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11 ただ愛の為

 ミカヅチの背後で、重機の影から姿を現した大が、ほっとするような表情を見せた。

 もちろんミカヅチの力を使っての幻である。正体を隠す為のちょっとした手品だが、目の前の男たちは特に不審には思っていないようだった。むしろ凶暴性を更に強くして、ミカヅチと大に吠えたける。


「ナメんな! 麻央ちゃんを馬鹿にするそいつのダチなら、テメエも同罪だぁ!」

「ぶちのめす!」


 残った三人の内、二人が前に出た。ミカヅチは大の幻に目配せした。慌てて重機に隠れるようなそぶりで幻を動かし、男達の視界から隠れた時点で消す。ひとまずはこれで心配はない。

 先程倒した男たちも、目の前の二人も、全員ボーリング場にはいなかった連中だった。荒事用に、麻央が集めた連中なのかもしれない。


(大歓迎されてるな)


 皮肉っぽい事を考えつつ、ミカヅチは構えた。

 まず一人、茶髪を逆立てた男がハンマーを振りかざした。ハンマーは長い木製の柄と銀色にきらめく鎚の部分まで、文字のような複雑な記号が刻まれている。


「ヒーローだろうが知った事かよォ!」


 茶髪が叫ぶと同時に、ハンマーに刻まれた文字が赤く光った。茶髪はそのままハンマーを振り下ろし、地面に叩きつけた。

 赤い光が叩いた地面に潜り込んだように見えた次の瞬間、地面が爆ぜた。エネルギーの塊が地面から吹き上がり、衝撃波となって地面を砕きつつ、ミカヅチに向かって一直線に迫る。


「おっと!」


 ミカヅチは横っ飛びに飛んで衝撃波をかわした。ハンマーの力はそのまま真っすぐ放たれて、後方にあった鉄骨の山にぶつかる。山の真下で爆発が起きて、積まれていた鉄骨が宙に跳んだ。

 ガラガラと音を立てて鉄骨が落ちるのを見ながら、ミカヅチは軽く舌打ちした。鉄骨の山を吹き飛ばすあの衝撃波を常人がまともに受ければ、命に関わる重傷を負う事だろう。とても女を賭けてのケンカに使うような代物ではない。


「どーだ! 魔術師に大金はたいて作らせた爆砕鎚だ。次はテメーをふっとばしてやる!」


 茶髪男が勝ち誇るように声を張り上げた。裏社会の魔術師には、金次第で危険な道具を売る者もいる、と凛から聞いたことがあった。しかしこんな所で見ることになるとは、ミカヅチも思っていなかった。

 麻央の為、ただその一心でこれを手に入れる為、彼は一体いくら費やしたのか。だが、それを使わせるわけにはいかない。


 茶髪男が再度ハンマーを振り上げようとした時、ミカヅチは走った。風を切って迫るミカヅチに、男は慌ててハンマーを持ち上げる。

 叩きつけようと動いた時、ミカヅチは目前にまで迫っていた。構わず振り下ろされるハンマーの柄を、ミカヅチの左手があっさりと受け止める。


「な!?」


 驚いた茶髪は反射的にハンマーを引っこ抜こうとして、目を見開いた。男が両手で握り、全力で引き抜こうとしても、ミカヅチが片手で握った鎚はびくともしない。

 ミカヅチの握力と腕力は人間を遥かに超える。茶髪男がハンマーを振りほどくには、重機の端を掴んで持ち上げるような力が必要となるだろう。

 茶髪がむきになってハンマーを引っ張る間に、ミカヅチは拳を打ち込んだ。


「おごっ!」


 腹に突き刺さり、茶髪男の口から激痛の声が漏れる。本気で打ち込めば鉄板も貫く一撃に、茶髪男の腹筋は到底耐えられるものではない。

 茶髪男は両手で腹を抑え、激痛に身をよじった。恥も外聞も忘れて泣き喚く男に、ミカヅチは続けて頬を殴りつけた。

 一撃が綺麗に決まり、男は完全に意識を失い倒れる。ミカヅチはいら立ちを吐息とともに吐き出しつつ、ハンマーを後方に放り投げた。


「こんな危ないもん、喧嘩に使うな!」


 既に聞こえてはいない相手に吐き捨てるように言った後、次の相手に狙いを定める。相手は既に臨戦態勢を取り始めていた。

 四角い顔に太い手足、プロレスラーかと見まがう大男だ。それが両腕を胸の前で組み、足を大きく広げて腰を落とした姿勢で、全身に力をこめている。


「超人相手なら、容赦はしねえ……!」


 どすの効いた声で唸るように言った次の瞬間、巨漢の体が文字通り膨れ上がった。

 目の錯覚か、と見紛う間もない速さで、男の体が身に着けたものと共に巨大化していく。ものの数秒で、男は五メートル近い巨漢となり、ミカヅチの前で巌のように立ちはだかった。


「オラァ!」


 人の頭より巨大な拳が、自分の背丈よりはるか上から降ってきた。

 風を唸らせて、拳が打ち下ろされる。体の大きさに比例して身体能力も上がっているのか、その動きには鈍さを感じさせなかった。

 ミカヅチはステップを繰り返し、跳ぶように動いて拳をかわしていく。男は左右の巨拳を左右に振り回しながら、ミカヅチを追いつめていった。

 巨拳は風を裂き、うなりをあげる。だがミカヅチの顔には怖れも焦りもなかった。


 後方に大きく跳躍し、ミカヅチは距離を取った。両足を開いて重心を落とし、両腕をゆるく前に伸ばす。両の掌を巨人の前に向けたまま、動きを止めた。


「お前の攻撃を受けてやる」


 そう言っているに等しい構えだった。


 巨人にもミカヅチの意志が伝わった。侮辱されたと感じたか、ギリギリと音がするほどに拳を握りしめる。巨人は大股でミカヅチに近づくと、殺意を込めた右拳を力任せに打ち下ろした。


 肉と肉がぶつかる音がした。

 直撃に必勝必殺を感じた巨人の口元が吊り上がり、すぐに歪んだ。巨人が放った拳の先で、ミカヅチは体のどこも破壊されることなく、巨人の拳を受け止めていた。


 恐らくこのような事は、一度も経験した事がなかったに違いない。驚きに固まった巨人を尻目に、ミカヅチは動いた。

 ミカヅチは巨人の拳をいなすように、勢いよく弾いた。バランスを戻そうと巨人が拳を引き戻す隙に、ミカヅチはその場で跳躍した。

 赤い戦装束に包まれた無敵の肉体が、いくらも力を入れていないような動きで、巨人の眼前まで飛び上がった。

 全身を小さくたたんだ姿勢から、空中で一気に全身を伸ばす。バネのように伸びる鮮やかなドロップキックが、巨人の鼻面を叩いた。


「ぐぶっ!」


 巨人の鼻が凹み、血を噴き出す。巨人はそのままなすすべなくあおむけに倒れ、その衝撃で地面が揺れた。

 ミカヅチは着地し、油断なく巨人を見下ろす。だが巨人は既に戦闘不能となっていた。巨大化した時と同じ速度で、一気に体が収縮していく。元の等身大の姿に戻った後も、男はそれ以上動こうとしなかった。


「……強いな」


 ぼそり、と残った男が呟いた。声の調子で、男が誰かミカヅチにはすぐに分かった。

 仲間の安否を気遣う素振りも見せず、蘇我はミカヅチに近づいていった。観戦中に組んでいた腕をほどき、準備運動するように軽く肩を動かす。その顔は仏頂面のままだった。


 蘇我が構える前に、ミカヅチは手を前に出して制した。


「もうよせ。俺は戦いたくてここに来てるんじゃない。争いを止めたいだけなんだ」

「あんたの気持ちはわかるよ、ヒーロー。でもな、こっちも引き下がれないんだよ」

「こんな事やってる連中に、なんでまだ味方するんだ」


 ミカヅチは言った。


「さっきの連中を見ただろ。超人の力だけじゃない。違法な魔道具まで持ち出してきた。もうただの痴話喧嘩じゃ済まない。一歩間違えれば死人が出てた」

「それでもいいって、俺達は思ってるんだよ」


 必死に訴えるミカヅチに対して、蘇我は冷静だった。


「俺たちは麻央の願いを叶える為に戦う。麻央に喜んでほしいからだ。ここで倒れたみんな、同じ気持ちだ」

「あの女に騙されてるだけだ」

「どうでもいいさ。俺達は愛の為なら、何だってやる。ヒーローと戦う事だってな!」


 吼えて、蘇我は構えた。ボクシングのオーソドックスなスタイルだ。構えに無理なところがなく、相当やりこんでいるのが見て取れた。

 蘇我は拳を軽く握り、軽く息を吐いた。それが合図だったように、蘇我の両拳が青白い炎に包まれた。

 ミカヅチは思わず顔をしかめた。ボーリング場で蘇我が飛ばしてみせたものと同じ炎だった。

次回更新は9日20時頃、二話更新予定です。

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