空裂
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過去、アルフィレオという国のある民家にて、膝に猫を乗せ縁側に座る少女に声がかけられる。「よう、元気してたか?」「普通。」見向きもせずに猫を撫でるついでの答えが返ってくる。「久しぶりに帰って来たのが爺さんの葬式とはな。帰ってこいとは言わないが、もう少し顔を見せてやってくれよ。母さんも父さんも心配してるぞ。」「一人でも生きていける。」素っ気ない態度に溜め息が出る。「そんな感じで友達とは上手くやれてんのか?」猫を撫でていた手が止まる。「……他人より自分の心配したら?」
猫を降ろし、立ち去ろうとする背中に投げかける。「何かあったのか?」「母さん、物置部屋の掃除、頼んでたよ。」
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「何個部屋ほったらかしにしてんだよ。どこも埃被ってるし、意味わかんねぇのいっぱいあるしよぉ。」愚痴をこぼしながら確か3個目の部屋の戸を開けた。「この部屋だけ散らかってないな。……ん?」異様な雰囲気を放つ置物に目を奪われる。「刀か?」それに手を伸ばそうとした時、違和感に気付いた。埃がない、他にも何か……。『好奇心のまま手を伸ばさないか。この家の者は皆用心深いな。』声に戸惑いながら、辺りを見渡すと戸の前に猫が立ち止まりこちらを見ていた。『余所見をするな。話がある。』刀の存在感をより強く感じ再び刀に向き合う。「なんだこれ……。」『早く触れろ、難しい話ではない。』得体の知れない物は触るべきじゃない。『貴様はそう遠くないうちに死ぬ。』「べただな。生きたければか?」『喜べ、貴様の死は確実だ。本題は貴様の妹の方だ。』妹? ハツのことか。「何だ?」『貴様の死後、両親が寿命を終えるほど先の未来、貴様の妹は失踪する。ここまでは確定している。』「あんまり気分は良くないな。そこまで分かっていてどうして失踪なんて話になる? 知ってそうなもんなのに不自然だ。」『消えたのだ。我の認識の範囲から。仕方ない、順序が変わるが我について教えよう。』「おう?」『我は始まりの時に神の欠片から創られた刀剣の一つ―――』「胡散臭。」『……どんなものでも良い、何か形を思い浮かべろ。我らは持ち主の望む姿となる。今回は特別だ。』「じゃあ……」
猫じゃらし
『……これで信じるのならば何も言うまい。我らはそれぞれ能力を持つ。』「お、おう。」『我は空を裂き、世界を駆けることができる。話を戻すが、遥か先の未来で貴様の妹が突如現れた。記憶を失くし、自己を忘れ、不老となり、失くしたものを探して彷徨い続けている。どうする?』「どうするって、何ができるんだ?」『貴様が出向けば自我も記憶も取り戻せるだろう。保護しようとしている者はいるが、そのままでは喪失感に苦しめられるだろう。』「何で記憶を失くしたか、そこが重要だろ。記憶を取り戻したところで問題が残る。そうならないか?」『残念ながら見当違いだ。記憶が戻れば、後は独りでに解決する。その程度の力は持ち合わせている。そうだろう?』「それで、どうしろって。」『我を手に取り、共に来い。案ずるな、この世界の貴様はここに残る。独立した新たな命を得ることになる。』「代わりに俺が神隠しに合うってわけじゃないのか。やるだけ得ってことか?」『損はさせん。』騙されたと思って刀に触れる。
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その刀を掴んだ瞬間、閃光のような靄が体を包む。『さて、正式に契約を結ぼうか。名を名乗れ。』「ケイゴ。」『貴様の望むまともな剣に戻せ。』忘れかけていたその滑稽な形状に申し訳なさを感じながら思い浮かべる。「ところで、なんか能力的なのあるんだろ?お勧めとかないのか?」『片手でも咄嗟に振れる握りやすいものがいいだろう。刀身は長過ぎず太過ぎずといったところか。小難しく考えるよりは、抽象的な方が案外使い勝手が良いはずだ。シンプルでいい。』靄が凝縮され黒刀が浮かび上がる、同時に服も変化する。「なんだこの服?」『契約のついでにくれてやる。それなりの鎧にはなる。』あんまりセンスじゃないんだが、正直ダサい。『我を振ってみろ。』言われた通り刀を振ると布に穴を裂いたように闇が広がった。「これは?」『特別な空間だ。我のような能力がなければ、ここに入ることはできん。庭のようなものだ。』「入ればいいのか?」『ああ。ところで戦闘はできるか?』「スポーツはある程度やってるけど、殴り合いとかってことか? やったこともねぇけど、そこら辺なんとかならないか?」『我の能力で補助することはできる。体が竦むようなことさえなければ問題はないだろう。それ程の強敵と会う予定はない。』切れ目に入ると入り口は閉じ、確かな闇の中になったが自分の体はくっきりと見える。足場は見えないが自由に歩けるようだ。「予定とかもうできてんのか、優秀だな。」『あくまで予定だ。正確ではないし曖昧だ。「そろそろ戦闘が始まるぞ。」としか伝えることはできん。』つまり伝えるということは確実になったということなのだろうか。「それで、この後はどうすればいい?」『全力で生き残れ、ここでは我の能力は呼吸でしかない。』? 「つまり?」『健闘を祈る。』
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『飛んでくるぞ!伏せろ!』頭の中に直接方角が示され、咄嗟に飛んでくる光を視認した。「あっぶね!剣か?」『戦闘中はこのような補助はしてやる。励め。』剣は通り過ぎた先で回転し、再び突進してくる、同時に先ほどと同じ方角から無数の弾丸や様々な凶器が直進していた。『動体視力は契約前よりも上がっているだろう。身体能力もある程度上昇している、捌ききれるはずだ。』無を走りながら飛来する殺意を弾き避け続ける。『我は刃毀れは無論、折れることも、能力によって刃を止められることもない。好きに使え。』「無茶苦茶だな!」
ひたすら闇雲に刀を振り回していると、突如弾幕がやんだ。「ちょっと!私の庭に勝手に踏み込むな!」声のする方を見上げると大鎌を持ち、堂々と宙に仁王立ちしている少女が不機嫌そうにこちらを見ていた。「あれは誰だ?」「それはこっちのセリフだ、コソ泥!」少女の肩から蛇が顔を出す。(おい、どうすんだ?)『ここは我の庭だ。我の声は貴様にしか聞こえていない、代わりに伝えろ。』刀を指さし、少し大きめの声で伝える。「おーい、これが俺の庭だって言ってんぞ。」「はぁ? 何言って、ん? なにそれ? つまり? ……」こちらの様子を注視しつつ、なにか独り言のように呟いている。
不満そうな顔をしてこちらを睨み、頬を膨らませる。「用件は?」『ここには休みの場として以外の用はない。通り道だ。』「ここを旅の休憩場所にしたいだけでコソ泥じゃない。ここにルールがあるならある程度は従うよ。」唸っている、威嚇か?「お好きにどーぞ!!」少女はそう吐き捨てて何処かへ飛んで行った。
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『さて、使い方も十分に教えた。そろそろ行くか。』「分かった、また振ればいいのか?」『今から繋げる場所は先ほどのような存在が夥しい数いる。気を引き締めろ、全てを終えるまで逃げることはできん。妹の捜索は現地を足で探すしかない。この空間をうまく使え。』「それも分からないもんなのか。」『何が干渉してくるか分からないからな。確かではないが予測した地点に繋げる。』「目的はハツの保護てことでいいんだな。」『いや、見つけるだけでいい。貴様がトリガーとなり記憶を取り戻す。目的はそこまでだ。』「その後は?」『その後の道は己で決める。』「……細かいことは見つけてからにするか。」刀を振るい足を踏み出す。
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