汚れてしまった2話
キャスト
ミカエル:悩める女の子。すごく混乱している
マキュロー(母):冗談が好きないい人
ミハエル(父):訳ありで謎が多い男性
う・み:
サリーシュ:神童感多め。苛立ちを隠せない
ミカ・ミハ・父の場面ごとの演じ分け
照明は各自工夫を書いてなくてもする
地「人が死に、街が死んでいった」
《場:マキュロー家 明転薄暗い》
地「街を襲った惨劇の中で帰ってきた彼女を出迎えるはずの人はいなかった」
《ミカ入る》
ミ「お母さん、お母さーん!」
地「誰もいない家の中で彼女は母親を呼び続けたが、返事はない。よく家事をしている台所にも、いつも休んでいる母の部屋にも、外の物干し場にも母の姿は見えなかった
家をひと通り探した後、額の汗を拭きながら彼女は食卓のいつもの席に座り、ふと手に持っていた写真を見た。
その中の1人の少女に目が止まる」
ミ「この人は…」
地「その瞬間、彼女に前世のような、どこか知らない国の物語のような、近くて遠い記憶が夏の豪雨のように、突然に、一気に戻ってきた…」
《暗転CF 白ホリ ミにサス 台上にて回想》
地「その記憶の中では見慣れない服を着た自分が、聞いたこともない言語を使って楽しそうに誰かと話したりしている」
《ホリ暗転 SE:雨》
地「例えるなら道端に落ちているゴミみたいな。通学路にポツリと残されたそれは、異質というほどではなく、ありふれていて、特に注意をひくものではなかったが、ちょっと気になって拾ってみたら中からドロドロとした何かが溢れてきた、そんな感じがした。例えが分かりにくいとも感じた。しかし直す気はない。(キメ顔)」
地「何分か経ち、落ち着いた彼女はもう何度目なのか分からない、同じ質問を自分に問いかけた」
ミ「前の私の名前はミカ、この人達は一緒に何かを作っていた仲間。それで今の私は……誰?」
《白ホリ 地明かり暗転 人物にサス》
母『ほら、ミカエル。ちゃんと座って、ごはん食べるのよ』
ミ「お母さん…」
父『ミカエル、好き嫌いせずにいっぱい食べて、お父さんより大っきくなるんだぞ』
ミ「お父さん…」
母『こんなに小さくてカワイイんだから大きくなっちゃ嫌よ』
父『それもそうだな。じゃあ、いっぱい食べて、お母さんみたいにキレイになるんだぞ』
母『まあ、それがいいわ。』
地「この土地に越してきたばかりの幼かったミカエル・マキュローの記憶を。自分の体の奥から何かが溢れてきて苦しくなる」
《地明かり明転 薄暗く》
ミ「今の私はミカエル・マキュローなのだろうか。それとも、写真に写るミカがミカエル・マキュローの人生に割り込んでしまったのだろうか」
《ミカの後方でサス》
み『先ぱ*……**も、あ*******ます』
う『**のよ、*****達*************頑******から*******、*』
み『*も、****な******て***…』
う『***、**は*か******る。』
地「次に思い出したのはミカの記憶。そこで優しい笑顔の女性が話している言葉は理解が出来なかったが、慰めてくれているのことだけは感じとれた」
ミ「私はミカとしても愛されていた。」
地「ミカエル・マキュローとして誰かが愛していたミカを奪ってしまった、ミカとしてミカエル・マキュローの人生を奪ってしまった。そう考えると自分がとんでもない罪を犯した気がした」
ミ「私は何もしてないのに…何で…。」
地「どうしてこんなにも罪の意識に囚われないといけないのか。自分はは何をしてしまったのか。解答者のいないクイズ大会は終わる事も始まる事も出来ず、出題者は問題をもう一度見返した」
ミ「同じ目標を持って進んでいたはずの名前も分からない仲間達。この1番小さい男の人は何でも作ってしまうすごい人で、この変顔のえげつない人は歌が上手だった、この大人しそうな人とはあんまり話す機会が無かったけどあの時私を助けてくれた。そしてこの活発そうな男の人は……」
《地明かりCI》
ミ「サリーシュ?」
地「間違いない、見た目が少し変わってはいるが。この写真の男はサリーシュだ。思わず立ち上がったミカはその一点を見つめ何度も目をこすった。ポツポツとひどく曖昧な記憶が戻ってきたが、未だ解答は出てこない
もう彼女の頭の中は写真の中にいる青年の面影のことしかない。変わっていった故郷の街より手の中にある未知なる一枚への湧き上がる探究心に彼女は支配されていた」
《ミカの視線の先から前明かり》
ミ「行こう。」
地「ここで考えても埒が開かない。ミカは一筋濡れた頬を勢いよく拭い、普段通りと言わんばかりに佇む現実の扉を開けた」
《場転:崩れた街並み 赤ホリ》
地「丘の下からは未だ悲痛な叫び声と肉が裂かれるような音が聞こえる。何かの物語の一場面を見ているようで現実みのない光景だが、非情なことに今の彼女の現実は目の前に広がる光景に他ならなかった。そんな状況でも彼女の顔には曇りがなかった。
どの家からも煙が立ち、道は深く抉れ、至る所に赤い液体が飛び散っている。つい1時間前までは平和だった街を彼女は真っ直ぐ西へ、避難した人々が集う広場へと急いだ」
《場転:領主館前 サリ・ミハ汚れている》
父「御子息様もなかなか腕が上がりましたな。」
地「領主館の外、灰色の空の下で剣を交える2人。少し息が上がっているものの余裕を残している男性に対し、青年は身体中傷だらけで、肩を大きく揺らし余裕のない状態であった」
サ「クソ‼︎何で届かない‼︎」
地「青年が持っているのは両刃の剣、決して名刀などではないが、この時代のこの地域においては斬れる剣を持っているだけで力の象徴となる。それに対して男性の剣は片刃で、しかも斬れ味は悪く、鋭い鈍器程度のものだ。そして“神童”と謳われた青年は強い、このハンデがあれば大抵の大人には勝てる。しかし、彼の豪剣が男性の肌に当たることはなく、疲労だけが積もっていく。何回も倒され土だらけになった彼の顔に悔しさがにじむ。
それだけではない、2ヶ月ほど前に彼は領主である母から、この街にミケーネと手を組み祖国ガンドラに仇なそうとしている者がいるという噂を聞いていた。ちょうどその時期は彼がミハエル・マキュローの娘であるミカエル・マキュローと仲良くなり始めた時期に重なっており、母とミハエル・マキュローが知り合ったのも同じ時期である。結論から言うとそれは偶然であったが、彼はその偶然に何か作為的なものがあると強く感じていた」
サ「(もし、自分がマキュローさんと仲良くなってなかったら…)」
地「後悔先にたたず、それでも過去の可能性を考えてしまうのは今を生きている者の性だ
だがここは戦場である。一瞬の隙が命を奪う状況で心を乱してしまった彼にミハエルは情けをかける必要も、攻撃の手を緩めるつもりもなかった。それが戦士の礼儀なのだ」
地「青年の剣が力の漲る若さの剣であるとすれば、ミハエルの剣は洗練された老練の剣である。半歩ずれるだけでサリーシュの切っ先を避け、を必要最小限の動きで利き手を振るうと、訓練では経験できない痛みが青年を襲う。
斬りつけられた右足は思うように力が入らず、支えてくれていた大地は自分を拒むように歪んだ気がした。彼の手からは剣が落ち、足からは止めどなく血が流れてくる」
父「御子息様、戦いの途中に考え事をするなんて考えられませんよ。」
地「手早く足を縛り、彼は素早く立ち上がって剣を構える。呼吸は獣のように荒く、余裕も体力もない、彼に残るのは贖罪の使命感のみ。ミハエルが出てきた時、扉の向こうに母が見えなかったその時に迷わず押さえつければ良かった。こんなことになる前に気付けば良かった。ただでさえ動かない体に加え、彼の剣は後悔で大きくブレていた」
父「戦いに集中しなさい!」
地「ミハエルの剣が今度は彼の左の肩をかすめた。領主を手にかけ戦士の精神に背く非道の者が、戦いを自分に語っている事にサリーシュの後悔の念は怒りに変わる」
サ「老いて堕ちた戦士が偉そうに‼︎」
地「母を殺され、感情的になってしまっている青年の剣は荒いが速かった。突然のサリーシュの言葉に冷酷なほど戦士であったミハエルの剣にも感情がこもる」
父「では……有事でも動かず、考えてるだけの指揮官が偉いのですか?汚い手を使って人間を利用する貴族どもが偉いのですか?教えてくださいよ!御子息様!」
地「八つ当たりともとれる言葉と共に振り下ろされた剣が容赦なくサリーシュを襲う」
サ「一体貴方に何があったんですか‼︎」
地「この平和な街にミハエルが言うように有事に動かず、汚い手を使って人を利用するような典型的な悪徳権力者はいない。しかも、つい最近知り合ったサリーシュでも分かるくらい、根は真面目で家族想いのミハエルがここまでの強い怨みを持つほどの下劣な権力の使い方をする人間がガンドラに存在するとも考えられない」
父「理由があったから、それだけだ!」
地「あまりにも曖昧な返答。そんな答えでサリーシュの心が満たされる訳がない。それどころか、その言葉はサリーシュの怒りの炎にさらに油を注ぐ」
サ「…その理由とは、仕えるべき領主を殺せるほどのものなのですか‼︎」
父「うるさい!」
サ「その理由とは、この街の平和を壊せるほどのものなのですか‼︎」
父「黙れ!」
サ「その理由とは、あなたの家族を裏切れるほどのものなのですか‼︎」
父「お前に何が分かる!!!!」
地「怨みがこもったミハエルの渾身の一撃が逃げ遅れたサリーシュの右足を切断した。強引に骨まで断たれた彼の足は宙を舞い、遠くの木の根元に当たった
が、彼は倒れない」
父「…家族は、関係ない。」
地「父親の顔になったミハエルの瞳には涙のようなものが見えた。しかし、サリーシュの構えは崩れない、それが最低限の戦士への礼儀であるから」
サ「まだ、戦いの途中ですよ‼︎」
地「お前が言うなと私は思うが、ミハエルは何も言わず剣を構えた」
父「情けは無用だ。」
地「突き放すような言葉を吐き捨て、もう一度斬りかかったミハエルの剣には大きな大きな致命的な迷いがあったが、この迷いを見逃さない事も戦士への礼儀である」
《SE:刺さる音 照明暗く》
地「金属が肉に突き刺さる生々しい音、風変わりな閉幕のブザー。閉幕し始めた舞台に残るサリーシュを待っていたのは会場全てを包み込む歓声でも万雷の拍手でもなく、最悪のタイミングの再会だった」
《ミカ入る》
ミ「サリーシュ君?」
サ「マキュローさん‼︎」
《ミハ倒れる》
地「私としては不本意であるが感動的に再会を果たす2人。しかし、彼らの間に横たわるミハエルだったものが2人の距離を絶望的に遠いものとする。真っ赤に染まったサリーシュとその手に握られた剣がミカに真実を語る。ミカに伝わった真実は正しいとは言えないが決して間違ってはいなかった。
父に聞きたかった事、父に伝えたかった事、彼に教えたかった事、彼と話したかった事、たった今目の前で起きた事、さっき街で起こった事。それらの全部が全部、ミカの喉の奥で混ざりあって、こんがらがって、押さえつけられて。言葉にならない言葉になって傷だらけの彼に投げつけられる」
《ミカ走ってはける》
サ「マキュローさん‼︎これは違うんだ、聞いて欲し…ウゥッ……‼︎」
地「右足に走る激痛が彼を地面へと叩きつける、自分の身体が丸太のように重く動かない、もう動くなと叫んでいる。それでも、彼は必死に手を伸ばし言葉を紡ぐ。その言葉が駆け出した彼女に届かないとしても」
CF:FOとFIを同時に行う、クロスフェード
FO:徐々に消える、フェードアウト↔︎CI
FI:徐々に点く(はいる)、フェードイン
ホリ:舞台後方の壁を照らすライト
サス:上からのスポット、数が限られる
SE:効果音、自分達で録音したりもする
地明かり:全体を照らす基本の照明
CI:一瞬で点く(はいる)、カットイン
前明かり:(今回はシーリングではなくフロントを指す)役者から見て客席上部横からの照明