デカコートと目撃
進路相談室で、藤枝が待ち受けていた。
「まぁ、座れ」
「はい・・・」
「それじゃあ、まずだな―」
「・・・・・」
藤枝の長ったらしい進路の話、就職先や進学先のお勧めをされて誠は睡魔に襲われていた。
東大なら自分の成績がどれくらいの順位なのかとか、就職ならどのエリート企業だとか。
そして、それらのチラシを大量に持ち出されてソレを読むようにと宿題を出される始末。
持って来ていたカバンがとんでもなく膨らみ、藤枝の話は終わった。
誠はその膨らんだカバンを持って出て行く羽目になった。進路相談室前の廊下を歩き始めて
校門ギリギリのトイレの個室で誠は制服から私服に着替えを始めた。
かさばる制服をチラシがたっぷり入ったカバンに無理矢理押し込んで個室から出て行き学校も後にした。
パンパンに膨らんだ異様な姿のカバンを横目を見る通行人は少なからず10人以上はいた。
でも、ソレを指摘する勇気ある人物は誰もいなかった。
『本屋にでも寄るか』
誠が寄り道のルートを模索していると例によって“アイツ”が登場した。
もう分かると思うが一応説明しておこう。先日、誠の昼食の邪魔をして貴重な昼休みを削った―、
「おーや?誠くんではありませんか!??」
「百合奈・・・」
「お!“百合奈”ってためらい無く呼んでくれた!ちと感動!」
「うっさい!」
突如、誠の背中から声を掛けてきた福井ことウザい同級生、百合奈。
彼女は後ろから走って近づいてきて横に並んで話しかける。
「ほらっ、見てよッ、私服だぜェ。新鮮でしょ?」
「俺も、シフクデスガ?」
「あっ!本当だぁ。新鮮だ・・・」
なぜか、新鮮だろうと言っていた百合奈が誠の私服を凝視してそれを珍しがった。
確かに、彼女の私服姿は初めてだったがそれをどう感じれば良いのかと彼は考えていた。
百合奈の自由な姿を見ていて誠は不思議に思って疑問を投げかける。
「お前、部活はどうした?」
すると、百合奈は二カーッと満面の笑みを浮かべて背の高い誠に向かって答えた。
「あぁ、今日は休みなのだよ♪鬼の飯島ちゃんが“骨休め”と言う事でね。
さっきまで部活仲間と楽しい楽しい“ティータイム”をエンジョイしていたのさ」
「で???今分かれたのか???」
「うん、そう。今は自由で1人でフリーだったのだがねー。偶然チミを発見してのぅ」
自分の額に掌を当てて後悔の念に打ちひしがれる。
ああぁ、どうしてこんなタイミングでこんな奴と出会ってしまったのだろうか。
もっと、学校に居座っておけばよかったのだろうか?
「私たちだけじゃないと思うよ。多分、陸部もサッカーも」
「・・・・・」
「そんで、誠君はどこに向かっているんだい?」
嗚呼、ここまで来たら“一蓮托生”引き返せない。
諦めるしかないよな・・・・。
誠はもう完璧に諦めて百合奈に自分の考えている行き先を告げた。
「本屋のリベラ・・・」
「ははぁ、リベラか。あそこは品揃え抜群だもんね。実は私もなのだよ」
「?何か買うのか??」
「おぅ!純愛モノの漫画の最新刊だよッ!爽子が最高!なーんてね」
「フーン・・・、興味ないや」
「ちょっ!待てやこらぁ!爽子を馬鹿にすんなよぉ!」
「興味がないだけだって」
不毛な言い争いはまだまだ一方的に続く。
「そんじゃ!私のお勧めの漫画!」
「お前は、漫画しか脳内にカルチャーがないのか??」
「何を言うかね!その漫画は“藤村君”が魅力的なんだよ!」
「ほう・・・」
「私だって、藤村君にちょっと恋とかしているんだから」
「ほう?薄っぺらな紙に印刷されたイケメンにか??」
「乙女の夢は、壊すもんじゃないぞ!藤村君に謝りたまえ!」
「・・・・」
誠は、少し黙り込み、立ち尽くして言葉を発した。
「じゃあ、その藤村君に伝えといてくれよ。どうせお前は“紙に印刷されたインク”だってさ」
「ナナナナナ!」
‐なめているのか!貴様!!
‐あぁ、怖い怖い。
「大体だな、藤村君藤村君ってお前の頭には2Dしかないのか?」
「3Dよりは、2Dで起こっている事がときめいてしまうのだよ。誠君」
学校のいつもの通学路、いつも登下校に使っている道。いつも1人で歩いて歩いている・・・はずの道。
自分の真横には、実に鬱陶しい女子の同級生、福井百合奈。
彼女の行き過ぎた行動や言動に誠は頭を悩ませており、実際頭痛がしてくる。
しかし、誠は何で彼女が鬱陶しいか、何で気になるのか、薄々気付いている。
“嫉妬”その二字熟語が百合奈と今の自分の気持ちを結びつけている。
“社交的”その三文字熟語が“嫉妬”の原因。
ペチャペチャと、“藤村君”と言う架空の人物を熱く語る百合奈。
そのほとんどを聞き流して、彼女が話し終えたところで誠は話しかける。
「リアルで恋はしないのか?」
すると、百合奈は黙り込んで1分くらいの沈黙の時間が続く。
沈黙はあまり好きじゃない。だけど、うるさいのも好きじゃない。気まずい空気はもっと好きじゃない。
その“気まずい空気”を打ち消すように百合奈は閉じていた口を開いた。
「まぁ、一度はした事あるけど、・・・フラれてねぇ・・・」
「・・・・・・」今度は誠が黙り込む番になってしまった。
こんな話をされて掛ける言葉が見当たらないのだ。
例えそれがウザい同級生でも一応は、恋多き悩み多き若い“女子”なのだから傷付けたくはない。
もしここで、何か喋って下手でも打ったら男として、人間として廃る。
もう、3分くらいが経とうとしている。
一足早い、寒い木枯らしが木や道路の端に集められている赤や黄色の落ち葉を一気に吹き飛ばす。
自分より背の低い真横で歩いている百合奈の頬は寒さでちょっとだけ赤くなっていた。
吐く息は真っ白。マフラーや手袋だけでは寒そうだった。
誠は、たまらず自分の上着として羽織っていたコートの袖から腕を抜き始めて
それを百合奈の肩に優しくかける。
「ほらっ」
その短い言葉を百合奈に掛けると誠は百合奈を追い越して急ぎ足になる。
コートを渡された方の百合奈は何も言えないまま誠から借りたコートの袖に腕を通す。
何も言えないままと言うよりは、言うタイミングを失い、
礼を言おうとした頃には誠がいなかったと言う方が正しい。
「デカッ・・・」渡されたコートの袖口から彼女の腕が完全に通り抜けることは出来なかった。
肌寒くなった誠はクシャミを何発も出した。
塚口駅の周りの町並みが見えてくると誠は目的のリベラに目を移す。
リベラを見つけると、途端に誠は走り出した。早く店内に入りたくて走ったのだ。
自動ドアに認証してもらい自動ドアは両方に開いた。
誠は開いたドアの敷居を跨いで暖房の効いた店に入った。
「あったかいな・・・」
デカい誠のブカブカのコートを渡された百合奈は歩きながら物思いにふけていた。
「ほらッ」とコートを渡してくれた誠。一発で自分の事を“百合奈”とファーストネームで呼んだ誠。
楽しそうに自分の楽しみを否定した誠。
「誠君・・・、大分性格が丸くなってきたのかな?」
百合奈は通らない袖から無理矢理腕と掌を出して親指・人差し指を直角にしてあごに当てている。
ちょっと、意識的にポーズを決めているだけだが、考え事にはこれが良いだろうとポーズを決めている。
「むー・・・、でもなんでかなぁ・・・?」
「ん???」
誠が適当に本を探そうとしていると本棚の前で立っている少女が目に入った。
少女は、可愛らしいキャラクターのカバンを背負っており辺りをキョロキョロ見回している。
その少女に誠は見覚えがあった。少しばかりあどけなさが残っている顔立ちで、誠の同級生。
いつも、百合奈と行動をともにしているおしとやかな性格の―、
『沢?なにしてるんだ?キョロキョロなんかして』
沢 里佳子。
誠の同級生で優等生組の彼女だが今日の彼女の行動は挙動不審といっても過言でない。
すると、今度は天井を見渡す、誠は咄嗟に体を本棚の陰に隠して再び彼女の姿を確認する。
里佳子は、背負っているカバンを下ろすと閉じているボタンを外して目の前の本に手を伸ばした。
「・・・・・・・・」
里佳子は、その場から急ぎ足で掛けるとそのままリベラから出て行く。
『ありがとうございました』と自動放送が流れる。
「あっ・・・!」
誠は、急いで里佳子の後を追い始めた。