異能武器使いとハンドレス 後編
身内評価がよかったので後編。
前編からご覧ください
「な、なんでよ!!」
「何でって言われても…………」
そこで決闘という結論に至る意味が分からない。
決闘なんてしたら、確実に弱い俺が負ける。
何故、好き好んで醜態を晒しにいけというのか。
「わ、私は、今回の事を不問にしても良いって言ってるのよ?
良いの? 女の子蹴ってたー、とか言われても!」
「それは困るけど、突っかかってきたのは、そこのやつだし」
確かにそんな事を言われたら周りの目の冷ややかさが増すだろう。
が、基本的に今回は俺は悪くない。
そういうスタンスだ。
なのに、一度折れてしまったら、それは自分が悪いと認める事になる。
あと、今更、悪評の1つや2つ増えたところで何も変わらない事に気付いた。
それをわざわざ、決闘でチャラにして貰う必要ないだろう。
戦いを受けるメリットよりデメリットの方が大きい。
「むぅぅ……、受けなさいよ!
私の挑戦よ! 私が頭下げるのよ!」
「いや、そう言われても。
勝てない戦はしない主義だし」
「良いじゃない!
貴方の実力が気になるのよ!」
「それを俺が周りにバラしたくないからお断りしてるんだけど?」
実力というのは見せびらかす物ではない。
というか、本当に何でこのお姫様は俺なんかに拘っているのだろうか。
一度も能力を見せていないというだけで、お姫様の様な殺傷量は皆無の雑魚能力なんだが。
多分、今、俺は困った顔をしているだろう。
「そう、分かったわ!」
そんな俺を見て、お姫様は納得した顔をみせる。
あぁ、ようやく分かってくれたか。
と、思ったら、渾身のドヤ顔のまま「貴方弱いのね!」と告げてくる。
何故、指を立ててくるのかが分からん。
やっと終わるのか?
「うん、だから、勝負したくないんだけど」
「ふっ、ここまで言われたら、さすがに悔しくって……、あれぇ!?」
俺の反応にお姫様は至極驚いた様な顔をした。
どうやら、諦めたのではなく、挑発だった様子。
段々頭が痛くなってきた。
「言い返しなさいよ!」
「事実だし」
信じられない様な顔で、そんなこと言われても困る。
未確認生物を見る様な顔をしなくても良いじゃないか。
それとも文化が違うのか?
俺との会話に行き詰まったのか、うぅ……、と唸るお姫様。
もうやめよう。
戦いは何も生む事はない。
さぁ、これで終わりにしようじゃないか。
「勝負! 勝負! 勝負!」
「駄々こねられても……」
なんとか、やんわり追いかえせねぇかなぁ。
思考を巡らせても回答は出てこない。
それどころか、俺が追い返す方法を考えるより、お姫様が次の案を思いつく方が早いらしい、またも閃いたという様な顔を見せる。
どうせ、ロクでも無いやつだ。
「じゃあ、買ったほうが負けた方の言う事を何でも聞くっていうルールを付け加えましょう!」
「いや、俺が負けるってのに、デメリット増えただけじゃん」
このお姫様は、嫌がらせの天才なのか?
負けて醜態を晒す勝負に、更に罰ゲームを付け加えろという。
大前提として、俺が勝つ事は万が一にも無いんだって。
そう言うのは実力がある程度拮抗してるから成立するものだ。
一方的に、そう言う条件つけるのいじめっていうんだぜ。
「むぅううううううう」
俺は呆れた表情、お姫様は悔しそうな表情を浮かべている。
いや、そんな顔されてもどうすれば良いって言うんだ。
一体どうやったら諦めてくれるのだろうか。
悩みあぐねていると、遂にお姫様が最後の手段を使ってくる。
「じゃあ、貴方が勝った時だけ、何でも1つ言う事を聞いてあげるわ。
まぁ、私が負けることなんて、万が一にも……」
「じゃあ、体を要求します」
即答だった。
下心は特に無い……筈……。
「ふぇ?」
「勝ったら、貴女様の身体を要求します」
意味を分かりかねている様子のお姫様に丁寧に解説。
やがて合点がいったのか、その顔は段々と赤く染まっていく。
顔が真っ赤に染まった時、頭から湯気を出しながらオーバーヒートした。
不覚にもちょっと良いと思った。
ここで、わざと的外れなことをいって、何をいやらしい勘違いをしてるのか、とからかいたい気持ちをぐっと抑える。
「あ、あ、あ、あんた!
い、一国の姫になんて物要求してるのよ!!!
そんな物通る訳がないでしょう!! この変態!」
そりゃぁ、通らない。
通るわけが無いだろう。
流石に、負けることなんか無いから構わないわ、とかいう痴女だったら、どうしたものか悩んだけれど、これが正しい反応だ。
でも、変態呼ばわりは流石に悲しい。
「じゃあ、無かったことにしましょう。
では!」
お姫様が拒否したので、申し出は保護となる。
当たり前だ。
一国の姫として、何より女の子としてそんな文言は通らない。
お姫様が払えない物を、要求したら流石に諦めると思っての台詞だったのだのだ。
そもそも、お姫様が申し出を受けたとしても、俺が勝つ事は万が一にも無いから、実現する事は無い。
不本意だが、お姫様は身の危険を感じてくれただろう。
これで、この話もここで終わり。
晴れて、自由の身だ。
「ちょ、ちょ、ちょ、待ちなさいよ!」
「なんですか?」
と思ってたら、お姫様が俺を呼び止める。
まだ、諦めてないのだろうか?
「貴方は一国の姫です。
なので俺の要求は、まず通りません。
なら、勝負自体不成立じゃないですか?」
「他の要求はないの!!」
成る程、代替え案を出せと。
あるちゃあるけど、お姫様が叶えれる範囲の希望を出したら、試合が成立してしまう。
適当に誤魔化しとくか。
「無いですよ?
男子高校生の願いなんて、女の子関係以外は、自分の力でも簡単に叶うものばかりなので」
あぁ、滅多ゃ赤面してる。
何を想像してるのやら。
ウブだなぁ。
ちょっと楽しなってきた。
いかんいかん。
訪れる沈黙。
今度こそ本当に終わりだ。
これで今後絡まれることもないだろう。
「最後の忠告よ……。
勝負を受けなさい!
じゃないと後悔するわよ」
往生際が悪いなぁ。
どうせ、最後の悪あがき。
「後悔?今更何を後悔するとでも?」
今更何ができるというのだ。
あぁ、俺の口元が歪んでいるのを感じる。
何と言おうと追い返す自信があるからだ。
人は優位な立場に立つと自然とにやけてしまうのだろう。
「姫として、今のセクハラを国際裁判に訴えるわ」
「謹んで受けさせていただきます」
前言撤回、産まれた時から俺の立場は下だった。
顔は直ぐに真顔に戻った。
それをやられたら、流石に不味い。
下手したら国際問題だ。
いくら追い返す為とはいえ、セクハラじみたセリフは出すべきではなかったのだ。
「そう、ありがと!」
姫様はそれはもう良い笑顔だった。
冷静に考えると、おさげの女が絡んできたのからして、仕組まれてたんじゃね?
そう考えるとまんまと嵌められたことなる。
はぁ……。
「納得いかねぇ」
今までの歴史でこんな最悪な理由で決闘を受けた人間は前にも後にも俺以外いないだろうなぁ。
止めよう。
どうしようもなく、やるせない気持ちになる。
申請書を何枚も書かされ、特別に授業に参加する事になった俺は、学校指定の戦闘訓練服に着替えさせられた。
絶対着る事は無いと思ってたのに。
これみんな改造してるから、俺だけ服がノーマルなんだよなぁ。
この服、素のままだとマジでださい。
適当に学生服の上着羽織っとこ。
「っと、武器の貸し出しお願いします」
数多に並ばせられた、個人様のチューニングを施してない万人用の武器のカタログを見る。
スペック的には、個人用より遥かに下だが、個人武器を持ってないから仕方ない。
剣、槍、鎌、ナイフ、刀、弓、銃、etc……、種類だけでも50は超える武器達。
その中から、出力調整だけを目的とした腕輪型の武器を選び、レンタルの用紙を書く。
武器の扱い方なんて俺は知らないし、扱えないから仕方ない。
あー、憂鬱、憂鬱。
なんで、こんな事させられるんだ。
「せめて、人払いとか出来なかったの?」
「最低限はしたわよ。
でも、仕方ないじゃ無い。
授業中だし、皆んな貴方の実力に興味があるのよ」
そして、試合場。
今、会場にいるのは20人程。
少ないと思うなかれ、人の伝達率を考えれば、100人以上に俺の事を知られる事になる。
俺は、俺が弱い事を知られたく無いのだ。
今、学園では俺の実力は未知数。
ただでさえ、素行が悪いのに、対策されたり、絡まれたり、カモられたりしたく無い。
「許可なくカメラ撮ってる奴、今直ぐ仕舞え」
とくに、何度も見て、研究されたく無い。
あと、勝手にカメラ撮ったら犯罪だぞ。
「何よ、小さい男ね」
「俺が勝ったら、お姫様の水着をカメラで撮るって言われたら、どんな気持ちになる?」
「なっ!? また、セクハラ!?」
「今、まさに俺はそんな気持ちなんだ」
「わ、分かったわよ」
俺の言葉に反応して、姫様はカメラを仕舞えと言ってくれる。
完全に話のすり替えだったんだけど、優しいのかちょろいのか。
俺と姫様の言葉に、表向きは全員カメラを仕舞う。
あくまでも表向きはだが。
「隠して、撮影してる奴、これが最後の警告だ。
仕舞え」
そのまま、観客の方を見ると、一人慌ててかばんに物を詰めた。
これで終わりかな?
「そこ、何をこそこそしているのよ。貴女よ。仕舞いなさい」
と思ったら、お姫様が隠れていたもう一人を見つけ出す。
すげぇ、どうやって分かったんだ?
実はこのお姫様凄いの?
そいつはバツの悪そうな顔で居住まいを正す。
俺の言葉を聞く気は無くても、姫様の言葉は素直に聞いてくれるのか。
あいつの顔は覚えた。
今度から気をつける。
「ありがと……」
「当然のことよ、なぜ顔をそらすの?」
「なんか、自分の行いが申し訳なくなった」
嫌がられせで、決闘を挑んできでる奴だから、何をしても良いかと思ったが、評価を改めよう。
やられたらやり返す程度に。
「さぁ、武器をとりなさい」
お姫様が、ホルスターから二丁のハンドガンをとり、構える。
対する俺は、腰の重心を落とし両膝に手を置く。
「武器はどうしたの?」
「拳」
「舐めてるの?」
「扱えないから仕方ない」
そう……、とお姫様。
その額には青筋が見える。
「なら、力尽くでも抜かせてあげるわ!」
いや、そもそも、使えないから何も持ってきてないんだけど?
武器無しのあだ名を知らないのか。
右のハンドガンを構え、お姫様は、そのまま俺に向かって発砲する。
ここで、あの弾丸に当たるわけにはいかない。
発砲が終る前には、射線から体をズラす事でおれは回避していた。
そのまま、試合場を右回りに走る。
弾丸から着弾した辺りから、爆発音が聞こえた。
お姫様の事はあまり興味が無かったけれど、その能力は嫌でも耳に入ってくる。
双銃の武器を持ち、着弾した弾丸はその場で爆発を起こす、『双銃掃討』の能力。
ついたあだ名が爆撃姫。
「ファイヤ!」
俺が通った場所が次々と爆発している。
俺を止めるために足元、目掛けて、お姫様が両方の銃で乱射しているからだ。
足を止めてしまったら、間違えなく直撃だろう。
爆発の熱で服が焦げ付き、衝撃で地面がめくれて土が勢いのまま、飛んでくる。
それでも俺は止まらない。
「逃げても無駄よ。
直ぐに体力が無くなるわ」
「まぁ、体力に自信は無いわな」
俺がお姫様の周りを半周、
球数を数え始めて、24発撃ったところで、お姫様の攻撃が収まる。
弾装填だ。
本来の拳銃は交互に打つことで、その弾装填時間を埋めるのだろうが、武器には、そんな常識は無い。
お姫様が、ホルスターへと双銃を納めると、それだけで瞬時に弾は装填される。
2秒とかからず、銃の弾幕は復活した。
「隙をつくってあげたのに突っ込んでこないのね」
ワザと乗っても良かったのだが、まだ下準備が足りない。
もう一度、銃弾を避けながら走る俺と、それを狙うお姫様の再開だ。
「避けてばっかりじゃ勝てないわよ!」
遠慮無く爆発を起こしながら、言われても。
俺が通った後の地面は悲惨な事になってしまっている。
地面がえぐれてあちこちに散らばっているのだ。
そして、間抜けにもその一つに足を取られた。
「そこっ!!」
よろめいた俺目掛けて、弾丸が着弾し、爆発が起きた。
爆風に視界が遮られる中、容赦無く、2撃、3撃と弾丸が打ち込まれていく。
着弾とともに音を立て、連鎖する爆発。
だが、お姫様こと、アイシャ・エール・ガリアベルは焦っていた。
「(爆発の規模が思ったより小さい)」
考えられるのは、何かしらの能力で威力を軽減されたか、弾を不発にさせられたか。
どちらにしろ厄介だ。
何故、そこまでして彼が能力を隠そうとしてるのかは、分からないが、未知というのは脅威だ。
彼が能力を発動させた事を見たことある者は誰もいない。
の筈なのに、皆が彼を恐れている。
原因は、単に彼の幼馴染みが有る事無い事吹聴したからなのだが。
それにまんまと引っかかったアイシャは、今回の事をチャンスと考え、彼に挑んだ。
一国の姫ではあるが、自国には、そこまで力があるわけではない。
力があるならば、わざわざ他国に留学などする必要が無いのだ。
この国に来たのは自分の派閥を築き上げるため。
能力者は少なからず、国に影響を与える立場につく。
だから、彼女は在学中にこの国でコネクションを築き、本人達が了承してくれるなら引き抜きを行うつもりだった。
しかし、派閥拡大は難航していた。
この学園には既に様々な派閥が存在していて、何処も必死だからだ。
その中で、彼は何処の派閥にも所属して居らず、どの派閥も彼と関わろうとしていない。
敵になるにしろ味方になるにしろ情報が欲しい。
そんな打算的な目的が今回の彼女の行動の大きな割合を占めている。
本当は弱いのなら構わず、情報を知れれば良し、秘密を握れるなら利用し、もし、協力してくれるなら迎え入れる。
能力が知れ渡っているアイシャに損は無い。
中々、決闘にイエスと首を振ってくれなかった時は、流石のアイシャも焦ったのだが。
対価条件として、身体を要求してきた時は問答無用で撃ちぬきたくなったが、我慢した。
カメラに関しては、わざわざ他の派閥に情報をくれてやる事は無いと思ったので都合が良かった。
そして、現在に戻る。
残っていた16発を綺麗に打ち込んだが、数で考えても、威力で考えても被害はいつもの半分。
二歩程後ずさった時に、額に冷や汗が流れた事に気付く。
爆発による砂煙が晴れた時、予感は確信に変わっていた。
「容赦なさ過ぎじゃないか?」
服をボロボロにしながらも、彼は、五体満足で突っ立っていた。
会場にはどよめきがうまれる。
これは、あたりを引いてしまったかも知れない、彼女は素直にそう思った。
練習試合用の相手を考慮した弱体化武器を使用している事を若干悔やむ。
この相手には不足かもしれない、と。
「はぁ、準備完了か。」
そう言って彼は重心を落とす。
ぞわりと、アイシャに悪寒が走った。
鍛え上げられた反射神経で思わず、銃を構えていた。
彼が一歩踏み出した瞬間、弾丸は発射されていた。
次の瞬間起こったことは、アイシャの人生で最大の衝撃かも知れない。
打ち出した弾丸を彼は殴ったのだ。
そして、拳とぶつかった弾丸は、爆発すること無く、地面に落ちる。
それを更に踏み潰し、小さな花火のような爆発を最後に弾丸は息をしなくなった。
「嘘……」
「そう思うなら、もう一発行っとく?」
その挑発に合わせて、もう一発、アイシャの武器から、弾丸が放たれるが、今度は右手で弾かれて、また、踏み潰された。
弾丸は同じ様に花火の様な小さな爆発を起こすだけ。
あり得ない。
あり得ない。
その言葉がアイシャの心を埋め尽くす。
武器も無しにアイシャの最大の攻撃を防いだ。
前代未聞だ。
聞いたことが無い。
武器は能力発現の媒体となる。
武器に能力を正常に発動する事は出来ず、能力の効果が現れるのも基本的には、武器の部分からだ。
素手で弾丸を止め、足で爆発を握り潰した、彼はそのどちらにも当てはまらない。
つまり、彼は今、能力を使わずにアイシャの最大火力を止めたことになる。
「な、何をしたの……?」
思わず口から出た言葉だった。
「カンフーと合気道だけど?」
「はぁ!?」
素直に回答してきた事にも驚きだが、その答えにも驚きだった。
カンフーと、合気道を知らないわけでは無い。
だが、それらがどうしてこういう結果を生むのかが分からない。
「合気道の技の応用で、弾丸と逆走位の力をぶつけて、無力化して、カンフーの震脚の応用で、弾丸を押し潰した」
「…………武器も無しにどうやって」
説明に対する理解が全く追いつかなかった。
「武器は、ほら、これ、腕輪型の奴」
見せられた武器は、少し能力適性のある一般人が、能力の暴走や使用を抑える為につける様な、極々有り触れた物。
武器が腕輪型だと言うのなら能力の発動範囲は、基本的に腕輪の周辺だけ。
そこから、何をどうすれば、この結果を生み出せると言うのだ。
またも、理解が追いつかない。
アイシャには、常識が一瞬ですべて塗り替えられていく音が聞こえるようだった。
「じゃ、お覚悟」
彼、颯人は、その混乱の隙を突くよう低い姿勢で距離を詰めてくる。
銃で迎撃体制をとるが、撃った弾丸は、煩わしくなったのか、単に彼に弾かれて終わる。
弾かれた弾丸が後方で、爆発した。
勝てない。
思わず、そんな言葉が頭に浮かぶが、直ぐに振り払う。
彼は、最初に攻撃を避けていた。
そこに意味がある筈だ。
そもそも、弾丸に逆走位の力をぶつける、なんて、技術が簡単に出来るはずがない。
近付いてくるのなら、チャンスは必ずある。
敵の油断を誘う、二丁同時、弾補充から、片側づつのリロードに切り替える。
もう彼は直ぐ、目の前に迫っている。
チャンスは一度。
相手が油断した時。
そして、チャンスは来た。
彼が右の弾丸を弾いた瞬間、ガラ空きの胸に左を突きつける。
距離が近付いている、という事は、それだけ対処する時間が少なくなるということ。
慌てて、手を向けようとしているが、対処は間に合わない。
勝ったと、彼女はそう確信した。
だが、彼はそれさえも覆す。
弾丸が左胸に直撃すると同時に左手でその弾丸を彼は掴んでいた。
少しでも衝撃を与えたら爆発する筈の弾丸を素手で掴んでいるのだ。
もう驚くのも、ウンザリだという様にアイシャは頭を格闘戦へと切り替える。
この距離まで近付かれてしまったら、銃を撃つ事は出来ない。
自身もその影響を受けてしまうからだ。
アイシャは一通りの格闘戦の技術も会得している。
自身の能力は中距離殲滅を主体としているからこその格闘術。
近寄られたら終わりでは、話にならない。
弱点は克服するものがアイシャの持論である。
右の武器を収納しながら、左の武器を逆手に持ち替え、直接、本人を叩きに行く。
暴発はしないとアイシャは知っているが、大抵の相手はこのこの行為に、恐怖を覚える。
弾丸が強力な爆発を起こす事をこの目で見ているからだ。
だが、やはりというか、彼は、驚かない。
それどころか、真っ先に振り下ろした武器目掛けて、掌をぶつけに行く。
衝突、その瞬間、左手に込めていた力が抜けた。
まるで、衝撃を全て緩和されたかの様に。
「っ!?」
思わず体制が崩れそうになっていた。
合気道には、相手の技を受け流す技術があるという知識を思い出し、右で腰から抜いた、小型ナイフを振るうのを躊躇う。
玉砕覚悟で、ホルスターに収納した、右の武器を近距離で発砲させる事を考えるが、時間が足りない。
ならば、と、右のナイフを投げ付ける。
時間が無ければ、作れば良いのだ。
しかし、ナイフも呆気なく、左腕で軽く逸らされる。
次の瞬間には、アイシャと彼の距離は零だった。
右のホルスターから抜こうとした銃にかけた手の上に手を重ねられると、麻痺した様に動かなくなる。
抜け出そうと足掻くが、抑えられたところに、上手く力が入らず、アイシャは、バランスを完全に崩し、後方に倒れこもうとしていた。
彼は、それすら許さない。
掴んだアイシャの右腕を左手で引っ張り、残った右腕に力を込め、右足を踏み込んだ。
「(や、やられる!?)」
思わず、戦闘中にも関わらず、目を瞑り、歯を食い縛る。
襲ってくる衝撃と痛みを耐える為に。
……。
………………。
…………………………。
「………………?」
が、いくら待とうとも、アイシャを痛みが襲う事は、無かった。
恐る恐る目を開くと、彼は右手広げを上に上げていた。
「すいません、ギブアップします」
「え?」
啖呵を切ったのはアイシャの声。
「「「えぇええええええ!?」」」
会場がざわめきに包まれ、試合は終了した。
ザワザワと騒がしい会場。
うるせぇ。
俺たちのバトルに魅入っていた、観客達が騒ぎ始めたからだ。
「立てます?」
「えっ、えぇ…………」
俺に手を掴まれ、空中でプランとしていた、お姫様を引っ張る。
お姫様は、その勢いで、体制を立て直した。
「おっと……」
が、勢い余って、俺の胸元にもつれ込んできた。
おおぅ。
「ふぇ?」
思わず、体操服の上のボロボロの学生服を掴んでしまうお姫様。
体制的に軽く抱きつく様な形だ。
押し付けられる柔らかな膨らみ。
あ、これ、ちょっと、良いかも。
「なっ!? ななっ!!」
暫く、一時停止していたお姫様は、現状に気付くと、顔を真っ赤にして俺を突き飛ばす。
が、突き飛ばそうとして、俺の体に触れた瞬間、その勢いがまた削がれた為、体制をまた崩しかけた。
両手を掴んで、今度こそちゃんと立ち上がらせる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう……」
お姫様は、焦った様に、俺に掴まれた手を振りほどく。
その顔は真っ赤。
暫くの沈黙の中、あの感触をリフレイン。
ふむ、取り敢えずCはあったな……。
「違う! そうじゃないわ!」
「……?」
俺が戦いの残響を感じていると、お姫様が声を張り上げた。
Cじゃないというのなら、D?
「あんた! なんで降参したの!
明らかに貴方の勝ちだったでしょう!」
「何故って、そりゃあ、あのまま続けてたら、俺が負けたからですが?」
圧倒的、有利な状況。
あと一撃で勝利。
だが、その勝利こそ、俺には遠い。
残念だが、あの場で俺が勝つ確率は零に等しい。
「ふざけないで、どうやったらあの状況で、負けるのよ!」
だが、それはお姫様は受け入れれないらしい。
「もしかして、私を持ち上げてるの?
馬鹿にしないで!
あそこまで追い詰められたら、寧ろ、晒し者よ」
そう言って、抗議をぶつけてくる。
一般的に、見ればそうかも知れない。
あと一撃。
あの状況なら、誰もが勝利を得る事が出来たであろう、その状況。
だが、その誰もがに俺は入らない。
見解の違い、常識の違い。
能力が異端であるからの認識の違い。
今まで試合を受けた事が人生初であったからの齟齬。
俺から見たら、絶対に超えられない壁でも。
側から見たら、余裕なのだ。
気付いた時には、しまったと思った。
最初から勝つ気が無いなら。
最初から勝つ事が出来ないなら。
最初の数発を受けた時、ギブアップするべきだった。
お姫様は怒りの一色を見せる。
どう誤魔化したものか。
「すいません。
実は……時間制限がありまして……」
「……………………時間制限?」
今まで怒りを見せていたお姫様がふと止まる。
まぁ、嘘なんだが。
どうやら、有効ぽい。
「時間制限って何よ……?」
「詳しい事はオフレコで……ね?
この事は誰も知らないから、それで許してくれないかな?」
俺の言葉を受けて、ふんっと、納得はして無いものの、俺の事を言及するのは一応、止めてくれた。
二人の秘密と言うのは、思いの外、どんな相手にも親近感を持たせるものだ。
まぁ、この場で作った作り話をお姫様以外が知っているわけ無いのだが。
だが、観客も、俺の口の動きを読んだのか、制限と言う言葉が飛び交っている。
これでお姫様の面子も保たれる筈。
こうして、嘘で嘘を塗り固めたお姫様との試合は終わった。
その中で、ふと疑問を感じた。
そう言えば、俺は、本当の事を一回でも喋ったか?
「アイシャ様、惜しかったです!
武器無しの弱点が分かった以上、次は圧勝できますよ!」
派閥に所属している女子の励ましも虚しく、アイシャの気分は優れなかった。
試合には勝ったことになったが、彼女は完膚なきまで負けたからだ。
制限とやらのお陰で勝ったことにはなったが、もし、制限が無ければ、アイシャは何も出来ずに負けた事になる。
いや、そもそも、だ。
アイシャが彼に一撃でも入れれたであろうか。
「如月 颯人…………」
独りでに、彼……、颯人の名前をアイシャは口にする。
自慢や過剰評価でなく、アイシャの実力は、学園でも、一桁の内に入るだろう。
今回使わなかった、本試合用の武器もあり、颯人の情報も手に入れた。
次、戦う事が出来たなら、
今度は、試合ではなく、実力で、勝利、最低でも引き分けに持っていく事ができる確信がある。
だが、それを差し引いても、颯人は学園で、かなりの実力を隠し持っていた。
そして、そんな颯人の時間制限という秘密と一つの手札。。
只でさえ、アイシャは派閥の主人とは思えない醜態を晒してしまったのだ。
色々と手を打たなければ、折角、賛同してくれた人達を手放す事になる。
この後、色々と動き、名誉を取り戻さなければならない。
その過程で、もし、颯人を、仲間に引き込む事が出来たなら。
その損失も納得できるものだろう。
仲間に出来ないとしても、得られた秘密がある。
多少強引だったものの、今回の件で得られたものは大きい。
それが嘘と勘違いから産まれたガセネタだと、アイシャは気付かない。
そして、自己の中の問題点を整理し、心配してくれた派閥の女子に構う余裕が生まれた、ちょうどそんな時。
それは、唐突だった。
小さく、少し離れれば聞こえなかったくらいの風の音。
風を駆け抜ける一つの音。
自らもよく知る。
空を切り裂く弾丸の音。
気付いた時には、踏み出す筈の地面に深く深く暗い。
小さな穴が空いていた。
「狙撃!? どこから」
取り巻きが、防御態勢を取るより早く、アイシャは着地点から弾道を辿り、そちらに武器を向ける。
だが、その弾丸の持ち主を目視する事は出来なかった。
距離が遠すぎる。
その距離は、優に1キロは超えている。
豆粒の様な何かがあるとかどうかという程度だ。
武器と見合った能力があれば、スナイパーは2キロ先から攻撃することもできる。
当然、こちらから攻撃する事は不可能だ。
当てずっぽうで打っても当たらないし、恐らく、反抗意思を見せれば、即座に打たれる。
「落ち着きなさい。
向こうは当てるつもりは無いわ」
慌てふためく、取り巻き達を言葉で抑える。
最初の一撃は、外れたのではなく、わざと外したという事をアイシャは理解していた。
一発で十分なのだ、警告には……。
このタイミングの狙撃が意味する事は、つまり。
「少しお痛が過ぎる…………。
アイシャ・エール・ガリアベル…………」
少女はスコープを覗きながら、反抗意思を見せる様なら、即座に撃つ準備をしていた。
別に当てるつもりはない。
そして、少女の伝えたい事をアイシャは正しく受け取ったらしい。
「うむ……。
ならば、宜しい」
それが分かると、少女はスコープから目を外し、構えていた己の武器を下ろし、テキパキと武器の収納を始める。
「全く、颯人にも困ったものだ……。
私に何も言わず、おっぱじめるとは……。
後処理が面倒……」
用意したギターケースに完全にそれらを仕舞うと、直ぐにその場を後にする。
「そう簡単に、手は出させない……。
颯人を守るのが、私の役目だ……」
「番犬か…………」
己を狙う者が完全に居なくなったところで、アイシャはそう呟いた。
これも評価がよかったら連載かなぁ。