第一話 山賊を見たことはあるだろうか
山賊を見たことがあるだろうか? 山に根を張り、旅人や商人に不当な要求を行う人々のことである。
彼らの業務形態は2種類に区別できる。一つはとりあえず襲い掛かり身ぐるみを剥がすというものだ。非常に悪質極まりないが、その危険性から行政の対応も早く、早々に討伐されることが多い。
もう一つは通行料などと称し、金銭や物品を要求するやり方だ。そのレートは様々だが、人数に一月分の生活費を掛けた値が相場の平均だ。法外な金額ではあるが、払えないこともない。その辺、非常に巧みである。
後者のやり方を選択している山賊は、ほとんどが地方の行政と大きな声では言えない関係を持っている。実質的に黙認なのだ。彼らが金を徴収し、そのいくらかが行政人の私腹を肥やす。被害者が声をあげても、彼らが退治されることはない。
見様によっては、確かに通行料を払っているとも取れる。納得できるかと言えば、まったくもってそんなことはないんだけど。
なんでわざわざ山賊の説明などせねばならんのかと言えば、目下俺の乗する馬車がそんな要求を受けているからだ。
「おい! ここを無事に通りたいんだろ! とっとと払わねぇか!」
「ですがね、何度も言っているように、そんな金額は払えないんですよ」
「この野郎! 命が惜しくないのか?」
「そりゃ、惜しいですがね、しかし、そんな大金は持ち合わせていないんですよ。だいたい、こいつに乗ってるのは私一人なんですから」
「そんなわけがあるか。このくらいの馬車なら、四、五人は乗ってるにちげえねえ」
「ですがね……」
「乗ってないって言うんなら、中を見せて、嘘を吐いてないことを証明してみせろ」
「それができないと言ってるじゃないですか。顧客からの依頼でね。なにしろ、光が当たると駄目になるものを載せてるんでさ」
「嘘を吐け!」
「いやこれが本当なんですよ」
と、眠りから目を覚ましたらそんな塩梅だった。
馬車の中を見渡すと、眠る前と相違ない光景が広がっていた。ざっと10人ほどの乗客が膝をつきあって座っている。男がいれば女もいるし、老人もいれば子どももいる。人間がいればエルフもいるし、獣人だっている。てんでバラバラだ。
共通点といえば、一様にボロ布を身に着け、手枷を嵌められ、陰気に俯いていることだった。
我々は奴隷、しかもこれから売りに出されるピカピカの奴隷なのだ。
奴隷なんて大した値段じゃない。ここで人数分の通行料を払ってしまえば、奴隷商人である彼の利益はほとんどなくなるだろう。
山賊にしたって、「ない? ああ、そうですか。じゃあどうぞ」とは言えない。彼らにも面子がある。
お互いの主張は退屈なくらい平行線である。
「本当に今は払う金がないんです」
「じゃあ、荷物を見せろ! 中に誰もいなけりゃ、一人分でいいぜ」
「それはできないんですよ」
「じゃあ通すわけにはいかねえな。こっちも商売なんだ」
「困ります。こちとら、急いでるんですよ」
「へえ、どこに急いでるってんだい?」
「この荷物は、今日中にウィルバーン卿に届けなければならないものなのです」
奴隷商人がそういうと、一瞬沈黙が挟まった。
「なに? 何と言った?」
盗賊は相変わらず高慢だったが、そこにはいくらか慎重な響きがあった。
「ウィルバーン卿ですよ。ご存じないですか? この道の先にある、ルーヴィンで市長をしている――」
「……ちょっと黙ってろ」
山賊たちは相談を始めた。奴隷商人の言葉の真偽を検討しているらしい。
「今日の日暮れまでなのです。今すぐにここを出発して着くかどうか。なにしろ、厳しいお方ですから。少しでも遅れれば、どんなお怒りを買ってしまうことか。あなた方に足止めを喰らっていたという言い訳が通用するかどうか」
奴隷商人はここぞばかりにと熱弁した。
「……その言葉、嘘じゃねえな?」
「なにしろあの方には何度もお荷物をお届けしてきましたから。とても厳しい――」
「そこじゃねえ、馬鹿野郎。その荷物が、その男宛てだという言葉だ」
「もちろんです。神に誓って」
「……っち。嘘だったらただじゃおかねえぞ。とっとと失せやがれ。一人分の金を置いてな」
奴隷商人はそれ以上何も言わなかった。外で金がやり取りされているのがわかった。
そんな折、俺は思わず欠伸してしまった。花が咲くには早い季節だが、密閉された馬車の中はその人数もあって、眠るにはちょうどいい温度だったのだ。
すると、目の前に座っているエルフの少女が咎めるように俺を睨んだ。エルフという種族の例に漏れず彼女は大変美しい見た目をしていた。
「なんで睨むの?」
「……」
訊ねてみたものの、少女は答えない。それどころか、周囲の人々がそろって俺に非難の目を向けた。
「お頭! 中から声が聞こえましたぜ!」
「なんだと!?」
外から声が聞こえた。
なるほど。彼らからすれば、山賊の奴隷になるよりかは、普通に奴隷として――奴隷に普通も糞もあるのかはしらないが――売られる方がいいのか。だから声を押し殺していたのだ。奴隷商人に協力する形で。俺が寝ている間にそういうやり取りがあったのかもしれない。
しかしその努力も、俺の欠伸で泡と消えた。
外で盗賊が聞き耳を立てていると、一言そう言ってくれれば良かったのに。
「……」
そこはかとない罪悪感がある。彼らの顔には、断頭台の前に立ったかのような絶望が浮かんでいた。
「ええ、確かに聞こえましたぜ」
「この野郎! 嘘ついてやがったな?」
バキッと、奴隷商人が殴られる音が聞こえた。
「何のことやら。たぶん、荷物が崩れた音でしょう」
奴隷商人は気丈に言ったが、既に先ほどまでの力強さは消えていた。恐らく、顔は真っ青になっていることだろう。
「いいや、そんなことはありやせんでしたぜ。誰かこの中にいるのは間違いないです」
「ふうん。となると、ウィルバーンがどうたらというのも、嘘っぱちってことになるな。さあ、中身を確かめさせてもらうぜ」
俺は別に山賊の奴隷になったって構わないわけだが、しかし目の前の彼らのことは気の毒だった。
罪滅ぼしするか。
外では、ガタガタと壁を壊そうとしているのがわかった。馬車は外から前面と後面を釘打ちされている。奴隷商人の用心さが功を奏していた。しかし、どう考えてもそれがこじ開けられるのは時間の問題だった。
「助かりたくないか?」
俺は先ほどの少女の元に行き、言った。少女は混乱と絶望の只中にあり、俺の言葉が理解できていないようだった。
盗賊たちは容赦なく、壁に向かって斧を叩きつけている。穴が一つになり、二つになり、馬車の中は徐々に明るくなっていった。
「お頭あ! そいつはとんだ嘘つき野郎ですぜ! 中にはたんまり乗ってますわ!」
「最初からどうも怪しいやつだと思ってたんだ。おら、どんどん壊して何人いるか勘定しろ!」
こちらからも、盗賊の姿が見えるようになった。もう一刻の猶予もなかった。
俺は少女の目をのぞき込んだ。
「俺は君たちを助けることができる。そのためには、君に協力してもらわないといけない」
「――どう、やって」
「説明すると長くなる。とにかくできる。でも、君が協力してくれなければできない」
少女は迷っているようだった。
「奴隷になりたいか? それとも助かりたいか?」
「何を、すればいいのですか?」
奴隷、という言葉を聞いて彼女の目に光が点った。俺は彼女にその方法を耳打ちした。
それを聞いて、彼女の耳は神経質そうに痙攣した。
「――」
「はあ!? 嫌です、そんなの。絶対に嫌」
「まあそう言わず」
「ふざけないでください、そんなことをするくらいなら奴隷になった方がましだわ」
「君一人ならそれでもいいだろう。しかし、他の八人はどうだ? 君が少し我慢するだけで、彼らは救われるんだぞ」
彼女は周囲を見渡した。みな、固唾を飲んで俺たちを見ている。彼女は気圧されていた。
「……絶対に、助かるのですよね」
「任せてくれ。こう見えて、俺は世界を救ったことがあるんだ」
「ああ――」
彼女は首を振りながら天を――正確には天井を――仰いだ。
「やればいいんでしょ、やれば」
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馬車の後ろ側の壁一面が取り外され、馬車の中はほとんどが露わになっていた。
奴隷たちは馬車から出され、道に並ばされた。
「ええと、男が……五人。女が四人。お! エルフがいますぜ。こりゃあ上物だ。いい金になります」
「なるほど、奴隷売りってわけか。そりゃ、俺たちに金なんて払いたくないよ、な!」
「……ぐぅ」
奴隷商人が思い切り腹を蹴飛ばされた。
「お、お願いですから、命だけは……命だけはお助けください。奴隷も、有り金も、全部出しますから……っぐ」
再び、奴隷商人の体につま先がめり込んだ。それは先ほどよりも的確に、彼のみぞおちを射抜いた。彼は苦し気に喘ぎながら、盗賊を仰ぎ見た。
「俺はよお、嘘つきが大嫌いなんだ。俺のお母ちゃんは、どんな悪人になってもいい、だから嘘だけは吐いちゃいけねえよと、何度も言った。だから俺は、これまで一度だって嘘は吐いたことはねえ。わかるか? え?」
「もちろん……っぐあ」
「わかってねえよな? わかってたら嘘なんて吐かねえはずだからよ。ということは、今の『もちろん』って言葉も嘘だよなあ、オイ!」
「ひいぃ」
「お頭ぁ! もう一人いた! 奥の影に隠れてた!」
「なに?」
陽光が届かない馬車の奥に立っていた俺を、山賊の一人が見つけた。
「おい、お前、とっとと出てこい」
促され、俺は陽の元に立った。山賊と奴隷商人が、息を呑む音が聞こえた。
「なんだ、お前。そのふざけた格好は?」
山賊の頭が、奴隷商人の上から足を外して俺に叫んだ。彼らは動揺しているようだった。それはそうだろう。奴隷が女性モノのパンツを被って立っているのだから。
彼らの動揺は徐々に侮蔑へと変わり、やがて笑いになった。
山賊たちは手やお互いの肩を叩き合いながら笑った。俺は随分と居心地の悪い思いをしながら、それが収まるのを待った。
「お前、面白いやつだな。気に入ったぜ。なんで頭に女のパンツを被っている?」
「俺の母親は頭にパンツを被っちゃいけないと教えてくれなかったんだ」
「そんなこと言われなくてもわかるだろ。お前は果てしなく馬鹿なのか?」
「そうかもしれない。だが俺は山賊なんてしちゃいない」
盗賊の頭はしばらく俺の言葉の意味を考えていたが、やがて、
「馬鹿にしてんのか!?」
と憤った。
「どうやら今すぐ死にたいらしいな」
「あまり苦しまない方法で頼む。痛いのは苦手なんだ」
「口の減らねえ奴だ。オイ、お前ら」
「へい!」
「やっちまえ!」
「……」
「オイ!……オイ?」
10人ほどいた盗賊はみな地面に倒れ込んでいる。頭は驚きに目を見開いた。
「て、てめえ、何しやが――」
言いかけて、次の瞬間には彼も横になっていた。倒れるような動作もなく、まるで初めからそうであったかのように。少なくとも、端から見ていた人々にはそう見えたはずだ。
奴隷になりかけた人々は呆然と、倒れている山賊たちと、枷がなくなった自分たちの手と、代わりに手枷を嵌められた奴隷商人を見ていた。俺は彼らから見えない、少し離れた木陰からそれを眺めていた。
さて、彼らが自分たちの解放を悟る前にその場を離れるとしよう。それと、返すのも面倒だし、このパンツはもらっておくことにしよう。
そう思い、俺は頭に被っていたパンツを、盗賊から剥ぎ取った服の腰ポケットの中に突っ込んだ。その微妙な生温かさを感じながら、俺はその場を去った。




