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船着場の老人(2)

「神様は存在していません。しかし,存在しています」


「ん? どっちなんじゃ?」


 別に目の前の老人を困らせたいわけではない。民俗学者の卵として,誠心誠意を込めた答えがこれなのである。



「実体を持った存在としての神様は存在していない,と思います。たとえば,ライオンとかキリンのように,目で見えて,手で触れる,そういうものとしては神様は存在していないと思うんです」



 断言できるわけではない。あくまでも僕の経験上,そうした神様に出会ったことがないから,そう思っているだけかもしれない。



「ただ,人々の生活の中には間違いなく神様がいます。神様がいなければ,お正月に神社に初詣はつもうでに行ったり,試験の結果発表のときに手を合わせて神頼みをしたりはしないと思うんです」


「神様はおらんが,神様はおると信じられとる,そういうことか?」


「いや…」


 首を縦に振っても問題はないのかもしれない。しかし,どこかニュアンスが違う気がして,僕は異議いぎとどめた。



「なんというか,人々の行動や生活が神様によって規定きていされている以上,神様はいない,とは言えないんだと思います。たとえば,神様のために自爆テロをした人がいるとします。その人は神様を信じていますし,その人にとって神様が存在することは疑いがないと思います。」


「ふむ」


「だけど,たとえば,このテロに,神様をこれっぽっちも信じていない人が巻き込まれて,死んでしまったとします。その人は神様を信じていませんが,その人にとっても神様は存在していると言えるのではないでしょうか。だって,その人は,この世に神様がなければ死ぬことはなかったんですから」


 うまく説明ができている自信はない。白い眉をひそめた阿久津を見ると,さらに自信はなくなってくる。しかし,僕は説明を続けた。



「神様を信じるか信じないかにかかわらず,人々の生活は神様の影響を受けてるんです。もちろん,受ける影響の濃さは,神様を信じている人の方が強いとは思うのですが。神様だって妖怪だって,あくまでも人間の想像の産物だと思うんです。そういう意味では,実際に存在はしていない。しかし,それが一旦想像されると,人々の生活に影響を与え始める。そういう意味では,実際に存在している,と言うべきなんです」


 この僕の見解は,おそらく無神論にカテゴライズされるのだろう。僕は,神様を信じているか信じていないかでいえば,間違いなく信じていない。先ほどの例でいえば,僕は自爆テロに巻き込まれた側にいるのだろう。神様を信じていないのに,日本各地の神様を研究するために莫大ばくだいな時間と労力を費やしているのだから。

 


「阿久津さんはどう思うんですか? 神様は存在していますか?」


「うーん,わしには難しいことは分からん」


 回答を拒否したように見えて,実はこれ自体が一定の回答である。

 実体としての神様の存在を信じている人ならば,「神様は存在する」と即答するはずなのである。阿久津はおそらく神様を信じていないか,少なくとも疑っている。


 図らずしも,会話のトピックは神様となっている。海神,そして事件について阿久津に尋ねるならば今しかない。

 


「阿久津さん,ミズムシイタルコはご存知ですよね」


 阿久津がたじろぐ。僕が背後に手を添えて支えなければ,阿久津は腰を抜かして尻餅しりもちをついていたことだろう。



「昨日,この浜辺に死体がありましたよね?」


「ああ,よく知っとるな」


「あれはミズムシイタルコの仕業ですか?」


「うーん」


 阿久津がこうべれながらうなる。ミズムシイタルコによる犯行の可能性の有無について考えているのか,村の禁句タブーである海神についてよそ者にどこまで話していいいのかを悩んでいるのかは,僕には判断がつかない。



「ただ,かなり不自然な死に方じゃったと思うぞ」


「どういうことですか?」


「溺死じゃ」


 死因が溺死,というのは,死体とミズムシイタルコを結びつける重要な事実である。

 ミズムシイタルコは海の神様である以上,人を殺すのには水を使うと想定される。すなわち,ミズムシイタルコによって作られた死体は溺死体,ということになる。

 もっとも,溺死は,ミズムシイタルコの犯行を裏付ける必要条件ではあるが十分条件ではない。つまり,何もミズムシイタルコが手を下さなくとも,人が溺死をすることはありえる。



「男性が,単に海に溺れて,その後,浜辺に流れ着いただけということは考えられないんですか? つまり,ただの海難かいなん事故だったという」


「それはないのう」


「どうしてですか?」


「死体と海の距離を考えれば明らかじゃろ。波打ち際から死体までは50メートル以上あった。死体が発見された昨日の深夜の時間は満潮まんちょうじゃ。死体が波の力によってあそこまで流されることはありえん」


 阿久津は船着場の主として,この海のことは知悉ちしつしている。

 阿久津がありえないと断言するということは,本当にありえないのだろう。


 たしかに阿久津の言うとおり,波打ち際から離れた場所に溺死体があった,ということはこの事件の謎の一つである。

 ただ,それ以上の謎がこの事件には潜んでいる。



「浜辺に,ミズムシイタルコ,というダイイングメッセージがありましたよね?」


 ダイイングメッセージの存在こそ,この事件を怪奇事件の分類に押し込んだ最大の要因である。

 ダイイングメッセージ自体が残されていること自体が非現実的なのに,残された名前がさらに非現実的なのだ。



「たしかに浜辺には書いてあったのう。ミズムシイタルコと」


「ダイイングメッセージは,通常,犯人を名指しするものです。とすれば,今回の事件の犯人はミズムシイタルコということになりませんか?」


「うーん…」


 阿久津がまた頭を垂れる。おそらく答えは返ってこないだろう。


 名指しされた犯人がミズムシイタルコという実体のない存在である,というのはかいそのものである。しかし,今回のダイイングメッセージにもう一つ,推理小説で見るダイイングメッセージとは大きく異なる点がある。



「そもそも,今回の事件の被害者はどうやってダイイングメッセージを書いたんでしょうかね?」


「ん? なんでじゃ?」


「推理小説においてダイイングメッセージが出てくるのは,大抵たいてい,死因が失血死しっけつしの場合なんです。失血死の場合には,被害者が自分の死を悟ってから実際に死が訪れるまでの間にタイムラグがある。被害者はこのタイムラグを使ってダイイングメッセージを書くんです。しかし,今回の事件は違う」


「どういうことじゃ?」


「今回の事件の死因は溺死なんです。溺死をする最中に,文字を書く余裕があるのでしょうか? 息が苦しくてそれどころではないのではないでしょうか?」


「でも,宍戸さん,失血死の場合も同じじゃろ。苦しくて文字なんて書いている場合じゃないはずじゃ」


 それは一理いちりある。だからこそ,ダイイングメッセージというものは推理小説の世界の中だけの絵空事えそらごとなのだ。

 しかし,溺死しかけている人間が文字を書くというのは,失血死の場合よりもイメージがしにくいことは間違いない。そもそも,陸地で溺死させられるということ自体がイメージの範疇はんちゅういっしているのだが。



「うーん,考えれば考えるほど訳が分からなくなりますね…」


 僕は顔を覆うようにして眉間に手を当てる。いわゆる名探偵がよくするポーズだが,このポーズをしたところで何かひらめくわけではなく,思考はよどんでいく一方だった。



「わしはのう,今回の事件はミズムシイタルコのたたりだとしても仕方ないと思っとるんじゃ」


「え? どうしてですか?」


「あいつはそれくらい悪いことをしとったからのう」


 あいつ,とは被害者のことだろう。

 名前も分からない被害者。この村の人間ではないということなので,被害者の身元については村人への聞き込みによっては判明しないだろう,と僕は最初から調査を諦めていた。

 しかし,どうやら阿久津は被害者のことを知っているようである。



「悪いこと? 被害者はどんな悪いことをしていたんですか?」


「リア・ディ◯ンは可愛いのう」


 シット! 今度はがいタレか!

 

 どうしてこの村の老人たちは話の核心に触れそうになると急に女性の話をしだすのか。なんて破廉恥はれんちなんだ。なんて村だ。






 インリン・オブ・ジ◯イトイか悩みました←



 さて,冬の童話祭についての告知バーナーが現れましたね。冬の訪れを感じますね。

 去年の冬の童話祭同様,菱川は出品予定です。


 去年は「冬の女王様が,イケメン好きのメンヘラ中年女性だった件」という,タイトルからして童話に思えない作品を出品しました。


 今年は「姫様気付いて! スノーホワイト・ホロコースト」という,タイトルからして童話であるはずのない作品を出品します。

 

 なお,その頃(今月末)までには本作は完結している予定です。

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