美少女の役割(8)
「皆さん,ご静聴ありがとうございました」
大半の村人は言葉を失っているようだったが,熊蔵の泣き叫ぶ声はやんでいなかったため,「ご静聴」とは言い難い状況である。
はあ,と倫瑠が大げさに息を吐き出す。
「疲れました。探偵でもなんでもない民俗学者にこんなしんどい推理させるなって感じですよね。全く」
危うく倫瑠が何者かを忘れるところだった。それくらいに見事な推理だった。
「しかし,この村一番の美少女の役割は,ミズムシイタルコの怒りを鎮めることですから,総選挙で選ばれてしまった以上ここまでは私の義務なんです」
なるほど。倫瑠が推理によって実現しようとしたことは,真実を明らかにすることによって,ミズムシイタルコの怒りを鎮めること,もっと正確にいえば,そもそもミズムシイタルコは怒っていないことを示すことだったのである。
倫瑠のエレガントな推理によって,その目論見は十分に叶えられていた。
村をあげて行われる美少女総選挙,この比較文化的に見てかなり怪異なイベントの意義が今の僕には理解できた。ミズムシイタルコの怒りを鎮めるため,舞を踊り,ときには生贄になる美少女を常に1人決めておかないとこの村は回らないのだ。
とすると,八津葉の死を確認したときに村長が総選挙の開催を宣言したのは,決してKYではなかった。むしろ時宜に適ったものだったといえる。
「皆さん,分かりましたか? 今回の事件はミズムシイタルコの怒りが引き起こしたものではないのです。もうこれ以上美少女を犠牲にしないでください。美少女は大切に,ね」
倫瑠は振り返ると,小走りでひな壇の方へと駆けて行った。
「私が辞退したら,当然,次のイタルコの巫女は莉李ちゃんということになりますが」
倫瑠は中腰になると,莉李ちゃんの頭を優しく撫でた。
「今回の件でこんな可愛い子を海に沈めようだなんてバカなことは決して考えないでくださいね」
大きな黒目を潤ませながら倫瑠をまっすぐに見つめる莉李ちゃんに踵を返すと,倫瑠は今度は村長の元へと駆け寄った。
「村長も,ミズムシイタルコを怒らせるようなことをしないように気をつけてください。私はメタンハイドレート採掘用の港としてこの村を開発することに賛成でも反対でもありませんが,村全体を巻き込んだ議論は絶対に必要だと思います。密約は絶対にダメです。次の総選挙は,誰が美少女かではなく,開発の是非を問うものにしてくださいね」
倫瑠は久方ぶりに村長に対して笑顔を向けると,今度は客席で立ち尽くす僕をロックオンした。
「絃次郎,東京に帰るわよ」
そんなわけにはいかない。今回の事件の謎を解き明かしただけでは倫瑠の役割は終わっていない。
「倫瑠さん,どうするんですか?」
「どうするって何をよ?」
倫瑠はあっけらかんとした顔で問い返す。会場全体が気にかけていることを倫瑠が気付いていないなんてことはありえるのだろうか。
「何って,犯人の処遇ですよ! 栄さんや八津葉さんの件は自殺でしたが,矢板さんと日菜姫さんの件は他殺です。興治さんと熊蔵さんには刑法上の殺人罪が適用されます」
「あれ? 私,最初に言わなかったけ?」
意外にも倫瑠のあっけらかんとした表情は崩れなかった。
「何をですか?」
「私,最初にマニフェストで言ったよね? 私に投票しなかった人を,今回の一連の事件の犯人として突き出す,って」
たしかに言っていたが,まさか本気だったとは。
マニフェストの内容が内容なので,実行力があって某政党よりも立派ですね,という話にはならない。
通常,冤罪は事件の真相が分からないにもかかわらず,捜査機関が勇み足をすることによって生まれるものである。ここまで徹底的に真実を明らかにした上で,あえて冤罪を生み出すなど前代未聞である。
「興治さん」
倫瑠に名前を呼ばれ,犯人と指弾されて以降ずっと下を向いて考え込んでいた興治が,ピクリと反応する。
「私に投票してくれましたか?」
倫瑠の穏やかな口調の問いかけに対し,興治は微かにだが,たしかに首を縦に振った。
「無罪放免です」
おいおい,と僕は心の中で全力で突っ込む。ここまで適当な審判というものがこの世にあって良いのだろうか。
「次,熊蔵さん」
熊蔵の嗚咽がピタリとやむ。
「もちろん,私に投票しましたよね?」
「…ああ。投票した」
泣き叫んで声が枯れてしまっていたが,熊蔵はたしかにこう答えた。
「よしよし。優秀優秀。無罪放免です」
倫瑠が満面の笑みを見せる。
めちゃくちゃだ。倫瑠はこの村一番の美少女から,この村唯一の独裁者へと成り変わっている。
「えーっと,私の記憶が正しければ,私に投票しなかった愚者が一人いたはずなんだけど」
倫瑠はひな壇の後ろに片付けてあった投票箱をひっくり返し,ステージに散らばった投票用紙の中から,一枚だけ色の違うものを拾い上げた。
今回の総選挙は記名投票だ。マズイ。
「絃次郎!」
メドゥーサよりも破壊力のある倫瑠の目が,僕を捉える。
「まさか,あんたが変質者の上にロリコンだっただなんてね。つくづく見損なったわ」
「いやいやいや,倫瑠さん,これには深い訳がありまして…」
「詳しくは警察署で話しなさい。マニフェストどおり,あんたをこの事件の犯人として警察に突き出すから」
「えええええええええええ」
僕の悲鳴を聞くと,満足げに倫瑠は笑った。
とあるユーザー様から,推理小説を書くならばカクヨムの方が評価されるから,カクヨムにアップした方がよいというご助言を受けました。
とてもありがたいご助言なのですが,2年遅かったです。
残念ながら菱川はすでになろうの空気に穢されており,真面目な推理小説など書けない身体となってしまいました。
カクヨムへの転載はしようとは思いますが,これからもあくまでもなろうの読者様を対象とした,なろう向け推理小説を書き続けようと思います。
次回で最終話です。




