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僕らの時代  作者: 西野了
9/21

夜のファミリーレストランで

「高橋君、無期限停学だって」

 右頬に青いあざをつくった小藪がバニラソフトクリームを舐めながら残念そうに言った。彼は僕がバイトを終える時刻を見計らってコンビ二にやってきた。

「よくあれで退学にならなかったなあ」

 サイトーは冷えた缶コーヒーを両手で弄びながら、変な感心の仕方をした。

 僕たち三人は登校日の二日後の夜、僕のバイト先のコンビニの駐車場に集まっていた。

「小藪、麻衣に対する学校側の処分は?」

「それがさあ、まだ何もないみたい」

「そりゃあそうだろ」

「えっ?」サイトーの言葉に僕と小藪は同じ反応をした。

「麻衣ちゃんのあの発言に対して、学校側が過剰に反応するほうがリスク高いぜ。ああいったことは無視する方が組織としては得策なのさ」

 僕はサイトーの説明で、自分が中学校のときなぜ登校を渋ったのか少しわかったような気がした。当時の僕は学校にいるとき、いつも異常に緊張していた。それは学校という組織が自己防衛を第一にしているという雰囲気を、僕が無意識のうちに感じとっていたからだろう。そもそも学校にとってややこしい生徒は教育の対象外なのだ。

「中島、それで渡辺さんとは連絡がとれたの?」小藪は例によって小さな目を分厚いレンズの奥でキョロキョロと動かせながら訊いてきた。

「いや、ケータイに電話しても繋がらない。あいつ、家にもいないみたいだ」

 僕は小さくため息をついた。

 サイトーも缶コーヒーを一口飲んで難しい顔をしていたが、突然「アレッ」という表情を見せた。僕も小藪もサイトーの視線を辿っていくと、腕を組んで歩いて来る麻衣と汐崎の姿があった。もっとも腕を組んでいるといっても、麻衣が強引に腕を絡ませているだけで、汐崎は仕方なくつきあっている感じだった。

「オーイ、みんなあ」

 麻衣の声はいつものように脳天気で明るかった。胸の開いた黄色いタンクトップと青いジーンズ地のホットパンツというファッションで、思いっきり肌を露出していた。髪の毛の色も落ち着いた黒から銀髪に変わっている。僕らは唖然とした表情で彼女たちがやって来るのを待つだけだった。

「麻衣! お前どこ行ってた? ケータイにも出ないし」

 僕は麻衣のあっけらかんとした振る舞いに、いささかムカッときて問い詰めた。

「アリャー、コーイチィ、アタシのこと心配してくれるの? コーイチの頭の中にはリョーコチャンしかないのかと思った」

「ぐっ」僕は言葉を飲み込まざるを得なかった。麻衣と話すといつもこうだ。見渡すとサイトーも小藪もそして汐崎までも笑いをかみ殺していた。僕はジロッと小藪を睨んだ。僕と目が合った小藪は慌てて言った。

「渡辺さん。高橋君が渡辺さんをかばって赤木先生を殴って、停学になったんだよ」

「アーそれぇ、リョーコチャンからさっき聞いたしぃ。タカハシ、やるジャン」

「でも高橋君の停学、無期限だよ」

「ムキゲンってぇ?」

 麻衣は計算だけでなく日本語にも弱い。

「学校が許すまで、ずっと停学中ってことだよ」

 サイトーの説明に麻衣は少しだけ「フーン」と考えた。それから彼女は汚いものを吐き出すようにこう言った。

「赤木のブタゴリラァ、アタシの家に電話かけてきてぇ、そんでぇ親が無茶怒ったんでぇ、アタシ家出してやったんだ!」

 麻衣の顔がいきなり豹変したので、僕たちは気後れしてしまい、少しの間誰もなにも言えなくなった。

 気がつけば、コンビ二を出入りする客がチラッチラッと僕らを見ては通り過ぎていた。確かに露出過剰のギャルにモデルのような美少女、それから長身のクールガイと冴えない高校生二人(僕と小藪のことだ)の組み合わせは変ではある。僕たちは彼らの視線が気になったし、もっと話すべきことがあったので場所を変えることにした。

「リョーコチャンがバイトしてるファミレスに行こう!」

 僕は(どうしてこいつ、そのこと知っているんだ?)と驚いた。もっとも麻衣は神出鬼没で、その行動範囲も広く、なおかつ怪しげな情報網を持っている。だから汐崎がバイトしているファミレスも知っているのかもしれない。

 麻衣の嬉しそうな提案に、汐崎は少し顔をゆがめて「えっ?」と答え、サイトーと小藪は「へぇー」と興味深そうな表情を浮かべた。

 そしてサイトーが「じゃあ、そこに行こう」と賛成したので、汐崎は拒否することもできずに、しぶしぶとみんなについて行くこととなった。


「ヨッコイショ!」

 麻衣は左肩に引っ掛けていた大きな厚手の布袋を自分の足元に置くと、メニューを熱心に見始めた。

「アーッお腹減ったぁ。アタシィ、最近あんまりぃ食べてないのよねぇ」

「麻衣、お前テレビでどうしてあんなこと言ったんだよ。それから今までどこ行ってたんだよ」

 僕は自分の言葉で、目の前にいる幼馴染のことをかなり心配していることに気づいた。

「エーッなにぃ、何でそんなこと言わなくちゃいけないのよ? アタシィ、チョーお腹減ってるしぃ後にしてよ。アッ、オムライス食べよ。みんな注文決まった? 早く決めて決めて!」

 麻衣はメニューを僕に渡して早く注文しろと圧力をかけた。みんなは彼女のペースにはまり、急いで注文するものを決めてしまった。(結局麻衣以外全員ドリンクバーだったけど・・・・・・)

 ウエイトレスがトマトケチャップのたっぷりかかったオムライスを持ってくると、麻衣は「待ってました!」とばかり食べ始めた。それはまるで十日間ぐらい獲物にありつけなかったライオンが、仕留めた草食獣の肝臓を貪り食っているようだった。僕らはみんな彼女の迫力に圧倒されていると、「コーイチ、サラダバーからお野菜とってきて」と指示がとんだ。

「はあ?」と僕が驚いていると、麻衣は丸い頬をさらに丸くしてオムライスを咀嚼しながら顎をしゃくって、僕に早く行けと命令した。その傲慢で無神経な態度に僕は怒りが爆発寸前だった。

「あたし、とってくる」

 汐崎が一瞬僕に目配せしながら、サラダバーの方へ歩いていった。

 麻衣はオムライスを驚異的な速さで食べ終えると、汐崎が持ってきたサラダ類をムシャムシャと食べ始めた。ポテトサラダ、レタス、トマト、キャベツの千切り、コーン、マカロニサラダそれからデザート用にリンゴとパイナップルとオレンジ、そしてイチゴショートケーキを次々と平らげた。

 食べ疲れたのかそれともようやく落ち着いたのか、麻衣は「フーッ」とため息をついた。それでもアイスコーヒーのストローをチュウチュウと吸っている。

「麻衣ちゃん、お腹いっぱいになった?」

「エヘヘヘー、カオルはいつも優しいねえ。ウン、お腹いっぱい」

 あれだけ食べればだれでも満腹になるだろと僕は思ったが黙っていた。

「それでね、麻衣ちゃん。野球部の応援でテレビに映ったでしょ。そのときに言ったこと、あれ本当なの?」

「ホントだよ! アタシちゃんと調べたから!」

 麻衣は少しムキになって答えた。

「麻衣、調べたって、あんなことどうやって調べたんだよ!」

「エーッ、いいジャン、そんなこと」

 麻衣は僕が訊いたことには答えず、プイッと横を向いてまたストローを「チュウチュウ」と吸いだした。こいつは僕に喧嘩を売っているのか、いちいち癪に障ることばかりする。

「でも麻衣ちゃん。田村先輩の遺影を持つことができるなんてすごいね。特別待遇だ」

「でしょう! アタシよっぽどガンバッタもん」

「頑張った? いったい何頑張ったんだよ」僕は思わず訊いてしまった。

「エッ、アノッ、エーットォ、野球部のためにお弁当つくったりィ、それから、エットォー、アノォ差し入れとかしたモン!」

 僕は麻衣のしどろもどろな口調から、こいつは絶対嘘をついていると思った。こいつが「ガンバッタ」ことは、きっとややこしいことに違いないのだ。

 僕の疑り深い視線に気づいたのか、麻衣はまたプイッと横を向いて「チュウチュウ」とストローを吸っている。だけど彼女のグラスはもう空っぽで氷しか入っていない。

「麻衣ちゃん、アイスコーヒーのお代わり持ってこようか?」

「アッ、アリガトー。カオルは気が利くねェ。誰かと違って」

 僕は麻衣の挑発を「フン!」と無視した。すると麻衣のグラスを持って立ち上がったサイトーが、僕に向かって素早くウインクした。僕はゲイではないので(おそらく?}、奴からのウインクに喜んだわけではない。サイトーは僕に落ち着けというメッセージを送ったのだろう。確かに麻衣のわがままに、いちいち目くじらを立てていても仕方がないし、そのことは今に始まったわけではないのだ。

「でも渡辺さん、その田村先輩って人がいじめられてたっていう証拠はあるの?」

 小藪はいつものように小さな目を落ち着きなく左右に動かせながら訊いた。

「あったりまえジャン!」

「その田村先輩から聞いたの?」

「コヤブゥ、あんたバカァ?」

「えっ、どうして」

「イジメられてる人間が『イジメられてるッ』て言うわけネーダローッ」

「確かに麻衣ちゃんの言うとおり、いじめられている奴は何も言わないよ。はいアイスコーヒーのおかわり」

 サイトーはそっとアイスコーヒーの入ったグラスを白いコースターの上に置いた。それから自分用のオレンジジュースもテーブルに置くと、ゆっくりと麻衣の隣に座った。

「アリガト。ねっ、カオルが言ったように、そんなことジョーシキよ、ジョーシキ」

 僕は最も常識から外れた人間がそう言うのはどうかと突っ込みたかったが、サイトーの接待(?)で上機嫌になりつつある麻衣を見て、彼女の言葉を聞き流すことにした。

「じゃあ麻衣ちゃんの魅力で、誰かから聞き出したのかな?」

「そうそう、そーいうコト。やっぱりカオルはワカッテルウーッ」

(魅力? 麻衣の魅力? 魅力といっても、こいつには料理くらいしか能がないのだが・・・・・・。あとは肉付きのよい体くらいだし・・・・・・)

「アーッ! コーイチィ、エッチな目でアタシを見てるうーッ。コーイチにもアタシのナイスバティの魅力、ワカルウ?」

 脳天気な幼馴染はそう言うと目の前で身体をクネクネさせて、胸の谷間を強調する変なポーズをとった。

 僕は一瞬自分のグラスの水をこいつの顔面にぶっかけてやろうかと思った。だけど麻衣の隣で汐崎が苦笑いしている様子が目に入った。そして汐崎のその表情のおかげで、僕は自分の手がグラスに伸びることを何とか抑えることができた。

「だけど麻衣ちゃん、これから大丈夫なの? 学校からの風当たりも結構きつくなると思うけど」

 サイトーが真顔で心配したので、麻衣もそれに応えるように急に真面目な顔つきになった。

「もう、いいモン」

「えっ、もういい?」僕は麻衣の言っている意味がわからなかった。

「テレビでタムラセンパイが野球部の奴らに殺されたって、言えただけでいい。神様がアタシの願い、かなえてくれた」

 確かに麻衣がピンポイントでインタビューされたことは、神がかり的だった。

 しかしそれ以上に僕が驚いたのは、麻衣の諦めきったような表情だった。僕だけでなくほかのみんなも驚いていた。先ほどまではしゃいでいた麻衣とはまったく別人だ。

「どうしたの、麻衣ちゃん?」

 サイトーが先ほどよりも更に心配そうに訊いた。

「どーせ、アタシが言ったって誰も聞いちゃくれねーし」

「そんなことないよ、なあ小藪」サイトーが珍しく小藪に話を振った。

「あ、あ、あ、うん。インターネット上では、かなり話題になっているよ」小藪が早口で言った。

「インターネットォ? フーン」

 麻衣はチラッと小藪を見て興味なさそうに呟いた。そしてファミリーレストランの室内灯の遠慮がちな黄色い光を眺めながら、深く長いため息をついた。

 幼馴染の僕は麻衣が気分屋で感情の起伏が激しいことも知っていた。けれども今夜の麻衣は明らかに様子がおかしかった。得体の知れない不安を感じた僕は、麻衣の隣に座っているサイトーに目配せした。

「ねえ麻衣ちゃん、何か心配事があるの?」

 サイトーは首を傾げ麻衣の瞳を下から優しく覗き込んだ。

「ウーン」

 麻衣は珍しく考え込んでいた。

 しばらくの間、誰も何も話さなかった。時間にして数十秒だったかもしれないし、数分間だったかもしれない。だけど僕はその沈黙の時間がやたら長く感じられた。汐崎もサイトーも小藪も僕と同じようにそう感じたはずだ。

「アタシ、帰る」麻衣は唐突に言った。

「エッ?」みんなが驚いている間に、テーブルに一万円札を一枚無造作にほおり投げた。それから「カオルゥ、ゴメン」と言って左隣のサイトーの前をさっと横切った。

「おい、麻衣」僕は麻衣を呼び止めた。

「コーイチ、バイバイ」

 麻衣はそれだけ言うと小走りでファミリーレストランから出て行った。僕らは彼女の後姿が消えていくのを見ているたけだった。そしてテーブルの真ん中には、真新しい一万円札が一枚残っていた。


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