第九幕 花の楽園の先にあるモノ
単刀直入に言おう。
僕は今、女子トイレの便器に頭を突っ込んでいる。
それはもう、超真顔で女子トイレの便器に頭を突っ込んでいる。
隣にはドン引き状態の真田穹音。
……始めに言っておこう。
僕は変態ではない。
信じておくれ。
事の始まりはさっきの休み時間。
「おい真田」
眞中が真田手首のビリビリさんに気付き、接近を開始。
ここまでは前回のあらすじですね。
で、
「このままでは眞中が真田に接近してしまう!!」
僕は行動を起こした。
「せいっ!」
「うおっ!?」
僕の目の前を通過していく眞中。
僕はその眞中の両足を掴む。
「ちょ、なにをするエロ魔神!」
焦る眞中。
「悪く思うなよ眞中、これも真田のためだ!」
「何言ってんだエロ魔神、とにかく放せ!」
ぐはっ、眞中が暴れ出した。
こうなりゃ実力行使。
僕は眞中の両足を持ったまま体を捻り……。
「必殺、絶滅危惧のブルマを復興させるべく毎日汗水流して働く衣類メーカーの人の心強い執着心の如き威力のツイスターアタックっ!」
ボキッ!!
「がぁあああ!」
眞中撃沈。
頭を机の角にぶつけ、大ダメージ。
「ふぅ……危ない危ない」
床に伸びている眞中を尻目に、僕は汗をぬぐっていた。
「うぅ……アタシもう死にたい……」
放課後、白犬神社。
結局あのあと眞中はケガのため早退。
何だか記憶が消失したとかしてしまったとか。
眞中に幸あれ。
で、
「どうしたコマ、何で泣いてんだよ?」
もうビリビリさんの鍵が見つからず、神力のない神様にでもすがる気持ちで白犬神社に来てみたら。
「うぅっ、うぅ……」
今日のぺちゃぱいワンワンは大雨洪水警報発令中だった。
「どうしたんだよコマ、一体何が……」
僕が神社に来た時から泣いていたコマ。
「はっ、まさかコマ、尿意に逆らえずにお漏らしでもしてしまったのか!?」
ドスッ
「ぐはっ痛いすみませんジョークです謝りますだからお腹にストレートは止めましょう」
うーん、お漏らし以外で泣くとしたら……
「まさか……泣く程までの快楽へと陥っているのか? 何? 下の方も洪水警報かい?」
ぐちゃ
「ぎゃあああ痛い痛い目に指を入れないで眼球とれちゃうとれちゃうついでに魂もとれちゃうっ!!」
「うぅっ……うぅっ」
未だに泣きべそかいてる犬耳ぺちゃぱい。
「あー目が赤い、泣いてるコマの目も赤いし僕の目に至っては流血寸前の驚きの赤さ!」
目潰し厳禁。
しかし……
「……本当にどうしたんだよ、何かあったのか?」
僕はコマの前でしゃがみ、顔を見上げる。
そこには、涙を流しているコマフェイス。
「うぅ……あ、アタシ、もう死にたい……」
「死にたいだなんて、何があったんだよ……まさかノイローゼ?」
コマがノイローゼ……性格的にありえへん。
「もう……うぅ……最悪よ……うぅっ、何でアタシが……」
「何でアタシ……まさか、食犬と間違えられて貧困地域にでも連行されに行くのか?」
バキッ
「ぐぁあああ関節決まってる決まってる決まってる決まってる決まってる決まってるッ!」
その時、コマはスゴい形相で僕を睨んできた。
「……え?」
その余りの豹変ぶりに思わずぎょっとする僕。
とにかく、コマが何故か怒った。
目には涙をためて。
「もとはっ……アンタのせいよっ……」
「べ、べつにアンタのせいじゃないんだからねっ!」
必殺ツンデレ返し。
ドカッ
「ぎゃあああ口から何か赤いドロッとしたものが逆流してきたようわ凄い鉄の味まるで血でも舐めてるみたいッ!!」
生命の危機。
「もう嫌っ、何でアタシがアンタなんかに……」
僕が赤い何かを体内の正常な位置に戻していたその時、コマは泣きながら呟いた。
「アンタなんかに……あんな……破廉恥な……うぅっ……」
狛犬にも、発情期はあるんですよ?
皆さん知ってました?
外伝見ました?
「……コマも犬なんだからしょうがないよ」
「ちょ、アンタ笑顔で何言ってんのよ最低!」
コマの顔は真っ赤。
涙が輝いてらぁ。
「それにあの時のコマは史上最強に可愛かったぞ、僕得だったぞ!」
「死ね変態っ、この欲情の塊っ!」
「でもあの時のコマも欲情の塊だったよね」
ぬちゃ
「ぎゃあああ何か今体内から聞こえてはならない音が聞こえたよ!?」
もう今日は散々。
「アタシもうお嫁に行けない……」
「何? 神様にも結婚とかあるの? 離婚もあるの? まさかの真実!」
神様が離婚とか縁起でもない。
「紅狐神社のフォック君とか、黒烏神社のクロウ君とか、みんなと一緒にもう遊べない……」
「そこまでっ!?」
ってか、フォック君クロウ君誰?
「とにかくアンタのせいよっ! なんであの日に限って神社に来たのよ……」
「だって狛犬にも発情期があるとは思わなくて……顔赤らめて、メチャクチャにしてとか……うわエロス!」
めきゃ
「ぎゃあああ何この記憶凄い黒歴史が脳内フラッシュバック嫌ぁ人格崩壊するぅっ!」
とうとう脳内にまでダメージが来た。
「あの時のお詫びとして、アンタアタシの奴隷になりなさいっ!」
「ルージュ的デジャヴっ!!」
僕が記憶の園からの帰還を果たしてリアルに帰ってくるなり、コマさんが反リンカーン発言を発した。
「ってか何? これ僕が悪い事になってんの?」
「当たり前でしょ! アンタは乙女の純潔を弄ぼうとしたのよ!」
「何だそれ逆だろ! コマが僕の初めてを奪おうとしたんだろ!」
僕の純潔……
「うるさいうるさいうるさいっ!」
僕の言い分を半ばシカトし、ポカポカ殴り掛かってきたコマ。
「うわ止めろ止めろ、地味に痛い!」
ちょっとたじろぐ僕。
その時だった……
ひょいっ
「……あっ!!」
たじろんだ拍子に僕のポケットから1枚の黒いデータチップが勢いよく飛び出した。
ちなみにあれは携帯のSDカード。
内容? それは……昨日のコマの不祥事を記録するために撮った写メ(本人に内緒で隠し撮り)が数枚……。
「ああっ、昨日のコマの記録がっ!!」
「え、何っ! 今アンタ何て言ったっ!?」
僕は驚愕の表情を見せているコマを押し退け、SDカードの飛んでいった先を確認。
僕得コマのプライスレスが記録されているSDカードは……
スッ
「……あっ」
神社脇の建物、公衆トイレの空いた窓から中へと……。
「ぎゃあああっ! 発情期コマの生体レポート制作に使う資料がっ!」
「何っ! もうアタシ人間信じられない……」
後ろで嘆くコマをほっとき(ってかいつの間にか泣き止んでるし)、僕はSDカードを求めて公衆トイレの建物内へ……あ!
「……う、うぉっ」
僕はSDカードが侵入した窓を確認。
うぉっ……
何でだよ。
女子トイレの窓だ。
「…………」
さすがに迷う僕。
ちなみに汗たらたら。
さすがにさ、他称変態の僕でもさ、女子トイレはナシだと思うんだよね。
こればっかりはアウト……ってか、もう犯罪だよ。
生憎僕はピュアな変態だから(変態にピュアも何もねぇか)。
しかし、
僕は気付いた。
今、この白犬神社には……
僕とコマしかいない。
あれ?
僕の中の悪魔と天使が何か言ってるよ?
悪魔
「突入セリ」
天使
「突入セリ」
分かった、突入するよ。
ちなみに僕の天使は前回のバーストストリームの件で昇天しちまってさ。
理性が代理で天使やってんだ。
日雇い、時給850円。
「おーい、コマさんがムフフなSDカードさんやぁい!」
女子トイレの中は男子トイレと大差なかった。
ただ立ち便器がないだけ。
そもそも神社の脇の公衆トイレだから、とんでもなく汚い。
理想も何もあったもんじゃない。
カモーン花の楽園。
「…………ない」
僕はくまなくトイレの床を探すが、SDカードはなかなか見つからない。
ってかない。
ちなみに床には大量の埃。
コマ掃除しろ。
「あれぇ? 確かにこのトイレに入ったのを見たんだけどな……」
もしかして便器の中とかに入っちゃった?
僕は考える。
「……まぁ、今誰もいないし、いいか」
小学生あるある。
いじめられっ子の上履きを女子トイレの中に投げて遊ぶ悪ガキ。
いじめよくない。
「……さてと」
僕は内なる羞恥心を全て捨てて、謎のドキドキ感と共に女子トイレの和式便器の中を覗いてみる。
SDカードは……ってか暗くて見えない……
「ちくしょう、コマのムフフシーンが……」
僕は何故か早まる鼓動を抑え、バックから携帯を取りだし、ライト機能をONにする。
一気に明るくなる便器内。
「……よく見える」
僕は便器の奥へ顔を入れようと姿勢を変えた。
その時……
「…………っ」
「……ん? 人の気配?」
僕は後ろへ振り向いた。
「…………っ」
「……あ」
「…………っ」
「あ、えーっと、こ、これは……」
「…………っ」
「その……と、トイレ掃除のボランティアなんだよ、そうなの、僕ボランティアなの」
「……死ね」
真田穹音は無表情だった。