ネトゲ(1)
「倫瑠さーん。戸を開けてください」
僕は,そよ風で倒壊してしまいそうな継ぎ接ぎだらけの古民家に向かって声を張り上げた。
しばらく待ったものの,一切反応がない。
どうやら古民家にいる人物は居留守を使っているようだ。その人物が古民家にいることを100パーセント確信している人間に対して居留守を使うとは,流石の度胸だと褒めざるを得ない。
僕は今度は古民家の戸をそっとノックする。少しでも力を入れたら戸が壊れてしまいかねないと思ったからであったが,その配慮も虚しく,安定の悪い戸は大きく振動し,ドンっという鈍い音を立てた。
「うるさいわね! 留守なんだから放っておいてよ」
古民家からイライラを露骨に込めた女性の声が聞こえる。
日本で最も偏差値の高い国立大学を首席で卒業したとは到底思えない,支離滅裂な発言である。
「バカ言わないでください。留守だったら人の声が聞こえるはずないですから。倫瑠さん,いるんでしょ? 居留守なんか使ってないで戸を開けてください」
「チッ」と舌打ちをする音が聞こえた。いくら壁が薄い古民家とはいえ,相当大きな音で舌打ちをしなければ,ここまでハッキリと僕の耳には届かないだろう。
信じられないことに,その後,また沈黙が訪れた。
倫瑠はこの期に及んで居留守を演じきるつもりのようだ。人をなめるにも限度がある。
僕は先ほどよりも少し強めに戸を叩いた。
すると,バキッというヤバい音とともに戸は屋内に向かって倒れた。無論,正面突破は僕にとっても予定外だった。この古民家,一体築何年なんだ…?
「絃次郎! あんた何してくれてるのよ!」
不意に拓けた視界の向こうには倫瑠がいた。
仮に僕が倫瑠と初対面だったならば,僕は倫瑠のことを「絶世の美女」とでも表現したかもしれない。悔しいが,倫瑠の美貌だけは否定しがたい。
あんなに不摂生な生活をしているというのに,肌荒れは一つもない。シャンプーだってもう3日以上していないはずなのに,なぜか髪は絹のようにサラサラである。優しさなど微塵もないのに,とても優しい目をしている。倫瑠を見ていると,ルックスという要素が如何に先天的であり,その人の本質を表していないのかがよく分かる。
倫瑠は,上下スウェット姿でパソコンの前であぐらをかく,といういつも通りの姿で助手を迎えた。
「あんた,私が鶴の姿で一生懸命ハタを折ってたらどうするつもりだったの!?」
倫瑠がパソコンの画面を見つめたまま,剣幕を上げる。
「上下スウェット姿で一生懸命ネトゲに勤しんでるだけじゃないですか!」
パソコンからは,「ピコーン」だとか「チャラーン」といった電子音と,「うげえ」だとか「おええ」といったケダモノの声が交互に流れている。倫瑠がネット上でせっせとモンスターを倒している音だ。
倫瑠は全世界で3億人以上のプレイヤーがいる某オンラインゲームの上位ランカーだ。
思うに,ネットゲームで上位ランカーに入るための条件は2つ。
その1。お金があること。
課金なしでは強力な装備が手に入らないから。
その2。時間があること。
時間をかけなくてはキャラクターのレベルが上がらないから。
憎たらしいことに,倫瑠はお金と時間の両方を持っている。
金銭面。
倫瑠の父親は,この国でもっとも株価の高い旅行会社の代表取締役である。つまり,倫瑠は,大手企業の社長令嬢という,生まれながらにして働かずとも何不自由なく生活する権利を得ているのだ。
倫瑠の口座には莫大な預金があり,たとえ倫瑠が湯水のように課金しようとも,消費が利子の増加分にいつまでも追いつかない。
時間面。
倫瑠は民俗学者という仕事を有しながら,その仕事をほぼ放棄し,引きこもっている。食事もゲームをしながら摂取しているので,寝ているかトイレに行っている時間以外は全てネトゲに費やしている。
つまり,倫瑠はネトゲの世界では最強の存在なのである。
菱川は今流行りの「シャドウバース」に相当時間を費やしています(課金はしていません)。
課金したら,エリカが貧乳仕様に変わる,とかだったら課金するんですけどね(個人的には,エリカはルックス的にも性格的にもぺったんこの方が絶対に萌えると思うんです。逆に,あのルックスであの性格だから胸だけあった方がギャップがあって良いという意見もあるとは思いますが,少なくともあの胸の開いたコスチュームは無しだと思うんですよね。むしろ,彼女の性格的には絶対サラシ巻くでしょ。2次元でありがちな「とにかく巨乳にしておけばお前ら満足だろ」みたいなやつが嫌なんですよね。ええ。そうです。貧乳好きです。無類の貧乳好きですが何か?)。