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美少女

 翌朝,僕は倫瑠の命令によってある家の前に来ていた。


 僕と倫瑠がアジトとしている古民家とボロさは変わらないものの,大きさははるかに大きい。庭となっている部分も含め,仮に都内の一等地でこれだけの広さの土地を持っていたとしたら,相当なセレブだろう。


 ここは,この村の一番の権力者,村長の住む家である。

 


 僕が戸をノックするまでもなく,気配を感じた村長が戸を開け,僕を出迎えた。倫瑠との対応との違いに愕然がくぜんとする。


 村長は,想像通りのルックスだった。

 ぼさぼさの白髪しらが白髭しろひげ,全体的なしなびた感じがいかにも村長,といったところである。ローブを着せたら大魔導士だいまどうしに化けそうなルックスとも換言かんげんできる。


 村長の家には,もう一人,若い,といっても50歳半ばくらいの男性がいた。坊主頭のその男性を指し,村長は「わしの息子じゃ」と紹介した。


 これだけの大きさの家なのに,間取りは,僕と倫瑠のアジトと同様に,ワンルームだった。おそらく,この村には,文明の遅れゆえに,プライバシーという概念がいねんが導入されていないのだと思う。




日菜姫ひなきはのう,ものすごくべっぴんさんでのう」


「ははあ」


 なぜこのような事態におちいってしまったのだろうか。

 僕は,よわい90オーバーの老人が,若干じゃっかん19歳の村の少女に対してのろけている話を丸々1時間も聞かされている。


 これは決して僕の聞き取りが下手クソだから,というわけではないはずだ。

 どんな質問しても,村長は無理矢理「日菜姫」という女性に話題を持っていってしまうのである。



「あの,村長,この漁村ではその年に初めて船を出すとき,どのような儀式ぎしきをするんですか?」


「そうそう。日菜姫は来年には二十歳になるのう。成人のをせねばのう」


「いや,その…。なんか海難かいなんにあわないためのおまじないみたいなものはないんですか」


「日菜姫が6歳の頃にのう,ワシの前で転んでひざをすりむいたことがあってのう。そのときには痛いの痛いの飛んでいけのおまじないをしてやってのう」


「いやいや…えーっと,ぶっちゃけこの村の海神様ってなんて名前なんですか?」


「日菜姫は器量が良いだけでなく料理も上手でのう。この村の伝統料理だけでなくフランスやイタリアといった外国の料理も上手でのう」


「もはや文脈ぶんみゃくまえていませんね? あなた,サイコパスですか?」


 こんな感じの禅問答ぜんもんどう以上にむなしいやりとりがエンドレスに続いているのである。

 坊主頭の息子も,村長の隣に座りながら,この下らない話をうんうんとうなずきながら聞いている。せない。

 

 

 このエロジジイの頭をかち割りたい,という僕の欲求がクライマックスを迎えようとしていたそのときだった。


 ギーッと音を立てて引き戸が開いた。

 

 

 刹那せつな,僕は言葉を失った。


 どう例えればいいのだろうか。

 荒廃した戦地でショパンの調しらべを聴いたような感動,いな,沈みゆく座礁船ざしょうせんの中でモナリザの微笑みを見たような感動,いや,それも違う。


 とにかく言葉では表すことができない。



 視界に飛び込んできた少女の美しさは異次元いじげんだった。



 僕は唯一ゆいいつ浮かんだ言葉をもって彼女を迎える。



「結婚してください」


「え?」


 あま羽衣はごろもまとった少女がまゆをひそめる。

 そんな無愛想ぶあいそうな表情ですらフォトジェニックである。



「結婚してください」


 僕は繰り返す。自分で評するのも難だが,僕は計画的に物事を運びたいタイプである。

 そんな僕が,少女を養っていくためのお金が貯まるのも,夜景の素敵なレストランを予約するのも素っ飛ばして,いきなりプロポーズをしてしまうのだから,少女の美しさは常軌じょうきいっしているとしか言えない。



「結婚してください」


 僕は立ち上がると,家の入り口で立ち止まったままの少女に向かって一歩一歩近付いていく。

 僕との距離が縮まるにつれ,少女の表情が曇っていくことに僕は気付かない。

 なぜなら,恋は盲目もうもくだから。



 少女が悲鳴をあげるのとほぼ同時に,突然,呼吸ができなくなった。村長の,齢90とは到底思えないするどい蹴りが,僕の鳩尾みぞおちにクリーンヒットしたのである。


 少女まであと数歩の場所で無念にも倒れてうずくまる僕に,村長はつばを吐くように言い放った。



「小僧,ふざけるなよ。日菜姫には指一本触れさせんからな」


 なるほど。この子が日菜姫か。村長が夢中になるのも当然だ。



「日菜姫,悪かったのう。客人が無礼ぶれいをして」


「いいえ。少しびっくりしましたが,大丈夫です。個性的な方ですね」


 日菜姫は若干のラッキースケベを期待して仰向あおむけで床に伏していた僕の顔をまたぐことなく迂回うかいし,部屋の中ほどにある木の机に,持っていた土鍋どなべを置いた。



「今日はラタトゥイユを作りすぎちゃったのでお裾分すそわけです」


「ん? 灯油とうゆ? それは食べれるのか?」


「食べれますよお。栄養価えいようかもバツグンです!」


「そうか。いつも悪いのう」


「いえいえ,この村が争いごとなく平和なのも村長さんのおかげですから」


 日菜姫が微笑ほほえむ。日菜姫の微笑みによって,地球の裏側で起きている無用な紛争が一つ終結したような気がした。



「ぜひ興治おきはるさんもし上がってくださいね」


 日菜姫が坊主頭にウインクする。村長の息子は興治という名前らしい。



「お客さんもぜひ」


 日菜姫が今度は足元の僕にウインクをした。

 僕は,仮に鍋の中身が灯油だったとしても,絶対に飲み干そうと決意した。



「では,ごきげんよう」


 日菜姫は部屋いっぱいに良い香りを振りまいて帰っていった。


 村長が鼻の下を伸ばしている。おそらく僕の鼻の下もそれに負けないくらいに伸びている。







 後書きは自分の歪んだ性癖を披露する場ではない,とのご指摘が飛んでくる前に,少し方向性を変えたいと思います。

 

 過去作「殺人遺伝子」のとき同様,感想を下さった方の作品を可能な限り紹介します。



 感想一番乗りの緋和皐月様,ありがとうございます。


 皐月様が現在連載中の作品は,「世間知らずに異世界暮らし」です。


 皐月様といえば,BL系コメディーですが(僕の勝手なイメージ),この作品は男性目線のエロが使われた異世界ファンタジーです。皐月様の性癖…いや,引き出しの豊富さが窺い知れます。

 この作品で一番魅力的なキャラクターは,アスネリかな,と思っています。ストーリー冒頭から主人公を翻弄するヒロインなのですが,実はヒロインではなく…。


 皐月様は自称「両性」なのですが,たしかにそうかもしれないな,と思う今日この頃です。ちなみに菱川の好きな深海魚のミズウオも両性具有です。仲間ですね。

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