デートです
「で、シュラはこの後どこにいくんだ?」
「魔術書の店と鍛冶屋に行く予定だよ」
「へぇ、魔術書はさておき、鍛冶屋っつーのは珍しいな」
そりゃそうだ。
女の子が鍛冶屋に行ったら汗でメイクが崩れるし、見てもあまり面白そうなものはない。
それでも、私が目的にしているのは剣そのものというよりは、付与魔法である。
「付与魔法を見たくて」
「なるほどな。シュラは魔工師志望か」
「うん。ギル、は……?」
初対面の人を渾名で呼ぶのは慣れない。
ちょっと詰まりながら問いかけると、ギルガディスはついっと指先でコップの縁をなぞりながら答えた。
「魔術師だな」
魔術師、魔工師、治癒魔法師、結界魔法師など、魔術学園の卒業生の進路は様々だ。
魔工師は付与魔法、治癒魔法師は治癒魔法、結界魔法師は国の魔法障壁魔法を得意とする。
一番メジャーな進路、魔術師は私たちが一番想像しやすいものだろう。
ハンターや王国に雇われて魔法を使って敵を翻弄する。
レベルがピンからキリまである範囲がデカいのがこの職業だ。
そして、全ての魔法関係の職業のトップ、賢者は一番この魔術師からなるものが多い。
どの職業でもなれないわけではないのだが。
治癒魔法師には唯一、違う上級冠位があり、その冠位は聖女や聖者と呼ばれる。
ダクシール教と呼ばれる宗教の教会に属し、国の負傷者や病人を治癒することを職業としている。
「魔術師かー。かっこいいね」
「そうか?よくある職業だろう。魔工師の方がよっぽどレアケースだ。適性はありそうなのか?」
「多分」
明言は避けた。
魔工師候補者がどのレベルまで出来るのか知らないし、下手に手の内は見せられないからだ。
紅茶を飲み終わり、会計を呼ぶ。
助けられたお返しに、と支払いを申し出たのにギルガディスは私の分まで払ってしまった。
……イケメンって、怖い。
「俺のお薦めの店だ」
カフェを出てすぐにフードを被ったギルガディスはそう言って本屋を指し示す。連れてきてくれたのは大型の本屋ではなく、こっそりと佇む小さな本屋で中に入ると、古本屋のような紙の匂いがする。
本来なら大型の本屋がいいと思うところだが、私が望んでいたのは神話のような魔術を扱った本だ。
まだまだ魔法を極めるのを止められはしなかった。
たとえ、このレベルが異常だろうとも!
「いいお店だね」
黒魔術の本を眺めつつ、他の本を物色する。
ゾンビ作成の魔法とか、無音魔法とか、思っていたより面白そうなものも多い。
完成には至ってないものも多いから、こういう不確実な事実が載っているものを一般の本屋では扱いにくいのだろう。
「良かった。あっちの大型のものの方がいいのかとも思ってたからな」
「んー、ここの方が特殊なものが多くて好き。あ、これいいなぁ」
『賢者の石の製法』と書かれた本を見て、心が踊る。
値段は金貨500枚だった。買えないのが悲しい。
結局見るだけ見て、買うには手が届かなかったので保留して店を出ようとすると、後ろから声がかかった。
「お嬢ちゃん、もしかしてシュラさんかな?」
「はい、そうですけど……」
「キースから話を聞いていてね。ここの店員のアルバイトがあるんだが……」
「やらせてください!!」
ちょっと強引にアルバイトの仕事を受けて、説明を軽く受けてからまた明後日にでも来てほしいと言われて一も二もなく頷いた。
週に3日。店番をするという仕事内容にホクホクしつつ店を出た。
「知り合いの店だったとは、世間は狭いな」
「だね。働くの楽しみー」
暇なときは魔術書を読んでいいという許可が出ているので、あの賢者の石の本はまず一番に読もう。
他の本もあるから楽しみー。
「次は鍛冶屋か。こっちだな」
案内人のギルガディスの指示に従っていくと、中からカンカンと金属のぶつかる音がする建物があった。
中に入るとむわっとした熱気が顔に当たる。
うっわー!暑い!!
「お客さんですかぃ!今日は何をお探しで?」
筋骨粒々の人の良さそうな大男が歩み寄ってくる。
その手には大振りの金槌が握られている。
怖がらせないようにだろう、ギルガディスは私の前に立つと大男に答える。
「すまない。魔剣を見せてほしいんだが」
「おお!構いやせんよ、こちらです」
奥に入っていくと、ずらりと剣が並べられている。
西洋風の剣で両刃剣だ。
美しい刀身に思わず見惚れてしまったけれど、その柄の根本に付けられた付与魔法に思わず驚いてしまう。
【硬化】という単純でいて初歩的な付与魔法。
それがついているだけの剣がこの店で一番高い金貨30枚の値段がついていた。
何ですと!?
「ギル、どうしてこんなに高いの?」
「付与魔法自体が貴重だからな。これ以上の付与魔法がついてるとなると、もっと高いぞ」
ギルガディスの言葉に理解不能になる。
いや、ただの【硬化】だけだよ?
硬くなって折れにくくなってるだけだよ?
「……ギル、たとえば何だけど、このナイフはどのぐらいの額になるの?」
持ってきた例のナイフを取り出してギルガディスに見せると、ギルガディスはぎょっとしていた。
「……こんなの、見たことねーな。
【帯炎】に【急速冷却】?どんな付与魔法なんだ?」
「切ってみる?」
鍛冶屋のおじさんに材木を貰ってナイフの実演。
すっと滑らせるだけでナイフは材木をバターのように切り分けた。
ああ、やっぱ断面が痛んでるなぁ。
「シュラ、それどこで手にいれた?」
「え、あ……知り合いがね!くれたものなんだ!」
思わず誤魔化した。
だってどう見ても普通の反応じゃないです、ギルガディス。
「……正直、それは一介の魔術師候補が使っていいもんじゃねぇ。
下手すると国宝級のもんだ」
え、幻聴かな?
私が作ったもの、国宝級扱いされましたよ??
「二重付与自体が幻とされてるんだ。
それが出来る天才ってことは名のある魔工師なんだろうな、これを作ったやつは」
やだ、べた褒めされてるんですが!!
名のあるどころか認知されてない魔工師ですっ!
「お嬢ちゃん、これを作ったやつに覚えはねーのか?」
「すみません、名前は明かさない約束なんです」
とりあえずそう言っておく。
信頼にたる人物にしか自分の作品を渡さない……職人っぽいよねー。
私の作品ですけどね!
とりあえず値段を付けるとしたら金貨1000枚でも足りないらしいので、大切に持っておくことにする。
キースは馬鹿だなぁ、魔工師紛いのバイトしたら一発で目立つじゃん……。
その後は家に帰ることになり、私とギルガディスは店の前で別れた。
「また試験で会おう。お互い頑張ろうな」
「うん。絶対合格しようね」
ギルガディスとの学園生活が楽しみである。
「シュラ、か」
ぽつりと呟いたギルガディスは、その脳裏に浮かぶ少女の顔を思い浮かべてひっそりと笑った。