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10 待っていたもの

 夏の生暖かい風が、大の頬をじわりと撫でた。今夜はやけに蒸し暑く、服の下に汗がにじんでくる。しかし不快感の原因は、何も空気だけではない。


 麻央から指定された場所に、大は来ていた。

 ショッピングモールが建設中の工事現場である。後々駐車場になる広々とした空間を囲むように、大小さまざまな建物が建設されていた。

 周囲の建物の完成度はまちまちだった。まだ骨組みしか作られていない部位もあれば、既に壁までは作られているところもある。奥に建てられている二階建ての小ぶりな建物は既に形になっていて、外装、内装を待つ状況になっていた。


 大の隣に、まだ使用されていない資材が積まれていた。その隣には大きな重機が何台も並んでいる。

 今日の仕事は終了しているらしく、既に作業員の姿は見えなかった。敷地の端に建てられた仮事務所にも、照明はついていなかった。

 現場の周囲は仮囲いが設置されていて、外からは中が見えないようになっている。周囲の電灯や建物から漏れる照明のおかげで、明りがなくても敷地内を見る事ができた。

 

 麻央は男達から追われ、今もこの辺りに隠れているはずだ。ここに来るまでに電話を再度かけてみたが、応答はなかった。既に捕まっているのか、それとも……。

 出かける前にした綾とのやり取りが、大の脳裏に呼び起された。


「大ちゃん、彼女の所に行くつもり? 本当に、彼女が助けを求めてるんだと思う?」


 その問いに、大は言葉を返せなかった。

 麻央は長い間、自分の力を使って男達を支配してきた女だ。その力が突然効かなくなり、反逆されたとなれば、警察などには届けにくい。自分の行いがばれてしまうからだ。


 だから唯一助けてくれそうな大に連絡した、というのは納得できる。しかし、それは麻央の言葉が事実である、という前提のもとでの話だ。

 果たして彼女がどう考えているのか。結局答えを出す事ができず、大はここまで来てしまった。麻央を信じたというより、信じたかったのだ。


 大は周囲を見回した。何にしても麻央と会わなければ始まらない。探そうと歩き出したところで、スマートフォンが鳴り出した。

 手に取って画面を見ると、予想通り麻央からだった。


「国津君」

「麻央? 今どこにいるんだ?」

「……来てくれたんだね。本当に、来てくれたんだ……」


 通話口で麻央が感嘆の溜息を漏らすのが聞こえた。それに合わせるように、周囲の物陰から、一人、また一人と人影が動くのが見えた。


「そう、来てくれたんだね。やっぱりあたしの事、愛してたんだね?」


 麻央の口調ががらりと変わった。先ほどまでの追い詰められ、怯えた声とは全く違う。ボーリング場で大を支配下に置こうとした時の、あの自信に満ちた声だった。


「やっぱり、こうなったか」


 大はは軽く溜息をついた。今回の事件に限り、当たってほしくない予想ばかり的中している。


「あなたを試したのはごめんなさい。でも、あたし信じてたの。国津君はあたしへの愛を、人前で見せるのを恥ずかしがってるだけだって。国津君、照れ屋だもんね。小学生の時もそうだった。あたしに酷い事言ったって、ずっと後悔してたって言う国津君の顔、かわいかったよ」


「君は何か誤解してるぞ」

「いいの、分かってる。あたしの事が好きでも、素直になれないんだよね。でも、今度こそ見せてね、あなたの愛を」


 周囲から出てきた影は五人。中には鉄パイプやハンマーを持った者までいた。

 最早、意中の女を手に入れる為の決闘では済まなくなってきていた。大以外のこの場にいる者は皆、女神からの寵愛を受けるに相応しい者を決める為、命をかけた闘争を始めようとしているのだ。

 

 あるいは麗しの姫君を救う為、怪物と戦う英雄譚だろうか。この場にいる皆が怪物であり、英雄だ。

 麻央にとっては、この中の誰が英雄かは興味がないだろう。彼女にとって重要なのは、誰かが自分の事を愛し、求めてくれるという事実だけだ。


(やるしかないのか……)


 大の気持ちは重かった。戦いたくてここに来たわけではない。しかし彼女の願いは、大の気持ちなどお構いなしだ。


「りゃあ!」


 一番近くにいた木刀を持った男が、奇声を上げながら最初に襲いかかった。右手で木刀を力強く握りしめ、そのまま片手で振り回す。剣道経験すらない、馬鹿力のケンカ技だ。


 大は頭をかがめつつ左に踏み込んで、脳天に迫った木刀をかわした。外れた木刀はそのまま振り下ろされて、地面に突き刺さる。男の腕には激痛が走った事だろう。場合によっては手首にひびが入る。

 しかし、男は顔を歪めただけで、そのまま木刀を右にいる大の胴めがけて横薙ぎに振った。


 大はそれよりも先に動いていた。男の懐に飛び込みつつ、右手で男の右肘をつかみ、左手で男の襟首をつかむ。

 肘と首を固定されては、体の回転は阻害される。そんな状況では当然木刀など当てられない。


「ふっ!」


 軽く息を吐き、大は男の上半身を引っ張ると同時に足を払った。襟を引っ張り、背中から地面に落とす。受け身など取れずに、男はしたたかに背中を打ち付けた。


「がっ!」


 男は悶絶し、立ち上がることもできずに体を震わせた。


「そこで反省してろ!」


 木刀を手の届かないところまで蹴り飛ばし、大は顔を残った者たちの前に向けた。男たちは先鋒の敗北を見ても、意気消沈する事はないようだった。

 全員で六人いるうち、三人が大に向かって突っ込んでくる。三人とも、手に何やら武器を持っていた。多勢に無勢、このまま大が戦うのは厳しいかもしれない。


 ならば、ヒーローの出番だろう。

 そこまで瞬時に判断し、大は男たちに背を向けて走った。


「逃げんのかテメェ!」

「ビビってんじゃねーぞ!」


 背後から男たちの汚い声が飛んでくるのを全て無視し、大は止めてあった重機に向かった。大きなクレーン車の陰に入り、男たちの視界から隠れると、大は足を止め意識を集中させた。

 数秒と経たぬ内に、男たちが大を追いかけてくるだろう。そしてその通りに、彼らの先頭が姿を表す直前、大は叫んだ。


巨神タイタン!」


 閃光が走った。最初に向かってきたピアス男が直撃を受け、視界を奪われて足を止めた。

 光が収まるよりも速く、怯んだ男の顔面に、銀の手甲を身に着けた拳が打ち込まれた。


「げぶっ!」


 泡を吹くような奇声を上げ、ピアス男が転がった。赤い戦装束をまとった影はそのまま男を飛び越え、一気に姿を現す。

 後ろから続いていた男たちは、突然の光と倒れた男に戸惑い、動きを止めていた。男たちは陰から現れた者の姿に反応し、構えようとした。

 しかし、影からすればあまりにも鈍く、遅い動きだった。


 赤い影のはなった右フックがチェーンを持った男の顎を打ち抜いた。チェーン男が倒れこむより早く影が蹴りを放つ。紅の閃光を思わせる右横蹴りが、隣にいた鉄パイプを持った男の腹に突き刺さった。

 まさに赤い疾風を思わせる動きで、放たれた連撃に反応する事もできず、二人もピアス男の後を追って気絶した。


 光が収まり、残っていた男たちは、突然現れた赤い影の姿を捉えた。

 首から下をぴったりと包む赤い衣に、軍服を思わせる戦装束。白銀のブーツとガントレット。そして目元を覆う青い仮面。

 彼と直に会った者はほんの一握りだ。しかし、彼の名を知るものは日本中にいた。


「偉大なる巨神(タイタン)の子、ミカヅチ」


 変身し、己を守護する神の力が、心を沸き立たせる。しかしそれを抑えるように、ミカヅチは努めて冷静に、自らの名を口にした。


「今日は友人の頼みで来た。ここで退くなら、俺は何もする気はない」

次回更新は8日21時頃予定です。

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