2話:無敵勇者との邂逅
魔王軍側のスパイとして入り込んでいる騎士の二人、レドルとヒューリエは、他の騎士たちと一緒に扉の前で待機していた。
二人のいる城は、五階建ての建造物となっていて、そのニ階部分にある大広間の一室ではいままさに勇者召喚が行われている。
もっとも難しい異世界召喚魔法を使えるのは、世界中を探してもこのアルカリス王国の国王だけだ。
元いた世界で災厄を振りまいたとされるその魔法の強大な力を持っている。
その国王ですら、何十人もの勇者を召喚の恩恵を付けて呼び出すためには、かなり集中しなければならない。そのために、大広間には一人の衛兵を除き、中にいるのは国王だけとなっている。
数分後、勇者召喚の儀式が終わったらしく、廊下と部屋を分けていた扉がゆっくりと開かれた。
レドルはいよいよ始まるであろう作戦を頭に思い浮かべながら、部屋の中に入って行った。
「では、わたくし、騎士団長ハンドレッドからご説明させていただきます。そして、改めまして、勇者様方。このたびは遠いところをわざわざ足を運んでいただきありがとうございます」
威厳の滲む中年の騎士団長ハンドレッドが異世界人たちへと説明が始まった。
「――ではまず、現状の説明から。現在、我がアルカリス国王軍と敵対しているのは、この世界を侵略し、滅ぼそうとしている魔王軍です。抵抗できる勢力も世界中で激減し、世界の滅亡まで待ったなしなのです。そして、われらの力だけでは対抗できないことから、異世界の勇者様方に召喚に応じてていただき、ご協力願おうといった次第です」
その中で、レドルは隅々まで勇者たちを観察することにした。恐怖を浮かべる物やいまだに混乱の中にあるものなど、さまざまだ。しかし、全員がどこかの軍隊のように同じような黒い服装で統一されていた。制服を見たことがないレドルには、戦闘経験のある者たちなのでは? という推理していた。
実際にはある学校の一学年の一クラスを丸ごと召喚したことを棋士たちは知らない。
「いまのところ、ダンジョンがすべて合わせて583出現しているのが確認されています。また、その一つには大型のダンジョンがあり、地下深くには魔王が潜伏しているという情報もあります。魔王はなかなか位場所がつかめなかったこともあって、話し合いの結果、叩くなら今のうちにとなったわけです」
説明が終わると、一人の少年が挙手をした。
「あのいいですか?」
「なんでしょうか?」
まるでこの状況に何も驚いていないような顔をしているところをみると、かなり周囲から浮いているのがわかる。
「勇者って事は、すごい剣をもらえたりするんですか? それとも何か特別な力が俺たちにはあるのでしょうか?」
「うん、いい質問です。勇者様方は、異世界から勇者として魔法で呼び出されました。そのため、その人が最も勇者として持つべきにふさわしい、特別な能力や武具が宿ると国王様がおっしゃられていました」
レドルは、予想以上の事実を知ることになった。
それは、能力的な恩恵だけではなく、アイテムボックスに武具まで手にすることができる勇者召喚だった。
「ではみなさん、ステータス起動と唱えてください。そうすれば、どのような能力がその身に宿ったのかがわかります。ただし、書かれている文字が読めない可能性があります。そのため、一人に付き、指導兵が勇者様方には付くことになります。これから戦闘を訓練したり、この城のことを説明など、もろもろの雑用をこなすものたちです」
騎士たち二人組になって、勇者一人一人のそばまで歩み寄った。
その状況を見てレドルはさすがあの腹黒国王だと思った。
集団の反乱を防いで、最も早くこの世界で生きることに視点を向けさせることができる。
さらに、騎士団長はまるで言うのを忘れていたという表情で補足説明を始めた。
「あと言い忘れていたのですが、この世界の侵略は順繰りに行われます。いまわれら代48世界の侵略となっている以上、第49世界――つまり世界最後の現存世界(地球)も侵略が始まるということです」
それを聞いたレドルは、すでに勇者にするためのシナリオが用意されていたのだとわかった。
勇者召喚された者たちに逃げないように釘を打ったのだ。ここがダメなら、もう世界に後はないと。
これで戦いたくないものでも、その背中に世界の存亡と重圧を抱えさせ、やらざるを得なくした。
ここでやっとレドルとヒューリエは、指導担当となる少年へと近づいて行った。
誰を指導するかはまだ決まっていなかったのだが、自然な流れで他の騎士たちは相手を選んでいたようだが、レドル達は違った。
真っ先に最初に手を挙げて、動揺の色を見せなかった少年にすることを決めたのだ。
「よう、よろしくな」
「はじめまして。私たちが指導を担当することになるわ。よろしく」
声をかけられたことに少し驚きつつもその少年は返答を返した。
「……よろしくお願いします」
少年は他の勇者たちを観察しているようで、複雑な表情を浮かべ始めた。
レドルはそれを横目で見ながらも、一緒になって周囲の者たちのステータスを確認する。
自分が十年かけて磨いたスキルや魔法を、たった一度の償還によって上を越されたことは正直レドルでも予想できなかった。やはり勇者というのがそれだけ規格外の存在なのだろうと。
いや、予想外ではない。ここまではなんとか予想の範囲内だった。
が、本当に予想外だったのは、自分たちが指導担当になった少年だった。
「あの、俺のはどうでしたか?」
その声に心を焦らせながらもいたって冷静な態度を務めるレドルとヒューリエ。
表示を驚愕した表情でガン見した。
モノノベ コウセイ
勇者Lv.4(↑Lv.2)
すばやさ(5)
筋力(6)
体力(10)
固有スキル:物質支配【Lv.2(↑Lv.1)】
恐怖耐性Lv.1
レドルにはそのステータスに表示された能力の意味が理解できなかった。
『物質支配』という詳細不明の聞いたこともないスキル。それに召喚対象を限定しないスキル。
二人は焦ったように返答する。
「え? ああ、そうね。見てわかると思うけど、能力は一つね」
安堵を浮かべる少年に、どう返答するかを迷う。そのまま伝えて、もしメアリスを守りきれないようなものだったら……。
それなら、少し嘘をついてでもレドルたちのコントロールできる範囲のスキルを伝えておけばいいのではないかと。
「それで、何の能力なんですか?」
「そ、それは……」
そういってヒューリエはレドルの肩を叩いた。
レドルはとりあえず、大きな障害にならない範囲で答えておくことにした。
「ああ、これは『小石召喚』って書いてあるな。レベルは……『Lv.1』だ」
「なっ!?」
少年は読めもしないステータスの表示をなんとか確認しようと目を凝らす。
読めるはずないから焦る必要はないが、レドルとヒューリエは背中から冷や汗が滲み出していた。
「ざ、残念だったわね……。じゃあ、画面をスライドしてみて」
ヒューリエは緊張を隠すように営業スマイルで疑念を握りつぶし、画面を操作させた。
そこでも再びレドルは能力の詳細を見て焦った。
『物質支配』
・【物理無効】 Lv.1
斬撃無効
打撃無効
刺突無効
熱無効
麻痺無効
電気(磁気)無効
水無効
毒無効
・【物理操作・強制】Lv.1
物質操作・強制
空間操作・強制
光・電磁気操作・強制
重力操作・強制
水流操作・強制
・【物理召喚】Lv.2
物質召喚
物質転移
以上の物質支配(【物理無効】/【物理操作】/【物理召喚】)は、有機生命体を除く//
まったくわからない能力スキルから、無敵クサイ能力として『斬撃無効』や『打撃無効』があったのだ。
ヒューリエはさらに営業スマイルを強めてなんとか説明で誤魔化すことにした。
「ここには能力の解説があるの。どうやら、『イメージした小石を形状問わず呼び出せる』そうよ」
そこで、ヒューリエは失敗に気づいた。
どうもこの少年は周囲から浮いているだけではなくて、弱者としての視線を向けられていたのだ。
クスクスという嘲笑が辺りから聞こえてきたのをレドルとヒューリエの二人も耳にしたのだ。
少年は何かをあきらめたような表情で視線を落とし、暗い表情をしていた。
レドルは、こうした空気が一番嫌いだった。
弱いものを馬鹿にして、嘲笑うような奴らを本当に自分たちの側に引き込むべきなのか……と迷った。
だが、もう変更はできないし、メアリスのためにも後には戻れないのだ。
こうしてレドルは、訓練を通して他の勇者たちの力を見定めながら、作戦当日にどの手順で誰を引き込んでいくのかをシュミュレートした。
こうして訓練の日々を徹底的に勇者たちの観察へと時間をとった。