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巫女

「いやあ,日菜姫さんって本当に可愛いですよね」


「はあ…」


 僕の対面に座った男性がたましいの抜けた相槌あいづちを打つ。

 その話はもう飽きたといわんばかりの反応だが,残念ながら僕が日菜姫の話をし始めてからまだ1時間半しか経っていない。

 日菜姫の魅力を余すことなく伝えきる上ではまだまだじょの口である。



「日菜姫さんのくちびるは芸術品です。あそこまでほどよいふくらみは他じゃ実現できませんよ」


「宍戸さん,うちの娘をベタ褒めしてくれてありがとうございます。娘に伝えておきます」


 僕が今向かい合っている男性-松川栄まつかわさかえは,日菜姫の父親である。

 年齢はもう50歳に近いだろうが,お腹はキュッと引き締まっている。顔立ちも,さすが日菜姫の父親だけあってかなりイケている。



「それで,日菜姫さんのくるぶしは…」


「宍戸さん,ちょっと待ってください。宍戸さんは民俗学の調査に来たんじゃないんですか?」


 栄は,野暮やぼったいことを言って僕の話を制止した。ここから話が盛り上がっていくというのに。



「宍戸さん,たしかこの村の海神のことを聞きたいんですよね?」


 たしかに僕は栄に対し,そのような動機を述べ,無事この家にお邪魔することに成功した。しかし,いわずもがなそれは口実こうじつでしかない。

 僕の真の目的は,日菜姫さんが暮らす家で日菜姫さんが普段触っているものに触れ,日菜姫さんが普段嗅いでいる香りを嗅ぎ,日菜姫さんが普段吸っている空気を吸うこと。

 無論,日菜姫が在宅中ならばそれに越したことはなかったが,生憎あいにく日菜姫は外出中だった。



「いやあ,とにかく日菜姫さんの踝は…」


「いやいや。娘へのお世辞はもういいですから。宍戸さんも忙しいでしょうから,早く本題に入ってください」


「お世辞なんかじゃないです! 日菜姫さんは女神なんです! 正真正銘しょうしんしょうめいの女神なんです!」


「宍戸さん,落ち着いてください。娘は女神なんて大層たいそうなものではないです。普通の子です。ただ,巫女みこではありますが…」


「巫女!?」


 聞き捨てならない。

 まさか日菜姫が圧倒的ルックスに加え,「巫女」という最強のえ属性を持っていただなんて。


 僕は,ポーチからボールペンとメモ帳を取り出した。



「日菜姫さんが巫女な件について詳しくお聞かせください」


「急に調査っぽくなりましたね?」


「当たり前です。巫女とはその村の神事しんじ祭事さいじに欠かせない存在です。民俗学的にとても重要な存在です」


「そうなんですか。勉強になります」


 巫女が民俗学的にとても重要な存在であることは事実だが,もちろんこれも単なる口実だ。

 僕が日菜姫の巫女っぷりを聞く目的は,萌え目的でしかない。


「で,栄さん,日菜姫さんが巫女というのは本当なんですか?」


「本当です」


「巫女服は着るんですか?」


「巫女服? 正装せいそうは白い装束しょうぞく赤袴あかばかまですが,そのことですか」


 キタコレ! 最高かよ!×10



「そ…それはポイント高い…」


「ポイント? なんですかポイントって?」


 栄が怪訝けげんな表情を見せる。



「ちなみにはかま膝下ひざした何センチですか?」


「それって,民俗学に関係あるんですか?」


「巫女服を着ているとき,日菜姫さんは下着をつけているんですか?」


「絶対に民俗学に関係ないですよね?」


「ところで,日菜姫さんのスリーサイズっていくつですか?」


「宍戸さん,今すぐこの家から出て行ってもらいますよ?」


失敬しっけい


 危ない危ない。さすがに攻め過ぎた。

 もう少し民俗学の人っぽく振舞ふるまわねばなるまい。



巫女舞みこまいはどうですか? 日菜姫さんは巫女舞を踊るんですか?」


「もちろん。今はそのレッスン中です」


 なるほど。それで長らく日菜姫が帰ってこないのか。


 僕は長い袖と長い袴を揺らしながら,優雅ゆうがに巫女舞を踊る日菜姫を想像する。



「宍戸さん,よだれが出てますよ?」


「ジュル…失敬。巫女舞を練習しているということは,どこかで披露する機会があるんですか?」


「基本的にはありません。海神様に見せるだけのものですから」


「ええ,もったいない! 東京に行けば,オーディションがたくさんありますよ! 日菜姫さんなら絶対受かると思いますよ!」


「オーディション? 娘はアイドルになるためにまいを練習しているわけではないんですが…」


「失敬。先ほどから失敬ばかりで申し訳ありません」


 そんな萌え度マックスのパフォーマンスが神前でしか披露されないだなんて,もったいないの極致きょくちである。海神羨ましすぎるだろ。

 

 …ん? 海神? 


 偶然だが,栄との会話は今,民俗学調査の核心に迫ってきているのではないか? 

 僕はほんの一瞬だけ日菜姫のことを頭から引き離す。



「そういえば,栄さん,この村の海神って何者なんですか?」


 栄にとって待ちに待った質問だろう。なんせ,栄は,僕が日菜姫について語る中,常に海神へと話を移したいという素振りを見せていた。


 しかし,栄の答えは意外にもあっけないものだった。



「よそ者には教えられません」


「なんでですか!?」


「教えられないものは教えられないんです」


 海神について話したがらないのは村長も栄も同じというわけか。

 この村の調査はなかなか難易度が高い。仕方ない。そうとあれば…



「代わりに日菜姫さんの好きな男性のタイプを教えてください」


「もう帰ってください」


 栄は,おもむろに机に置かれた湯飲みを片付け始める。



「いやいや。栄さん,今晩はこの家に泊まらせてください。日菜姫さんと夜をともにした…僕が助手を務める民俗学者が,民族調査のためには民家に泊まるべきだと言っています」


「娘とワンチャンという下心がほぼほぼ出尽くしていましたよ? 宍戸さん,私はあなたを娘に会わせたくありません。帰ってください」


「下心はありません。僕はただ,日菜姫さんと夜の民俗学調査をしたいだ…あつっ!」


 栄が急須きゅうすに残っていたお茶を僕の顔にかけた。温厚な栄をついに怒らせてしまったようだ。



「宍戸さん,本当に民俗学調査をしたいなら,烏丸からすまの家に行くのがいいと思います。烏丸熊蔵からすまくまぞうはとにかくこの村の歴史や文化に詳しいですから。海神のことは無理かもしれませんが,他のことについてならば色々と教えてくれると思いますよ」


 アドバイスの形式をとっているが,要するに「早くここから出てけ」ということだ。


 日菜姫の父親に嫌われてしまうのは,今後のことを考えるとあだとなる。

 僕は名残惜なごりおしくともおいとますることとした。






 

 前回の後書きで,後書きは自分の歪んだ性癖を書く場ではない,と書きましたが,本編の内容的に,今回は菱川の歪んだ性癖に触れざるをえません。


 菱川のことを知っている方は漏れなく知っていると思いますが,菱川はいわゆる「巫女フェチ」です。

 街中で巫女服を着た女性を見つけたら,とりあえず200メートルくらいついていきます(犯罪)。


 菱川の作品に出てくる男性キャラは,漏れなく「巫女フェチ」です。それは,菱川が「世の男性は全員巫女フェチである」という偏見を持っているからです。


 このようにして,小説は,作者の偏見と嗜好にまみれたものとなっていくのです。

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