1話:戦略
十年後。
一人の騎士の男レドルは、ものすごい勢いで森の中に隠されたログハウスの中へと飛び込んだ。
全速力で走ったためか、額には大量の汗がにじんでいた。
「やばい、魔王軍の位置があの性悪女(国王)にバレた!」
飛び込んできたレドルの声に、ヒューリエが驚いた表情で答えた。
アルカリス王国の国王・マルファーリス=アルカリスは、魔王軍と敵対する相手の一人だ。その高い頭脳と策略によって、小国を一気にまとめた手腕で知られる。
彼が性悪女と呼ぶのは、その手段が悪辣で非人道的な手段も平気で取るためだ。
「それはホントなの!?」
「ああ、間違いない、国王軍の実働部隊の連中から聞いた。しかも地球という世界から複数の『勇者召喚』を行うらしい」
「そう……。こういう情報収集はスパイならではね。って、そう言ってる場合じゃないわね。これからどうするの?」
「仕方ない、俺たちにできるのは、勇者の戦力を見極めて対処することだ。国王軍の兵力はたかが知れているし、今回の作戦もあの国王の計略があってこそだ。この機会に、魔王軍の戦力を正確に把握しようとしているんだろう」
「あいかわらず、あの国王はゲスい手を使うわね。じゃあ、どうするの?」
ヒューリエは苦笑いを浮かべて返した。
「そうだとすれば、今回の勇者召喚は捨て駒になる。だったら、俺たちより強そうな奴は事前に見極めたうえで処理して、あの国王に気づかれない範囲で行動を起こすしかない」
「殺すのね……。いえ、私たちはあの子を守るためにいるのだもの。私もやるわ」
願いのための犠牲だと無理やり心に押し込めるヒューリエ。
だが……、
「いや、あの腹黒国王の計略の上を行くためには、ただ起きた事態に対処しているだけではだめだ」
「じゃあ……」
「召喚された勇者たちをメアリスの配下にするんだ」
目を見開いてヒューリエはその言葉を飲み込んだ。
「そんなこと……どうやったらできるのよ!?」
「簡単なことだ。捨て駒にされた者たちにはもう行く場所なんてない。いや、それだけじゃない。おそらくだが、このダンジョンの魔物たちには生半可な力じゃ通用しない。だとしたら、ダンジョン内で死にかける者が出てくるはずだ。それが勇者の力を手に入れたものだったとしても」
「なるほどね。そこで捨て駒の事実を教えて、こちら側に引き込もうと言うわけね」
「ああ、勇者召喚は、どんな人間を呼び出しても、その者に勇者としてふさわしい力を授けるもの。だとしたら、それだけの戦力に加えて、支配下に置かれた勇者たちは俺たちと同じ『不死』となる」
「上手くいけば、勇者という強力な戦力を持つ『不死の軍団』が誕生する……」
「だから、失敗はできないぞ?」
「わかってるわ。後でこのことをメアリスにも伝えておきましょう」
「ああ、勇者たちを強制的に従わせるわけじゃないんだ。一応俺も説得するが、賛成してくれると思う。メアリスの願いを叶えるためだからな」
「……そうね」
二人は互いの表情を確認した後、もう一度話を戻した。
「すでにお前の分も勇者の世話役にねじ込んでおいた。ばらばらになると動きづらいし、俺と同じチームにしといた」
「そう、準備はもうしていたのね……。私の分までちゃっかり」
「いいだろ? 俺達しかいないんだ。今回は対処が遅れるとマジでヤバイ。それに国王がここで打って出てきたのは予想外だった」
「へえ、予想外だったの。あなたの予想も外れるのね。戦略予測じゃあの国王に負けてないと思ったけど」
「むしろ俺は自分が負けていると思っている。だが、スパイで情報が筒抜けという究極の一手がその戦略をひっくり返すだけの余地を残しているんだ」
「そこは私にはよくわからないわ……」
普通は、スパイをされている可能性と言うのは常に考慮されているはずだ。あのえげつない手も平気で思いつく国王ならなおさらだった。
それがスパイで手に入っている情報だけで出し抜けている事実が、ヒューリエには理解できなかった。
「これが頭の中だけで何もかも完結させている国王と、実際に動き回っている俺たちの差だ。あの国王はただ自分のためにしか動かないから、国王の命が瀬戸際にならなきゃ、あの王城からすら出てこないってのもある」
「あの国王もたいていよね……」
魔王メアリスも基本的にはダンジョンに引きこもっているが、国王も似たようなものだった。
「おそらくだが……国王に決定的な傷がつかないまでの間が、俺たちがこの戦略で抗える期間だ。それが終われば打てる手はなくなる。その前に、国王軍も帝国の問題もすべて片付けることができるかが勝負だ。もし俺たちがスパイだとバレてもおしまいだ」
レドルにはわかっていた。王国との諍いは、国王が直接攻め込んでこない限り児戯と変わらないのだ。
それよりガーダバルン帝国の王国が進めている計画、『魔王の捕獲と不老不死の研究のために、魔王を確保する』というものがあった。いまはまだダンジョンのおかげで逃げ切れているが、魔王の居場所がばれて帝国の魔法兵団を動員されれば、かなり厳しくなる。帝国の魔法兵団といえば、あのアルカリス国王ですら正面切っては手が出せないほどなのだから。
レドルは不安要素を首を振って、余計な考えを払った。
「国王は本当にまだスパイに気づいていていないのかしら?」
その質問は、今の圧倒的な有利を覆しかねないものでもあった。
レドルはごくりと息をのんだ。
「疑いはあっても俺たちがスパイって事実だけはバレてないはずだ。だから、今回の作戦でスパイがいないか、ついでにあぶり出そうとしているのかもしれない」
「その可能性も確かにあるわね」
「動くのはどちらにしても当日だ」
「わかったわ。役割分担を決めておきましょう。当日の行動計画も含めて」
「ああ、どんな場合にも対応できるようにしておきたい」
二人は絶対に失敗できない戦略を検討に検討を重ねて練り始めた。
うっすらと明かりのともったダンジョンの最下層の部屋。
そこで魔王メアリスは悲しそうに目を伏せた。
「そう、勇者召喚を……」
レドルは今回の戦略目標を明確に伝えた。
勇者たちをこのダンジョンに引き込むこと。
あくまでも了承したものだけ支配下に置くこと。
さらに国王と一番厄介な帝国に対抗するため、帝国に不満を持っている者も随時加えて、不死の軍団を作っていきたいことなどだ。
「これは残された少ないチャンスかもしれない。今を逃せば、対抗手段もほとんどない可能性が高い」
「メアリスにはあまり気がすすまないかもしれないけど、私は賛成よ?」
二人の騎士の後押しを受けて、メアリスも覚悟を決めた。
「わかりました。お任せします。そもそもダンジョンの中で隠れていることしかしか出来ない私のかわりに、動いてもらっているのですから文句を言える立場ではないですし」
「そう言うなって。帝国の奴らがこぞって魔王を捕獲しようとしているんだ。下手に姿を表に出すわけには行かないだろ?」
「そうよ、魔王といっても、あなた(メアリス)には戦うだけの戦力が無いのだから」
魔王は昔から強いものとされているが、ヒューリエの言うとおり、間を統べる王としての力はいくつも持っているが、戦う力だけは先代も魔物に任せきりだった。
だからこそ、先代魔王は勇者ではなく冒険者によって倒されてしまった過去がある。
「わかってるけど……。争わない世界を作るために、戦う力が必要なんていままで考えたことも無かったから」
「世界は優しさと残酷さが常に天秤の上にあるんだ。どちらかを傾けようとすれば、反対も傾くものだからな」
「ちょっとそれ、たとえがわからないわよ。ね、メアリス?」
「はい……」
「ひどいな、お前ら」
「ははっ」
「ふふふっ」
そんな冗談で場が和んだところで、とりとめのない話、主に騎士として起きた出来事などをメアリスに話して騎士の二人は時間をつぶした。
その後、二人は刻一刻と近づく勇者召喚の時間に間に合うようダンジョンからログハウスへと戻り、王城へと歩き出した。
いよいよ、地球という異なる世界から勇者がこの世界へと呼び出されることになるーー。