4.管理者という存在
2015年8月24日初投稿。
前回のあらすじ。
宣誓の儀で、まさかの無能者『ヘレジーの子』と判明したシェル。
あわや、平和な赤ん坊生活も崩壊かと思った時、司祭の機転で『神託』を行う事になった。
しかし、その『神託』を行った瞬間、媒体とされた白い梟が突然高らかに鳴き出したかと思えば…。
亀更新とか言いながら、またしても連続投稿失礼致します。
4.管理者という存在。
真白な世界に、ただ一人。
それは、どれほどの精神苦痛を与えるか、知っているつもりである。
首司祭鳥である梟が、強烈な発光現象を齎したと同時に、彼の意識は途絶えていた。
昔、如月 伊織と名乗っていた彼は、今生の名をシェルヴェスタとして宣誓の儀に臨んでいた筈であった。
宣誓とは、貴族家で行なわれる継承権を証明する約束事だったが、彼はその儀式の際にとんでもない不遇が判明してしまった。
それが、『ヘレジーの子』。
魔法が使えず属性を持たないその異端は、迫害の対象となる。
それだけならばまだ良かったが、彼は貴族家の正式な跡取りとして産まれて来たのだ。
貴族家がスキャンダルを嫌うのは当然の事として、彼が生まれたクロディア家は、仕えた王国の『牙』とも呼ばれる位の高い公爵家。
不遇にも程があった。
「…あれ?…俺、聖堂にいたはずじゃ…」
目の前に広がる、広大な白い世界。
それは一種の牢獄にも似た圧迫感を与えながらも、先が見えない為に開放感を感じることも出来る矛盾した空間であった。
その中にシェルはいた。
立っているかも、座っているかも、ましてや起きているかも分からない状況ながら、その白い空間の中で目線を彷徨わせること、数秒。
「異界の魂よ。この世界をどう思う?」
「はっ?」
唐突に響いた声。
その声は、まるで何かが覆い被さっているようにも聞こえ、女か男か、果ては若いのか老いているのかすら判断できなかった。
判断の付かない声というのは、存外恐怖を齎すものだ。
背筋が粟立った感覚を隠しもせず、それでも異界の魂と呼ばれたシェル、いや現在はおそらく意識のみであろう伊織は答えた。
「異界の魂ってのは俺の事だと思うが…。…この世界をどう思うってのは、どういう意味だ?」
「我が声に臆さず、とは豪胆な魂よ。まぁ、異界を巡った貴殿には、それもさもありなん」
「いや、それはちょっと違うと思うが…まぁ、良い。アンタは何者で、ここはどこだ?ありがちの質問だとは思うが、出来ればはぐらかさずに答えて欲しい」
どこか、楽しげな声を聞いて、ふと伊織は脱力した。
この世界をどう思う?などという大仰な質問をしてきたにしては、随分と楽観的にしか思えない態度だった。
「先に質疑をしたのは我よ。先に答えるというのが、礼節ではないか?」
「礼節も何も…。この世界、俺が今生きてる世界の事を言ってるなら、一言で言えばファンタジー世界だ。有り得ない」
そもそも、彼にとっては先ほどまでいた筈のあの異世界も、今現在いる白い世界も有り得ないことだ。
しかも、今までの輪廻転生を振り返ってみても、このように何かに呼び出されるかのような現象は初めてだった。
そんなこともあり、更に有り得ないとしか考えられない。
どうして、以前の転生の際に、こうして呼びつけてくれなかったのか。
むしろ、呼びつけなくても良かったのでせめて説明が欲しかった。
そう思ってしまうのは、伊織としては当然の感想であり、今現在の不満にも繋がっていた。
「有り得ない、か。異なことを言う。貴殿こそ、有り得ない経験をし続けているのだから、そろそろ耐性も対処法も身に付けているのではないのか?」
「耐性が付いても有り得ないことは有り得ない。俺の記憶が残っている時点で、輪廻転生の理の中から逸脱してるって分かってるから、対処法も何もその時その時で変わるんじゃないのか?」
「それもそうであったか…。だが、我は貴殿を買ってはいるのだぞ?だからこそ、異界の魂には破格の待遇をしてやっているというものよ」
「えっ…と…それは、この空間に呼び出したことを言ってるのか?」
「左様。先の貴殿の質問に、次は我が答えよう。ここは、『世界の狭間』。人間は天国やら主の膝元などと呼ぶが、我が貴殿と対面するには、ここを使うしか方法は無かったでな…」
声の主は、悪びれもしない。
むしろ、先ほどから伊織をからかって楽しんでいるようなニュアンスがある。
彼は首を竦めて眉根を寄せるほかなかった。
その言動が果たして出来ているのかは分からないまでも。
「この世界は、「ユグドラシル」の枝に残った僅かな世界だ。この世界を守れなければ、残りの葉も時を待たずして落ち、間もなく枝は枯れるであろう」
さも、当然のように切り出された言葉。
単刀直入とはこの事か。
唐突に落とされたその言葉の意味を理解するよりも早く、伊織は呆然と固まった。
「はぁ?」
「今まで、貴殿が回った世界は、全てこの枝の中の世界だったのだ。しかし、貴殿が成長するのを待たずに弾き出した世界もあった為、既に葉は落ち、二度と生まれることも無い」
「いや、ちょっと…ちょっとタンマ。待った待った!」
「待ったはなし。遺憾な事に貴殿が回った世界で、救われた世界は今の今まで一つも無い」
まるで、将棋かチェスのような遊戯でもしているかのようだ。
待ったを止められて、更に声の主に続けられた内容は本人にとっても遺憾な内容であった。
『ユグドラシル』というのはおそらく、絶対不変の樹の事ではなかっただろうか。と伊織は考える。
どこだったかは忘れたものの以前の転生で、御伽噺として残っていた文献があった筈である。
そんな昔の記憶を呼び出すが、付随して戻ってきたその世界の記憶の所為で伊織は思わず眉根を寄せた。
その世界では確か、魔人の侵攻が進んでいて、既に人類が駆逐されようとしていた。
成り行きで王国に仕えることになって、その魔人の侵攻に対抗した事もあった。
その時は多少なりとも頑張った。
だが、数の暴力の前では前世で暗殺術を学び子どもの頃から研鑽を積んでいた伊織の魂を持ってしても無力だった。
はぁ、と溜め息混じりに首を振ってその記憶を振り払った。
自分が死んだその後、世界がどうなったかなんて事は考えたくも無かった。
今まで回った世界は、枝の一部である葉っぱだったという。
あの壮大な世界が、『ユグドラシル』からして見ればただの葉っぱの一部だと聞かされて、理不尽さについつい辟易としてしまう。
「…理不尽と考えてはいるのだろうが、それは貴殿の考え。我等からして見れば、甚だ遺憾の一言である」
「なら、世界に共通して教えを説いておいてくれよ。生まれて来る子どもはどんな事があっても捨てちゃいけませんって」
「そんな事が出来る訳が無かろう。我等が干渉できる範囲には限界がある。貴殿が上手く立ち回ってくれれば、その世界も理想郷に変わったものを…。遺憾だ」
「遺憾だ遺憾だ、って繰り返すなよ。俺だって、出来れば死亡したくは無かったけど世界情勢が俺を殺しに来るんだよ」
「それを跳ね返すだけの力を研鑽しない貴殿が悪い。38回目の世界と59回目の世界では、何もせずに死を迎えているではないか」
ほとほと、参ってしまうほどの叱責の声だった。
良い負かされている気がするのは伊織にとっては気のせいでもなかっただろう。
38回目の世界と59回目の世界が、どんな世界だったかはもう覚えてはいない。
覚えてはいないものの、何もしないで死んだという言葉には身に覚えがある。
途中から成長しても死んで別の異世界へ巡ってしまうその輪廻が面倒くさくなって、貴族などの地位や名声に託けて何もしないでいたら、事故にあったり魔物に襲われて、と結局死んでしまったのだ。
言い訳はしまい。
実際、今回の転生した世界も、もう死亡フラグが一本どころか2本3本と立っている気がして、それを頑張って圧し折ろうとする気はない。
既に心が折れているからだ。
「そら、見た事か。その考えが今までの敗因であるぞ」
「説明も無く放り出されたんだぞ?少しは労ってくれる気は無いのか?」
「放り出したのは我ではない。そもそも、貴殿の存在はイレギュラーである種異質な存在だ。出なくばなんじょう。このように出鱈目な回数を転生をする訳もなかろうに。そもそも、我が魂の選別を行ったのであればもっと清廉潔癖で意思も信念も強くその場に流される事無い英断と胆力を兼ね備えた優秀で秀逸な…」
「悪かったな、俺みたいな魂で…」
このまま続けば、延々と云々続きそうだった。
何が楽しくて、初対面の人間の愚痴を延々と聞かなくてはならないのか。
その為、伊織は持ち前の頭の回転の速さでその声の主の諾々とした言葉の奔流を打ち切った。
ついついしかめっ面になってしまう。
ただし、どんな顔をしていようとも魂だけの邂逅である現在に表情などさほども影響もしないとも思う。
「…まぁ、選べるものならば選んだものだが、そんな魂が来てしまっては仕方ない。だが、今回ばかりはもう見逃せない由々しき事態というのもまた事実であるからな」
「さっき言ってた、この世界が枝に残った僅かな世界だって事か?」
「左様。この世界は、既に残った葉の中では、一番の規模を持っている。つまり、裏を返せば、この世界さえ救う事が出来れば、枝を再生する事もあながち無理ではなくなるという事だ」
伊織は、ふむ、と一つ顎をなでたような気分になりながら思考を巡らせる。
今回の世界は、間違いなく千載一遇のチャンスかもしれない。
この世界が崩壊すると、伊織が今まで転生を繰り返した意義は無くなるという事。
意義がなくなってしまうと、彼の存在自体に意味は無い。
「俺が今まで巡ってきた世界も、同じ背景なのか?」
「同じか、と言われれば少し違うが、似たような境遇である事は確かだ」
そう言って声の主が説明をくれた内容は、壮大過ぎた。
一度見聞きしたものを忘れない伊織にとっては、生前に医学書や論文を読んだ時のような途方も無い記憶量を持って、脳内の記憶容量を圧迫するほどの荒唐無稽な話。
曰く、世界は絶対不変の樹『ユグドラシル』の枝葉である、と。
その枝に生えた葉っぱが世界。
しかし、その世界は崩壊すれば、葉っぱが枯れて落ちると同義。
それだけならば枝にとっては瑣末事ながら、それがほとんどの葉っぱに波及しているとなれば、それは枝が枯れ落ちる前兆となるのである。
『ユグドラシル』の他の枝は、この世界の根本とは異なる理の中にあり、その一部の枝の管理者がこの枝を虎視眈々と狙っているのだという。
それは可能なのか、と是非を問えば声の主は是だと答えた。
枝に生えた葉である世界を、枯れ落せば良い。
それを繰り返して枯れた枝に、別の枝の理を適用するだけで、今度は別の世界の理を引き継いだ葉が生み出され始める。
それを繰り返して、その世界は資源、つまり『ユグドラシル』から得られるリソースを増やしているという事。
「つまり、アンタを仮に神様だとして、他の神様から領地を侵攻されて焼け野原にされちゃってるから、それを防ぐ為に拠点を守りたいって事だな?」
「異な例えを使われているような気もするが、まぁ全体的に良い含めればその通りである。元々、この世界にあった理には、貴殿が体験したような魔法も魔物も魔人も存在はし得なかったのだ。それが、他の枝からの干渉によって、異物が大量に流し込まれてしまった。枝は病に侵されていると言っても過言ではない」
「ああ、なるほど。だから、俺が知ってる世界で魔法があったり無かったり魔物が出たり出なかったりとまちまちだったんだな…」
理を塗りつぶす様に別の理が被さってしまって、それが上書き保存をするかのように増えていく。
先ほどの侵攻云々が遺憾との事なので、言い方を替えてみる。
まるで、パソコンにウィルスを流し込んだような状況なのだろう。
文字化けは魔物。
魔物への対抗策としてワクチンではなく魔法が生まれ、それが現在の状況を作っている。
更には、その世界で生まれた魔法が便利さを追求するにあたって、別の世界のリソースが増えてしまい世界の崩壊に繋がっていく。
まるで、ハッキングである。
「なるほど。俺が転生した世界の途中からファンタジー要素が強くなったのはその所為だったのか」
「その通りだ。…しかし、我だけでは対応出来ない。世界に関しては、我は干渉できない決まりとなっている。他の枝の管理者もそれは同じの筈だが、もしかすれば抜け道を見つけてしまったのかもしれないな…」
「ご愁傷さま。という事は、この世界を防衛線に、俺がなんとか立ち回らないといけないって事か?」
「そういう事だ。だというのに、貴殿は通算78回も転生しているというのに、一度も救うどころか崩壊を助長してくれるとはなんという事か。そもそも…」
「分かった、分かった。説教は良い。言い訳もしない」
ここで、説教をされるのは勘弁して欲しい。
事態は把握できた。
だが、今にもショートしてしまいそうな伊織の頭が、そろそろ限界に達しようとしているからだ。
「理由は色々分かった。出来れば、俺を解放してくれと言いたいところだけど…アンタの言い分だと、俺もその崩壊への加担を少なからずしちまってるってことだろ?なら、せめて尻拭いぐらいはしないと俺も寝覚めは悪い」
「当たり前だ。異界の魂たる貴殿でしか動けないというのに、貴殿はどの世界でも傍観者然りでしか行動しておらん。唯一の褒章は魔族の侵攻を奇策で打ち払っただけではないか。確かにあれが無ければ、もっと早くに枝は枯れていたやもしれんが、結局は世界を救う前に倒れてしまっておる」
「だから、世界情勢が俺を殺しに来るんだって…」
ふと、呆れ混じりに呟いた言葉。
伊織としても、今までずっとその調子で続いてきた輪廻に飽き飽きしていた。
しかし、
「それは当然よ。枝の管理者が、主を弾き出そうと躍起になっておるのだからな。我が唯一干渉出来るのは貴殿だが、枝の管理者はそれが出来ない。それならば、世界に干渉して、貴殿を殺すぐらいは確実に厭わぬであろうよ」
落とされた言葉。
神の一言は、伊織が感じていたその全ての輪廻での不遇の死を肯定していた。
「…嘘…だろ?…それが理由だった訳?俺が今まで転生してきた78回…だっけ?全部、78回とも、俺はずっと殺されるのを前提に産まれてたって事か?」
「詮無き言い方をすれば、そうであるな…」
流石に愕然とした。
今までは確かに不遇の死を遂げてきて、今回この声の主から聞いたおかげではっきりとしたのは78回もの転生を繰り返している事であった。
だが、その78回とも自分はむざむざと自分を殺そうとしている枝の管理者から付け狙われていたということである。
そして、全戦全敗。
悔しい事この上ない。
そればかりか、理不尽すぎる。
怒りを感じるよりも先に、呆れてしまった。
もう彼の頭の中も、一杯一杯だ。
「……まぁ、それは良いや。…終わった事だし、仕方ない。この最後の防衛線はどうにかしないといけないってんなら、仕方ないからやるけど…」
「仕方ないとはなんと言う言い草であろうな」
「…不運過ぎるのは慣れた。もう、なんか諦めの境地って本当にあるんだな、ってくらい慣れたさ。だから、仕方ないってのも、俺の処世術。文句言わんで…」
少々やさぐれ気味な伊織に、ほとほと声の主も同情した。
考え直してみれば存在こそイレギュラーだが、彼にはこの『ユグドラシル』の枝の為に行動する責任は無い。
最初こそ異質な魂だからと、当たり前のように考えてはいたが、そもそも彼は関係ないのだ。
「…さて、この世界に招いた本題であるが…」
「え?今更?」
ちょっとばかり気まずくなってしまったのはご愛嬌。
単刀直入に話を進めたのは、声の主にとってのせめてもの慈悲だったのだろう。
例えそれが伊織にとっては今更な話であっても、声の主にとっては本当に些細な優しさである。
それがたとえ、声の主がそもそもの原因を忘れていたという理由があったとしても、伊織には知る由は無いが。
「貴殿には、我からの『加護』を授けよう。仮にも神の名に連なる者。『ギフト』と名付け、それを我が神の名の下に行使を認めよう」
次話に続く。
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誤字脱字乱文等失礼致します。