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ミズムシイタルコ(4)

「ここで問題なのは,どうしてダイイングメッセージとして海神の名前が書かれたのか,ね。絃次郎,ダイイングメッセージって普通何を書くもの?」


「色々なパターンがあると思います。犯人の特徴だったり,犯人と関連する何かだったり。死に際に伝えたいメッセージは犯人が誰かという情報には限らないので,犯人とは関係のない言葉を書くこともあると思います」


「あんた,推理小説は好きなんだっけ?」


「ええ。人並みには」


 これは謙遜けんそんである。実は僕は推理小説ジャンキーだ。アガサ・クリスティやエラリー・クイーン,江戸川乱歩えどがわらんぽ横溝正史よこみぞせいしといった国内外の古典はもちろん全て読んだし,書店に行くと必ず面白そうな新作が出ていないかをチェックする。

 今回,死体のそばにダイイングメッセージを発見したとき,不謹慎ふきんしんながら,心がときめいてしまったことは否めない。



「推理小説の知識なんて現実では役に立たないから忘れなさい」


 倫瑠の冷たい言葉が,話題がこれから推理小説に移るという僕の期待を,いともたやすく裏切った。



「推理小説でダイイングメッセージとして犯人の名前をストレートに書かないのは,犯人の名前をストレートに書いちゃったら推理小説として成り立たないからよ。現実世界においてダイイングメッセージを残す場合には,死にゆく中で時間も限られているし,思考する余裕もないだろうから,必ずストレートに犯人の名前を書くわ」


 ふたもない話だが,たしかに倫瑠の言うとおりである。

 ただ,倫瑠にはある視点が欠けている。



「でも,倫瑠さん,被害者は常に犯人の名前を知っているとは限りませんよ。犯人の名前を知らなかったら,犯人の名前を書けるはずがありません。そういった場合はどうするんですか?」


 倫瑠を困らせるつもりでした質問だったが,倫瑠はあまりにも呆気あっけなく回答した。



「書かなければいいじゃない。犯人逮捕による意趣いしょうがえしに役立つ情報がないんだったら,ダイイングメッセージなんて書かなければいいのよ。最期の時間は限られてるんだから,自分の血で文字なんか書いてないで,家族の顔でも思い出していた方が健全だわ」


 正論すぎてグーのも出ない。

 倫瑠はリアリストだ。先ほどまで魔法を使うなどとたわけていたが,ネトゲの世界から一旦離脱いったんりだつした倫瑠は徹底したリアリストだ。



 …いや,違う。

 倫瑠が導こうとしている結論は,全くもって現実味がない。ダイイングメッセージ=犯人の名前を書くもの,だとすると…



「倫瑠さん,まさか,今回の事件の犯人は,ミズムシイタルコだと言うつもりですか?」


 絶対にありえないことだ。

 ミズムシイタルコは,神様であり,実体を持った存在ではない。

 実体を持たない存在が人を殺すなど,意味不明である。


 倫瑠は僕の問いかけに答えなかった。

 おそらく,倫瑠の思考もそこで停止しているということだろう。その証拠に,倫瑠は話の腰を折る。



「私は探偵じゃないの。その男が誰に殺されたのかなんてどうでもいいわ」


「それはそうですけど…」


「私が興味があるのは,ミズムシイタルコが一体何者かということ。名前が分かっただけじゃ論文は書けないでしょ」


 倫瑠の言葉は,目の前で起こった怪奇事件に探偵気分になってハシャいでいる場合ではない,と僕をいまめるかのようだった。



「たしかに倫瑠さんの言う通りです。今回の事件について色々考えても仕方ないですね」


「それは言い過ぎよ。事件を解決することは私たちの目的ではないけど,事件の真相は,必ずしやミズムシイタルコと密接に関連している。私が言いたいのは,目的と手段を混同こんどうするな,ってこと。明日以降,村人から事件のこともそれとなくさぐりなさい」


 倫瑠が僕に求めているのは,民俗学調査と事件の調査の両立ということか。

 要求水準はかなり高いものの,面白そうだ。



 とにかく,今日は疲れ切ってしまった。

 時刻は草木くさきも眠る丑三うしみどきを迎えたところだった。


 僕はフラフラした足取りで布団まで戻る。

 

 …あれ?



「倫瑠さん,僕の布団に置いてあったハンカチは?」


「もちろん,あんたが死体を見に行っている間にトイレに流しておいたわ」


「ええええええええっっ!?」


「感謝しなさい。あんたが窃盗を働いた証拠を隠滅してあげたのよ。あんた,宮本常一みたいに破廉恥犯はれんちはんとして後世こうせいに名を残したくないでしょ」


 プロの民俗学者である倫瑠までもが宮本先生のことを勘違いしているようだ。宮本先生が不憫ふびんで仕方ない。

しかし,宮本先生以上に,日菜姫ハンカチを失った今の僕は不憫である。


 枕を涙でらしながら,僕は心の中で倫瑠に丑三つ時参りを行った。







 昨日,菱川は救急車で病院に搬送されました。


 

 それはさておき,本話で第1章「第1の殺人」が完結しました。

 果たして犯人は本当にミズムシイタルコなのか。それとも……

 

 続きが気になりますよね? 続きが気になる方は,第2章「第2の殺人」が明日から連載開始しますので,乞うご期待ください。



 え? 菱川が救急車で緊急搬送された理由が気になるって?


 

 菱川のことを心配してくださる優しい読者の方々にご報告します。


 昨日,徳島県内の某旅館にて,深夜,寝ている最中,菱川は大きなムカデに刺されたのです。

 手の指に走った激痛で目が覚め,さらに震えが止まらなくなった菱川は,救急車を呼びました。


 結果,救急車の中で震えは収まり,病院で「大丈夫」という言葉と塗り薬をいただき,そのままタクシーで旅館に帰還。

 翌日,何事もなかったかのように徳島観光を行いました。


 それでは,次章を引き続きお楽しみください。


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