彼氏サイド
とある会社の陸上部に所属するぼくは、マラソンに向けた練習を重ねながら、冬はマラソンとともに駅伝にも出場している。
陸上競技といっても幅が広いが、ウチの部員は長距離を走る選手だけ。
そして、駅伝のメンバーを組むには人数がギリギリで、控えの選手が少ないゆえ、一人でも大きな故障があれば大変なことになる。
同じ会社にいる彼女とは、もう数年来の付き合いである。
会社でも、プライベートでも、世話になりっぱなし。
周りからは『結婚しないのか』と言われているが、タイミングを逃して、ズルズルきてしまった感じだ。
身分は会社員、といっても、競技生活を中心にしているから、大会や、部内の強化合宿などで地元の町を留守にしがちである。
特に、元日の駅伝の大会を見据えた年末は、彼女に会える時間はごく限られてしまう。
彼女を大事にしてくれる人と付き合ったほうが、彼女のためにいいのではないかと思ったりもする。
毎年1月1日は、彼女は、テレビ中継を映し出すプロジェクターの前で応援してくれている。
群馬まで応援に来てくれる社員の人もいるけれど、彼女は、地元に残った社員のために社内に特設された、応援会場の設営をする係になっているのだ。
会社の人がぼくと付き合っていることを知っているにも関わらず、いや、知っているからこそ、地元での応援の担当にさせられてしまうらしいのだ。一度は、現地に来てほしいものだけれど……。
ぼくたちのチームは、『優勝候補』とは呼ばれていなかった。
チーム全体としても『入賞となる8位以内を目指す』ことを大きな目標として掲げてきた。
ところがなんと、優勝したのだ。
心の奥では、優勝を目指していたけれど、過去の大会であまり目立っていなかったから、口に出さずにいたのだった。
1月2日。
ぼくらは飛行機で、会社がある町に帰った。
会社の敷地で駅伝の報告会があるのは、毎年恒例のこと。
数名の社員の人が、空港の到着ロビーに出迎えに来てくれた中で、真っ先に彼女の顔が目に入り、
「帰ってきたよ!」
と言いながら、手を振る。
「お帰りなさい。お疲れ様!」
空港に到着した時のお互いの言葉は、毎年同じだ。
「ねえ、二人は付き合いが長いみたいだけど、結婚は……」
会社の人がぼくたち二人を見ながら言うと、駅伝に出場した後輩までもが、ニヤニヤしながら口を挟む。
「陸上部の寮に住む選手の中で最年長でしたけど、そろそろ、その座を譲りませんか?」
「みんながいないところで、直接言うから。あまり騒がないでね」
ぼくは、この場を収めるのが精一杯だった。
駅伝の報告会。
今年は特に、多くの人が集まって下さった。
走った順に、一言コメントをしなければならないのは、ぼくには苦痛である。逃げてしまいたいと思うほどだ。
人前に出てスピーチをするのが、大の苦手。
駅伝のゴールの直後には、テレビで優勝チームへのインタビューがあり、かなり緊張しながら話したのだった。
ついにぼくの番になってしまった。
と思ったら、彼女が他の社員の人に連れられて、ぼくの隣に来た。
ぼくは彼女に向かって頭を下げた。
「この人には、特に世話になってきました。いつもありがとう。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
大勢の人たちを前にしただけではなく、彼女が隣にいることもあり、ぼくの緊張の度合いはますます高くなってしまった。
そして。
以前から口にしたくてもなかなか出せなかった一言を、ここで告げてしまった。
「結婚して下さい」――。
「ごめんね。もっといいムードで、静かにプロポーズしたかったな……」
しょげているぼくに彼女は、明るい調子で言う。
「走り終えた後にプロポーズなんて、あなたらしくて、良かったと思うわ。優勝できて、わたしたちの結婚のことまでたくさんの方に祝って頂けて、嬉しかった」
「本当に、喜んでくれてるのか?」
「もちろんよ!長い間待っていた言葉が、やっと聞けたんだもの」
「あ……あのぉ〜……。先輩方、甘い言葉を交わすのは二人だけの時にして下さいね。聞いているこっちが恥ずかしくなりますよ」
駅伝メンバーの後輩から、目が覚めるような言葉が飛んできた。
報告会は終わったけれど、周りには、陸上部員を始め、十数人の人たちが残っているのだ。
「ああ、恥ずかしい」
両手で顔を覆ってしまったのは、彼女……ではなくて、ぼくのほう。
彼女は、決して取り乱したりせずに、ぼくをニッコリと見つめていた。
【彼氏サイド・おわり】
「彼女サイド」を書き終えた後、「彼氏サイド」に着手しました。
「彼女サイド」とまるっきり同じ場面、同じセリフではなく、少し書き足したり、削ったりしてみました。
「彼女サイド」は数時間で書き上げましたが、「彼氏サイド」は結構てこずりました。
「うれし恥ずかし。~駅伝ものがたり3~」は、一応これで完結です。
続編も……っていう考えもなくはありませんが、読者の方の需要があるかどうか。
競技以外のことには気弱な男子って、恋愛小説のヒロインの相手役としては万人受けしないかとは思いますが、私自身は書きたいタイプの設定なので、今後も折に触れ機に触れ、登場することでしょう。
H29.1.28 こだまのぞみ