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もう一人の少女

 ひどく疲れた。1日で2人の見知った人間の死を受け入れるなんて,常人のできることではない。精神がすり減って,しまいには自分自身がすり減って無くなりそうだ。

 僕は巳織村のことを心底しんそこ嫌いになったものの,かといって村を飛び出す気力はなく,古民家の寝床ねどこでうつらうつらしながら過ごした。


 今日だけは倫瑠がとても羨ましい。引きこもりの倫瑠は,現実世界とは隔絶かくぜつされている。古民家の外で繰り広げられていることに気持ちを左右させられることもない。

 相変わらずではいられないはずの今日を,相変わらずネットゲームに熱中して過ごしている。ここまで見事に現実逃避げんじつとうひができるならば,どれほど楽だろうか。日菜姫や栄と出会わずにいられたのならば,この苦しみは味わずに済んだはずだ。


 時計を見ることも,食事を摂ることもなかったため,1日がいつ終わったのか,僕はいまいち把握できていなかった。覚醒状態かくせいじょうたい睡眠状態すいみんじょうたいの区別もついていなかったため,ただ,窓から陽光が差し込んだとき,「ああ,次の日が始まったんだな」と,まるで他人事のように思っただけだった。


 しかし,村人の叫び声が伝える,何度聞いても慣れることのないニュースが,閉じた僕の意識を外へ引っ張り出した。



「また殺された!」


 4人目の被害者もまた,僕が見知った人物だった。



「今度の被害者は八津葉だ!」



 

 八津葉が仰向けで倒れていたのは,例の浜辺だった。

 この浜辺で死体を見るのは3度目である。


 人だかりの中で八津葉の死に顔を見たとき,僕は肺に穴を開けられたような苦しみを覚えた。八津葉のことは好きではないが,死んで欲しいと思ったことはない。それに,今となれば,死そのものに対する拒否反応が,僕の感情を隅々まで埋め尽くしていた。



 八津葉の死因もまた溺死だった。陸地で溺死するという超常現象も,4回連続して起きてしまえば,当たり前となってしまう。すでに非常識が常識に,常識が非常識に置き換わってしまっていた。


 あれだけ日菜姫を毛嫌いしていた八津葉にとっては不本意かもしれないが,八津葉の死に方は日菜姫のそれとそっくりだった。死体のある地点はほぼ同じ。仰向けの格好も類似している。太陽の位置の低さからして,時刻はまだ早朝だろう。2人は死亡推定時刻も重なっているのである。

 また,最初の被害者や栄の死体の脇に残されていた「ミズムシイタルコ」のダイイングメッセージが存在していないことも,2人の死に方の共通点である。


 もっとも,日菜姫のときとは違い,八津葉の踝には縄で縛った跡は存在していない。とはいえ,熊蔵犯人説が消滅した今では,果たしてこの違いが何を意味するのかについて,僕には皆目見当がつかないのだが。



 さらに辺りをぼんやりと見渡していた僕は,あることに気が付いた。

 船着場の木船が1艘足りないのである。

 僕が,阿久津と話していたときも,変わり果てた姿の日菜姫と対面したときも,船着場には船が5艘繋がれていた。

 しかし,今は船が4艘しかない。

 もちろん,1艘は早朝から漁に出ている可能性はある。とはいえ,毎日浜辺で死体が発見されるという異常事態下で,同じ浜辺から船を出して漁に行くというのはいかがなものか。



 ぐおおおおおおお

 地響じひびきのような音が,この村一番の巨体から放たれた。娘の死体と対面した熊蔵が嗚咽おえつをあげたのである。



「八津葉,俺の八津葉…。返事をしてくれ,八津葉,八津葉よお…」


 今の熊蔵くまぞうには,威厳も迫力もない。一人娘を殺されるということはそういうことである。

 僕は村の出口付近で会った栄の様子を思い出す。日菜姫と八津葉の死にざまが重なったように,栄と熊蔵の姿もまた重なった。


 死体を囲む村人の顔色は,皆暗い。

 たった2日間で3人もの村人が殺されたのである。しかも,日菜姫も八津葉も余生よせいの大半を終えていない若い娘だ。栄だって,この村では若い部類に入っている。高齢化が進んだ村においては,若者は村全体の宝であり,希望だ。

 この村が失ってしまったものはあまりにも大きい。



 だからこそ,突然村長が放った言葉には耳を疑わざるをえなかった。もっといえば,村長の頭を疑った。


 人だかりにゆっくり歩みよってきた村長は,悲壮ひそうに暮れる村人達に向けて,こう宣言したのである。



「この村一番の美少女を決める総選挙をしようかのう」







 はい。これで事件パートは終了です。次話以降は謎解きパートに入ります。


 本作は典型的な推理小説の型をとっています。まず殺人が起き,その後に犯人当て,というパターンです。

 

 僕は推理ジャンルの作品をすでに5作ほど完結させていますが,この型を使ったのは初めてです。

 「フィクション殺人事件」は,そもそも「殺す」とは何? ということにスポットを当てた作品ですし,「アリバイはアイドルだけが知っている」も犯人が判明してからの展開の方がメインです。「宇宙人が企てた無差別殺人」にいたっては一行目から犯人が分かってしまうという始末であり,「殺人遺伝子」はそもそも人が死なない状態でストーリーが展開していきます。「怪しいバイト」も,まあ,違いますね。


 実は,典型的な犯人当てパターンの「幻の作品」が1作だけ存在したのですが,運営に削除されまして…(苦笑)


 あ,犯人が分かった方は,ぜひとも感想欄にお寄せください!

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