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世界崩壊  作者: 古亜
世界崩壊編
9/9

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 森の陰に「ハァハァ……。ゼロ様の名誉を汚したままにしておく訳には……、奴らを潰す力を探さなければ。」何者かの話し声に身を潜め様子を探る。「あれは……。」「はぁあ、雑魚狩りはもう飽きたし、遠くで何かやってると思っても近づき辛いし、もう本陣突っ込む以外ここでやることなくない?」独り言をぶつぶつと呟きながら森の中を浮遊する少女とその肩に乗る蛇を見やる。「あの鬼さんに比べたら、あそこに居座ってるのなんて大したことないでしょ?」少女の行く手を阻む様に道を塞ぐ。「ん? 誰このゾンビ。」「見覚えが無いのは当然ですよ。」モウグが指を鳴らすと鎖がセイの手足を拘束する。「これ……。」「その鎖は停止の鎖。絡めとられた者は動くこともできず、鎖に触れ解くこともできない。思い出していただけましたか?」鎖が解かれ、大鎌を持つ手が脱力しぶら下がる。可視化できるほどの魔力がセイの身体から漏れ出す。「貴方の想い人の死を形創ったのは我々ですよ。」大鎌が振りかぶられ、魔法陣無しで様々な銃器が空中に姿を現しモウグを取り囲み、空間が大きく歪む。


 振るわれた大鎌はモウグの首の前に止まった。銃器は消え、空間の状態も戻った。『何の用だ。』皮膚に鱗が浮かび上がり目が変わる。「お初にお目にかかります。突然の無礼をお許しください、大いなる蛇よ。貴方様については良く存じております。体の馴染みは如何ですか?」目の前の少女に跪き頭を垂れる。『我に寄生させる為に挑発し、精神に隙を作ったか。下らん事を。』「姿をお消しになったと耳に挟んではいましたが、このような所にいらしたとは。私はゼロ様の信奉者です。」頭を上げ、見下ろす蛇と目を合わせる。「ゼロ様は貴方方を高く評価しています。私共に付いて下されば、混沌が目覚め支配した新世界に招待致しましょう。」気怠げに口から息を漏らす。『何故、奴が我を気に掛けるか知っているか?』「はい?」『では、我の毒が『何』か知っているか?』答えを待つことも無く、大鎌がモウグの喉を過ぎる。「何を……?」『大方、その傷を与えた者への報復を考えていたのだろう。だが、外れを引いたな。』漸く、体が動かないと気付いた。『まず、他の者の毒であれば、とても有用であっただろうな。しかし、残念なことに我の毒は奴にとって本物の毒だ。』大鎌から流れ落ちる液体が地を滑りモウグを中心に円を描く。『そして、その誘い文句に乗るのは我等の中でも二匹程度であろう。奴等がまだ生きているかは知らぬがな。』液体が円を満たし、沼が生まれる。『本当に運が悪かったな。』沼から無数の蛇が溢れ出しモウグの身体を取り囲む。理解が間に合わず、何かを訴えようとするも全て蛇に吞み込まれる。『逃れることはできない、死も奴も届かぬ終わりなき苦しみへ沈め。』跡形もなく沼は消え、静けさが広がる。『さて、セイが忘れ、冷静になるまで待つとして、この地で行うことも大して無いとなると離れるとするか。』



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 異空間の中で腰を下ろしたままケイゴは刀に語りかける。「なあ、まだ見つからないのか?」『ここから探るにはノイズが多すぎてな。出ようにも、また絡まれては面倒だ。魔女に目を付けられたのは厄介だ。奴等は妙に執着が強い。』「見つからないのが一番だけど、覚悟しておいた方がいいか。」『ああ、もしかすると妹も厄介なものに目を付けられているかもしれん。最悪を想定して動け。』腰を上げ、ストレッチを行い気を紛らわす。


 『いたぞ!』「ほんとか!?」『準備は出来ているか? 近くに開くぞ。』「この空間に無理矢理連れ込むのは無理そうか?」『無理だろうな。向こうに共に来る意思が無い以上抵抗されるやもしれん、貴様が怪力でなくては。ひとまず、我々が味方であることを示し、本能の警戒を解かなければ。』刀を強く握り息を整える。「行こう。」刀を振るい、足を踏み出す。


 「ハツ!!」少女は音に反応し、振り返る。自分が歩いてきた道に居たはずのない男がこちらに向かってきた。髪色は変わっているが雰囲気は変わっていない、しかし反応が薄い。『記憶は無いぞ。』「……ああ、そうだった。君、とりあえず一緒に来てくれないか?」「?」差し伸べられた手に不思議そうな目で見つめる。『すまない、ケイゴ。どうやら予想以上に記憶が、いや、もはやそのような次元の話では無さそうだ。』少女に笑顔を向けたまま心の中で語り掛ける。(どうする? やっぱ無理矢理担いで……。)『無理だ、今気付いたがこいつに目を付けているのは神象、もし無理矢理行動に移した場合、こいつが不快感や恐怖等を少しでも感じた瞬間何らかの防衛措置が生じてしまう。……我をこいつに触れさせろ。そうすれば───。』「!?」逸早く気付き飛び退いた足元に飛来した大剣が地面に突き刺さる。見覚えのある大剣だ。神象が何か分からないが、無理矢理連れて逃げた方がいいと動き出す。しかし、それを阻止するように弾丸が飛来する。「まずい!」無防備なハツに対しても弾丸が襲いかかっていた。いや、逃げ道を塞ぐようにあらゆる点に弾丸が絶え間なく撃ち込まれている。最初に大剣を避ける判断を誤ったか、まだ間に合うか、刀を強く握る。『貴様の時間を調節したところで、契約していない妹の身には強い負荷がかかる。今の彼女に即座に契約するなど望めないだろう。』考えが纏まった。空間を裂き弾丸の行く手を阻む、その隙にとハツに目を向ける。腕に弾丸が掠る。『まだだ。』先程まで弾丸が飛んできていた方角とは真反対から、だけではなくあらゆる方向から弾丸が飛んできている。「嘘だろ……?」驚いている間もなく、ハツの眼前から弾丸が生じる。「!?」状況を理解するよりも先に咄嗟に弾丸を突き飛ばす。『さあ、ここからが正念場だ。』微かに頭に聞こえる声に気を向ける余裕もなく次々に出現する弾丸を処理していく。


 地面に刺さっていた大剣が浮き上がる。そのまま声のする方向へ飛んでいき、弾丸の嵐が安らぐ。「自分だけが空間を弄れるとでも思い上がってた? 残念ながら、少し弄るくらいなら私にもできる。」見覚えのある顔を確認するや否や、大剣が地面に突き刺さる。「任せたぜ!」周囲の地面から大剣に似た不格好な塊が勢いよく不揃いに飛び出し、ケイゴ目掛けて鋭く伸びる。初撃こそ躱したものの二撃目を刀で受けてしまい空中に打ち上げられる。(速い……!?)「はい、確保。」「ハツ!」空中から人質のように捕まっているハツを視認する。「おっと、この子を助けようとか逃げようとか考えたら直ぐに引き金を引く。大人しく、そこの馬鹿と殺り合いな。」空間を移動しようとしたことがばれ、何もせずに地面に戻る。「安心しろ。ちゃんとそこの馬鹿の相手してりゃ無傷で返してやる。」睨む目にシュレンは淡々と返す。「さあ! 準備はいいか?」「準備なら、もう少し待ってくれないか?」「悪ぃな、聞いただけだァ!!」大剣が軽々と振り下ろされる。埋まった大剣を踏み付け首に向かって刀を伸ばす。「な?」刀は首に傷を付けることなく素通りする。「何だ? 斬らねぇのか。」「同じ手が何度も通じると思ったか?」振り上げられる大剣に合わせて跳び退き距離を取る。『攻撃が奴の大剣に当たる時は我が透過させている。今、貴様が斬りかかった体の一部の空間が大剣と替えられていた。恐らく、貴様の妹を人質にしている奴の仕業だ。奴を倒さなければ傷を付けることは難しいだろう。』「なあ、お前は俺と何がしたいんだ?」「あん? お前が持ってる()()も剣だろ? だったら闘り合うってのは当然だろ。」「一対一(サシ)でやればいいだろ。」「ん? ああ、あいつのことか。」後ろを適当に指差す。「二対二なら手を出しても問題無いだろ? あんたのその刀、詳しくは分からないけど意思がある、でしょ?」刀を強く握る。『我の使い方は全て教えた。上手く使え。』よし、とメーデスが口を開く。「お前は攻撃には加わるな。その人形大事に持っとけ。」呆れて息を吐く。「どうせバレてんなら、これも伝えとくか。俺の魔法はまだ未熟でな、この大剣が相手の剣に破壊されねぇと上手く使えねぇんだ。魔法を完成させるためには、とにかく多種多様な剣士と闘り合わなきゃならねぇ。」「俺は剣士じゃない。」「なら俺の剣を攻撃してみろよ。」「……嫌みたいだ。」「そうか、んじゃもういいな。」メーデスが地を蹴り大剣を振るう。連撃を受け流し、ハツの様子を伺う。状況を全く理解していないのか、呆然とし頭に銃を突きつけられている。「余所見してんじゃねぇぞ!!」叩きつけられる大剣を受け止め、反動で地を滑る。「ん?」ケイゴが顔を上げ全身に力を入れる。「おい!」シュレンがメーデスに呼びかけるが、気にもせずに一直線に大剣を振るう。「開け!」


 突如として空間に大小様々な亀裂が生じた。メーデスの眼前にも身体を呑み込む程の亀裂が広がり、勢いのまま呑まれる。「なんだ!?」空中に放り出され地面に向かって落下する。「ったく!」突きつけていた銃の引き金を引く。そして銃は光り輝く。「え……?」爆発と衝撃がシュレン目掛けて暴発し吹き飛ばす。「体触るくらいならオッケーってことか。」爆発を確認した後、ハツの背後から現れ、体を引き寄せる。「逃がすかよ。」戻ろうと後退る後方から大剣が伸びる。咄嗟に身を逸らすが、躱し切れずに背中に傷を受ける。「抱えたままじゃ躱しづれぇだろ?」頭上の声と共に巨体が落下する。「くっ……!」風圧に押しのけられる。「動きが鈍くなったんじゃねぇか?」攻撃が少しでも止めば逃げることができる。「させるか!!」倒れ伏していたシュレンが針を投擲する。「おい!?」空間を跳んで二人の周囲に現れる。弾かれた刀では間に合わない。針がケイゴの身体に深く刺さる。「……っ!」だが、攻撃は止まった。刀を後方に振り下ろし異空間を開く。「チッ! 余計な事しやがって!」靄を纏った大剣を逃げ込む背中に投げ込む。「逃げれると思うなよ。」閉じる亀裂に大剣が滑り込む。


 ハツを抱え全力で異空間を走る。「しつこいなっ!!」走り様に大剣の行く手に亀裂を開くが、大剣は見ているかのように亀裂を避けて真っ直ぐに追いかけてくる。


 「何事もなく逃げるなんて、許されねぇ。」靄を纏った右手を構える。「深追いしなくても、放っときゃ死ぬだろ。」壊れた銃を修理しながら背中に声を投げかける。「逃げられて毒で死ぬくれぇなら、俺が殺す。」


 『よく聞け、何も考えずに聞け。後ろの大剣の事は忘れて全力で真っ直ぐ走れ。』言われなくても全力で走っているが、刀を振るうことを辞め足に意識を集中させる。(ん?)服を掴まれている感覚に抱きかかえる腕に力を入れる。大剣が加速し、距離を詰める。『目の前の物を切れ!』刀を振り、切り開かれた空間の先にあるものを視界に捉え、刀を振り上げる。「分かってんだよ!」振り向き様に銃口が向けられる。


 『そうだ、それでいい。』


 「馬鹿! 避けろ!」遅かった叫びとともに大剣が二つの肉体を突き破る。少女の頬に血が付着する。「兄……さん……?」大剣に貫かれ、斬り伏せられた肉体は銃を手放し、土の上に散らばった。溜め息を零し、大剣を回収する。「少しは何かやり方なり教えとくべきだったか。おい、どうせなら最後までやってくれよな。やれんだろ?」辛うじて保っている意識を奮い立たせ構えをとる。大地を蹴り飛び込んでくる巨躯を両断する。「次があれば、真正面から斬り合いたいもんだ。」両断されたはずの口から、はっきりと声が聞こえ振り返る。斬り伏せたはずのそれは粉となり風に攫われ消えてしまった。「ゲホッ……!」崩れ落ちる体を支えるように刀を突き立てる。「兄さん……。」抱えていた少女が僅かに涙を浮かべていた。「分かる……のか……。」「当たり前でしょ……、何で……今、ここにいるの!!」感情の籠った訴えが俯いた口から吐き出される。「どうしてこんなこと……!」「ごめんな。」徐々に呼吸が落ち着き、胸につき当てられていた腕の力が弱まる。「俺が死んだ後、何があったんだ?」躊躇いながらも投げ掛けた問いは直ぐに返された。「知ってたんだ……。でも、違うの、後じゃない。どう死んだか、それが問題だった。それも全部突き止めた。なのに……何も……できなかった……。」「俺のせいか……。」「違う! 全部あいつの! いや……、もういいの、そんなことは。どうしてこんなことしたの? どうしてまた置いてかれなきゃいけないの!? 助けたつもり? 漸く楽になれるって! みんなに会えるって思ってたのに!! ……置いてかないでよ。独りにしないでよ……。」叩きつけられた手を優しく握り、精一杯の力で言葉を絞り出す。「勝手な事だって分かってる。それでも、苦しんでほしくない、引き摺ってほしくない。俺に出来ることがあるなら少しでも助けになってやりたい。泣いたまま終わってほしくないんだ。終わりに焦がれて手をのばしてほしくないんだ。俺は一緒に居てやれないけど、一緒に居られる人を見つけて笑っていてほしい。」「無理だよ……。」ほんの少しの懐かしさを感じ弱く笑みを浮かべる。「そう言わずに、前を向いて歩いてくれ。もし、それでダメだったら謝るから。」「謝っても許さない。」「それでいいよ。」優しく頭に手を乗せる。「……一つだけ約束して。」「なんだ?」「()()()ちゃんと別れを言うって。」「……ああ。」ほんの少しの間を空けて優しく応える。「……ありがとう、さようなら。」ゆっくりと抱きつく体を受け止め告げられた言葉に返事をする。「ああ、じゃあな。幸せにな……」


 立ち上がった少女は突き刺さった剣を引き抜き、静かに叩き折った。二つになったそれを拾い上げ、ゆっくりと歩き出した。



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 暇を持て余したラグリアは特に目的もなく辺りを散策していた。「やっと見つけた。」聞き覚えのある呆れ声に振り返る。「お前らか、どうした?」「お前達を回収しに来た。一度全員集める。フィリアスは?」「灸を据えられて今くたばってるよ。戻ったらいるだろ、多分。」「……はぁ、あいつは何をやってんだ。」「反抗期はいいとして、敵いっこないのに出し抜こうとするなんてね。にしても、

埃を軽く払った程度のつもりなんだろうけど、あれは酷いね。反抗しようなんて気起きないよ、あんなの見たら。雑なのか加減できないのか知らないけど殺す気なのかと思ったよ。」「生きてはいるんだな?」「恨み言も垂れ流して元気に生きてるよ。」「ところで、そっちはどうしたの?」「私か?」不思議そうに問いを返され小さく頷く。「いや、ちょっと疲れてそうだったからさ。」「そうか?」振り返り、チェリシオの様子を確認する。「他のと契約しているから、表面的に見えていなくともそういった消耗を感じられるのだろう。なに、大したことはない。ただ遺品を回収したに過ぎない。」普段は身につけていない二本の剣に手を当て示す。「そうか、それでどうやって戻る? まさか抱きかかえられて連行されるのか?」「フィリアスがいる算段だったからな、あいつが使えないならそうするしかないか。大丈夫だ、二人までなら余裕で連れていける。」「マジで言ってんのか? 回復するの待ってりゃいいだろ。急ぐ必要あるか?」「待つ必要もないだろ。ここで待つ意味が───」「二人共、待って。何かいる。」低く告げ、手に取った大剣を一度掴み直し、雷が目の前の木々を薙ぎ払う。開けた視界の向こう側、暗がりの中から死体のように力が抜け切った人を赤子か何か丁重に扱わなければならない物の如く抱えている泥の塊が現れた。姿を認識するまでもなく、()()が異常であることを全員が理解した。姿形は関係ない、そこに宿るものが取り除かなければならない異常であると本能が認識している。緊張を無視して、変わらずに歩を進め近づいてくる。「私はやれるぞ。」「待て、無闇に突っ込むな。……見えていないのか? 気づいていないようだが。」「恐らく音も聞こえていない。だが、これ以上近づけば……。」一瞬で詰められる距離まで歩みを進め、そして、足を止めた。「!!」


 一斉に動き出す。鋭い雷撃があらゆる方向から降り注ぎ、斬撃が取り囲む。しかし、それらはただの回し蹴りにより搔き消される。「何だと……!?」「うらああああ!!」ラグリアが真正面から全速力で突撃する。泥は人を片手に乗せ、空いた手で敵を掴み造作もなく投げ捨てた。間髪入れずに振り下ろされた黄金を蹴り飛ばす。「……っ!」リメレアの軌跡が泥を取り囲むように超高速で攻め立てるも軽々と往なされる。そして無数の連撃により生じた隙を突かれ地面に叩きつけられ血が口から零れた。泥が敵を押さえつけようと足を動かした途端、全身に熱を帯びたラグリアが泥目掛けて地中から飛び上がる。即座に体勢を整え地に伏しているリメレア諸共勢いよく蹴り飛ばす。「……うっ、大丈夫か!?」「何とかな……。」泥が追い打ちをかけようとした時、背後から全てを焼きつくさんばかりの圧縮されてもなお極大な雷撃が襲いかかる。リメレアは咄嗟に切先で亀裂を作り、勢いのまま自分達に襲い来る雷撃を逃がした。「消えた?」「いや……。」先程まで泥が居た上空に先程まで抱えられていた人がゆっくりと降下していた。「え……?」雷撃を撃った束の間にチェリシオの眼前に泥が現れる。気付いた時には既に捕まれ、二人の元へ投げ飛ばされていた。泥は地を蹴り弾丸となって後を追う。「ラグリア! 受け止めろ!」脚を使い、衝撃とチェリシオを受け止める。(間に合うか!?)


 鐘の音が鳴る。視界を塞ぐ程の扉が両者を分断し、開かれた空間に暗闇を指し示す。泥は大地を掴み扉の前に踏みとどまる。扉が消え、その先に敵が居なくなっていることを確認し、降下してきた人を受け止め、元の行動に戻る。



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 「何を無謀なことをしている……。」壁に身を任せ寄りかかっている声の主は半身が消し飛んでいた。「お前にだけは言われたくないな……。話は聞いたぞ。」「何故逃げなかった?」「一緒にするな、経験が違うんだ。手を出さずに逃げていたとしても感じ取られて誰かは持ってかれてた。」唸り声を上げラグリアが起き上がる。「で! あいつ一体なんだったんだよ!!」「……抱えられていたのはカリオスという人だ。あの泥は彼女の使役している死者で間違いない。」「そいつ確か先代の使いじゃなかったか?」「あれは限定的な契約だったと聞いている。今はもう関わりを持っていないはずだ。」「あの泥の正体は恐らく、例の『悪』とか言うやつだろ。」「は!?」「その通りだ。」驚嘆を無視して推測が肯定される。「私達の中に手先がいる以上、あの異常さも疑問には思わないな。」「完全な状態の神象か、特定の存在以外に太刀打ちできるものはいない。」「だとしたら、何故私達を巻き込んで敵対しようとしてんだ?」「知りようもない、諦めろ。」吐き出された言葉は自らの姿により説得力を持っていた。



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 扉が消えてほんの数歩進んだ後、泥の目の前に『光』が降り立った。「少し暴れてくれたお陰で見つけられましたよ。全く、我々の主がありながら他者に仕えるなど……。」閉ざされた目が開かれていたとしても泥を一瞥することもなく抱えられた人を睨んでいたであろう天使の指が僅かに動いた。指先はそれ以上動くことなく指から力が抜ける。「……主にも最低限、その忠誠心を示して頂きたいのですが。貴方の威圧は不愉快です、止めなさい。」互いに相手に敵意をぶつけ合い、少しばかりの静寂の後、泥が落ち着いた。「お遊びは満足しましたね? もう行きますよ。」呆れ果てた天使の手が触れ、殻を破るように泥は剥がれ落ち人の姿を取り戻す。「……俺がやる事はないだろ。全てゼロが勝手にやる。」「貴方も主のために働きなさい。」「退屈だ。」「……世話がしたいならクラシャの世話でもしていなさい。人任せにするのなら、終わるまで勝手な行動を慎んでじっとしていてください。」不服な顔をしつつ男は大地を軽く叩く。合図により這い出た骨に抱えていたものを託す。「後は任せる。」頷き、去っていく骨の姿が見えなくなるまでその場から動かずに見送った。「いつまでそうしているんですか? それとも首だけ持って帰ってくれと?」苛つきがより強く感じ取れる程になっても意に介すことなく、漸く男が振り返り周囲に赤い光の刃が突き刺さり取り囲む。「そこまでしなくとも大人しく戻る。これは新しい移動方法か?」天使の感情が再び呆れに戻る。「違いますよ、貴方は先に帰ってください。くれぐれも寄り道はしないように。」刃が崩れ天使の掌に収束する。男は何も言わずにどこかへと歩き出し姿を消した。「……後で回収するとしましょう。」振り下ろされた刃を光弓で受け止める。同時に弦を弾き光の矢を一つ放つ。


 「久しぶりですね。元気にしていましたか? カルテット。」「思ってもいないことを口に出さないでください、師匠。」武器を振るい乱れた刃を整える。言葉に弁明することなく武器に対して眉を顰める。「貴方、そのような道具を使っているのですか。教えたはずですよ、それは自らの『光』を満足に扱えない者が補助として使うには良いかもしれませんが争いの道具としては不向きです。名前に『聖光』と入れているだけで、一度に扱える『光』に限界のある欠陥品です。今すぐそれを捨てなさい。」「これは少ない力で安定して刃を振るうことができます。」「そうですか、……どうやら一度教え直す必要がありそうですね。」目の前の敵から切先を逸らすことなく見えない存在に語り掛ける。「誰だか知らないが、離れていろ。お前もこいつが狙いなら止めはしないが、関係ないなら───」忠告を済ます前に、光り輝く弓が空に向けられる。「ちっ!」認識しきれない速さで弦が引かれ無数の矢が空に線を描き飛んでいく。最後の矢を撃ち終わり、弓は即座に前方から迫る敵を捉え、矢が放たれる。膨大なエネルギーの込められた矢は周囲を巻き込みより強い光となり前方を穿つ。無数の光により狭められた中で的確に自らを狙う矢を切先の光を乗せ逸らし躱し、距離を詰める。間合いに入った時には既に弦は引かれておらず、振るった刃は右の半身を失った弓に防がれる。天使の両手に握られている光は旋棍となって回転し、回転に伴い先端から無数の光を乱射し襲いかかる。同時に空に放たれた矢が大地へと降り注ぐ。縦横無尽に飛び交う光が肉を削り刃を砕く。「嫌になるほど変わっていない……。」幾つかの赤い光刃を放ち、光を切り開き、押し留め距離を取る。左右に分かたれた弦が戻り、(投矢器)によって投擲され、その判断を咎める。その軌跡は細く、膨張することはないが、発散することのないように固められ圧縮された凶器となる。自らの光刃を使い無理矢理体を動かし軌跡が肩を貫く。「そうです。そうして自らの『光』を振るうことがより確固たる『光』への成長に繋がるのです。瓦落多に甘えて研鑽を疎かにした者に成長はありません。分かりましたか?」攻撃の手を止め、相手が何をしているかも気に留めず独りでに語り始める。「……ええ、おかげさまで。」「あの頃から貴方は皆の中でも一番要領が悪かったのですから、そうした積み重ねを怠ると更に突き放されて、置いていかれますよ。」「そこにはシャティも含まれているのか?」質問の意図が理解できないとばかりに口を閉じる。「……当然です。あの子はヴィム程ではなかったですが、優秀な子でした。」「なら、何故殺したのですか。」「殺してなどいません。あの子はただ主にその命を捧げられた、それが真実です。」「見殺しにしたと言った方が良かったですか?」「……貴方が私に会いに来たのはそんなことを尋ねる為ですか?」修復された肩から手を離す。「いいえ、未だに有りもしないものに縋りついて囚われている愚かな師の目を叩き覚ますためですよ。」「……私の信仰を、奉仕を、主を愚弄するつもりですか?」「貴方以外に讃える者などいませんよ。」「……わかりました。では貴方の全ても主に捧げましょう。主の偉大さを理解できるよう。」天使の身体が淡く輝き、浮かび上がる。そして、背後に弓と旗と喇叭を携えた巨大な光の戦車が現れる。「!?」それは驚愕、焦り、緊張を呼び起こすには十分だった。


 眼前で背後から飛んできた矢が光に焼かれ、屈折した光が頬を焼く。「え、嘘……。」戸惑いの声に向けて光を伸ばし、木から引きずり降ろす。「うわっ!?」天使の胸から光の軌跡が現れ、木を消し去る。「もう一度来るぞ!」勢いのまま転がった外套は即座に体を起こし天使に矢を放つ。再び光が屈折する。「助力するよう戦闘許可が出ました。あまり力になれるかは分かりませんが。」「いや、助けられた、礼を言う。」気を張ったまま背後から近づく外套に感謝を告げる。「これは私の本体ではないのでこちらを気に掛ける必要はありません。ある程度なら逸らすこともできますし。ところで、あれに関して教えて頂いても?」「あれは今『聖誕』の最中だ。終わるまで本体からの攻撃はもうない。注意する必要があるのは二つだけだ。太平……後ろのデカブツの弓と。」周囲の輝きに紛れて幾つかの小さな光の粒が徐々に成長している。「散らばった光だ!」直感的に飛び退き、外套は逸れた光とは逆に動く。「注意って、注意してどうにかなるものじゃないですよね!?」「勘で、避けるしかない! 幸い成長した粒からしか放たれない!」必死に避ける中で二本の矢を放つ。一つは光に討たれ、一つがより進んだ時、喇叭が高らかに鳴り、返された矢が地に堕ちる。「無駄だ!! 余程の力でなければ光と喇叭を越えて届かせることはできない! 来るぞ!」戦車が掲げるそれぞれの弓から光弓とは比べものにならない光が轟音とともに放たれる。衝撃音を響かせ弓が方向を変え続けざまに撃ち出す。この程度ならという考えを打ち砕くように着弾した光が周囲に激しく散乱する。「は、はぁ!?」驚く味方を無視して黙々と光粒を一つづつ弾き、破壊していく。外套から球が放り出され、周囲を煙幕が包むが光によって一瞬で晴らされてしまう。「ああーもう!」諦めたのか光粒に向けて矢を放ち始める。戦車の旗が嘶き、地を叩く。弓の稼働が激しくなる。光刃をできる限り展開し苛烈さを増す光をなんとか捌いていく。外套もいつの間にか弓ではなく魔力を纏った特殊なナイフを使い近距離で捌いていた。周囲の風景はほぼ光に吞まれ、出鱈目に飛び交う光の中、徐々に捌き切れなくなり光が撃ち抜く。「待って、これ……。」その声に誘われ、周囲を確認する。そこには、木々を呑み込む程の大きさになった光の塊が隙間なく折り重なっていた。足元にも光粒は散乱しており今も光粒からは絶え間なく光が放たれている。「耐えきれないか……。」光の塊が一斉に輝きを強め光を放つ。全方位からの高エネルギーの一斉放射、逸らすことも防ぐこともできないことは本能で理解できた。


 カルテットの足元から地をすり抜け煌く青紫の光を帯びた聖光器具が撃ち上がり、戦車以外の全ての光を掻き消す。「何!? 終わったの!?」「何だ?」戦車の前で微動だにしていなかった天使が口を開く。「これは……、お久しぶりですね、ルキフェル。」槍に続き、またしても地中から何かが浮かび上がる。「ああ、久しぶりだな。ヘリクト。」「下から来るとは思いませんでした。『原初』の差し金ですか?」「奴は関係ない、お前は知らないだろうが私は奴と袂を分かった。」「それで、追放でもされたのですか?」「事を起こす前にメレクのクズに押し出されてな。今は悪魔共に手を貸している。」「つまり、そちらからの……。」「いいや、それも違う。ここに来たのは私の独断だ。用事を片付けるのに少し手間取ったが。」「貴方にそんなことをする理由や利益があるとは思えません。」「気にするな。かつての同僚への礼儀として、一度くらいは殺してやらなければと思っただけだ。」ヘリクトが笑う。「貴方一人で私を殺すと?」「私一人のほうが都合がいい。」「ええ、そうですね。けれど、ここには貴方以外にも天使はいるんですよ。それに、今の私は主の御力によってかつての私よりも進化しています。」「退化の間違いだろう。」「……」光の戦車が殻となり、ヘリクトを包み隠す。「自分の命くらいは守れ。」そう言って、降ってきた薙刀を手に戻す。「……はい。」両者から距離を取り外套が口を開く。「あれも知り合い?」「ああ、師匠が変わった後、天界を去った実力者だ。少し様子が変わっているが。」「しばらく会ってなかったら変わるものでしょ。」「いや、天界を追い出された時の彼女に起きていた身体の変化が消えているんだ。それ以前の彼女に戻ったように。本来そうはならないはずなんだ。」「ところで、あの殻罅割れてるけど。」「『聖誕』が終わる。」殻が破れ輝きが溢れる。しかし、溢れた輝きは飲み込まれ光を失う。代わりに、血を思わせる液体が溢れ出し殻から飛び上がる。液体が垂れ落ち、ヘリクトの素体が露わになる。しかしそれは先程までの姿とは異なり、目を引き裂いた傷や纏わりついた殻の欠片には一切の輝きは感じられず、開かれた翼は悍ましい枯枝となっていた。「……!」カルテットの器具が僅かに震え、刃が徐々に崩落していく。自身の光が弱まっていく感覚が鮮明に感じ取れる。「こんなにも……。」「大丈夫ですか!? 翼が少し小さくなったような……。」「大丈夫だ、それよりももっと離れるぞ。彼女の影響下から逃れられはしないだろうが、ここにいては間違いなく戦場に巻き込まれる。」「おい。」呼び止めた声の主が枯枝に灯った青い光を指す。「()()は何だ?」「……覚醒前の天使です。彼女はまだ力に目覚めていません。」「それにしては質が高いな。」「彼女は───」


 空に矢が放たれ、天蓋を赤黒く染め上げる。「どうですかルキフェル。主の愛に満たされた私は美しいでしょう。」「満たされている割には随分と飢えて見えるがな。」「飢えではありません。ただ渇望しているのです。主を害したものを全て葬り去り、主の寵愛を取り戻し、その愛に溺れる時を!」天蓋から柱が突き刺さりルキフェルの姿が消え、空を飛び、すかさず距離を詰める。再び襲い来る柱に刃を振り下ろす。しかし、触れた刃に違和感を覚え、咄嗟に刃を折り距離を取る。「厄介だな。」触れた刃が色を変え柱と同化していく。「さぁ、主の赦しを乞いなさい。」辺り一面に赤い花弁が咲きほこり、青い豪雨が吹き荒れる。


 「ちょ、どうしたの!?」息を荒くして膝をつくカルテットに肩を貸す。「力を取られてるだけだ、気にするな……。」「いや、もうとっとと離れよう!」光の渦と柱に阻まれた光景に目を遣り足を進める。「無駄だ、一度囚われた時点で逃れられない。下手に逃げれば強制的に操られて連れ戻される。」「はぁ!? なにそれやばすぎるでしょ!」「だから、私から離れておけ。いつ何があるかわからない。」「ああ、もう!!」乱暴にカルテットを手放し、勢いよく背中に手を突きつける。「助力するって決めたんだからちゃんと最後まで付き合わせろ! こっちだって『呪い(ズル)』背負ってんだ!!」「何を───」「静かにして!! やったことないから分かんないの!!」


 荒れ狂う矢の波を弾き、花弁を撃ち落とす。捉えた矢を足場にして柱を避ける。薙ぎ払った刃の残像が広がり光の動きを停滞させる。迫る柱に槍の柄をかけ、ヘリクトととの距離を詰める。ヘリクトの手に殻が滴り爪を形作る。「相変わらず、ちょこまかとしぶといですね。」爪を器具で受け押しのける。すかさず器具を蹴り柄を叩きつける。「お前は随分悪趣味になった。侵食はなかっただろ。」「これも主の御力です。主は私に全てを授けてくださった、この身を満たしてくださる。私を愛してくださる!!」力が強く、動きがより速くなる。爪に触れないことに専念し攻撃を凌ぐ。「ああ、ああ! 早くお会いしたい……! 早く! 早く!」「見てられないな……!」突如攻撃の手が止まり再び空へ飛び上がる。「そうです、早くお目覚めになるよう、邪魔なものは全て全て消してしまいましょう。愚かな天使から救済しましょう。根源ごと抽出して私と共に主のものとなる与えて差し上げます!」天へと手を伸ばし、枯枝を更に大きく広げる。「ッ!」咄嗟にカルテットへと意識を向ける。地に伏す天使の体には罅が入っていた。


 「……え?」


 枯枝に灯る光が輝き一層増した時、ヘリクトを取り巻く流脈が完全に停止した。赤い光が消え、ヘリクトの手には青が残った。「……光が戻った?」空を見上げると槍に貫かれた天使が堕ちていた。「うぅ……。」背中に触れていた手が離れ、人が倒れる音がする。「すまない、すぐに戻る。」堕ちる天使へと駆け寄っていく。


 ヘリクトが閉ざされた目を開けると先程まで刃を交えていた相手が目の前にいた。「……あなたらしく、ないですね。敵を、このように扱うとは。」堕天使は天使を抱え、ゆっくりと地へと向かう。「言っただろう、同僚への礼儀だ。」地に降り立ち、天使の体を寝かせる。「師匠!!」殻と枯枝を失った天使へと声が届く。「ああ、生きていたのですね。カルテット、良かった。」崩れかけた手を空に伸ばす。「また同じ過ちを繰り返すところでした……。あの光が見えなければ。」カルテットに顔を向ける。「あの光は……。」「……あなたの子です。」「ああ、やはり主の……!」天使の顔が歓喜に染まる。「あの子はヴィムと私で普通の天使として育てています。」「これが主の導きならば私は悦んで従います。」唇を噛み、どこか遠くを見つめる目を見続ける。「カルテット……、一つ、頼みがあります。」天使の体は欠け、崩壊していく。「あの子を、主が残したものを、どうか愛してあげてください。」「……私は彼女を尊重します。」天使の体が完全に崩壊する。「師を止めてくださったこと、感謝します。」礼をし、立ち去ろうとする天使を呼び止める。「待て、伝えておくことがある。」



 「うーん……。」大の字に寝そべる少女に手を差し伸べる。「大丈夫か?」「脱力感と吐き気が……。」肩を貸し、少女の体を引き起こす。「君が何をしたかは分からないが助かった、礼を言う。」「いいよいいよ……。」「私は少しここでの用ができたが、君はどうするんだ?」「ああ、私もちょっと仕事入ったから行かないと……。」「良ければ連れて行くぞ。」「じゃあお願い、私は、少し、寝る。」脱力し軽くなった人形を背負い、光が堕ちた場所を離れた。



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 「それで、いつまで歩いてんだ?」少女はふわふわと宙に浮き無表情に何処かへ向かう男の顔を覗き込む。「なんか言えよ、頸もぐぞ。」「騒ぐな。」「いい加減目的くらい教えろよ。」「まずはあれだ。」視線の先に死体を運ぶ骸の群が見える。「あ? ……『遣い』か。何の用事があんだ?」「こいつの力が必要になる。」道を阻み、骸の足を止める。「起こせ。」体を震わせ、骸同士話し合うかのように骨を鳴らす。「……はぁ~、何? あれ、むーくんは?」死体が起き上がり、周囲を見渡した後、男たちと目が合う。「『遣い』、お前に用がある。」「私、もう『遣い』じゃないんですけど。」「何?」「一時的って約束でやってたからね、もう今は繋がりありませーん。」「……けど、力自体は普通にあるぞこいつ。」横槍を入れた吸血鬼を睨みつける。「なら問題はない。俺が借りたいのは力の方だ。」「『原初』が2体も揃って何させる気?」「簡単なことだ。人を1人用意してくれ。」「それだけ……?」「ある奴にそれを引き合わせる、それだけだ。」



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 「……τ(タウ)、どうかしたのか?」足を止めたτ(タウ)にシュウが言葉をかける。「いえ、少し妙な感覚がしまして……。」「今日は何事もなく帰りたいが……、エレティアの話というのもどうせ面倒事だろう? これ以上増えないでくれ。」視線を向けられたポトレが困惑する。「え、私?」「とにかく拠点へ急ぎましょう。アルムさんの話だと状況は良くないかと───」「来てます。」「え?」後方に目を向けるτの言葉にポトレが真っ先に反応する。


 接近したものを認識する前に籠手が剣撃を止め衝撃が風を巻き起こす。「ご家族のかた!?」ポトレが止めた剣にはτに瓜二つの存在の手が添えられていた。「お前、量産型だったのかよ!?」2つの銃声が鳴らされる瞬間襲撃者は姿を消し、距離を取った位置に現れる。「τ、何故こんな場所にいる。」再び銃口が襲撃者を狙う。「アヅマさん! 待ってください!」攻撃を制止し、τが襲撃者に歩み寄る。「χ(カイ)もここにいたのですね……。」「いや、私は消えたτの反応が突然現れたから連れ戻しに来た。」「連れ戻す……? 外から来たと……?」「丁度穴が開いていた。それよりも、所有者(マスター)を登録したのか。」後方のシュウ一瞥する。「私とあなたには所有者(マスター)登録の自由が与えられています。経験はありますよね。」「ああ、あれは役目を果たすために必要なことだった。だが、τの役目には必要はない。」「私に与えられた役目は『生存』です。その為に必要だと判断しました。」「『生存』?」「なにか?」一瞬の静寂の後、χが口を開く。「まさか、───」「χ、そこまでだ。」重々しい男の声が発言を止める。「創造主(マスター)……。」「あの人……。」「ウイ、知ってんのか?」横槍を刺すように現れた男を驚いた表情でまじまじと見ている。「間違いない……、本人を見るのは初めてだけどアルフィレオの発展に影響を与えたクツギって発明家だよ。」「死んでいた気がするが?」「はい……。」けれど確かに媒体で見た顔と一致する。「χ、お前はもう戻れ。」「この者達は?」「ここで殺そうが生かそうが何の意味も無い。加えて、お前でなくても実行はできる。」χと呼ばれる個体は頭を下げ、現れた時と同様に姿を消した。「さて、こちらに敵対の意思は無いとでも言った方がいいか?」向けられた銃口を一つ一つ一瞥していく。「その言葉が本心だと我々も助かる。」「安心しろ、先程も言ったがここで争うことに意味は無い。」クツギを警戒しつつ拠点方向の様子を伺う。「……アヅマさん、先に進んでいるアルムさん達の足が止まっています。避けられる争いならここは下がりましょう。」「分かっている……。」小声で話すウイにクツギの目が止まる。「お前が所有者か。」「いや、所有者(マスター)は俺だ。」視線を遮るように割り込んだシュウを観察し、τを睨む。「τ。」「…代理契約です。」「なっ……!? お前!?」「隠しても無駄です。」クツギは微かに笑い、ウイを見定める。「そうか、安心した。ほら、持っていけ。」手に持っていたケースを無造作に投げ渡す。「わ、これは一体……?」「ここで出会えたお前達の幸運に対するプレゼントだ。偶然でないのなら奇跡や幸運は称賛されるべきだ。」背を向け立ち遠ざかっていくクツギを警戒しつつ再び足を進める。「行きましょう。」


 「これが本当に偶然でないならな。」背中を向けたウイ達に向けて銃のようなものの狙いを定め、引き金に指をかける。『かよくん……。』聞こえるはずのない声が聞こえる。「どうやら、本物のようだな。」声をする方へ振り返ると幻のような影が『死地』の向こうで揺らめいていた。「帰れ。」揺らめく『死地』の隣で偉そうな男がこちらを睨む。後ろには人ではないものが2つ。「計画されたかのような幸運だな。」嘲笑し、何も言わずに『死地』へ去ったクツギを見送り、吸血鬼が口を開く、「これ、また借り作られた?」「安心しろ、次は作らん。」そう、と不機嫌そうな態度を取る吸血鬼を無視し、踵を返す。「ねえ、私はもう戻っていいんですかね? 捜し物あるんですけど。」返した先にも不機嫌がつきまとう。「お前の捜し物はそこにあるぞ。」死者が振り返るといつの間にか見知った顔が待機していた。「おお!むーくんおかえり〜!!」無表情に直立するそれに飛びつく。「おい、これはいいのか?」「緊急性は無い。俺の邪魔にはならん。」代わりに殺しても構わんぞと語る顔に舌打ちを放つ。「誰がやるか、私にゃ関係ねぇ。帳消しってんならやってやるよ。」「ここにもう用はない。帰るぞ、道を作れ。」


 「うーん? やっぱ生きてる? いっか、私達も帰ろう!」「回収は終わったのか?」「さっきの子が最後だよ。」『死地』を開くと先程見送ったはずの顔と目が合う。「あれ? おとなしく帰ったんじゃなかったの?」「お礼参りを忘れていてな。」「……誰に?」「死体泥棒にか。」「ああ! そういうことなら全然協力するよ!」



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 「ここですかね?」小さな穴から空間をのぞき込む。「おお、流石ギルちゃん! じゃあ開いて、私が行ったらちゃんと閉じてね。」「あの、本当に一人で……?」不安そうにする少女の肩を優しく叩く。「これ以上巻き込みたくはないんだ、君達には()()()()()欲しいんだ。これ以上は()()()()()|い・》から。」それにリーベちゃんは最強なんだから! と無邪気に微笑む。「いい? 虫一匹も逃したくないから、ちゃんと閉じるんだよ?」「穴を閉じた後はどうすればいい?」「イヴちゃんと合流して、詳しい話を聞いて。私はいつか必ず帰ってくる。その時まで6人とも無事で残っていてね。」「……あの、終わった後はどうするんですか? 私が……!」少女の口を指で塞ぐ。「大丈夫、ちゃんと戻る算段はついてるから。それまで静かに待っていて。」「必要無いって言ってんだ。大人しく言われた通りするしかねぇだろ。」ため息混じりに言い放つ男の声に頷き、渋々と穴を拡げる。「んーじゃ、行ってくるね。」中へと入り、消えゆく二人を見送る。


 「さてと。」あたりを見渡し、様子を伺う。「うんうん、敵意盛り沢山、みんな見てるねぇ。狙ってる狙ってる。」目を閉じ再び開く。「これで全部かな。はい、この指とーまれ。」突き出された指に敵意や視線、放たれた矢、様々なものが収束する。炭と化した指先を見つめ、指を折る。「はい、返すねー。」指先が弾け飛ぶと同時に取り囲んでいた気配が完全に消滅する。「ボスはどこかな〜。」


 「見っけ。」「随分なご挨拶ですね。何か御用ですかな?」ぼんやりと現れた男は白々しく口を開く。「報復かな。君は私を殺したからね。君を殺しに来てあげたよ。」「今の貴方様にそれ程の力が? 既に神の座を降り、一介の神象に過ぎないことをお忘れか? さらなる徒労を積む前に此度は確実に無き者にして差し上げましょう。」笑みを浮かべる男に呆れた笑いを返す。「君は途轍もなく思い上がりが凄いね。可愛そうだから3つ、勘違いを治してあげよう。」傷一つ無い指を突き出す。「一つ、私の力は座に就く前から一切変化はない、理由は分からないけどね。」「有り得ませんな。」「事実だよ。何も変わらなかった。二つ、私はいつだって君を殺せた。君を殺すのに座に就く必要はない。」「御冗談を。」「君達を生かしてたのは私の慢心だね。君達が私に影響することなんて想定してなかったよ。」「油断故に核を砕かれたと、負け惜しみですかな?」「三つ、さっき言った力が変わらなかったって話だけど、それは座に就いてようやく他が出来ることを最初から可能だったってだけ。つまり、私は常に神の座に就いてるのと同じってこと。知ってるよね、神の座に就いた神象は擬似的に神としての力を得る。本来の神象の力を大きく引き上げて、ほぼ自由に世界の法則に干渉できる。単純な影響力だけで少なくとも『原初』と同等かそれ以上なんだよ。勿論、私は後者だから私を殺すことが出来るのは『神』だけだね。」つまり! 声高らかに宣言する。「()()()()()()()()。」「貴方様が御自分で仰ったではないですか、私が殺したと。その事実は変わりはしませんよ。」「そうだね。」不意に距離を詰め差し伸ばした手が体をすり抜ける。「ねぇ、変わりはしな──」目下の光景に目を丸くする。「何なのですか、それは?」「ん? 君の『核』だよ? 初めて見た?」存在しないものを掴む指先に目を奪われる。「何を……。」「君がやったことでしょう? 何かおかしい? 君が私にやったことを私ができないわけがないでしょう?」核に罅が入る。「良いのですかな? 此処で私を殺せば貴方様でも確実に呪われますよ。まさか解呪も出来てしまうのですかな?」「いやいや、多分無理じゃないかな。怪我とかならまだしも初めての呪はどうしようもないね。」「目的が有るのでしょう? 此処で犠牲になるおつもりですかな?」「まさか、もう手は打ってるよ。じゃあね、ばいばい。」核が砕けると同時に灰のように崩れ落ちる。「さて、多分呪われたよね?」恐らく世界の全てへの干渉が出来なくなっている。「はーあ、仕方ないな。」何もない空間に身を委ねる。「後は頼んだよ、()。」



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