発覚と自転車泥棒
沢 里佳子は陸上部で鍛えた足でカバンを背負いながら必死に走っていた。
人混みの多い所も走って何人もの人にぶつかりそうになる。
鍛えているはずの足も一気に疲労が溜まり息も切れ始める。
里佳子は、咄嗟に目に入った公衆トイレの女子トイレに駆け込む。
そして、中に駆け込んだ里佳子はカバンを降ろして自分のやった行為に後悔の念を覚える。
「また、やってしまったァ・・・」
背中から下ろしたカバンの口の紐を解いて中身を確認する。
「って・・・、無くなる筈無いかァ・・・」
里佳子の落胆はピークに達した。
「・・・・・・・」
里佳子は黙り込み、大きくため息をついた。
自分はやらないと決めたはずなのにまたやってしまったと言う呆れも混ざっている。
里佳子は、カバンの紐をギュッと力強く締めて中身が見えないようにして背負う。
彼女は、公衆トイレの出口の端から顔をちょっとだけ出して駅までの位置を確認をはじめた。
端からちょっと顔を出しただけでは駅の位置が確認できない。里佳子は顔を完全に出して駅を探す。
「・・・・大体、800m位かな・・・」
距離を大まかな位置で確認するとフードを取り出してそれを深く被って駅に向かって歩き始める。
誰にもバレない様にフードがはだけない様に左手でずっとフードを握って押さえる。
時々、通っているクレープ屋とは逆方向の道をそっと忍び足で歩き塚口駅を目指す。
『ごめんなさい、クレープ屋のおじさん・・・』
里佳子は泣き出しそうになりながら忍び足から急ぎ足になって逃げる様に公園を通り過ぎた。
「・・・・・・・」
久瀬 誠は本屋であることを働いた里佳子の行動を偶然見つけて里佳子の後を追いかけていた。
しかし、里佳子が逃げ出した途端、誠は足を止めて彼女について考え始める。
『なんで、アイツがあんなことを・・・』
再び誠は、里佳子が走り去った道を歩き始める。
誠は、里佳子の姿を見てどうにも彼女の事を見捨てることが出来なくなったのだ。
福井 百合奈はダボダボのコートを着たまま本屋『リベラ』の店内に入っていた。
やはり、その大きなコートを着ている百合奈の姿は異様で通り過ぎる人、皆が一瞬百合奈を見る。
一方、百合奈の方は全然周りの目など気にしていなかった。
「おっ、あったあった」
百合奈は、お目当ての本を見つけるとその本を持ち上げて嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「藤村君・・・♪」
里佳子は、塚口駅のトイレで再び出るタイミングを伺っていた。
「今日・・・何回トイレ入ってんだろう・・・か・・・」
つくづく里佳子は自分に呆れ果てていた。自分自分の事を罵倒し始める。
「里佳子のバカバカバカバカバカ・・・、この阿呆・・・」
小声でまるで呪文の様に言い、彼女はずっと自分を罵倒し続ける。
そして、罵倒がひと段落ついた所でトイレから脱出してコインロッカーに向かう。
死角になっている様な構造のコインロッカーは里佳子以外誰もいない。
里佳子はポケットからコインロッカーの鍵を取り出して鍵穴に突っ込みロックを解除した。
カバンを下ろすと先程締め付けたカバンの口の紐を解こうとする。
だが、ギュッと締めたのが仇に出たのか、中々その紐は解け様としない。
必死になって紐を外そうとしていると後ろから聞き覚えのある若い男の声が掛けられた。
「えっ?」
「・・・・・・・」
そこに立っていたのは、里佳子の同級生の誠だった。
コインロッカーの前で立っている誠の姿を見て里佳子は固まっている。
「く・・・くくくく・・・、久瀬君?」
「おぅ」
「なななななな何でこんな所に!??」
そう里佳子が質問すると、誠は里佳子に近づいて彼女が必死になって解こうとしていた
カバンの紐を勢いよく解いて中身を取り出す。
「これ」
里佳子に“これ”と中から取り出したものを見せ付けて彼女は腰が抜けたようにへたり込む。
「・・・・・・・」
彼女の表情は、いまにも泣き出しそうな顔つきだった。
“これ”を床に置くと次々とカバンから“これ”を取り出し始めた。
「いつからなんだ?」
「・・・・・・・1年くらい・・・・・」
「結構な常習犯だったんだな・・・」
その時、誠の後ろから小さな小さな震えた声が聞こえてきた。
「ゴメン・・・な・・・さい・・・」
「えっ?なんて???」
「ごめんなさい、ごめんなさいッ!ごめんなしゃいッ、ごめ・・・なさい・・・」
里佳子は、泣き崩れ始め誠はそれを黙ってみているだけだった。
‐ごめんなさい・・・。
塚口駅のロッカールームで泣きじゃくった里佳子の真っ赤に腫れた目を見た誠は言葉を失った。
クラスメートの沢 里佳子、いつもは物静かでクラスの女子からちょっとした憧れの的で優等生。
部活だって毎日頑張って走って、走って、走り続けている。
弱音など口に出さない彼女が、誠の目の前で大声で目を真っ赤かにして泣いた。
誠は、ようやく泣き止んだ里佳子の手を取り顔を赤くしながらコインロッカーから連れ出すことにした。
誠は無言で急ぎ足で里佳子の手を無理矢理引っ張り塚口駅を出て行った。
その行動に、里佳子は何も言わなかった。何も言えなかった。
「・・・・・」
誠が里佳子を連れてきたのは先程里佳子が通り過ぎた公園だった。
そこで誠はようやく里佳子の手を離して歩くのを止めた。それを見た里佳子も足を止める。
「あっ、あった」
誠は歩行用に整備された道の脇のベンチに里佳子を座らせるとどこかへ姿を消した。
誠に取り残された里佳子は緊張などしていなかった。むしろ開放されたよう表情だった。
だがその反面、“恐怖”と言う二字熟語に彼女の脳は侵食され始めていた。
「・・・・」
その時、誠が小走りで帰ってきた。里佳子は一瞬ビクッとベンチから立ち上がる。
「どうしたんだよ?沢?」
「あっ・・・、ううん」
里佳子は恥ずかしかったのか、さっき泣いた目よりずっとずっと頬を赤くしてベンチに座る。
ベンチに座ると誠はその隣に座り込んで手に持っていた物を里佳子に渡した。
「ほらっ」
「えっ??」
誠が里佳子に渡したのは焼き立ての温かいクレープだった。周囲に甘い匂いが漂う。
里佳子はそれを受け取ると遠慮がちにクレープを見、誠の顔を窺った。
すると、誠はそれを察したように「食えよ」と言い放って、
自分用に買ってきた熱い缶コーヒーのフタを開けてちょっとずつ飲み始める。
里佳子も、誠がコーヒーを飲み始めた様子を見てクレープのほんの端っこをかじる。
「これ・・・、イチゴクリーム・・・」
「うん?嫌いなやつだったか?」
誠は缶コーヒーをベンチの上において不安げな顔をすると、
里佳子はクスッと笑ってクレープを再びかじる。そして、笑顔を浮かべて言う。
「大好きなやつだよ?」
それをきっかけに里佳子はクレープをがつがつ勢いよく食べ始めた。
その変わりぶりに誠は缶コーヒーをすするだけだった。
「熱ッ」缶コーヒーを少しだけ勢いよく飲んで誠は舌を軽く火傷した。
里佳子は、クレープを食べながら大笑いを始める。
「あははっ、なにそれッ。お腹痛~い!」
「笑うなよ・・・たくっ。クレープ代倍にして請求するぞ?」
「ぶーははははッ。にゃにしょれ・・・!!息が・・・息がァ!!」
里佳子は息が出来ないくらいの大笑いをし始めて、彼女の目には笑い涙すら窺える。
「・・・・・」
誠は、他人のフリをしようとするがどうにもそれには無理がある。
そして、笑いながらもちゃっかりとクレープを完食する里佳子。
笑い声はしばらくの間、止まることはなかった。
里佳子と誠はベンチに座ったまま、夕方になったのを確認した。
夕方の赤い日の光と紫色っぽい元々の空の色。映画で聞いたことがある。
“マジックアワー”と言うらしい。晴れている日はいつも見ることが出来る空の表情だ。
その空の顔色を見ていると隣に座っている里佳子が誠に話しかける。
「今日は、楽しかったよ?久瀬君」
「・・・・・」
誠は里佳子の方に顔を向ける。笑いが止まった里佳子の顔は最高の笑顔を浮かべていた。
そう言うと里佳子はベンチから立ち上がった。
「これから、警察に行く。みんな驚くだろうな・・・。私が“万引き常習犯”だなんて」
「・・・・・・」
「でも、久瀬君のお陰で救われたんだよ?決心させてくれてありがと。久瀬君」
里佳子は、そう行ってその場から去ろうとした。すると誠は立ち上がって大声で里佳子を呼んだ。
「待てよ!」
「ん???」
里佳子は振り返ると誠はまた大声で聞こえるように言った。
「もうちょっとだけ付き合ってくれないか?沢・・・」
誠は里佳子を連れまわす形で公園の端っこに足を運ぶ。
「久瀬君?」
そこは自転車が大量に駐輪されている場所だった。自転車にはそれぞれピンク色の紙がわっかになって
貼られている。
誠はチェーンがついていない自転車を探り当ててそれを引っ張り出して里佳子に見せる。
その自転車にもピンク色の紙が付けられている。その紙は駐輪禁止の紙で近々撤去すると言う紙だった。
誠は、その引っ張り出した自転車をまたいで軽く乗り回す。里佳子は黙って見ている。
軽く自転車を乗り回したところで里佳子の元に戻って一言。
「俺は、“自転車泥棒”」
すると、里佳子はプッとまた噴き出して笑いながらも泣き始めた。
「今度は、何だ?沢」
「・・・・・」
‐うれし泣き。かな?