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美少女の役割(7)

「それでは,最後の推理に移りましょう。第4の事件の被害者は八津葉さんです」


 僕は,倫瑠の推理を聞くまでもなく,八津葉が殺された事件の真相が分かるような気がした。

 八津葉は,何者かの手によって生贄に捧げられたのである。栄がミズムシイタルコの祟りを偽装して自殺したことにより,村一番の美少女をミズムシイタルコに捧げる必要性が生じた。ゆえに,消去法的に「村一番の美少女」となった八津葉が生贄として,海に沈められたのである。


 しかし,これまで何度も裏切られた僕の予想は,最後の最後でまたしても裏切られた。



「八津葉さんの事件。これも自殺です」


 倫瑠の言葉がすぐには飲み込めず,驚くこともできなかった。他の観客も同じ心境だったのだろう。会場を不気味な静けさが包んでいた。



「順を追って説明しましょう。話は一旦いったんさかのぼります。日菜姫さんが殺された朝のことです。絃次郎! 日菜姫さんを海に沈めたあと,熊蔵さんが何をしていたか覚えてる?」


 急に名前を呼ばれた僕は,全身を強張こわばらせた。突然の質問に頭がついてこない。



「えーっと…」


「アリバイよ。熊蔵さんが日菜姫さん殺しの犯人ではないとして,八津葉さんが主張したアリバイを思い出して」


「…ああ,分かりました。熊蔵さんは,家で八津葉さんと喧嘩けんかをしていました」


「そうよ。時間の無駄だから次からはヒントなしで答えなさい」


 時間の無駄と言われても,わざと時間を引き延ばしているわけではないのだからどうすることもできない。ただ,ここで倫瑠に売られた喧嘩を買えば,それこそ時間の無駄である。



「熊蔵さんと八津葉さんの親子喧嘩のきっかけは,日菜姫さんが生贄に捧げられたことです。そのことを八津葉さんがどのように知ったのかは分かりません。帰宅した熊蔵さんが話したのかもしれませんし,八津葉さんが熊蔵さんの様子からなんとなく察したのかもしれません。何はともあれ,八津葉さんは,熊蔵さんが日菜姫さんを海に沈めたことを知り,熊蔵さんを強く非難したのです」


 てっきり八津葉は日菜姫のことをうとましがっていたのだと思っていたので,八津葉が日菜姫殺しに憤慨ふんがいしたというのは意外である。



「八津葉は優しい子なんじゃな…」


 マイクが拾った,村長がボソリとこぼした感想は,おそらく僕と同じ認識に基づいたものだろう。



「そんなことはありません。八津葉さんが熊蔵さんを強く非難したのは,日菜姫さんを可哀想かわいそうだと思ったからではないのですから。むしろ,八津葉さんは,日菜姫さんをうらやましく思ったのです」


「ほえ?」


 村長の腑抜ふぬけた返事は,観客の気持ちを代弁だいべんしていた。

 倫瑠の話はあべこべである。若くして志半こころざしなかばで命を奪われた子を羨ましく思う道理などどこにあるのか。



「八津葉さんは,熊蔵さんにこう言ったはずです。『どうして私じゃなくて,日菜姫を生贄にしたの?』と」


「…なんじゃそれ? い…意味分からんぞ」


「無責任ですね。八津葉さんをこのように倒錯とうさくした心境にさせたのは,あなた達村人だというのに」


 倫瑠の細い目の中で,村長は縮こまる。



「この漁村ではミズムシイタルコが崇拝されています。荒ぶる海神であるミズムシイタルコを唯一コントロールできる存在,それがこの村一番の美少女である『イタルコの巫女』なのです。なんせ,彼女だけが舞や献身によってミズムシイタルコの怒りを鎮めることができるのですから。このことから,ミズムシイタルコ崇拝から派生して,村では美少女崇拝が根付くようになりました。一般に美少女はチヤホヤされる存在ですが,この村における美少女のチヤホヤされ度合いは異常です」


 これにはいくらでも心当たりがあった。僕の民俗学調査中,村長はことあるごとに日菜姫の話をしたがり,阿久津だって突然リア・ディ◯ンの話を切り出した。そして,この美少女総選挙が何よりの象徴だ。一部のヲタクが発狂する場に過ぎない本家の総選挙と違い,この村の総選挙は村人総出むらびとそうでで,もはや子孫を残す能力のない老人までもが「倫瑠ちゃん,◯◯◯して!」と叫んでいた。

 村にたまたま変態が多い,では説明し尽くせないこの状況は,ミズムシイタルコのために身を捧げる美少女への敬意に由来していたということなのか。



「日菜姫さんは見目麗みめうるわしい少女だったと聞いてます。アイドル級のルックスを持っていたと聞いています」


 引きこもりの倫瑠は一度も日菜姫の顔を見ていないため,伝聞となってしまっているが,まさしくその通りである。



「日菜姫さんは,比較的幼い頃から村人から目を付けられ,順当にこの村一番の美少女の座に登りつめました。村人は皆して日菜姫さんを可愛がり,ありがたがり,あがめたのです」


 しかし,と倫瑠は続ける。



「他方で,日菜姫さんとほぼ同じ時期に産まれながら,残念ながらルックスに恵まれなかった八津葉さんは,みじめな人生を送りました。同年代の女の子同士だというのに,チヤホヤされるのは日菜姫さんだけ。日菜姫さんが圧倒的な美少女であったために,八津葉さんは『イタルコの巫女』の候補に上がることは一切なく,巫女舞を練習させてもらうこともなかった。ルックス至上主義のこの村の中で,八津葉さんには居場所がなかった。このままだと自分の存在価値はないと考えるようになった八津葉さんは,人一倍に美醜びしゅうを気にするようになりました。正気しょうきを保つために,日菜姫さんの美しさを否定し,自分こそがこの村で最も美しい美少女だと自己暗示じこあんじをかけるようになりました」


 これにも心当たりがあるなんてものではない。僕が知っている八津葉の人物像は,まさしく今倫瑠が指摘したとおりのものだった。




「だから,八津葉さんは,熊蔵さんが,日菜姫さんをミズムシイタルコの生贄としたことに深いショックを受けました。自分の父であり,自分を誰よりも評価してくれるはずの熊蔵さんまでもが,日菜姫さんの美貌びぼうと八津葉さんの美貌を天秤てんびんにかけた結果,日菜姫さんを選んだのですから」


 八津葉の気持ちは分からないでもない。ただでさえ,年頃の女の子は見た目をやけに気にする。さらに八津葉の育った異常な環境を考えれば,熊蔵の選択が八津葉への全否定となったと言っても過言かごんではない。



「いうまでもなく,熊蔵さんは娘である八津葉さんを愛しています。八津葉さんではなく日菜姫さんを生贄に捧げたのも,大切な八津葉さんを失いたくなかったからに違いありません。だからこそ,2人の喧嘩はヒートアップしました。生贄にして欲しかったという八津葉さんに対して,熊蔵さんは『バカなこと言うな。もっと自分を大切にしろ』とでも言ったのかもしれません」


 今考えると,熊蔵のアリバイについて八津葉に質問したとき,八津葉が喧嘩のことについて言いにくそうにしていたのは,八津葉にとって,父親から自分のルックスを否定されたという話が屈辱的くつじょくてきであり,恥ずかしいものだったからということだろう。



「話を栄さんが自殺した後に戻します。栄さんの死は,八津葉さんにとってまたとないチャンスでした。なぜなら,熊蔵さんが日菜姫さんを生贄に捧げたにもかかわらず,ミズムシイタルコの怒りは鎮まってないのですから。ここで自分が生贄となり,ミズムシイタルコの怒りを鎮めることができれば,自分こそがライバルである日菜姫さんを超え,正真正銘しょうしんしょうめいのこの村一番の美少女になれる,と八津葉さんは考えたに違いありません」


 全くもって狂気染きょうきじみた話である。しかし,今までの倫瑠の話を聞いたあとではスッと飲み込むことができた。



「八津葉さんは,熊蔵さんに掛け合ったはずです。『私をイタルコ岩の麓に沈めて欲しい』と。しかし,熊蔵さんはそれに応じなかった。なぜって,自分の可愛い娘の命がしいですからね」


 さも当然のように日菜姫を生贄としながら,同じ状況になったときには八津葉を生贄に捧げることを拒否するなんて,身勝手極まりない。

 しかし,熊蔵の気持ちも十分に理解できる。人間は身内を守るためにはいくらでも不合理になることができるのである。



「ここでもまた熊蔵さんと八津葉さんは口論になったことでしょう。しかも,このときにはすでに日菜姫さんはこの世を去っているのですから,八津葉さんがこの村一番の美少女でないことを熊蔵さんが論証ろんしょうすることは難しかったはずです。これは想像ですが,熊蔵さんは八津葉さんにこのようなことを言ったのではないでしょうか。『お前みたいなブスがこの村一番の美少女になれるはずがない』と」


 ぐおおおおおおお

 と,空気をしんからふるわせる声が会場をらした。熊蔵の嗚咽である。倫瑠の想像は図星ずぼしであったに違いない。



「この一言が最後の引き金となりました。八津葉さんは,自ら海に身を投げることによって,生贄となることを決意したのです」


 ぐおおおおおおおおおおお

 会場の振動がさらに大きくなる。八津葉の思いも知らず,「ブス」という言葉を何度も投げかけてしまったのは僕だって同じだ。僕も八津葉の背中を押した一人なのかもしれない。



「八津葉さんは,早朝,港に停めてあった木船に一人で乗り込み,イタルコ岩の麓まで向かいました。そして,海に飛び込みました」


 なるほど。港の木船が一艘無くなっていたのは,八津葉が自殺に用いたからだったのか。その船は片道のみで運航を終えるため,永遠に港に返されることはない。



「海の中で八津葉さんは,イタルコ岩に必死でしがみつきました。なぜなら,生贄となるためには,イタルコ岩の麓に死体を飾らなければならないからです。波の力でどこかに流されてしまえば単なる犬死いぬじにです。そして,身体を水面に持って行こうとする浮力に耐え,また呼吸が苦しくなることにも耐え,意識が遠のいていくのを待ったのです。この自殺も,栄さんの自殺同様,常人にはできないものです。八津葉さんの美に対する異様なまでの執念しゅうねんが可能にした『不可能自殺』だといえます」


 日菜姫の死体と違い,八津葉の死体の足首には縄で縛った跡がなかった。このことは八津葉が誰かに海に沈められたのではなく,自分の意思によって海に沈んだことの最大の証拠である。同時に,このことは八津葉の戦いも物語っている。バタ足で助かることも可能なのに,それを我慢して死を待つことは,海の中で足の自由を奪われるのより遥かに辛いことであるはずだ。



「最後に,皆さんも分かっているはずのことを確認しましょう。なぜ八津葉さんの死体がミズムシイタルコの付近ではなく,浜辺にあったのか。これは木船が一艘なくなっていることを不審に思った阿久津さんが,まさかと思い,ミズムシイタルコの岩の周りを調査し,八津葉さんの死体を発見したからです。八津葉さんの死体を持ち帰ったのは,日菜姫さんの死体を持ち帰ったことと同じ理由でしょう。浜辺に死体を置いたのは,他に置き場所がなかったからで,特に意味はないと思います」


 10秒ほど待って阿久津から異議が出ないことを確認すると,倫瑠は長時間に及んだ推理を締め括った。



「以上が巳織村連続殺人事件の真相の全てです」






 皆様,菱川の荒削りな推理にお付き合いいただきありがとうございました。

 色々と反省はありますが,挑戦的なものが書けたのではないかと自負しています。今回の推理小説のトリック自体は大昔(「殺人遺伝子」のトリックよりも前)に考えたものであり,自分の中では新鮮味のないものとなってしまっています。読者の皆様方のご感想・ご批判を待ちたいと思います。



 ハリーポッターシリーズを意識したわけではありませんが,本作では,最後になって本当の主人公が誰だったかが分かる,というスタイルをを試みました。

 本作の主人公は,八津葉です。

 第1,第2,第3の殺人は,すべて最後の八津葉の死の伏線として機能させたつもりです。この試みがどこまで成功しているかについては,こちらも皆様のご意見を待つしかありません。



 あ,この作品はまだ完結していません。

 拾ってない伏線がいくつかあるので,最後までにちゃんと回収します。。。

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