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僕らの時代  作者: 西野了
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汐崎の予言

 プールで溺死した生徒は小藪が言ったとおり、やはり野球部員だった。噂どおり二年生の田村で、麻衣の様子からすると中学時代から二人は結構仲がよかったようだ。

 昨日の学校の記者会見では、田村が深夜に一人で学校のプールに忍び込んで泳いでいたところ、何らかのアクシデントで溺れてしまったとのことだった。この事故は田村個人がやったことで、野球部には何ら関係がないという学校側の見解だ。それどころか校長は「学校の安全管理に問題があって、このような事態になってしまったことは大変申し訳なく思っています。ただ田村君が愛した野球部は、彼の遺志を継いで甲子園を目指し頑張ってくれると信じています」とわけのわからないコメントをした。

「サイトー君、中島、学校の記者会見、見た?」

 昼休み、小藪は銀縁眼鏡の奥にある小さな目をキョロキョロ動かしながら、僕とサイトーに尋ねてきた。

「何か、説得力のない話だったね」

 僕もサイトーと同じ感想だ。だけど僕はこんなすかした言い方はしない。

「でしょう。それでね、溺れ死んだ田村について変な情報があるんだ」

「コヤブゥ、ナニよ、それ!」

 それまで隣の席に黙って座っていた麻衣が、小藪のほうに突然身を乗り出した。

「彼は野球のユニフォーム姿で発見されたのではないかって」

 麻衣の迫力に圧倒されながら小藪はそう答えた。

「でも新聞なんかじゃ、水着姿で発見されたって書かれてたぜ」

 僕は新聞に結構目を通すタイプなのだ。

「うん、確かにそう書かれているけど・・・・・・」

「なによ、ハッキリしなさいよ!」麻衣はいつになく真剣だった。

「これ極秘情報だけど」

 小藪はまたも神経質そうに周囲をキョロキョロ見回した。そして声をひそめてかすれた声で、囁くように言った。

「死んだ田村はユニフォーム姿でプールに入ったんじゃないかって話があるんだ。それからそのユニフォームだけど、プールサイドに置いてあったという情報もあるんだよ。なんか変じゃない?」

「フム」サイトーは納得したような、納得していないような返事をした。

 僕は身体の力が抜けていくような感覚に襲われた。テレビのサスペンスドラマを観ているみたいで、妙に現実感がない。

「それがどーかしたの?」麻衣はきょとんとした顔で訊いた。

「エッ!」僕と小藪は驚いた。

「野球部だからユニフォームあるの、当たり前ジャン」

「ワタナベェ、てめえはホントに脳みそあるのかよう」

 高橋が小藪の左肩に右肘を乗せながら、ヘラヘラ笑いながら挑発してきた。

「あんたなんか、お呼びじゃないのよ! あっち行け、シッシィ!」  

 麻衣は高橋に向かって犬を追い払うような仕草をした。

「俺と小藪はダチだよ、なあ小藪」

「ええーっ」小藪は露骨に嫌な顔をした。

「それにここにゃ、なんか面白そうな話がありそうだしよぉ」

 そこまで言うと高橋は細い目で後ろの二つの席を睨んだ。

「それからてめえらには借りがあるしよぅ、ヘヘヘェ」

 笑いながらも彼の細い目はまったく何の表情も浮かんでいない。

「バーカァ、アンタなんかまたリョーコに殴られて鼻血ブーッだわよ!」

「ウルセー、あんときゃ油断してたし、それに鼻血じゃなくて口ん中を切ったんだよぉ」

「プッ」僕と小藪は思わず吹き出した。

「ちぇ」高橋が舌打ちした。

「麻衣ちゃん、ユニフォームの話はいいの?」

 サイトーは麻衣のことをなぜか「麻衣ちゃん」と呼ぶ。まあ僕にとっては、そのことは別にどうだっていいのだけども。

「そうそう、タムラセンパイのユニフォームのことよ」

「ワタナベェ、タムラセンパイとは、えらく馴れ馴れしいじゃねーか」

「ウルセー! あんたは黙ってろ!」

 うるさいのはこの二人だと思ったが、僕は黙っていた。

「そのプールサイドにあったのか、着ていたのかわからないけど、そのユニフォームはどうなったのだろう。警察が押収したのかな?」

 サイトーは名探偵が複雑なトリックを暴くような口調で言った。

「うーん、そこまではわからないけど」

 情報通の小藪も困惑の表情を浮かべた。

「そのユニフォームが人目に晒されると、ある人間にとっては非常に困ったことになるかもしれない」

「ハアー?」高橋も麻衣と同類の人間だ。

「たとえばさっき小藪が言ったように、そのユニフォームが水でびしょ濡れだったら?」

 サイトーは黒縁眼鏡のフレームを右手で上下に軽く動かした。

「エーッ、どうしてぇ? タムラセンパイは水着で泳いでたんでしょ」

 麻衣の疑問に対し、高橋が「ヘヘヘェ」と笑った。

「ワタナベェ、ちっとはアタマァ、働かせろよ」

「ウッセイ! バカ!」

「タムラってえ奴はユニフォーム着て泳いだってんだろ、サイトー?」

「それとも泳がされたのかもしれない。もっともこれはユニフォームが濡れていた場合の推測だけどね」

 サイトーの話は物的証拠もなく万に一つの勝手な推測なのだけど、なぜか説得力があった。

「やっぱり、イジメられてたんだ」

「ん?」僕と小藪は同じ反応をした。

「ワタナベェ、何でてめえはそんなこと知ってんだ?」

 高橋の珍しくまともな質問に麻衣は動揺した。

「エッ、アッー、その、えっとぅ・・・・・・アタシッ、トイレ!」

 そう叫ぶと彼女は慌ててその場から逃げ出した。僕らは麻衣の突然の逃走にあっけにとられてしまい、彼女の走り去っていく姿を目で追うしかなかった。

 そして麻衣は昼休みが終わっても午後の授業が始まっても教室に戻って来なかった。



 梅雨が明け夏の到来が予感される蒸し暑い夜だ。僕はコンビニのアルバイトを終え自転車で帰ろうとするところだった。

「・・・・・・中島」

 その声に振り向くと、デニムのホットパンツに紺のTシャツ姿の汐崎が照れくさそうに立っていた。店から漏れている不十分な照明の光の中でも、彼女の形のいい足は白く輝いていた。Tシャツの胸も麻衣ほどのボリュームはないけど、形よく盛り上がっている。

「あっ、弁当まだ残っていたっけ?」

 僕は急いで自転車から降り店の中に入ろうとした。そのときカッターシャツの左袖をグイと引っ張られた。

「いらない」

 汐崎はあらぬ方向を向いて早口で恥ずかしそうに言った。こんなに感情を露わにしている彼女を見るのは初めてだったので、僕はびっくりした。

「あの・・・・・・ちょっと・・・・・・」

 汐崎は僕をチラッと見て何か言いたそうだった。麻衣からいつも「コーイチはニブい」と言われている僕だけど、さすがに気がついた。

「あのさ、あそこのファミレスで少しばかり話さないか」

 僕はコンビニから三軒目のファミリーレストランの看板を指差した。

「俺、のど渇いているし、バイト代もあるし、奢るよ」

 汐崎は黙っていた。僕は自分が何か的外れなことを言っている気がして焦った。

「ファミレス、好きじゃない」

 僕はさらに焦った。コンビニを出入りする人たちがチラッチラッと僕たち二人を見ている。いや正確には汐崎を見ていたのだろう。そんな状況だから僕はますます落ち着かなくなった。

「ともかく歩こうか」

 僕の提案に彼女は無言で頷いた。そう言ったけれども、どこに行ったらいいのか皆目見当がつかない。

 七月の夜の風は湿り気を含んでいた。僕はそんな空気の中、何を話したらいいのかと思案しながら歩いた。

 僕たちは平日でも街灯の光で明るい繁華街へ足を踏み入れた。このコースは僕の帰り道でもあった。時刻は十時を回っている。僕は腕時計が示している数字を見ながら突然気がついた。

「あのさ、汐崎の家、どっち?」

 僕は動揺を隠しながら訊いた。

「あっち」

 彼女は僕たちが来た方向を指差した。

「やばっ」

 僕は激しく動揺した。

「もう十時半だぜ。ごめん、もどろう」

「いいよ」

「でも、家の人に怒られるぜ」

「誰もいないし」

「あっ・・・・・・」

 僕は汐崎を前にすると何一つ気の効いたことが言えないような気がした。だけど汐崎は右手を形のよい唇に持っていって、クスッと笑った。

「中島、すぐ顔に出る」

 彼女が微笑みながら言った言葉が、僕の頭の上からつま先まで痺れるように通り抜けた。

「ともかく送るよ」

 僕は照れ隠しのため少し怒った表情を浮かべながら自転車の方向を変えた。そして僕たちは今来た道を引き返し始めた。

 再びバイト先のコンビニの前に来たとき汐崎は口を開いた。

「昨日、ありがと」

「えっ?」

 僕は彼女の言っている意味がわからなかった。

「高橋がナイフで」

「あ、あれかあ。でも高橋をやっつけたのはサイトーだし、俺はあんまり役に立たなかったし」

 僕の言葉に汐崎は小さく首を振った。それとともに彼女の細い髪が少しだけ揺れた。

「でも高橋の奴、やばいなあ。あんなことするなんて」

「あいつ、本気で刺すつもり、なかった」

「えっ?」

「あんなことでナイフは刺せない」

 汐崎はそう言うと夜空を見上げた。彼女の顎から首筋にかけてのラインが痛々しく見えた。僕は彼女の言った意味を知りたかったが、そのことを問いかけることはできなかった。

 僕たちは賑やかな通りから離れ、閑静な住宅街に入って来た。その中を巨大な真新しいマンションがそびえたっている。汐崎はその入り口にゆっくりと向かった。

「ここが汐崎の家?」

 彼女は小さく頷いた。

「じゃあ」僕は少し落胆しながらそう言った。

「あのさ・・・・・・」汐崎はあらぬ方向を見ながら、言いにくそうに口を開いた。

「ん?」

「渡辺、何か変」

「あ、ああっ」彼女の口から麻衣のことが出たのは意外だった。

「気をつけないと」

「えっ?」

「ここでは、信じられないようなひどいことをする奴がいる」

 汐崎は胸の中に詰まった何かを吐き出すように言い放った。僕はその思いを内心戸惑いながら受け止めた。

「うん、少しはわかるような気がする」

「そう・・・・・・」

 彼女は小さく呟いた。そして僕の目をじっと見た。それから黙ってマンションの中へ入っていった。




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