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美女だって、恋をする。

美女だって、恋をする

とりあえず、書いてて楽しかったです!

 香水をつけているわけじゃない。それなのに、長い黒髪からはいい匂いがする。体型はすらっとしていて、顔は小さい。目は大きくて、唇はピンク色。街を歩けば、皆が振り返る。

それは誰のことだって?もちろん、高野梨音、つまり私のことに決まっている。私のような美女は、性格悪いなんて思われがちだけど、そうじゃない。バスに乗ったらお年寄りに席を譲るし、ころんじゃった子どもがいたら「大丈夫?」って声をかけるわ。見た目はパーフェクトで優しさも持ち合わせているなんて、神に選ばれたとしか思えない。でもね、あと一つ足りないことがあるの。そう、それは、素敵な彼氏!だって、美女の隣には優しい美男がいるのがベタってものでしょう?

 だから私はうちの高校で一番の美男、齋藤一誠に絶賛アプローチ中。だって、それも美女に生まれた宿命だから。

「齋藤君、おはよう!」

「…高野、またお前かよ」

「もう、またそんな言い方して、梨音泣いちゃうよ」

「どうぞ」

「またまた!ツンデレだね!」

 私がそう笑うと齋藤君は嫌そうな顔をする。でも、それも、作戦だってわかってるんだから。興味ないです、みたいな顔をして、私の気を引こうとするなんて、さすがイケメンはやることが違う。

「齋藤君、好きだよ!」

「俺、高野のこと嫌い」

「…と、いいつつも?」

「だから嫌い」

「そんな風に意地悪いうなら、私も、もう好きになるのやめようかな」

「どうぞ。いや、むしろお願いします」

「そこは焦るところでしょう?」

「あんたって、本当に面倒くさいよね」

 そんな風ないつものやり取りは齋藤君のため息で終わりになる。このやり取りも楽しいんだけど、そろそろ本音を知りたいのに。

「あ~も~、齋藤君が素直じゃないから、今日ももう教室に着いちゃったじゃない」

「それ、俺のせいじゃないよね?」

「齋藤君が素直にならないからです~。それじゃあ、今日も一日、勉強頑張ろうね」

 そう言って私は齋藤君のクラスに齋藤君を送って、自分のクラスに戻っていく。高校2年生になった私たちのクラスは目指す大学によって別れることになっている。国立理系を目指す齋藤君は7組で、国立文系を目指す私は1組。一番遠い教室だけど仕方がない。恋を理由に大切なところを曲げるなんてこと美女はしないの。

 クラスが違うとどうしても会話する時間は限られてくるもの。しかも、休み時間には友だちと話したり、授業の予習をしたりする齋藤君の邪魔はできなくて、私が声をかけるのは登下校の時間だけと決めている。たまたま廊下ですれ違った時とかはノーカウントだけど。もっともっと話をして、齋藤君のことを知りたいし、私もの事も知ってほしい。けど、私には時間がない。だって、登下校の時間は短い。家までついて行くなんて非常識な事できないから、別れ道まで隣で一緒に歩くだけ。早く齋藤君と恋人になって美男美女のカップルになりたいのに!

 あ、そうそう。どうして昼休みにいかないのかって思ったでしょう?本来は昼休みにも齋藤君のところに行きたいんだけど、昼休みは別の用事が入りがち。

「あんたさ、いい加減にしたら?齋藤君が迷惑がってんのわかんないの?」

「ちょっとかわいいからって調子にのりすぎなんだけど」

 肌に触れる風は冷たくなっている。そんな中、校舎裏に呼び出して、こんなどうでもいい内容を毎回毎回聞かされるこっちの身にもなってほしい。下校の時はすぐに齋藤君のところに行くからと言って毎回、毎回昼休みの時間に呼び出されるの。私だってお弁当をゆっくり食べたいのに。

 しかも、「ちょっとかわいい」ですって?「とびきりかわいい」の間違いでしょ?でも、そんなこと口には出さない。前にそう言ったら、ビンタされたことがあるから。だから、しおらしく下を向いているのが正解だって知っている。経験するたび色んなことを学んで、さすが私。だから今日もびくびく肩を震わせながら、下を向いて話が終わるのを待っていた。

「…何してんの?」

 そんな時、聞き覚えある声が耳に入った。思わず顔を上げる。そこには端正な顔立ちで眉をしかめる齋藤君が立っていた。手にはゴミ袋をひとつ。それでも格好良さが揺るがないのだから、やっぱり齋藤君はすごい。

「え?…齋藤君?」

 齋藤君の登場に、私を囲う女子たちの動揺が見て取れる。私に詰め寄ろうとしたその一歩を戻して齋藤君を見た。

「ど、どうしてここにいるの?」

「俺、当番だからゴミ出し。…ところであんたたちは何やってんの?」

 校舎裏。一人の美女が数人の女子たちに囲まれている。そんな光景を見たら、状況なんて大体わかる。もちろん賢い齋藤君にわからないはずがないので、「何やってんの?」は脅し文句みたいなもの。さすが齋藤君と私は目を輝かせて彼を見た。

「えっと…それは…」

 言葉に詰まる目の前の女子たちは、明らかに動揺している。それぞれが自分以外を見て「早く何か言ってよ」とでも言いたげな様子だ。呼び出して脅すくらいなら言い訳ぐらい考えておけばいいのに。

「高野」

「…え?」

「行くぞ」

 そう言うと齋藤君は鋭い視線で私を囲っていた女子たちを睨むとすぐに私の手を取って歩き出した。力が強いからか、掴まれた手首が痛かった。…あれ?

 痛いだけじゃなくて、何だが掴まれた手が熱い。…あれ?自分の心音が聞こえた気がした。全身が熱を持っていく。「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」そう言って、にこって最上級の笑顔を見せたいのに、うまく言葉が出ない。

 私はわけがわからなくなって、動いていた足を急に止めた。そんな私の行動に怪訝そうに齋藤君が振り向く。視線が合った。心臓の音がさらに大きくなる。音を聞かれたくなくて、私は慌てて手を振り払い、一歩齋藤君から距離を取った。

「…」

 助けてもらっておいてその反応はない。齋藤君の視線がそう物語っていた。いや、私だってそう思う。そう思うけど、身体が反応しちゃったんだからしょうがない。

「…あ、えっと…あの、ありがとう。あの、でも、えっと…よくあることだから、気にしないで」

「へぇ、よくあるんだ」

 自分で掘った墓穴に頭を抱えたくなった。どうしていつものようにスマートに言えないのか。けれどそんなこと考えられないほど、心臓の音は速くなり、全身が熱を持つ。視線を合わせて、笑おう。そう思うのに、どうしても齋藤君の目を見ることができなかった。

「あの…えっと、…その…全然、全然、…違うから。その…齋藤君のせいとか、…全然…あの、違くて…」

「やっぱり、俺関係で絡まれてたわけね」

「…いや、えっと…そうじゃなくて、あの…えっと……じゃあ、そう言うことだから!」

 全然まとまっていない。答えになっていない。そんなことはわかっていた。けれど、心臓の音がうるさくて、齋藤君の傍を離れたかった。だから、怪訝そうに私を見る齋藤君を残して、走るように教室に戻る。齋藤君が何か言っていたような気がするけど、それも無視してただ右足と左足を交互に動かし続けた。


「…梨音?」

 教室に戻ると心配そうに親友である山崎寧々が出迎えてくれた。そんな寧々に思わず抱き付く。

「どうしたの?今日はきつく言われた?」

 頭をポンポンとしながら尋ねる寧々の声に頭を横に振る。違う。そうじゃない。呼び出しなんていつもどおり。どうでもよかった。けれど、その後。問題はその後だ。

「…梨音、どうしたの?」

「齋藤君がたまたま来て…助けてくれた」

「よかったね」

「…よく、ない。本当は、いつもみたいに、笑ってありがとうって言いたかったのに」

「言えなかったの?」

 寧々の言葉に、小さく頷く。

「それで、そんなに顔赤いわけね」

「…」

「ふ~ん、そっか、そっか」

「寧々?」

 こっちは動揺しているのに、一人納得したような声を出す寧々に首を傾げる。そんな私に寧々は嬉しそうに笑った。

「いい傾向だね」

「何が?」

「自覚症状はないわけか」

「…?」

「大丈夫、今の梨音、最高に可愛いから」

「私はいつでも可愛いけど?」

「そんなの比じゃないくらい、顔の赤いあんたは可愛いってこと」

 寧々の言っていることが理解できないままの私。けれど、寧々は笑って教えてくれなかった。

 授業のチャイムが鳴った。私は慌てて席に着く。それと同時に、担任でもあり、数学教師でもある伊藤先生が入ってきた。そこでようやく心臓のドキドキが収まる。真の美女は授業中、上の空になったりなんかしない。だから私は、さっとノートを開き、伊藤先生の話に集中した。

「ありがとうございました」

 学級委員長がそう声をかける。伊藤先生が頷いて教室を出て行った。先生がドアを閉めると、やっとHRが終わる。いつもならこの瞬間、齋藤君のところに走るように向かう私の足は、上手く動けずにいた。今までどうやって声をかけてたんだろうか。考えれば考えるほどわからなくなる。せめて姿だけ見ようと窓の外を見ていれば、笑いながら歩く齋藤君の後ろ姿が視界に入った。

 …あれ?何か、おかしい。いつもと違う気がする。何が違うのかと齋藤君を凝視していると、齋藤君が振り返った。目が合った気がして思わずしゃがみこむ。教室に残っていた何人かのクラスメイトに見られたけど、そんなのどうだってよかった。

 振り返った齋藤君を見て何が違うのかわかった。格好いいんだ。いや、そんなのずっと前から知っていた。だから好きになったのだ。けれど、違う。そんなんじゃなくて、「キラキラ」なんて効果音が付きそうなくらい格好いい。顔だけじゃなくて、雰囲気そのものが格好良く見える。顔が赤くなっていくのが自分での嫌なほどわかった。


 次の日から私は、齋藤君に声をかけるのをやめた。いや、やめたくてやめたわけじゃない。ただ、齋藤君を見かけると、上手く足が動かなくなる。「おはよう」その言葉が口から出ない。それだけじゃなくて、齋藤君を見ると、心臓の音がドキドキうるさくて、しょうがなかった。

 私がそんな状態になってから、私が齋藤君を諦めたとみんなが口々に噂していたが、そんなことどうだってよかった。齋藤君にもそう思われているのかもしれない。けれど、それでいいのかもしれないとも思った。だって、齋藤君は何度も話しかける私を面倒くさそうに見ていた。だからきっと、今の状況を喜んでいるのだと思う。そう思うと泣きたくなって、声をかける勇気なんて持てなくて、私は静かに下校する齋藤君の後ろ姿を教室から眺めているだけになっていた。

 少し前の私はすごいな、と自分で思う。よく「嫌い」だと言われてそれでも声をかけ続けていたな、と。変わったのは齋藤君、じゃなくて、自分の心だと認めるのには、少し勇気が足りないみたい。だから、今日も何もせず、いつもと同じように教室の窓から齋藤君の後ろ姿を探していた。

「高野」

 そんな私に聞きなれた声が耳に入る。振り返ればすぐ傍に齋藤君が立っていた。その近さに驚いて、次に表情の違いに気づく。どこか少し怒ってる?それはそうか。だって、私の行動はストーカーみたいなものだったなと今になって気が付いた。

「えっと…あの…ごめんなさい!もうしないから。あの…えっと……じゃあ、そう言うことだから!」

 そう言って鞄を手に持ち、教室を出て行こうとする。けれどそんな私の行動を読んでいたとばかりに、齋藤君が私の腕を掴んだ。

「二度も逃がすかよ」

 そう言って私の腕を掴んだまま齋藤君はずんずん歩く。掴まれているところが熱くなって懸命に逃げようとするのに、齋藤君の力が強くて離れなかった。二、三度目の攻防の末、手を離してくれそうもないことがわかった私はおとなしく齋藤君の後ろについていく。それでも齋藤君が腕を掴む力を緩めることはなかった。

 二人で来たのはいつか女子たちに呼び出された校舎裏。私を壁側に立たせるとようやく齋藤君は手を放す。

「…」

「…」

 沈黙。何、この時間。ただでさえ、齋藤君を目の前にして心臓の音が大きくなっているというのに、こんなに静かだと聞こえてしまいそうで怖かった。だから思い切って声を出す。

「あの、齋藤君?」

「…ん?」

「いや、ん?じゃなくて…どうしたの?」

「それ、俺のセリフだから」

「え?」

 齋藤君の発言が理解できなくて私は首を傾げた。どこか伏し目がちだった齋藤君の目が私をまっすぐ見る。ああ、困る。顔の熱が上がるのが嫌でもわかる。目の前にいる齋藤君には私の真っ赤な顔が見えているに違いない。だから思わず私は顔を伏せた。そんな私の耳に舌打ちが聞こえる。

「いいかげんにしろよ。押してダメなら引いてみろって?」

「いや、えっと…そういう訳じゃなくて…」

「じゃあ、なんで最近、声かけてこないわけ?」

「…だって、齋藤君、迷惑がってたでしょ?」

「そんなのずっと無視してただろ?なんで急に聞き入れてんだよ」

「だって…」

「…だって?」

 少し怒っていたような齋藤君が先を促す。その声が優しくて、泣きたくなった。優しくなんてしなくていい。私の事を理解しようとしてくれているんじゃないかって。そんな勘違いをしてしまう。目を見て言いたくなってしまう。

「……私、齋藤君が好きなの」

 たぶん、これが初めての告白。今まで何度も「好き」だと言ったけど、たぶん、本当の好きではなかった。こんなに、切なくて、でも傍にいたくて、けど、傍にいると苦しくて。そんな気持ちで「好き」だと言ったのは今が初めてだと思う。ああ、寧々の言っていたことはこれか。ようやく自分の心を認めることにした。

「知ってるけど?」

「違うの。…そうじゃなくて。今まで言ってた好きとは違くて。…えっと、ね」

「うるさい」

 そう言うと齋藤の端正な顔が近づいてきた。あれ?…あれれ?近く過ぎない?そう思っているうちに唇に柔らかいものが当たる。訳も分からず今度は、逆に離れていく齋藤君の顔を見ていた。そんな私の頭を齋藤君が軽くはたく。…地味に痛い。

「あんた、見過ぎ」

 どこか顔を赤くして、明後日の方向を見る齋藤君は、今まで見てきた中で、初めての齋藤君だった。

「次は、目、閉じろよ?」

「……え?」

「あんたが毎日好きだって言うから俺まで好きになったじゃねぇか」

「…」

「今更離れろ、なんて無理だから」

 齋藤君の言葉がじわじわと心の中に入っていく。…あれ?もしかして…。理解できるようになったころには、私は耳まで赤くなっていたと思う。

「顔、真っ赤」

「…齋藤君だって」

 負けじと言い返すが、齋藤君にダメージはないみたい。

「あんたって可愛いんだな」

「そんなの当たり前だよ、齋藤君」

「しゃべると、うるさい」

「でも、美声でしょ?」

 うふふ。そう笑う私に、齋藤君はもう一度屈んでキスをした。

「…!」

「あんたを黙らせる方法、ようやくわかった」

「…すぐに慣れるよ」

「じゃあ、慣れるまで」

 そう笑って、齋藤君はもう一度、私にキスをした。



読んでいただき、ありがとうございました。

きっといろいろ思う所はあるかと思いますが、自分は書いてて楽しかったので、満足です!!

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[良い点] あっま。激激甘。 こういう作品大好きです!
[良い点] 可愛い
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