3.宣誓の儀
2015年8月23日初投稿。
前回のあらすじ。
シェル坊やはどうやら家名を継ぐための宝剣を手に入れた様です。
しかい、安泰と思われたにも関わらず、ひしひしと感じた嫌な予感。
彼の長年の研鑽の後に培われた勘は、どうにも外れてくれないようです。
亀更新とか言っておきながら、連続投稿失礼致します。
書き溜めていた3話分だけは、アップさせていただきます。
3.宣誓の儀。
青年は困惑していた。
此度、宣誓の儀を行うにあたって、彼は神に仕える教会の神官として、大陸東部に位置するクロディア家の領地に足を運んでいた。
宣誓の儀を執り行う事が出来るのは、勿論教会の中でも地位が高いもの。
そして、神より神託を賜ったことのある、所謂『選ばれた』者だ。
その青年は、わずか16歳にして、自身が入信した崇高な神より神託を受けた。
名前はエンリッチ=トレント。
現在は、20歳という若輩ながら司祭を任されている。
その実、彼は神より神託を賜ったことによって聖職者へと足を踏み入れた人間の為、そこまで位階を気にした様子は無い。
だが、そんな青年は、やはり司祭である。
先ほども述べたとおり、宣誓を行えるのは神託を受けた神官のみ。
だからこそ、彼はこの地にやって来た。
しかし、その青年の困惑というのは、一体何があっての事だろうか。
「…『ヘレジーの子』…!」
「まさか、クロディア家の血筋ともあろうものが…!!」
「…なんてことだ…!」
つい数ヶ月前に生まれたクロディア家の末弟、シェルヴェスタ=クロディアは母親の美しさを継ぎ、赤ん坊ながらに煌々と輝く美しさがあった。
おそらくは父親の才覚も引き継いでいるだろう、と家人を含む、宣誓の儀に来賓として招かれた交流のある貴族からも期待をされていた。
だというのに。
『ヘレジーの子』とは、所謂無能者である。
元は、生前に犯した業を消化せずに輪廻を迎えた悪辣な魂として『背教者』として思われていた。
神より承るはずの力を持たず、生まれながらに業を背負った者。
偏見や迫害を受けている者達のことでもある。
実際には、異種族とのハーフや、それが先祖となった獣人族に産まれることが多かった為、現在でもその風習は途絶えていない。
その、『ヘレジーの子』はどうやって判断するか。
それは、神から人間に与えられた力、魔法の属性である。
この世界、魔物もいれば、魔法の概念も根深い。
火、水、雷、風、光、闇などの6大元素。
それらを2つ以上掛け合わせた『デュオ』や、3つ以上を掛け合わせた『トリオ』というが、その他属性に当て嵌まらない異能もある。
ただし、異能は既に衰退しているといっても過言では無い。
現在に残っている魔法の歴史に順じた文献には既にほとんどが失われた『消失』魔法であった。
魔法に関しては、ほとんどの人間が魔力という形で保有している。
それを、専用の武器や素材を通して発言するのが、この世界での魔法の常識であった。
杖であったり剣であったり、勿論生活用品の中に紛れている『魔法器』という存在もある。
その魔力を確かめる方法は、一定以上の魔力に反応する水晶に触るだけ。
魔力がある者が触れれば、水晶の中にその人間に最も適した魔法のイメージが色として発言する。
火ならば赤。
水ならば青。
雷ならば黄。
風ならば緑。
光ならば白。
闇ならば黒。
と言う具合に簡単に分かる。
更にデュオやトリオであれば、色が変質して混ざっていたりマーブル模様のように発言するのだ。
しかし、中には、その力を保有していない、もしくは保有していても使えない人間が少なからず存在する。
それが、『ヘレジーの子』。
前世で神に逆らった『背教者』とも呼ばれ、一重に迫害を受ける存在である。
その時の水晶の反応はさまざまである。
例題を出すとなれば、無色。
白光するだけ。
灰色の渦を巻くだけの者などと、判断内容は一緒ながらも豊富である。
そんな『ヘレジーの子』が、貴族家に産まれてしまったのだ。
当人であるシェルヴェスタはきょとんとした顔のまま、おめかしという名の布の中で溺れているという表現しか出来ない。
その様子を見ていた司祭のエンリッチも、困惑するばかりである。
彼が水晶に触った際の反応は、文字通り白光だった。
それも、聖堂内が一瞬にして光に埋め尽くされるほどのそれ。
しかし、その光が収まってみれば、水晶玉に残るのは白い靄だけ。
来賓は呆気に取られ、父親であるアンバーですら呆然としてしまっていた。
宣誓の儀はまず、魔力の属性を確かめる『水晶の儀』を終えてからでなければ遂行できない。
風習としては手順どおり進めただけだったというのに、シェルヴェスタは一番最初の儀式で躓いてしまったのだ。
当人は意味は分かっていない。
しかし、これは何かいけない事だったのだろうか、と赤ん坊ならではの紅葉のような手を、てしてしと水晶にぶつけるだけと言う意味も無い行動を繰り返しているだけだった。
その実、内心では焦り過ぎて脳内がショート寸前というのは、横に置いておこう。
「お静かに」
しかし、エンリッチはそのまま儀式を続けることを決めた。
これまで、突然の『ヘレジーの子』の出現にざわめいていた聖堂の中、彼の腹に力を込めて発した力強い声は確かに届いた。
仮にも若輩とはいえ司祭である。
信徒へと教えを説く際の有無を言わさぬ荘厳な態度を取り繕って、彼はシェルヴェスタの前に立つとゆっくりと水晶を取り上げた。
その水晶の中には、いまだ白い靄が渦巻いている。
エンリッチが水晶に触れても、その靄は渦を巻くだけ。
彼の属性の色、水魔法の青には変色することは無かった。
「『ヘレジーの子』と、決まったわけではありません。もしかすると、異能である可能性があります」
朗々と告げるのは、可能性。
しかし、それも雀の涙ほども無い奇跡に頼った曖昧な言葉だった。
来賓の中の貴族達は既に、シェルヴェスタを蛇蝎を見るような目で見ている。
その上、父親であるアンバーですら卒倒する一歩手前まで追い込まれていた。
「…あーぶぅ。あーぶー、ぶー(うっぷす。嫌な予感、的中…)」
その視線を受ける当人であるシェルヴェスタは、既に諦めの境地に至っていた。
身体は赤ん坊ではあるが、精神は立派な大人どころか300歳以上を数えているのだ。
この視線の意味も、『ヘレジーの子』という単語から、自分の状況も理解した。
「(…魔力を持たない無能か。…今は赤ん坊だから良くても、大人になった時に俺の父親がどうするつもりなんだろうかねぇ…)」
自然と、シェルの目線は自身の父親へと向いていた。
その視線を受けてか、アンバーは動揺を更に露にしていたのは、彼にとっては既に今後の進退を決めていたようにも思える。
「(こりゃ、しばらくは様子見だな…生後4ヶ月で捨てられんはいことを祈るしか無さそうだ…)」
なんとももどかしいながら、シェルは言葉の通り祈ることしか出来ない。
まだ生後4ヶ月の赤ん坊の身体は、一人で生きていく為の力は圧倒的に足りていないのだから。
「…宣誓の儀を、続けます。しかし、当主アンバー=クロディアの子、シェルヴェスタ=クロディアに限り、今回のみ儀の内容を変更いたします。この場は聖堂であるが故、清める必要も無いでしょう。『神託の儀』を特別に執り行いたいと思います」
エンリッチの言葉に、先ほどと同じく来賓の者達が俄かに騒ぎ出す。
彼の言った『神託の儀』とは、文字通り神からの言葉、神託を受ける為に行う儀式の事である。
本来、宣誓の儀で行われる儀式ではないが、
「…神に問うてみます。この信徒たるシェルヴェスタが魔法の属性を持たずとも、『神託』があるのであれば、それは間違うことなく神の思し召し。異能である可能性も捨て切れません」
「し、しかし…この子は1歳です。神託を受ける為の儀を執り行える訳が…!」
強行とも言える姿勢を見せるエンリッチに、アンバーが制止の声を上げる。
「いいえ、神託の儀に、歳も身分も境界はありません。出来得る限りの助力は、不肖ながら、このエンリッチが行ないますので…」
「(…この、神官さん…『ヘレジーの子』関連で、何かあったのか?随分、俺に対して親身にしてくれようとするのは分かるけど…)」
シェルは赤ん坊然りとしながら、規格外な提案を押し通そうとしているエンリッチを伺い見た。
エンリッチはまだ若干20歳ということもあり、見栄えのする金色の髪も相俟って好青年よろしく整った容貌をしている。
その表情の中に見え隠れするなんとも言えない苦心。
それが、どこか哀愁を漂わせるほどには。
「あーぶぅ?(どうするつもりなんだ?)」
赤ん坊然りといった風体を崩さぬまま、首を傾げてエンリッチを見上げたシェル。
思わず、エンリッチの顔が破顔しそうになっていたものの、すぐに引き締められてしまった。
してやったりと思いつつも、場を和ませようとしたシェルにとっては残念だった。
「神託を行ないます。それには少し道具が足りませんが、首司祭鳥もおりますし、聖堂である限りは結果も変わらないでしょう。もし機会を与えて頂けるのであれば、後日道具を全て揃えた状態でも行いましょう」
「…司祭様が、そこまで仰られるのであれば…」
シェルの疑問に答えた訳ではないだろうが、エンリッチが淡々と儀式を取り仕切る準備を始めていた。
渋々といった体ながらも、アンバーは了承した。
エンリッチはその了承のすぐ後に、金銀さまざまな布に埋もれたシェルの元へと歩み寄る。
「…『ヘレジーの子』は最悪、死を免れません。…こんな赤子に、そのような苦難をお与えになる神にせめても真意を確かめなければ…」
ぼそり、と呟かれたエンリッチの言葉。
紛れも無い、本音だったのだろう。
あくまで小声ながら、シェルの耳にはしっかりと聞こえていた。
その言葉に秘められた彼の心情は一体なんだというのか。
まだ世界情勢などの把握を終えていないシェルにとっては、エンリッチの意図も心情も図りかねた。
「(…ただ、人間としては明らかに聖人なんだな。…聖職者としては、少し失格かもしれないけど…)」
先ほど聞いたエンリッチの言葉によれば、やはり自分の身には不吉な死の鎌が迫っているようだ。
『ヘレジーの子』が最悪死を免れないという情報だけでも、事前に知ることが出来たシェルにとっては僥倖だ。
「首司祭鳥をここに。…ここに、エンリッチ=トレントの名の元、シェルヴェスタ=クロディアの神託の儀を行ないます」
エンリッチの声に答えるように、首司祭鳥と呼ばれた真白な梟が運ばれてくる。
宿木に停まったその梟の眼は、不自然なほどに真っ黒に見えた。
その眼球の中に映るシェルの赤ん坊然りとした顔。
随分と間抜け面だった。
少々残念に思えた。
「主よ。我等が脆弱な信徒を導き給え。子の名はシェルヴェスタ=クロディア。主に温情あらば、この子に奇跡の声を授け給え。声を受けし者エンリッチ=トレントの名において願い奉らん」
エンリッチ=トレントがその場にて跪き、真白な梟に願いを乞う。
まるで、その鳥を神様だと崇めているようにも見えるが、事実この梟は首司祭鳥という立場におわせられる主の身代わりとも言える教会の象徴なのだ。
少しだけ、掻い摘んでみる。
この世界での、何千年も昔の御伽噺。
戦乱が耐えなかった時代。
しかも、その戦乱とは人間同士ではなく魔物との戦乱だった。
かつて強大な力を擁し魔物を率いていた『夜の王』によって、人間は絶滅の危機に瀕していた。
それを嘆いた神が使いを放ち、見事『夜の王』を打ち払ったのだ。
その時の使いが梟であり、その梟は真白な翼を真っ赤に染めてながらも、『夜の王』を銀色の十字の槍で貫いた。
自身もその命を散らしていたらしいが、その話が起源となって教会は生まれている。
シンボルとして銀で出来た斜め十字のロザリオに梟が停まり、『夜の王』の配下である魔物を駆逐する者としての証明をしている。
そのシンボルともなる梟は必ず白い体毛をしている。
教会でも保有しているのは、今やこの一羽だけだという。
神鳥と言うべきか、やはりその姿は神々しいものであるが、眼の奥に宿るその剣呑な視線は果たして、シェルを含む人間をどう見ているのかは分からない。
もしかしたら、本当に神と交信でもしてるのかもしれないな、とシェルが一人ごちたと同時に、
「ホーゥ!ホロッホーゥ!!」
突然、真白な梟が羽を広げて、鳴き始めた。
今まで不思議な程じっとしていたこともあって、流石にシェルも驚いて小さな体を痙攣させた。
エンリッチも同じだったのか、続いていた口上を打ち切ってまでも、その真白な梟を見上げていた。
「(え、何?怒ってる?…っいや…)」
途端、その聖堂は再び白光した。
梟が羽を大きく広げたと同時に、まるで隕石が地表に落ちたかのような白光を伴いながら、世界を白く染め上げたのである。
シェルはさすがに眼を開いていられない。
赤ん坊の眼はまだ強い光に弱いのである。
かつて、アルビノであった経験からしても彼にとっては明るい光を嫌がる羞明の気があったが、これはもう一種の閃光弾の妨害攻撃だといわれても納得できた。
しかし、不可思議な現象は、これだけではなかった。
光に包まれた聖堂内で、シェルだけがその声を聞いた。
実際には、声ではなかったかもしれない。
まるで笑い声にも似たそれだったが、言葉と認識するのは難しかった。
その声をもっと聞き取ろうと、耳を傾けようとしたその時。
シェルの意識までもが真白に塗りつぶされた。
それが、どんな意図を持っていたのかも、分かるはずもなく。
また梟が何かしらの魔法を使ったのかとも思う暇もあらばこそ、睡魔に引き込まれたシェルは抗える訳もなく眠りに付いた。
「…丁度良かった。異界の魂に、直接話が出来ようとはな…」
その声が、シェルの耳に届くわけも無い。
しかし、確実に言えるのは、その声がかつて絶対不変の樹『ユグドラシル』で、黒く染まった水晶を見つめて憂いを吐き出していた存在であった事。
神が願いを神託を願ったエンリッチの願いを聞き届けただけ。
ただ、それだけだった。
次話に続く。
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