最終回
里佳子は俺の目の前から姿を消した。全く何も言わないままにだ。何も知らせてくれなかった。誤解までされて挙句の果てはビンタと言う最悪の別れ方をして俺と里佳子の関係は終わった。これで里佳子の秘密は秘密では無くなった。まぁ、ほとんどが落書きの内容をあくまでいたずらとして受け取ってくれているのが幸運だが。
もうあいつのメールアドレスと電話番号を携帯電話から削除して半年になる。3年に進級し“進学”と言う形で身を固めることにした。その大学に進学する人間は俺以外には百合奈くらいしか居ない。彼女は今はそこを受けるために必死に勉強していて、俺も勉強に付き合っている。あのイタズラがあって俺達は疎遠になりかけていたが藤枝から飛び出した『里佳子転校』の話を聞いて百合奈から声を掛けられ俺達は事実上の和解をした。里佳子だってきっと許してくれる。そう信じての事であった。
そうそう、遊里はちゃんと高校に受かった。受けたのは俺と同じ高校。きっと何か困り事があったら俺に頼ろうという魂胆もあるのだろうが今のところそういう素振りは見せていない。
「じゃあな、須藤」
「おう」
須藤は前沢の事をちゃんと下の名前で呼べるように克服し前沢も前沢で須藤にいちゃついている。あの衝撃的な出会いと別れを経験した冬を越えて現在は夏真っ盛りな7月だ。里佳子がいるアメリカはもっと暑いのだろうか?それとももう少しだけ涼しいのだろうか?どうでもいい事だ。
「里佳子の事…、いつまで経っても忘れられない訳無いよなぁ…」
もう、休み時間を遊びに使う同級生はほとんど居なく、勉強やら就職に向けての面接の練習を行っている。俺は休み時間を利用して毎日百合奈に勉強を教え続けている。
「分かるか?」
「おぅ!何とか分かった気がする!」
百合奈の制服に生徒会バッジのバッジはもう無い。あの事件を引き起こした責任かどうかは分からないがきっとそうなのだろう。3年にあがるのをきっかけに百合奈は生徒会をやめてしまった。将来“生徒会長”確実だったそのポストを降りての事であった。
暑い夏の日ざし、涼しいエアコンが効いている校舎内と蒸し暑そうな温風を出しているエアコンの室外機、通学路もまた1人で行ったり来たりを繰り返すように戻っていた。塚口駅に到着すると必ずコインロッカーの方へ最初に足を踏み入れてしまう。なぜならそこに里佳子が居るかも知れないからだ。でも、居る筈も無く毎日誰もいないコインロッカーを見に行くのが一種の習慣になっていた。
「ただいま」
「おかえり、今日はお父さん達帰っているよ?」
「そうか」
親との関係もまぁそこそこ回復しかかっている。里佳子が望んだ常に一緒に家いる両親。その両親といるからには俺も上手くやろうと考えたのだ。全く…、どこにでもアイツは現れる。
「誠。大学勉強はかどっているか?」
「まぁ、ボチボチだな。なにせ勉強教えている立場な訳だし」
「お前も人気だな」
夕食を済ませベッドに寝転び携帯電話を机の上に置いて明日は百合奈に何を教えようかと考えを巡らせていると次第に眠気が俺を襲う。ゆっくりとまぶたを閉じるとそのまま眠気に負けてしまう。
その直後に誰からか送られてきたメールに気付く事もなく…。
「おはよう」
「あっ、おはよう。今日はどうしたの?土曜日でしょ?」
「知ってんだろ?クラスメイトと勉強会」
「そうか…、いやぁ誠は人気者だなぁ」
「親父と同じ事言いやがって」
「まぁ、いいじゃん?えっもう出るの?朝御飯は?」
「コンビニで適当に買うよ。今日はコンビニおにぎり食いたい気分」
「なにそれ?」
「行ってくる」
「うん…、あっ誠ケータイ忘れているよ?」
遊里がテーブルに置き忘れたケータイを俺に手渡してくれるとポケットに突っ込んでそのまま出かけて行く。蒸し暑い真夏の太陽の日差しを浴びながら。
「暑いなぁ…、百合奈に『今出た』ってメールでも入れとくか…」
そう思いケータイを開いてみると『未読メール 1件』と言う文字が浮かび上がっていた。メールを開くと見覚えの無いメールアドレス。英単語や数字ばかり出ているから登録していないメールアドレスだろう。誰からか分からないそのメールを開いて中身を確認することにしよう。
こんばんは、お久しぶりです。お加減いかがでしょうか?
丁寧な出だしから始まったメール。何処か見覚えのあるメールの打ち方。その出だしを読みスクロールする事にした。
あの時は、ビンタをしてごめんなさい。本当はあの後何度謝ろうとメールを打とうとしたり電話しようとしましたが怖くて出来なかったのです。誠が…、自分の事嫌っているんじゃないかなって考えるととても辛くて…。
今回は謝罪と近況報告をしたいと思います。私が現在通っている大学はもう勉強が難しくてその上、アメリカ人の英語が早すぎて、もう頭がパンクしそうです(汗)
あなたは前に言っていた通り、就職ですか?それとも進学ですか?
もし進学だったら嬉しいなぁ。もしかしたら会えるかも知れないって。
あぁ、大切なことを忘れていました。ビンタしておいて言うのは何ですが…、
私は、久瀬誠の事が好きです。
だから、私が日本に帰ってきたらもう一度仲良くしましょう!では長文失礼しました。
久瀬 里佳子 (なんちゃって)
「……、あのバカ…」
携帯電話を閉じるとその場に立ち止まって辺りを見渡す。暑い太陽。熱をためているアスファルト。小さな小さな小川。うるさく鳴くセミ達。
そして、再び歩き始める。
待ち合わせの時刻までは後10分ほど。しかし、目的地の図書館は歩いて10分ではちょっとばかり厳しい所にある。
「ちょっと、走ろうか」
『ロッカールーム』 END
今まで、こんな小説を読んでくださった方ありがとうございました!
ちょっと、詰めが甘かった感じもありますがこれで完結です。
今まで、本当にありがとうございました!