美少女の役割(1)
投票権は一人一票だった。これならば,「これでは総選挙というよりは株主総会ではないか」と揶揄される心配はない。
ひな壇で,莉李ちゃんが笑顔を振りまき,倫瑠が睨みをきかせる中,村人が一人一人ステージへと上がり,マイクスタンドから置き換わった投票箱に,候補者の名前が書かれた紙片を投じていく。2人の女性のうちどっちがタイプかという,清くない邪な一票が,投票箱の中に積みあがっていく。
なお,ほとんどの村人が足腰に爆弾を抱えているため,投票の儀はたっぷりと時間を費やし,スロー再生で行われた。
開票結果は,倫瑠の圧勝だった。
一票を除いた全ての票が,倫瑠に投じられたのである。
正直,ここまでの差が開くとは思っていなかった。
この村の人はなぜ揃いも揃って倫瑠に投票したのだろうか。事件の犯人として突き出すという脅しがきいたのか,それとも,幼女への投票行動が何かの犯罪に当たらないかと心配したのか,それとも,この村の人の性癖は案外健全ということなのか。
結果発表を受け,紙吹雪の中,マイクを握った倫瑠が声を作る。
「みんな,投票ありがとう。私,すごく嬉しい。みんな大好きだよ!」
祝福の倫瑠コールが会場を包む。
「みちるさん,おめでとうございます」
悔し涙を目に貯めながら,莉李ちゃんは倫瑠の元に駆け寄り,倫瑠に右手を差し出した。莉李ちゃんはよくできた子である。2人がガッツリと握手を交わしたシーンで,客席から一斉にフラッシュがたかれる。
僕は,そもそもこのイベントが茶番であるということを忘れ,目から熱いものを溢れさせた。
しかし,次の倫瑠の一言が,お祝いムードをひっくり返した。
「みんなありがとう。でも,私はこの村一番の美少女の座は辞退します」
会場はもちろん,調子に乗ったらとことん調子に乗る倫瑠の性格を知っている僕も,予想外の展開に呆気にとられる。
「な…なぜじゃ…?」
動揺が隠しきれず,声を震わせる村長に対し,倫瑠はさらりと答えた。
「だって,私,殺されたくないんだもん」
言語には「人称」があります。英語で言うと,I,you,he,she等。日本語で言うと,私,あなた,彼,彼女等。
人称は誰から見られているのかによって変化します。たとえば菱川は,菱川から見たら「私」ですが,読者様から見れば「あなた」,ネット掲示板で話題にされているときは「彼」という風に人称を変化させます。
私たちが自然と理解し,使い分けている人称ですが,実は高度な文法であり,たとえば幼稚園児は上手く使うことできません。幼稚園児の美香ちゃんは,自分のことを常に「美香ちゃん」と称しますし,母親のことを常に「ママ」と呼びます。
後書きにおいて菱川は菱川のことを常に「菱川」と称していますが,これは菱川の文法が幼稚園レベルだから…ではありません。作中で絃次郎が自分のことを「僕」と称しているため,重ならないようにあえて「菱川」と称しています。なので,「頭悪い」とか,「痛い」とか思わないでください。




