降りて身をかがめて周囲に注意を払う。子供の頃から茉莉香の手で鍛えられた子だ。どんな状況にもスムーズに対応できる強さを持っていた。


 気配の主を探すか、さっさと逃げるか。どちらにするかと考えたとき、気配が鋭さを増した。

 危険信号が背筋を貫き痺れさせる。茉莉香はすぐさま判断し、エルの腕を掴んで後方に跳んだ。


 瞬間、影が窓ガラスを割って部屋に飛び込んできた。

 エルの短い悲鳴が、窓ガラスの割れる音でかき消された。カーテンがちぎれて、窓から入ってきた光で影の正体が照らし出された。


 それは、奇妙な鎧をまとった動物のように見えた。しかしよく見るとそれは鎧ではなく、金属の装甲やチューブが、体に埋め込まれているのだとわかる。体はまるでゴリラのように大柄な体で、顔も類人猿のようにきつくいかめしい。両目の代わりに移植されたゴーグルの赤いレンズが闇夜の中で禍々しく光った。


 十年前の侵略戦争を覚えているならば、誰もが知る姿だった。異次元の帝国シュラン=ラガの擁する改造兵士、ラースゴレームであった。


 その姿を捉えた瞬間、茉莉香はすぐさま跳んだ。猫科の猛獣が獲物を襲うような敏捷さと激しさで、相手が動くよりも速く飛びかかった。


 ほとんど体当たりをする形で、茉莉香は一切ためらわず、手に持ったナイフを相手の首筋に突き刺した。

 ライオンが唸るような声を上げながら、ラースゴレームはなすがまま倒れた。茉莉香に踏みつけられながら床に倒れたとき、すでにそれは絶命していた。

 ラースゴレームとナイフ一本で戦うのは、茉莉香であっても骨の折れる行為だ。相手が動くより先に倒すのが最良の策だった。


「こっ、この、離せ!」


 背後で聞こえた悲鳴に、茉莉香は振り返った。茉莉香が殺した相手とは別のラースゴレームが、部屋のドア近くにいたエルを羽交い締めにしていた。さらにもう一体、同じラースゴレームが廊下に立っている。

 敵は三体いたのだ。一体はエル、二体は茉莉香の部屋の窓を割って侵入した。しかしその前に茉莉香がエルの部屋に向かった為、そのまま屋内に侵入してエルを捕まえたのだった。


「その手を離しな、化け物共!」


 茉莉香はナイフを抜き取り、凄んだ。

 彼らの狙いはエルだったのかもしれない。あの魔法陣と彼らには何か関係があるのだろうか。茉莉香の脳裏で様々な疑問が渦を巻いた。


 準備のない今の茉莉香に、ラースゴレーム二体を倒すことができるだろうか。

 武器はナイフ一本、息子が捕らわれている以上、相手の優位は動かない。しかし息子のためならば、例え命を投げ出してでも戦うつもりだった。


 ラースゴレームとは肉体に埋め込まれた機械によって、命令のままに動き続ける、魂なき死者の群れだ。当然感情など持ち合わせていない。しかしそのとき、エルを拘束するラースゴレームが、一瞬笑ったように見えた。


 次の瞬間、ラースゴレームに浮かんだと見えた表情が消え去り、捕まえているエルの方に視線を向けた。腕の中で、捕まえた少年の体に異変が起きたのを感じたらしかった。


 その異変はすぐさま茉莉香にもわかるようになった。

 エルの肉体が膨れ上がり、肌の色を変えていった。まだ幼さを残す、端正だった顔が、険しく、荒々しい怒りの凶相へと変わっていく。


 わずか数秒で、小柄なエルの肉体は、ラースゴレームよりも巨大で雄々しい、悪魔の肉体へと変わっていた。


「があァッ!」


 エルだったものが吠えた。拘束されていた両腕を力任せに振り回すと、掴んでいたラースゴレームの腕が勢いよくちぎれた。

 腕のちぎれたラースゴレームが、茉莉香が倒した相手と同じ鳴き声を発した。突然の状況に混乱し、悲鳴を上げるのは、彼らにも起こることのようだった。


 エルが振り向きざまに貫き手を放った。巨大な剣のような重さと鋭さで、ラースゴレームの胸板を貫いた。装甲の隙間を縫って、貫き手は手首まで埋まり、悲鳴もいきなり途切れた。

 残った一体は混乱しながらも、臨戦態勢に入ろうとしていた。腕に据え付けられたライフルを稼働させ、エルに向けて放とうと構える。だがそれよりも速く、エルは跳躍した。


 エルの体が青黒い影となって、一体の頭を飛び越える。影が着地した時、ラースゴレームは手足を上下左右ばたつかせていた。

 首をもぎ取られ、指令のなくなった肉体が、体に残っていた記憶を頼りに、断末魔の動きを取っていた。


 やがて動きが止まり、最後の一体が仰向けに倒れるのと同時に、エルだったはずのものは立ち上がっていた。


 茉莉香の背中に、ぞくりと鳥肌が立つ感覚があった。不気味で凶悪、見るもの全てに恐怖を与える、異形とも言える姿だった。しかしラースゴレームの血にまみれ、首を掴んだエルの姿には、それに加えて、見るもの全てを惹き付け、心臓を鷲掴みにするような美しさがあった。


 一体息子に何が起きているのか。わけのわからないまま、茉莉香はつぶやくように言った。


「エル……」

「……ママ……」


 しわがれた声で、しかししっかりと、目の前の異形は応えた。


「おれ……どうなってるの……」


 泣き出しそうな声と同時に、異形の肉体がひきつけを起こしたように震えた。

 全身を震わせながら、肉体がしぼみだしていく。ホラー映画のCGのような滑らかさで、悪魔の肉体は数秒としないうちに、元の肉体へと戻っていった。


───・───


「それが、一週間前のことさ」


 これまでの説明を締めくくるように、茉莉香が言った。

 茉莉香の四輪駆動車に乗って、五人は目的地に向かって移動していた。茉莉香は強化服を着たまま、運転席で車を走らせている。スーツは日常生活の動きでも邪魔にならないように作られているらしく、動き辛そうなところはなかった。


「あたし達を襲ってきたのは、確かにシュラン=ラガの兵隊だった」

「……でもさァ、そんな事件、ボク達聞いたことないよ?」


 腕組みをして考えながら、クロウが言った。


「そんな事件があったなら、もっと大騒ぎしてるんじゃない? ニュースに乗ってもおかしくないと思うなァ」

「確かにね。ただ、すぐに死体が消えちまったのさ」


 茉莉香は当然警察に連絡をしようと考えた。しかし電話を取りに向かい、警察に電話をかけ始めたその時には、既にラースゴレームの死体は室内から消え去っていた。死体は自動的に消滅させる機能があったか、はたまた空間転移機能による遺体の引き戻しか、そこは判断がつかない。


 しかし死体がなくなった為に、茉莉香が通報した後の警察の反応は鈍かった。床やエルの体を染めた血など、証拠は残っているものの、肝心の遺体がなくては襲撃が本当かどうか確認しづらいのだ。


 一応血液のサンプルを取ってもらい、捜査をお願いしたが、警察と『アイ』がどこまで本腰を入れるか、茉莉香にはわからなかった。血液サンプルから何かが掴めたとしても、分析の結果が出るまでには時間がかかることだろう。その間にまた連中の襲撃が来るとも限らない。


 待っているのがもどかしかった。そんな事を考えていた時、茉莉香はテレビで、本州の別の場所でまたしても魔法陣が描かれた事を知った。


「だから、あたし達は自分で捜査を進めることにした」

次回更新は20日21時頃予定です。

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