枷の少女
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結界内部、エレティア拠点の一室。「話とは何かありましたか、ガレスさん。」机を挟み、ソファーにくつろぐ男―――最初に協力を受け入れ、それなりの貢献もし、信頼はしている。「ああ、面白れぇ奴らが見つかってな。待機させてる。」それでも、その笑みは友好的とは捉え難い。「協力者ですか?」「そうだ、お前のレーダ―通りに進んだら居たんだよ。建造物の中にいたから偽魔女かと思ったら、もう一人でてきてな。」「偽魔女ではなかったと。」「その通りだ! お前のレーダーにも反応は一つだけ、しかもそいつらバカ強くてな。前置きはこんなもんで呼んでいいか? 入っていいぞ!」まだ頷いていないが、部屋に入る存在に注意を向ける。手足に枷をつけボロ布の服を着た少女と。「加護持ちですか。もう一人の方はしっかりとした魔力はありますが、契約は結んでいないのですね。」その背中に隠れるようにしてもう一人が顔を出す。「ハルカだ、あと妹のミホ。」「妹の方はなんでも瞬間移動、姉の方は超怪力だ……驚かねぇのか。」「驚いていますよ。協力していただけるのであれば、心強い限りです。」「……まあ、いいさ。何度死んでも惨めに戦い続けられるようにして貰えたんだ。その分働いてやるよ。」エレティアはガレスが既に持っている物とは異なるレーダーを机に置き突き出す「レーダーに関してですが偽魔女以外のものも察知し種族判別可能の改良品を作成しました。」「なるほどな、魔女以外とも戦うことになるってとこか?」「それでは引き続き。」
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拠点から離れ、歩きながらガレスが口を開く。「お前らはアイツのことどう思う?」「あんたよりはあっちの方が信頼できるよ。」「おいおい、そんなことはないだろ。」「出会い頭に武器向けて襲いかかってきたんだ、当然だ。」「子分共には言い聞かせておくさ。だが、あいつらが襲いかかったのはお前が怖がらせるようなことするからだろ。そもそも、あんな紛らわしい場所にいんなよ。」「仕方ないだろ、あたしらも雨風しのげる場所が欲しかったんだよ。」軽々しい物言いから一転して尋ねる。「ところで、お前の力なら心配する必要はないだろうが探索は危険だ。そいつも連れてくのか?」「ミホはあたしと一緒にいるのが一番安全だ。」背中に隠れながらだが僅かに頷いている。「俺らは他の奴らより弱ぇぞ。」弱気な発言をするガレスの前に拳が突き出される。「ならこれで他より強くなるだろ。」「それもそうか。」いつもの調子を取り戻し、軽く笑う。「ミホもあんたらに慣れたみたいだしな。」「そりゃよかった、これからよろしくな。」拳を軽く突き合わせる。「おう。」
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子分達―――一見ゴロツキのような集団と合流し、拠点集落を出てレーダーの反応を探り偽魔女の屋敷の前にたどり着く。「いいか、奴らは『依代』っていう武器とか装飾品とか、そいつの大事そうな物を壊さないと殺せねぇ。」「一応聞きたいんだけどさ、そいつらとは敵対するしかないのか?」「あいつらは成仏できなかった亡霊だ。知能が碌にない上、契約で行動が縛られてるらしい。だから敵対しかできないんだと。」「そういうことか。なら成仏させてやるか。」
剣を構え、扉に手を掛ける。「よし、入るぞ。」扉を開いた瞬間、炎熱が溢れ出す「炎か。」屋内で激しく燃え盛る炎の奥の偽魔女が振り返る。「あら?お客さーーー」
轟音―――風とともに偽魔女は屋敷の壁を突き破り吹き飛んだ。「これは負ける気がしねぇな。お前ら! 追うぞ!」嘗ての戦闘における苦戦を覆す圧倒的な力を前に沸き立つ子分達を鎮め、偽魔女と共に跳んでいったハルカの後を追う。
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「見事だな。」崖にできたクレーターの中心で灰となって消える死体を眺める。一撃でもう1つの心臓とも言える『依代』ごと身体を破壊されたようだ。「偽魔女は全員この程度なのか?」その下で一息ついていたハルカが平然と尋ねる。「この程度かと聞かれたらそうとしか言えないな。」「じゃあ、すぐ済みそうだな。」「そうなってくれたら楽なんだがな。」新型のレーダーを取り出し、見つめる。説明によれば種族毎にピンの色が異なり、ピンの上に名称が表示されるとのことだ。(人間は表示されないが、ハルカには加護の表示が出ている)
突如見慣れない反応―――つまり、新型の機能による検知結果がレーダーに表示され崖上から近付いてくる。「天使? お前ら! 浮かれてないで念の為警戒しろ。」崖上を睨み、再び剣を構える。
しかし、それは更に上の空から声を掛けてきた。「貴方達、もしかして人間? やった! ようやく会えた!」目の前の地面に魔法陣が展開され頭上から確かに天使と称せる羽と輪を持つ少女がゆっくりと空中を降りてくる。「こいつは敵か?」ハルカはいつでも仕掛けられる姿勢のまま小声で攻撃の判断を促す。「さぁな。おい! お前、何者だ?」「よくぞ聞いてくれました! 私はミルトゥエル! 人々を導き助ける愛を尊ぶ天使です!」
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本当に人を助ける天使なのかもしれない。体も仄かに輝いて見え、その笑みは慈しみに溢れていると言われれば見えないこともない……陽の光を反射して輝きを放つ銀(あるいは異なる金属)色の双刃の凶器さえ無ければ。「敵か味方かは置いといて、あいつが言ってたな「魔法陣は砕ける、展開されて壊せるのなら取り敢えず壊して不利益はない。」と。」剣先を魔法陣に当て、真っ直ぐ地面に突き刺す。
「意外と簡単に割れるな。」魔法陣は薄いガラスが割れる音を響かせ、粉々となり「え?」と声を発すると同時に天使は魔法陣跡地に落下した。「痛たぁ〜、いきなり魔法陣割らないでよぉ〜。」尻もちをついた体勢で愚痴をこぼす。「それで、今の魔法陣は何だったんだ?」「これは私が移動する時に浮かせるためのやつ! 危険なやつじゃないよ!」顔をあげて少し怒っている言い方をしているが、羽があるというのに何故使わないのかという疑問が強い。「結局、何なんだ?」天使は立ち上がり「コホン。」と咳払いをし答える。「大魔女クラフスフィーの味方だよ!」堂々としたその声はよく透き通って耳に届く。「悪い、初めて聞く名前過ぎて敵か味方かも分からん。」「なんで!?」「エレティアの仲間か?」「知らないけど、誰、それ?」
目の前の天使に対して頭を悩ませる。「一旦、戻って報告するかぁ?」「縛って連れ帰るか?」天使は再び足元に魔法陣を展開し、勢いよく飛び上がる。「こうなったらもういいです! 今すぐ皆さんごと拠点まで飛ばして、私が味方の証明を―――」
上空に飛び上がり、天使がガレス一行に手を翳した瞬間、崖上から鮮明な赤い光線が天使を包み消し飛ばした。「な!?」すぐさまレーダーを取り出す。が、反応はない―――いや、今範囲内に入り高速で近づいてきている。「偽魔女か! 来るぞ!」
崖上から勢いよく巨大な機械の塊が飛び出す。噂には聞いたことはある。ある技術の進歩した国は戦争において一般的な戦車を凌駕する鎧の兵士を思わせる装甲の機兵を量産使用していたと。知識があったからこそ今目の前に着地した物が兵器ということが分かる。子分の数人は腰が抜けている。中から声が聞こえる。『勝手に屋敷に侵入したゴミを追ってみれば、人間に出くわすなんてツイてるね。さっきの奴、余りにも拍子抜け過ぎてつまらなかったから、ついでにお前らも殺しとくか!!』「オラァ!!」ハルカが突き出された機体の腕に対して蹴りを放つが、動くことすらもない。『無駄だよ、私の愛機は無敵なんだ。』「クソッ!」
先程天使を吹き飛ばした光が再び放たれる。
光線の爆発が巻き起こした砂煙の中、高笑いが響く。『無力な雑魚を圧倒的な力で消し飛ばす! 最高だ!』搭乗者の身振りに重なり機体は天を仰ぐ。『さて、用も済んだ。あまり持ち場を開けるのは良くないな、戻るか。』「待て。」『あ?』
砂煙が晴れ、確かに光線の軌道上にあった地点―――地面の抉れを割くように立つ人影が見えた。「まだ、ピンピンしてるぜ。」ハルカの後方の地面には一切の乱れなく、ガレスはその背中を見上げ「イカれてんな」と乾いた笑いを漏らす。『な!? お前、どうやって!?』「片手だ。」そう答えた時、ハルカ背中に恐ろしい気迫が見えた。「ん? 何だ今の?」『な、ふざけるな!!』叫び声とともに機体の腕が降りかかる。しかし、「なんだ、普通に壊せるのか。さっきはビクともしなかったけど。」機体の腕は拉げ、スクラップと化し、「オラァ!!」機体ごと持ち上げられ崖に叩きつけれる。『ガハッ……!』地に伏した機体はぎこちなく立ち上がる。『首飾りが……! 落ち着け、落ち着け! なにかの間違いだ! 今の状態じゃマズイ、帰還して態勢を立てな―――』「なあ、この虹色の玉みたいなのがお前の『依代』ってことでいいのか?」機体を押し倒し中央にある球のようなものの上に乗る。『く、来るなぁ!!』あたり一面が赤くなり、ハルカの周囲をドス黒い恐怖が囲う。「なんだ!?」『あああああ、あああああ、あああああああ!!!』発狂に合わせ周囲の空間が捻じ曲がり、赤も黒も不安定に点滅する。「何が起きてる?」その様子を離れて見ているガレス達は視界に映る異様な光景は理解できていない、それでもハルカのモノではないことは知っている。悲鳴、叫声が混ざった咆吼に重なり機体に亀裂が入り、所々が膨れ上がる、まさに爆発の兆しとなる。「ハルカ! 離れろ! これはなにかヤバイ!」「分かった!!」
ハルカが飛び退いた瞬間、赤と黒が機体の周囲を包み圧縮し、音もなく再び膨れ上がるように爆ぜた。
レーダーを取り出し反応を確認する。「消えた……。」目の前に着地するやいなやハルカが話しかけてきた。「なあ、さっきのやつ何だったんだ? 自滅か?」「そう、かもな。」一体目の偽魔女から合わせて3連続の遭遇、前まではこんなことはなかった―――そもそもとして、野外で遭遇するようなことはなかった。何があった? この空気は危険な臭いがする、今は一刻も早く帰還するか?
ガレスの勘を讃える拍手の音と共に、レーダーはその思考を嘲笑した。
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