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09 帰宅

 綾が仕事から帰ってきたのは、夜の七時を回ったところだった。


「ただいまー」


 明るい声を発しながらリビングに歩いてきた綾は、大の顔を見て目を丸くした。


「おかえり……」

「……大丈夫?」


 心配そうな声で問いかけてくる。綾も先程の電話での告白に対し、からかいの一つでも返そうと考えていたようだが、大の沈痛な面持ちに、言うことを忘れてしまったようだ。


「正直、あんまり大丈夫じゃないかな……」


 大は苦々しく笑ってこたえた。帰宅してからソファに座り休んでいたのだが、よほどひどい顔をしていたらしかった。

 ボーリング場を出てから家につくまで、一人で黙々と考えていると、どんどん気が滅入ってきていた。綾が帰ってくるのを今か今かと待っていたところだった。


「まずは、何か食べましょう。そのまま座ってても気分が滅入るだけよ」


 綾は私服に着替えると、手早く料理を進めていった。出来上がった、簡単ながらもしっかりと腹に溜まる温かい料理を食べながら、綾は大に話を聞いていった。


「それで、何があったの?」


 今日あった事のあらましを、大はぽつりぽつりと話し始めた。綾を待っている間、どう説明すればいいかずっと考えていたので、説明はスムーズに行えた。

 綾も何があったのか気になっていたようで、真剣な表情で話を聞く。やがて食事も話も終わった頃には、綾は大と同じく、苦々しげに顔を歪めていた。


「ひどい話ね」


 椅子に背を預けて腕を組みながら、綾は重いものを吐き出すように言った。


「どうするのが一番だったのか、俺にはわからなかったよ」


 大は軽くため息をついた。

 あの時、大にはいくつか選択肢があった。暴行があったとして警察に通報する。超人の力を濫用しているとして、『アイ』に連絡をする。説得を続け、状況によっては殴り倒してでも止める事もできただろう。

 結局、大はどれも選べなかった。よく言えば麻央たちの意志に任せた、悪く言えば放置したのだ。友人達を警察の手に突き出す事に、強い抵抗感があった。


「自分をどれだけ愛してるのか、形にして見せてほしいだけ」


 麻央の言葉は、大にもよく分かる。自分の気持ちがどれだけ伝わっているのか、相手の気持ちをどれだけ理解しているのか、手探りで生きているのが人間だ。大も綾と理解し合えていると確信して過ごせるなら、どれだけ素晴らしいかと思う。


 しかし、そのために麻央の取った手段はあまりに邪悪だ。人を従わせ、互いに傷つけあわせ、それを見て安心と幸福を得る。

 麻央と蘇我、そしてその取り巻きが作る異様な論理を、大はどうしても納得する事ができなかった。

 警告を受けて自分の行いを省みてくれれば、と思うが、果たしてどれだけ期待できるだろうか。


「綾さんなら、どうしてた? 警察に通報してた?」


 なんとなく気になって、大は尋ねた。自分の行動が正しかったか、確認したい気持ちからの言葉だった。


「そうね……。私がその場にいたなら、警察に通報してたかもしれない」

「そう?」

「ええ。事件を見る限りじゃ、彼女たちは常習犯なわけだし。放置していたら、やることはエスカレートしていきそうだしね」

「そっか……」


「でも、それは私がその薬師寺さんを知らないから言える事だしね。もし大ちゃんが同じ事をやってたら、警察には出せないかな」

「俺は絶対、そんな事やらないよ」

「わかってる。もしもの話、ね。それに、大ちゃんがそんな事やったなら、警察なんかに任せずにあたしが殴り飛ばしてるわ」


 綾は怖いことをさらりと言い放った。ぎょっとする大に、綾は微笑みを返した。


「どんな選択が一番いいかなんて、誰にもわからない。自分が信じた事をやるしかないわ」


 綾の口調は、親が子に語りかけるように優しかった。


「私はほら、あまり説得とか得意なタイプじゃないから。友達相手でもちょっと言いすぎちゃう事とかあるし。大ちゃんは私と違うから、私と違う道だって選べると思う」

「うん……」


「蘇我くんは大ちゃんを巻き込むのを嫌がってたんでしょ。ならひょっとしたら、大ちゃんの話を聞いて、皆を説得してくれるかもしれない。今は信じて待つしかないんじゃない? 嫌なら、もう一度行動するしかないわ」

「……そうだね。明日、また麻央や蘇我に話してみるよ」


 綾が親身になって相談に乗ってくれた事がありがたかった。

 ひとまず皿を洗った後、風呂に湯を入れようとしたところで、机に置いていた大のスマートフォンが鳴った。


「ん?」


 手にとって画面を見て、大は顔をしかめた。画面には麻央の名前が写っていた。

 大の顔が気になったか、綾が尋ねた。


「誰から?」

「麻央からだよ。一体何の用だ?」


 いぶかしがりながらも、大は通話をオンにした。


「もしもし?」

「国津君!?」


 予想と違う切迫した声がした。


「麻央。どうかした?」

「助けて! お願い!」

「え?」

「あたし、あのあと国津君の言った通りに、ゲームをやめようと思ったの。そしたらみんな怒り出して、あたしの話を聞かなくなって……!」


 昼間に聞いた時とは違い、麻央の声は焦り、怯えていた。


「落ち着いて、今どこにいるんだ?」

「ボーリング場から西の方にある、工事現場のところ……! みんなに見つからないように隠れてるの。お願い、もう国津君しか頼れる人がいないの……」


 さらに詳しい話を聞こうとしたところで、通話はぷつりと切れた。冷たい電子音を聞きながら、大は眉を寄せた。

 大の目の色が変わったのを、綾も感じ取ったようだった。


「大ちゃん、今のは?」

「麻央が一緒に連れてた連中に襲われたって……」

「襲われた?」


 綾は怪訝そうに言った。


「薬師寺さんは、人を支配できる力を持ってるんでしょう?」

「うん。そのはずなんだけど、突然みんなが支配できなくなったってさ」


 大の警告のせいで、人を魅了する麻央の力を、麻央本人が自分でも気づかない内に抑えてしまったのかもしれない。

 それによって麻央に心酔する感情が薄れ、自分たちを暴力の見世物として使っていた事に怒ったのか、愛情と反対に憎悪が麻央に向けられるようになったのか。 

 なんにしても、危険な状況である事は間違いない。


「俺、行ってくるよ。警察にも連絡しとかないと」

「待って、大ちゃん」


 玄関に向かおうとする大を綾が引き止める。


「何?」

「彼女の言った事、本当だと思う?」

「本当って……」

「彼女は警察でも『アイ』でもなく、わざわざ大ちゃんに電話してきた。それは大ちゃんに助けてもらいたかったからか、それとも大ちゃんを呼び寄せたかったからか。どっちだと思う?」

「あ……」


 考えもしない事だった。正確に言えば、考えたくない事だった。

 麻央が自分を陥れたり、罠を張ったりする事はないと、大は思おうとしていた。しかし客観的に見れば、十分にありうる事だ。先ほどボーリング場で、大は麻央に従者達の前で恥をかかせたと言っていい。彼女がそれを恨みに思って、大を呼ぼうとしているのだとしたら。


「……そういう事、考えなきゃいけないんだよね……」


 嫌な気分がまたぶり返してくるのを、大は感じていた。

次回投稿は7日21時頃の予定です。


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