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美少女の役割(3)

「倫瑠さん!」


 僕が大声で倫瑠の名前を呼ぶと,倫瑠は僕をジロリとにらんだ。

 これは不愛想ぶあいそな倫瑠の,「あんたが何を言いたいかは分かってるから,とりあえず黙ってなさい」というジェスチャーだったのだと思う。その証拠に,倫瑠の次の発言は,僕の疑念に正面から答えるものだった。



「もちろん,私は,神様が人を殺すなどという非科学的なことが起こるとは思っていません。矢板を殺したのは,言うまでもなく,人間です」


 僕はホッとする。

 しかし,先ほど倫瑠は,矢板は天罰によって殺害された旨を述べていた。犯人が人間であることと,ミズムシイタルコの天罰とはどのように整合するのだろうか。



「矢板を殺した人間を仮にAとします。Aは,自己の欲望のためではなく,ミズムシイタルコに代わって,ミズムシイタルコのために矢板を殺したのです。まあ,Aがミズムシイタルコの依頼を受けるという非科学的なこともまた起らないですから,ミズムシイタルコに代わって,というよりは,ミズムシイタルコの気持ちを忖度そんたくして,と表現した方が正確だと思いますが」



 つまり,犯人は,ミズムシイタルコのために,ミズムシイタルコの名の下に,ミズムシイタルコの怒りを執行しっこうしたということになる。



「Aは,矢板を例の浜辺に呼び出し,波打ち際まで来るように誘った。そして,矢板が波打ち際に来たところで,背後から矢板に襲いかかり,矢板の後頭部を押さえつけ,矢板の顔を海に沈めました。矢板は相当抵抗したでしょうが,Aは矢板が動かなくなるまで矢板の顔を海に沈め続けました。その後,Aは矢板の死体を運び,浜辺に置くと,その隣に『ミズムシイタルコ』のダイイングメッセージを書きました。このようにして,A自身による犯行を,ミズムシイタルコによるものに見せかけました」


「倫瑠さん! ちょっと待ってください!」


 倫瑠に睨まれていることを意に介さず,僕は声を張り上げ続けた。



「倫瑠さんは,Aはミズムシイタルコのために矢板を殺したと言いましたが,どうして犯行をミズムシイタルコの仕業に見せかける必要があったんですか? ミズムシイタルコに罪をなすりつけるのは,むしろミズムシイタルコへの冒涜ぼうとくではないんですか!?」


 犯人は矢板を殺害した時点で,ミズムシイタルコの願いを叶えているはずである。その後にわざわざダイイングメッセージを残してまで犯行をミズムシイタルコのせいにするのは完全な蛇足だそくであり,ミズムシイタルコに対する態度として間違っている。


 倫瑠は軽く咳払いをする。



「私の助手の絃次郎の疑問に答えましょう。Aが犯行をミズムシイタルコのたたりに見せかけたかったのは,ミズムシイタルコに罪をなすりつけることによって,自分自身が罪をまぬがれるためではありません。ハイラル・エナジーの計画をストップさせるためです」


「どういうことですか?」


「矢板は,メタンハイドレート事業の交渉担当者ですが,単なる平社員であり,責任者ではありません。矢板が殺されたところで,計画自体が頓挫とんざするという関係にはありません。そこでAはミズムシイタルコを利用することを思いついたのです。矢板が一市民に殺されたのではなく,海神の怒りに触れ,祟りによって殺されたということにしたのです。そうすれば,ハイラル・エナジーは不気味がってメタンハイドレート事業の候補地から巳織村を外すかもしれない。仮にそうはならなくとも,海神信仰の厚いこの村の人間は,海神が怒っていることを知れば,誰しもがメタンハイドレート事業に反対するに違いない,そのようにAは考えたのでしょう」


 なるほど。つまり,ミズムシイタルコが怒っていることを対外的に示すことに意味があったということである。

 ミズムシイタルコの究極の望みは,計画が完全にストップすることなのだから,そのために犯行をミズムシイタルコのせいに見せかけたとしても,ミズムシイタルコへの冒涜にはならないだろう。



「ちょっと待っとくれ」


 しばらく沈黙を貫いてきた村長が,重たい口を開いた。



「その計画を知っているのはわしだけのはずじゃ。学者さんの言う通り,矢板はわしだけにその話を持ちかけてきたからのう。じゃが,わしは矢板を殺しとらん」


「そうでしょうね。村長はおそらくメタンハイドレート事業推進派ですもんね。矢板を殺すわけがありませんよね」


 村長の表情が一瞬にして凍った。



「なぜそれがわかるんじゃ…」


「簡単な推理です。この村の政策を決めるのは村長です。村長が賛成しない限り,メタンハイドレート事業は実現されえない。犯人がミズムシイタルコを引っ張り出してまで開発を止めたいと思ったのは,村長が賛成し,メタンハイドレート事業計画が進行するフラグが立っていたからに違いがありません」



 客席から村長に対して一斉にブーイングが飛ぶ。

 村長の行為は,金でこの村の地場産業じばさんぎょうを売り払うという背徳はいとくである。

 とはいえ,高齢化が進み,体力的に漁をすることができる人間が減っていく中で,この村の財政は漁業だけでいつまでつか分からない。村の人を守るため,ハイラル・エナジーの計画に乗ろうとした村長の気持ちも十分に理解できる。



「先ほど,村長は,ハイラル・エナジーとの交渉については誰にも話していないと言いました。本当に誰にも話してないのですか?」


「ああ,話しとらん」


「本当ですか? たとえばご家族には…」


 あ,と村長が口を押さえる。そして,隣にいる息子に目を遣る。興治は目頭めがしらを押さえていた。



「お前が犯人なのか…」


 興治はしばらく固まっていたが,やがて無言のまま頷いた。



「そうです。矢板拓真を殺害した犯人は,村長の息子の興治さんです。興治さんは村長の秘書役として,常に村長に付いて回っていました。当然,村長と矢板との話し合いの場にも立ち会っています。興治さんはメタンハイドレート事業の誘致が実現しそうなことを知っていました。そこで,海神ミズムシイタルコのため,この村の漁業の未来のため,事業計画を止めようとした。そのために,矢板を殺害し,さらに陸地での溺死とダイイングメッセージという異常な痕跡こんせきを残すことによって,ミズムシイタルコの祟りを作り上げた」



 このとき,客席から発狂ともとれる怒号が届いた。



「おい! 興治! お前が日菜姫や栄,八津葉までも殺したのか!? よそ者はさておき,この村の人間を殺すことは絶対に許されないからな!」


 真っ赤な顔をした村人が肩をいからせながら,大股でステージの方へと近づいてきていた。



「来ないでください。違いますから」


 倫瑠が,十八番おはこのゴミを見るような目で,その村人を制止した。


 

「興治さんが殺したのは矢板拓真さん一人だけです。落ち着いて私の話を最後まで聞いてください」


「え!?」


 真っ赤な顔の村人は,豆鉄砲を食らった鳩のように唖然とする。



「今回の連続殺人事件は,ドミノ倒しのように起こりました。1件目が2件目を,2件目が3件目を,3件目が4件目をそれぞれ引き起こしました。そういう意味では,興治さんのやったことはすべての引き金でした。しかし,興治さんは,自分が矢板を殺したあとに,第2,第3,第4と事件が続くとは夢にも思っていなかったはずです。なぜなら,すべての事件はそれぞれ犯人が違うのですから」


 この倫瑠の発言には僕も驚愕した。

 そんなことがありえるのだろうか。これほど近接した時期に,同じような手口で4人もの人間が殺されたのに,それが同一犯によるものではないだなんて。







 エタろうかと思ったのですが,ブクマが外れるのが怖かったので,即座に4000字を再現しました(小心者)。


 さて,第1の殺人についての謎解きが終わりました。倫瑠の最後の一言には菱川も驚愕しました。「え!? それぞれの事件について謎解きを書かなきゃいけないの? 労力4倍じゃん」と。


 なお,感想欄で推理を披露してくださったkai101様,空見未澄様ありがとうございます。

 ミズムシイタルコはヒルコの伝承だから堕胎と関係している,という推理,村人全員が大麻でラリっているという推理,ともに菱川の想像力を凌駕しており,謎解きパートをバトンタッチしてもらおうかと思いました←


 第2,第3,第4の殺人のすべての犯人が違うということで,引き続き,推理を披露して下さる方を募集します!

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