図書室と運動部
「およ?およよよ?」
現在、部活のユニフォームを着ている福井百合奈が目の前にしている光景は実に異色な光景であった。
自分が、社交的に友だちとの付き合い方を一所懸命に教えている久瀬 誠が、
クラスの人気者、須藤康博と少し笑みを浮かべて並んで歩いていたのだ。
「どうしちまったのかなァ?誠君」
誠に声を掛けようと2人の背後から高い声を出そうとした時に突然自分に声を掛けられた。
「福井先輩ッ」
百合奈の所属している女子ハンドボール部の後輩の久保田である。
久保田は、やっと見つけたと言って百合奈の目を見た。
「あっ、久保田。どうしたの?」
百合奈がそう聞くと久保田は顧問から承った内容を話した。
「飯島先生が大会の話があるから来いって言ってましたよ?」
「あー、そういやもうすぐ大会だったねぇ。何処とやるんだっけ?」
「それを話すと思うのですが・・・」
そう言われれば、そういう事になる。大会のいきさつや流れ。強化合宿の日程やらメニュー。
それらをまとめて話すそうだ。
だから、行方不明になっていた百合奈の探索に久保田が選出されたのだった。
「いま、飯島先生何処にいんの?」
「運動場でジャージ着てまってますよ」
「うん、すぐ行くわ。ありがとね久保田。先に行っておいて」
「分かりました」と久保田は運動場に向かって小走りで去っていった。
百合奈が久保田の背中を見送ってさっきまで誠と須藤がいた廊下に目を向ける。
久保田と話しているうちに2人はどこかへ消えてしまっていた。
「行っちまったかぁ・・・」
百合奈は、久保田に声を掛けられる前の言葉を忘れていた。
誠と須藤に何を言おうとしたのか、どうして声を掛けようとしたのか。
彼女は全てを忘れていた。
くるっと、方向転換をして百合奈も運動場へ走り出した。
「まぁ、いいか・・・」
誠は須藤に数学を教えるために図書室へ歩いていた。
誠が、図書室に行くのは初めてだったが放課後に落ち着いて勉強を教えられるのは、
図書室位だろうと彼の思考回路はその答えを導き出した。
「ねぇ、久瀬君」
須藤が相変わらずの口調で声を掛けてきた。誠は最もメジャーな答えを返した。
「なんだ?」と。須藤は続ける。
「久瀬君、って結構優しい奴なのに、どうして不良に勘違いされてるのかなぁ?」
誠は、須藤に顔を向けないまま、まるで廊下に答えるように口を開く。
「知るかよ。勘違いして奴の気持ちなんか。勝手に勘違いしているだけだよ」
「そっ、ソリャそうだね・・・」
女子ハンドボール部のメンバー全員が運動場に揃ってこれからの部活の方向等の説明をやっていた。
顧問の飯島 友香はこの学校では若い方の女性教師で高校時代はハンドボールをやっていた事から
顧問と言う役に就いていた。飯島は女性のランクで言えば美人の部類に属するが
性格が非常に男勝りで言葉遣いもどちらかと言えば男くさかった。
「それじゃあ、以上で説明を終了。残りはプリントを見て。返事は?」
「はーいッ」
「・・・・・、声小さいなぁ・・・。これじゃあ勝てんかもだなァ・・・。もう一回」
「はーーーいッ!!!」
「よろしい。そいじゃあ、校舎ラン15周ッ」
「エーーーーーッ!????」
「コラッ、返事より十分デカい声出して“エッーーーーーッ!??”かい!??」
「朝練で十分ですよー。飯島先生ェ」
「甘ったれるなッ!それじゃあ天敵の成城女子には勝てないぞ!」
飯島とハンドボール部の部員たちの不毛ないい争いが勃発し始め、
ついに、部員の1人の後輩が禁句を飯島にぶつけた。
「先生。もうちょっと女の子っぽくしてくださいよ。男が寄り付か―」
「ええい!もう怒った!校舎ランニング25周!」
「エッーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
図書室に到着した2人は図書室のドアを開けて中に入った。
すると、テスト勉強をしている生徒たちが何人かチラホラ見えた。
「どこに座る?須藤」
「アッ、何処でも良いけど?」
咄嗟に目のあった図書室の机を指を差しそこに座って勉強を教えることになった。
誠が先に席に座ると須藤がアッと受付を見て声を出した。
図書室の図書委員の顔を見て言ったのだと思う。
「前沢ッ」
「よーっす。康博ちゃん。珍しいのォ。康博ちゃんがココに来るなんて」
今日のSTで大混乱を招いた人物の1人、前沢 詩である。
「なんで、ココにいるんだよ。お前が」
「だって、図書委員なんだもん」
と言って彼女はブレザーに付けている図書委員のバッジを堂々と須藤に見せ付ける。
「そうじゃなくて、お前の当番、金曜だろ?」
「いやぁ、友だちが“彼氏とでーと”とかってバックれたらしてねェ。そんで白羽の矢が立ったのさ」
「なんで、断らないんだよ?」
「突き刺さった矢は中々抜けなくてね。そう言う康博ちゃんは?勉強??」
「あっ、そうなんだ。久瀬君が教えてくれるって」
「久瀬君が?あの???」
と、受付から前沢は目を凝らして誠の姿をロックオンした。
「そんじゃ、俺―」
「あのさ」
“俺行くわ”と言いかけたときに前沢がそれを邪魔した。
「私もさぁ、教えてもらっちゃおうかな」
「えっ??」
「数学ゥ♪」
誠のクラスメート沢里佳子は陸上部に所属している短距離の選手。
里佳子は陸上部の部室の鍵を開けて“沢”と書かれているロッカールームの前で着替えを始めた。
脱いだ制服をロッカールームに入れるためにドアを開きハンガーに制服をかける。
そして、制服の、自分の足元に視線を落とす。
「あちゃー・・・、どうにかしなくちゃなぁ・・・」
里佳子がそれを見て落胆していると後輩が部室に入室して来た。
後輩が部室に入室すると里佳子は慌ててロッカーのドアを勢いよく閉めた。
「沢先輩、こんにちは」
「あっ、セリちゃん。こんにちは」
「あれ?今日は早いですね?着替え」
「エッ・・・?うんっ!だってもうすぐ大会だもんね!と言うわけで先行っとくね」
「?はい???」
大会と言って里佳子は大急ぎで部室を飛び出していった。
後輩のセリちゃんは、顔に疑問符を浮かべたまま着替えを始めた。
「ハァ、もう後4周かぁ~」
福井百合奈率いる女子ハンドボール部の部員たちは顧問の飯島に言われた課題
校舎ランニング25周を脅威のスピードで走っていた。わずか15分で21周を達成していた。
さっさと終わらせた気持ちが募百合奈やその他の部員たち。
「飯島ちゃんも、ドぎつい内・・・容させ・・・・るもんだ・・・よ・・・・・・ね」
「話し・・・ている・・・暇あっ・・・たら・・・しゃっしゃと走っ・・・て・・・よね・・・」
全員の足の筋肉の疲れがピークに達しかけていた。当然のごとく百合奈も。
「ひゃあ~、ひゃと・・・2周・・・ぎゃんばれ~」
「ふぁーいー・・・」
体の疲れと言うのは実に恐ろしい物である。まず足の筋肉が疲れて、
その後疲れは口など発言にまで影響を及ぼす。その状態がまさにソレ。
「アッ・・・」
百合奈目の前に見覚えのある人物が校舎の出口から飛び出してきた。校舎ランニングの途中参加である。
その人物は、百合奈のよく知っている人物で、今朝駅のコインロッカーから出てきた
「りきゃきょー」「ふぇ???」
百合奈が頼りなさ気に“りきゃきょー”と叫んだが正しくは“里佳子”である。
「百合奈??ってキャーーーーーー!!」
キャーーーーーと里佳子が叫んだ理由は百合奈の今にもぶっ倒れそうな体勢と疲労で歪んだ顔が原因。
「りきゃきょーーー」
「来ないでーーーー!」
誠と須藤の数学の勉強会に前沢が混ざり誠が数学を2人に出来るだけ分かり易く伝わる様に教える。
クラスのほとんどが手こずった問題に差し掛かり須藤が質問する。
「そんで、この式ってどうやって使うの?」
「この場合は、この式使うよりもっと分かり易い方法があるんだ」
「えっ!?そうなの!??」
前沢が大声で立ち上がりながら感嘆の声を上げた。その途端にあちこちから“シーッ”の声。
顔を赤らめてイスに座る。
「前沢・・・。お前・・・」
「良いでしょ・・・。驚いちゃったんだからさァ・・・」
「戻って良いか?」
校舎ランニング25周を終えた部員たちのスタミナは100%切れていた。
冬と言うのに冷たいお茶や水を一気飲みする部員たち。
「よし!25周終わり!!本日終了!!」
「まだじゃ!ボケ!!!」
鬼顧問の飯島の声がギンギンに耳に響く。その声は校舎ランニング中の里佳子の耳にも届いた。
後輩たちもその声にちょっとだけビビッていた。
「凄いですね・・・。ハンド部」
「凄いと言うか・・・、鬼が島だよね・・・」