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天才魔法少女は爪を隠す  作者: 茴香バニラ
1章 幼少期
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ドレイクの話


俺はドレイク・オルデアス。

ステュワート伯爵家の護衛兵の一人だ。

俺は、まだ前妻のシルビア様が若かった頃からこの家に仕えている。


シルビア様はステュワート家のご長女だった。

見た目の美しさは言うまでもなく、聡明で民にお優しい方だった。


護衛兵になったばかりで、新人だった俺は緊張でガチガチに固まっていたのを見て、シルビア様はくすくすとお笑いになった。



『そんなに緊張なさらないで。怖いことはしないわ』



茶目っ気たっぷりにそう言って、鈴を転がしたような声で笑った。

そのアーモンド型の目が優しく緩んで弧を描く。

桜色の唇はふっくらとしていて、芸術とも呼べる美しさだった。


それから後もよく悪戯っ子のような顔で街を散策する散歩に俺を誘ってくださった。

先代の伯爵夫人様にはお叱りを受けていたようだけど。


頭も良く、よく先代の伯爵様と政治についての討論もしていた。

先代の伯爵様も彼女も民のことを一番に考えてくださる貴重な方々で、施しや清掃などの活動を率先して行っていた。

だから、この領地は美しく保たれていたのだ。


俺の他愛ない話でくすくす笑ってくださるシルビア様の姿はまるで女神のようで。

そのほんのりと染まった頬にキス出来たなら、私は死んでも良いとさえ思った。


私は愚かにも恋心を抱いていたのだ。

叶うことがないと知りつつ、止められなかった。

彼女の傍で見守っているだけで幸せだったんだ。



全ての悪夢の始まりはあの男。

ガードラー男爵家長男、グレズリンがシルビア様の夫の座に収まったことだ。

政略結婚だった。

互いの領地が近い貴族同士が協定関係を結ぶための結婚。


要は入り婿であるグレズリンも、初めは誠実そうに振る舞った。

その頃から太ってはいたものの、温和な性格に見せかけ先代の伯爵様を騙した。

シルビア様は結婚してからというもの、顔を曇らせてばかりだった。

どうしたのかと問いかけても、ただ力なく笑うだけ。

彼女が暴力を受け始めたのは、先代の伯爵様と伯爵夫人様が床に臥せり、亡くなってからだった。


グレズリンはやりたい放題だった。

思い税で民を苦しめ、莫大な金を浪費し、シルビア様の他の女を他所で作った。


それでもシルビア様は耐えるしかなかった。

既に、彼女のお腹にはお子がいらっしゃったのだから。

彼女はたった一人で、グレズリンが他の女の元を訪れている間にお子を出産した。

そして、ベッドに参上した俺に力なく笑ったのだ。



『可愛い女の子でしょう?』



と。

男の子が生まれなかったことを彼女は悔いたりしなかった。

ただ生まれてきた娘に微笑み、彼女はその命を祝福して見せた。

いっそ、その手を取って彼女の娘ごと逃げ出せていたなら!

彼女は死ななかったのだろうか?

いつかの日のように、彼女の傍で夕暮れに染まる街を見れたのだろうか?



彼女は殺された。

直接的には盗賊どもに。

そして、その黒幕は……



彼女の全てを奪った憎い女。

奴は彼女の死に、声を上げて笑ったのだ。



『邪魔者は消えた』



と。


悔しかった。

誰もそれを糾弾することは出来なかった。

まだ彼女の遺した娘は3歳。

奴等の手にかかれば、殺すことなんて造作もなかったのだから。


一緒に働いていた使用人たちが先代の伯爵様以外に使える気はないと出ていったとき、俺はこの屋敷に残らなくてはならないと思った。

俺たちが、シルビア様を知る俺たちが彼女の遺した宝を守らなくてどうする。

いつか、シルビア様の死の真相を伝えるために。


去っていく者たちの非難も、嘲りの声も聞こえなかった。

俺の全てはシルビア様のために。

そう、信じている。



シュラと名付けられたその子供は、シルビア様の血を色濃く受け継いでいた。

その理知的な光の灯った瞳に、端整な顔立ち。

白く透き通るような肌に紺色の髪を背中の辺りまで伸ばし、まろいほっぺはふにふにと柔らかそうで、新人メイドのレイナは無礼にもよく彼女の頬を触っていた。

お嬢……俺はシュラ様をこう呼んでいる……はまったくといって良いほど気にしてはいなかったけれど。


お嬢はあの醜い後妻の娘より、ずっとずっと可愛らしく、その美しさで危うく実の父親の牙にかかりそうになったものの、使用人たちが何とか彼女を逃がした。

5歳でこの別宅に軟禁された当時は、その大きな目から涙を流して父親も母親もいない不安に泣いて暮らしていた。

しばらくしてその泣き声は止んだけれども、それからあとも自分の部屋で一人で泣き疲れて眠っているのだと、レイナが教えてくれた。

まだ5歳だってのに、俺やレイナたちに心配をかけないように振る舞う彼女が痛々しくて見ていられなかった。


そんなお嬢が変わったのはその一年後。

叫び声と共に目を覚ました彼女はきょろきょろと辺りを見渡して考え込んだ。

その日以来、彼女は不安に泣くこともなくなり、代わりに俺たちが教えていた魔法や剣術に興味を持ち始めた。


キースや、カロンも戸惑ってはいたものの、お嬢の変わりっぷりにいつしか期待を寄せるようになっていた。

そのせいで彼女の修行量も内容も6歳児のやるものとは桁違いになってしまっているのだが……お嬢は苦もなくやり遂げてしまう。

うちのお嬢が有能すぎて困る。


最近のお嬢といえば、こそこそとどこかへ出掛けていくのをよく見かける。

聞いたところで大人しく答えるような子供ではないので、俺たちは不干渉の体を保ったままだ。

そう簡単に怪我するような子でもないだろう。

キース曰く、魔法使いとしては良い才能を持ってるらしいからな。


将来が楽しみだ。


子供ってのはあっという間に成長していくもんで、大人はそれに気がつかないまま、いつまでも子供扱いしちまう。

けど、彼女を見ていると子供にもしっかり考えがあって動いてることもあるんだなぁと実感した。


ほとんど自分の子供のように成長を見守ってきたお嬢。

俺もキースも、カロンも、レイナもいつまでも付いていてやれるわけじゃない。


現に彼女は10歳になれば、王国立の全寮制魔法学校に入学させられちまうんだから。


それをお嬢の9歳の誕生日に告げれば、本人よりもレイナの方が驚いていた。

お嬢、折角隠してたんだからちっとは驚けよ。


驚いてるって?

それが本当ならお前の表情筋サボりすぎだろ……。



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