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プロローグ:魔王の願い

 ――世界は誰よりも優しくて、誰よりも残酷だ。


   望む世界を手に入れたくてもできはしないのだから。


   もしもたった一つの願いを叶えることができたのなら、


   私は他に何もいらない。












 年端もいかない女の子――メアリスはただ前を目指して駆けていた。

 必死に息を切らしながら、暗くとても深い森の中を駆け回る。

 追っ手から逃げるため、木々の間を通り抜け、赤と黒の刺繍があしらったワンピースを泥まみれにしながら、泥のついた手で拭った顔が黒くなっていて、黒ロングのきれいな髪も汚れたままに全力で走った。

 何度転んだか分からないが、ワンピースはもう泥まみれで元の色がわからなくなっていた。


「はあはあ、どうして私を追いかけてくるの……」


 彼女は知っていた。捕まったらそれですべてが終わることが。


「待てっつてんだろ!」

「そうよ、待ちなさい!」


 まだ十歳くらいの少年少女はあきらめることもなく、全力で追いかけてきていた。

 少年はいかつい顔つきで茶色の短髪、少女は少し大人びた顔つきで赤毛のショートヘアだった。


「やだよ! 人間は私にひどいことをするんだから!」


 メアリスは呼びとめる二人の声に、抵抗を試みた。

 あきらめるとは思っていなかったが、これで追いかけるのをやめてくれるのならと一縷の望みにかけて。

 自分ももとは人間で、魔王に転生したことを遥か過去のことだと思って、『人間は』と言ってしまう辺り、自分でもこの立ち位置に慣れてしまったのだともう諦めてしまっていたりする。


 追跡者である少年少女たち二人はこの森を走り慣れているのか、メアリスは二人を引き離すどころか、あっという間に距離を縮められた。


「捕まえたぜ!」

「やっと……追いつたわ」


 少年に腕を掴まれ、メアリスは動けなくなった。

 そして少年の手を振りほどこうと必死に腕を振った。

 

「やめて、離して! ひどいことはもうされたくない!」


 二人は互いに顔を見合わせて、意味をはかりかねていた。


「どうして俺たちがそんなことするんだ?」

「そうよ、私たちはただ、あなたと遊びたくて……、それで声をかけたらあなたが逃げちゃったのよ? 転んで怪我していたみたいだし、心配になったの」


 あらためて二人の顔を見回して、メアリスは驚いた顔を向ける。


「なんで……、私を捕まえてひどいことをするためじゃないの?」

「あたりまえだ!」

「そうよ、どうしてそんなことすると思ったの?」


 ああ、そうか……とメアリスは口を開いた。


「私は……あなたたちが畏れ、敵対し、世界の敵と定めている――魔王よ!」

「なにっ!」

「え!? 嘘! ホントなの?」


 メアリスはその細くて白い首を縦にゆっくりと振った。


「うん、だから……」


 二人の少年少女は戸惑いながらも、こう聞き返した。


「お前、世界を滅ぼそうとしているのか?」

「私もお父さんやお母さんたちからそう聞いたわ」


 メアリスは首を横に振った。


「ううん。私はそんなことしないし、するつもりもない。けど、先代魔王、私のお父さんはそうしていた」


 目の前の少年は、安堵の溜息を吐いた。


「じゃあ、お前は悪い奴じゃないんだな?」

「うん……」


 少年は少女と顔を見合わせてこう告げた。


「だったら……いい。俺たちはおまえを捕まえたりしない」

「ええ、そうね」


 メアリスはもう一度、目を見開いて二人を見返した。


「ホント……?」

「嘘言ってどうすんだよ。もともと俺たちはおまえと遊ぼうと思って追いかけてたんだ。追いかけっこも結構楽しかったけどさ」

「私はごめんかしら……、走るのは得意じゃないのよ? これならまだ、かくれんぼの方がいいわ」


 少年と少女は中がいいのが冗談交じりにそんなことを言った。


 そして……


「お前は? 何かしたいこととかないのか?」

「私のしたいこと」

「そうだ、お前の名前は? 俺はレドル。こっちはヒューリエだ」



 メアリスは初めて自己紹介を人間にすることになった。


「私は魔王二代目、メアリス」

「よし、じゃあメアリスのしたいことは?」

「それは……」


 本当にこれを言ってもいいのか、メアリスは天を見上げて父親がいるであろう星を見上げた。

 でももうこの世に父親はいない。母親もとっくにいない。

 だから、初めて人間と話す機会ができたこのチャンスに、言ってしまおうと思った。


「人間のみんなと仲良くしたい。誰も争わず、誰も血を流さず、誰も虐げず、私もみんなも幸せになって、そして楽しい毎日の中でずっと平和に暮らしていたい……」


 メアリスの願いをかなえようとした者が一人だけいた。

 君の願いを叶えようと、一人旅立った者がいた。

 その人は結局、戻ってこなかった。

 

「そして、私の願いのために、誰にもいなくなって欲しくない」


 そんなメアリスの願いに、二人の騎士見習いの少年少女は笑顔で答えた。


「わかった。お前の願いは、俺たちが叶えてやる」

「そうね。あなたたちと楽しく遊べるのなら私も」


 メアリスは頬を赤くしたまま、うれし涙を流してこう答えた。


「ありがとう」




 - - -



 魔王には三つの力があった。


 ダンジョンと魔物を生み出す力。

 そのダンジョンと魔物に絶対的な命令を下す力。

 そして、自分の支配下にある魔物に永遠を与える力。


 しかし、先代魔王の父親から受け継いだこの力は、自分の願いを叶えてくれるものではなかった。


 侵略し、奪い、支配する。

 そのための力でしかなかった。


 今代の魔王となったメアリスには、『一つ目』と『三つ目』の二つの力だけが残っていた。

 二つ目の命令権は、願いをかなえると言った少年に与えてしまってもうない。

 彼は帝国へと行ったきり戻ってこないからもう……。


 メアリスはこれら魔王だけがもつ特別な力をひどく嫌い、使わないようにしてきた。

 でも二人の少年レドルと少女ヒューリエからの強い希望によって、力を再び使うことを決めた。


「俺たちは死なない! メアリスも死なせない! だから、俺たちは魔王軍に入る」

「でも……」


 メアリスは一瞬だけ迷ったが、


「奴隷になるわけじゃない。それに俺たちは人間だからいずれ死んでしまう。強いやつが現れたら、簡単に殺されてしまう。もし願いをかなえられる日が来たとして、そこに俺たちはもういない。でもメアリスの力があれば、俺たちはずっとそばにいる」


 その少年レドルの言葉が、彼女の胸に深く突き刺さった。


「わかった……。あなたたち二人は今日から私の支配下に置きます。それでは永遠なる誓いを」


 こうして、三人は永遠を約束した。


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