神の使い
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壁も天井も形状さえも認識できない『白』のみが認識できる空間で『人形遊び』に勤しむ主人に溜息を吐く。「あの、その子をどうするつもりなんですか?」「ん-、ほら! マーブルちゃんって末っ子だったでしょ? 妹を作ってあげようかなぁって!」「まさか……、自分の影響分かってます? そもそも妹を欲しいと思ったことなんてありません。ましてや可哀そうな犠牲者を産むなんて論外です。」「大丈夫だって、そこら辺は理解してるよ。少し道の選択肢をあげるだけのお節介だよ。てか、こないだ『遊び道具』いっぱいあげたでしょ! それなのにどうしてそんな目で見るの!? 私はもう悲しいよ!」出ない涙を拭い、されるがままの少女の前に泣き崩れる。「あれは『仕事道具』と言うんですよ……。目的も碌に知らずにただ働きさせられてる事実を捻じ曲げないでください。」「でも、少し楽しそうだったよ。」「そ、それは!!」空間に線が浮かび、壁とドアとともに客が現れる。「ルノーレ、二人目でも拾ってきたのか?」「あら、ラグちゃんが来るなんて珍しいですね。」「知り合いのとこに顔見せに行ったら留守だったから代わりに寄った。」「フィリアスとチェリちゃんは一緒じゃないんですね。」「そこまで、拘束される用事じゃなかったみたいだな。暇つぶしで暇するとは思わなかったんだ。」「あ! 良かったら一緒にこの子の世話する?」「遠慮しとく。お前らみたいな習性もないし、そういう趣味もない。……理解もないしな。」呆れた返事を気にもせずに申し訳無さそうな顔をして口を動かし続ける。「あ、ラグちゃんにはそういうの無理か! 訓練でもしないと難しいよね、土くらいから始めてみよ! でもラグちゃんの方が飼われそうで心配だなぁ。大丈夫! 私がちゃんと見といてあげるよ!」「喧嘩売ってんのか?」
空間に再び客が訪れる。「おっと、今日はお客さんが多くて嬉しいね。」ルノーレ同様に意外な訪問に驚きつつも要件を尋ねる。「ノイオーズ、どうした? 誰の言伝だ?」「招集、全員。」ルノーレと顔を見合わせる。「あの神がやることは嫌な予感しかしないんだが。」「顔を出せばすぐ終わりますよ。あの子は自由にさせておこっと。マーブル、あなたも遊んできなさい。」「分かった。でも、放っておいていいの?」ひらひらと動かされる手を見てマーブルは消え、少女も消えた。「さあ、行きましょうか。」「あれ。」人が消えた場所を指さし尋ねる。「ルノーレが拾ってきたんだよ。」「何処?」「秘密ですよ。」
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ルノーレ達が到着した時には既に大半が集まっていた。「本当に全員呼ばれてんのか。」「フィリアスがいませんね。」「リメレアもいない。忙しいんだろ、あいつらは。」「チェリちゃんもいませんね。あの3人は真っ先に集まりそうですけど、遅い順に呼びかけたとか?」「私を呼んだのはフィリアスだ。」離れた位置から届くジェイスの答えに納得した素振りで手を叩く。「聞いてはいるようですね! つまり全員集まったと。」『ああ、これでいい。』全員の中央に元から存在していたのか水晶玉が現れ浮かび上がる。「なに? 顔を見せる気はないのぉ?」投げかけられる苛つきなど聞こえていない声はただ一言を告げる。『排すべき『悪』の手先がいる。』数名が僅かに表情を変える。「それは我々の中にいるという意味か?」『……。』肯定する沈黙か、水晶玉は粉に割れ消滅した。「選んだのは自分でしょうに。」「……。」その場を去るノイオーズをルノーレは目で追う。「ラグちゃん。」「フィリアスに呼ばれた。」「やむを得ませんね。」次々にその場を後にしていく。「ジェイスさん、少しお話が。」その場を動こうとしていたジェイスは声の主へ振り向く。「構わない。」
招かれた場に足を止め、問い詰める「ティエン、手短に言え。」「急かさないで。さっきの話の続きよ。」「何か情報でも持っているのか?」「アルマリア。」「根拠は?」「彼女の『魔法』を見たことは?」「……ない。」「そう、軽く説明すると彼女が選んだ対象を奪い取る。彼女、実はかなり昔から生きてるみたいでね、それも魔女の巣窟の外で。」「はぐれはおかしいことではない。」「元々は例の魔女の傍にいたとしても? 神象を殺したことがあっても?」「つまり、神象を殺せる程の力を持つ者があの魔女の庇護下から離れてなお、拾われるまで誰の手にも渡らなかったとは考えられないと?」「興味を持った物は手に入れる性格なのに放置している。」「簡単に手を出せない存在の下にいると?」「頂点に対抗できる力は限られてます。」「それがお前の結論か。」踵を返すジェイスを目で追う。「どこへ?」「お前の考えている場所だ。」
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扉の前の気配に目を開ける。「開いている。」扉が開かれ外の光が差し込む。「言ってた通りだな。お前が鎧の発生源か?」不思議な雰囲気の女性にガレスが問いかける。「考えがあるのか、ないのか。自らの脅威に気付いていない。」「争うつもりはないって意図だったんだが。」「交渉?」「最終的に、お前の力が必要らしい。」「……望みは分かった。私だけ不快になる。認められない。」決裂かと諦めかけた時、ハルカに指が向けられる。「ひとつ、私の望み。彼女の『奇跡』を見せて。」「つまり?」「生きてここに戻ればいい。介入は許さない。ラグリア。」目の前に扉が開き何者かが現れる。「何すんだ?」「彼女相手に、好きに暴れて殺しなさい。」意味わかんねぇなと愚痴を零しつつ、ハルカに目をやると大きな打音と衝撃を残し、その場から消えた。「信じて待てってことか?」「彼女が戻ったら、私がここにいることは手の内の中。神の使いとして手を貸す。」「何言ってるかわかんねぇけど、おつかいは成功ってことか。」
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「くっ……!?」地を削り体を止める。体が痺れる。「普通、今ので体弾け飛んでるはずなんだけどなぁ。ああ、フィリアスの言ってた奴かお前。考えてみるといつもより倍くらい機嫌悪かったもんな。」「何だお前?」「それは私が聞きたいことなんだよ。今から確かめるから答えなくてもいいけど。」体勢を整え構える。耳鳴りを思わせる高音を放ち、いつの間にか距離を詰めていたラグリアが手刀で斬り付け防いだ腕から血が流れる。地を蹴って距離を取るハルカの腕を驚いた表情で見つめる。「かすり傷かよ。」「お前をぶちのめせばいいんだな?」「出来れば無抵抗で頼むぞ、そしたら早く終わる。」すぐさま全力でラグリアに殴りかかるが、数メートル押しのける程度にとどまる。同時に響き合う喇叭の音がハルカの体を掠った。「いってぇ……。あいつ、こんな仕事押し付けやがって。」ため息混じりに、ラグリアの口から白い束が溢れ出しハルカを取り囲む。「ちっ!」吹き飛ばそうとする手足に束が付き、宙に釣り上げ、巨大な格子状の球体を作り上げる。「さてと、こいつを楽に殺せる気がしないんだが。できねぇ事を押し付けてるだけだろ。」腕や足を動かそうとするたび球全体が阻害するように動き邪魔をする。「暴れたら消耗するだけだ、やめとけ。どの道、そのまま衰弱死でもしてもらうけどな。じゃあな。」背を向け、来た道を戻る。藻掻くのをやめ、深く息を吸い、体に溜める。「ん?」背後の気配に対し、振り返り、直感的に眼を開く。六角の赤い盾が現れ体を隠す。瞬間、鳴り響き空間を揺らす叫びが糸球を焼き尽くし盾に罅を入れる。「気まぐれにしちゃやり過ぎだろ。」球から解放され、地に立ったソレはそのまま蹴りを放つが打音により相殺された。「殺されない対策がされてる奴をどうやって殺せってんだ。」ラグリアの下半身が六つの黒い異形の足となって眼を見開いていた。「まだやる気あったのか。」「黙って倒される訳ないだろ。帰りたいなら私を無視して行け。ただまあ、フィリアスにお前以外殺されるだけだろうがな。」「結局、お前をやるしかないんだろ?」「フィリアスの奴をぶっ飛ばすって道もあるぜ。お前みたいに真正面から突っ込むやつには無理だろうけどなぁ!!」眼から放たれた熱光線が空気を焦がす。直撃でなくても肌が焦げる感覚がする。再び耳鳴りがする。「オラァ!!」ぶつ切りにされた木々が甲高い金属音を纏い、熱光線と共に舞う。空中に飛び退き、襲い来る木に向かって蹴りを飛ばす。しかし、脚が打音に弾かれ木が肉体を抉る。「お前が持ってるのは肉体だけだ。確かにその力は恐ろしいさ。だけど、それだけで何が出来るんだ。」木々に取り囲まれる様を眺め、ふと思い至る。「そういうことか。いや、ちょっと待てよ。」ラグリアの周囲に木片が突き刺さる。撃ち下ろされた拳に糸を絡め、紙一重で往なす。「駄目だ、理解できん。」地に手が届いた瞬間に放たれた回し蹴りが胴を捉える。木片に掛けられた糸が蹴り飛ばされた体を引き止める。「なあ、その力はいつ受け取った?」「急に何だ?」「ここに来る前ってことは確定だ。随分前だろう。状況はどうだった? 妙な女に会ってる筈だ。」「死にかけた時に幻覚を見た。」「相変わらず性格の悪い……。あの妹は一緒にいたか?」「ああ、目の前にいた。」その答えを聞き、ラグリアは目を閉じ畳んだ脚を糸で包んだ。同時に、元いた場所から轟音が響き渡る。「あの馬鹿。」
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上空から遥か遠くの森を歩く少女を見つめる。槍を構え狙いを定める。「何をしているのかな?」背後の刺すような気配に手を降ろし振り返る。「疑惑、排除。」「極端な考えですね。いえ、あなたは悪くありません。何も教えない神が悪いので。」「命令、遂行。」再び槍を構えるノイオーズの前に移動し、向き合う。「でも、それは見過ごせません。」「何故?」「私の使いになるかもしれない子だよ。」じっと目を合わせ、ルノーレは微笑む。「手先、不明。不審、排除。」天地を繋ぐ火炎の柱が立ち並び、空を焼きつける。「私も排除すると?」「肯定。」槍が光を帯び微かに炎を帯びる。「ふふふ、あなたに説得は意味がないでしょうね。戦いたくはないですが、止めなければいけないので……。こんなのはどうですか?」ノイオーズの視界を白が塗りつぶす。「……。」払った槍が白の正体を明かす。「雪。紛い物。驕り。」「紛い物とは傷つきますね、これも立派な私の『権能』です。」「否定、別物。」「頭が固いのは困りものですね。自身の能力の限界なんてものは匙加減でどうとでもなるんです。大事なのは信じる心ってね!」炎の濁流がルノーレの姿を露にする。微笑みを浮かべ、再び白に沈む。「ひとつ補足して差し上げると、あなたはこれを雪と判別しましたね。けれど、ただの雪と思わない事です。あなたの言う通りの私の『権能』ですから。」炎がノイオーズの周囲を溶かしつくす。「侮辱。」「いえいえ、私はあなたを殺したくはないので。しっかりと注意して頂かないと。」ノイオーズを中心に炎の球が膨張し、何層にも連なり雪を溶かしていく。「あ! 勿論、普通の雪もこれほどとなれば恐れなければいけませんよ。」豪雪が球を抉り取る。空気を裂く音とともに槍が雪崩を二分する。「おっと!」投げられた槍がルノーレの目の前で速度を維持し停止した。「警戒、基本。」手の炎から槍を握り取る。「全力でいなければ核が砕けるところでした。」取り乱した演技をするルノーレの眼前から槍が消滅する。「守る戦いも楽ですね、集中できますから。」「同意、集中。」ノイオーズの周囲に次々と槍が姿を現す。「……そういう機転はあるんですね。」
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バラバラになり倒れた鎧に囲まれる男が空を見上げる。一本の剣を軽く振り落ちる雷を引き裂いた。「ようやくお出ましか。」もう一筋の雷撃から黄金の太刀が姿を現す。「逃げなかったことは褒めてやる。」「それはそれは、赤子の手を捻ることもなかなか愉快な作業で飽きないもんで、神造兵とはみなガラクタなんすか?」「質は求めていないからな。」大地から昇っているのか天から降り注いでいるのか見分けることができない光の柱となった雷が大剣となって振るわれる。「ちょっと待ってくださいよ。僕達、初対面だと思うんすけど? 落ち着いて話せないっすか?」雷が描いた超質量の斬撃と暗雲を繋ぐ雷撃が何重にも重なる。「ゼロの信奉者、名は確かモウグだったか。」「名前まで知ってるなんて、いつの間に有名になっちゃったんだか。」絶え間なく迫る雷を剣を回し切り分ける。「その剣は貴様に相応しくはない。」三つの斬撃が重なり合い空気を裂く。「ああ、これね。」雷を貫き孔が生まれる。孔は頬を掠り遥か遠くまで貫いた。新たに取り出した細身の剣を慈しむように眺める。「僕のっすよ? これは。」「その剣はリゾットの物だ。貴様如きが扱う物ではない!」全身に雷を纏ったまま殴りつけられた刀身を剣で受けようとしたが、咄嗟に身を翻し飛び退く。斬るべき敵を逃した大剣は直様動きを止めたにも拘らず、余波が木々を薙ぎ倒し、大地を抉る。「いやぁ、恐ろしい。」大剣は速度を変えず動きを止めてなどいないかのように直上の敵を雷撃とともに撃ち払う。
「思い出した。確かお姉ちゃんどうこうと零していた娘がいたっすね。でも、あれは君と違って人間だったはず……。」放たれ続ける雷撃と落雷を切り分け孔を穿ち対処する。「それに僕のことを知ってて殺そうと挑んでくるのも納得できないっすね。後追いっすか?」「私の目的は貴様の手からその剣を取り戻すことだ。殺すことに興味はない。」頭上から大剣が振り下ろされクレーターが作られる。「通りで、僕への攻撃が無意味だって分かった上で剣だけを狙っていたってことっすか。目くらましとしてはとても優秀っすね。だとしても。」拡散している雷が引き裂かれ霧散していく。「この二本に触れることは至難の業でしょう? 例え、君の『神剣』をもってしても。」真っ直ぐに放たれた斬撃を黄金が叩き潰す。「やってみなければわからないだろう。」「……なるほど精霊、それも雷。」「裏切者か?」「裏切りだなんて。彼女は務めを果たしてるだけっすよ、チェリシオさん。」
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暗く狭い空間がこじ開けられ轟音と光が差し込む「ひっ!?」「何をしている?」「ジェイスさん!? ど、どうして!?」縮こまったまま顔を上げるアルマリアを無視して中に入る。「ここがお前の隠れ家か。」「な、なんでここが……!?」「もう一度聞く。何をしている?」睨みつけるジェイスに肩を震わせ目を逸らす。「こ、殺されるんじゃないかって……。」「何故だ?」淡々と問いかけるジェイスを睨み上げ普段よりも声を荒げる。「神様の言葉聞いてなかったんですか!?」「聞いていた、我々の中に排すべき者がいる。」「シェーリさんも言ってました。神様はその程度のこと最初から知っていたはずです! 最初から……!!」「つまり、殺すつもりで使いとして手の中に招き入れたと。」「ようやく理解できました。どうして私が選ばれたのか。」「悪趣味だな。」溜息混じりにそう吐き捨てる。「産まれてからずっと疎まれ続けて最後まで……もう死んだ方が楽に……。」白槍がアルマリアのすぐ近くを斬りつける。小さく悲鳴をあげ倒れ込むアルマリアを見下ろし声をかける。「私も理解したよ。何故お前が選ばれたか。」「え……?」「お前達はあの神の害悪さを見くびっているようだ。」白槍が辺りを掻き乱し瓦礫が散乱する。「ここでは思ったようには動かないな。アルマリア、立て。お前の精神を叩きなおしてやる。」怯え困惑した顔で後退るアルマリアに対しゆっくりと歩き近づいていく。「あ……!!」アルマリアは躓き、伸びた白槍が帽子を貫き吹き飛ばす。「私はお前を殺す。死にたくなければ魔法を使え。」壁の凹凸により軌道が変わった槍の一撃を転ぶように避ける。「そんなこと、できません……!!」「ならば、大人しく首を差し出せ。ただ逃げることしかしない者を生かすつもりはない。」飛散し硬質化した破片が槍の軌道を変える。「他に策があるのなら、使っても構わない。言っておくが、他の使いは来ない。自分の身は自分で守れ。」「む、無理です……!」白槍がアルマリアを斬りつける。「私は魔女に詳しい訳では無いが、お前達にとって魔法とは我が身そのものだろう。何故恐れる? 生者が己の肉体に恐れ、足を進めることに怯えていては、死者と大差ない。いや、恐れる程度はいいだろう。だが、自らの行いの先に怯えるな。怯えている限り、道が開けることはないと思え!」倒れ込むアルマリアに突きを放つ。「生きたければ進め!!」目を瞑り、杖を握り、真っ直ぐにジェイスへと向ける。「!?」咄嗟に白槍を直線上から離し、腕で杖の矛先を防ぐ。「くっ……!?」いくつもの瓦礫がジェイスの体を内部から貫き姿を見せる。「ごめんなさい、ごめんなさい……。」無造作に瓦礫を素手で取り除き、蹲るアルマリアに近づく。「この程度か? 大した事ではない。これで私が死ぬとでも思ったか?」「え……?」「安心しろ、もうお前を殺すつもりはない。」涙を流したままアルマリアは顔を上げる。「お前には私が神の言う敵に見えるか?」「え? そんなはずは……。」「『奇跡』は敵の存在を我々に示した。それに従い我々が各々の信じる敵を排除しようとした時、最終的に消えるのは本当の敵だけだ。」「え?」「お前の力がどれほど恐ろしいものであっても私に致命傷を与えることはできなかった。そして、私がお前を殺すこともできなかった。」「どうして……?」「それが『奇跡』だ。我々が全力で殺し合いをしても神の言う敵でない限り大事には至らない。勿論、だからといってやるべきではないが。」「じゃあ、今のは……。」「魔法を使ったことは褒めてやる。ただ、目を瞑っていたのは改善点だ。次からは目を逸らすな、行くぞ。」差し伸べられた手を恐る恐る掴み立ち上がる。「ど、どこへ?」「私がここに来たのはそう誘導しようとした奴がいるからだ。これも全て神の思惑通りだろう。」「仕向けたというのは……?」「ティエンだ、元から気に入らなかったが奴も神の言う敵に違いないだろう。この一件がなくとも殺すつもりだったが。」「えぇ……本当に大丈夫なんですか?」「神を信じろ。」
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木々が焼き尽くされ代わりに雷に形作られた森の中、地を捉え速度を殺し踏みとどまる。「ちっ……!」連続して放たれる刺突を躱す。「無計画過ぎやしないっすかね? その神剣も飾りっすか?」四方から迫る斬撃を避けるが雷に紛れた黄金の切っ先が掠る。「おっと、君の雷も僕達相手でなければとても厄介っすよね。」「目眩ましにはいいだろう?」幾つもの雷が絶えずモウグの体をすり抜ける。「僕達は甘く見られてるみたいっすね。もっと、格の違いを見せつけてやらないと!」出鱈目に繰り出された斬撃が雷を削り歪な軌跡となって可視化される。「はぁ!!」モウグが気付き反応をするよりも速く、広がり続ける斬撃が叩き潰され急接近した黄金の剣がモウグの持つ神剣に触れる。「おめでとう。」動きを緩めたチェリシオを、もうひとつの神剣で貫く。しかし、その身体は雷となって霧散し、モウグから距離を取る。「臨んだ結果は得られたっすか?」「貴様……、その神剣に何をした?」「自分のものにしていただいただけっすよ。」「まあいい、貴様を殴る以外の手段がなくなっただけだ。これで余計な事を考えずに済む。」剣を構えなおし、雷とともに再びモウグに襲いかかる。「出来もしない事を言うもんじゃないっすよ。」
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水晶玉が消えた広間に溜息が響き渡る。「状況を説明しろ。」「さっき言った……。」「だからぁ! アリアの言う敵を探して潰す時間だって! 何言ったって一度で呑み込んでくれないのやめてくれる? ロイが困ってるでしょ!!」「うるさいなぁ、騒ぐなら他所でやってぇ。」宙からあくび混じりの苦情が発せられる。「で、お前達はここで何をしてる?」「何って……。」「何も?」「寝てるぅ〜。」再度溜息が響く。「他の奴らを連れ戻す。」「行ってらぁ〜。」ひらひらと動かした手が動きを止める。「お前も来い!」「え!? ちょっとっ!?」強引に光の輪に引き摺り込まれ鋭い音と眩い光に消えた二人を少女達は静かに見送った。
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白の空を赤く照らし、いくつもの炎槍が空気を震わせ絶え間なくルノーレに襲いかかり続ける。「元気なのも困りものですよ……。」全ての槍をただ受け続けるのではなく、逸らし、躱し、全方位の攻撃を捌き続ける。そうしなければ、先に体力が尽きる事は目に見えていた。「あの神が私の事を大事に思ってくれていたらいいのですが。」そんな考え事をしつつ振り返った時、目を焼きつける輝きが掲げられていた。「……さすがにやり過ぎでは?」口を開くことなく手が振り下ろされる。その時、空から突如飛来した何かが両者の間に墜落し、衝撃が白と赤を吹き飛ばす。「ぎりぎりじゃないですか。」巻き起こる土煙に目を遣り、一息つく。ノイオーズも動きを止め、槍を消す。
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土煙の中、地表に佇む女性に声をかける。「随分と派手な登場ですね、シェーリ。」「リメレアに投げ飛ばされたの。みんな、とりあえず再集だって。」「異論はないですね?」ノイオーズが静かに頷く。「さて、戻るならフィリアスも見つけますか。」「探さなくていいよ、あんな奴。後は全部リメレアに任せて私達だけで帰ろう。」
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焦土と化した森の中央、未だ雷鳴は轟いているが貫かれた穴と切り傷によりチェリシオの体力は確実に削られていた。対して、掠り傷こそ付いてはいるものの、依然として余裕気な態度を崩すことなく剣を回し佇んでいる。「例え雷であり精霊であるといえども神剣2本の全てを避けることは難しいようっすね。雷で在り続ければ傷を負うこともなかったはずなんすけど、『金剛』にしなければ僕に一切干渉できない以上は仕方ないっすね。それに、君達は僕等と違って武器を扱うにも力を使てしまう。」「……私はまだ戦える。」掲げられた剣は見る間に大きさを変貌させ天を衝く。「何を───。」雷鳴が鳴り、大剣は裁断機のように暴れまわる。「悪あがきでもするつもりっすか!?」何度躱し逸らしてもなお、大剣は瞬時に向きを変え雷に引かれて全てを薙ぎ払う。「この程度ッ!!」千の突撃が黄金を押し留め、一瞬の隙を産む。「死ね!」停止した黄金の持ち主に向け幾重にも重なった斬撃が襲いかかる。
「本当に、お前達はどうして『奇跡』を使わない?」斬撃は両者の間に刺さった盾によって隔たれた。盾の刃は畳まれ、地に刺さった小さな短剣が姿を現す。「リメレア、邪魔するな。」「自殺は今やる事じゃない。」短剣の元に颯と降り立ち拾い上げる。「わざわざ四本目を届けに来てくれたんすか?」「お前は特に奴と相性が悪いと自覚しろ。無駄な意地を張って勝てる相手ではないんだ。」「……。」振り返らない背中に無数の刺突と斬撃が繰り出される。リメレアが一瞥し、全てが霧散した。「何を……!?」短剣がモウグの足元に投げられる。「これで死んでくれたら楽なんだが。」短剣を中心にモウグの居る空間が黒い球に包まれる。球が消え、全身を切り刻まれながらも形を保ち続けているモウグが血を吐き、膝をつく。「馬鹿な、何故!?」短剣が地から跳びリメレアの元に戻る。「やはり、純粋な『金剛』でなければ命まで取れないか。まあいい、これを回収しただけでも十分だな。」短剣から2本の剣を取り出し状態を確認する。「自我が無いな、何にでも抜け道はあるってことか。」「返せ!!」走り出した途端、全身に刃が捻じ込まれる。リメレアが鋭く睨む。「クソ……。覚えておけ、直ぐに取り返してやる。」霧散したモウグを無視するリメレアにチェリシオが問いかける。「逃がすのか?」「捕らえる手段も殺しきる手段もない、放っておこう。ここにいるのは後はラグリア達か、探しに行くぞ。」
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