沢里佳子!
修学旅行から帰ってきて2週間が経とうとしていた。学年末テストの空気が徐々に濃厚となり掛けていた時にその事件が発生した。その日は冬だというのに日差しは暖かく冷たい風は珍しく全然吹いていない。修学旅行を名残惜しむクラスメイトも何人か残ってはいたもののそれはごく少数で就職・進学に鍵を握る学年末テストへ向ってテスト勉強をする者が大多数を占めていた。誠も前沢と須藤、そして百合奈に頼まれて勉強を教えて、里佳子は教科書やノートは机上には置いてあるがそれを開いてない。要するに彼女は勉強に全く手を出していなかった。
「………」
その里佳子がかもし出す独特の“薄暗い空気”に友人の百合奈でさえ声を掛けることが出来ないでいた。以前出現した“ブラック里佳子”とは全く違った悲しげな、儚げな妙な距離感がいつの間にか出来上がりいつしか彼女に声を掛ける者は少なくなっていた。またこの距離感のせいで誠も遠慮してここしばらく里佳子に声を掛けていない。
「起立!礼!」
「ありがとうございました!」
いつもの帰りのST。STが終わると掃除の班は教室に残ってその他の人間は部活・帰宅・寄り道などそれぞれの目的を持って教室から出てゆく。自然と流れてゆく時間。いつもの歩き慣れた帰り道、見慣れた街並み。並木道の街路樹の枝から青々とした葉っぱはまだ芽吹いていない。晴れ渡った青い空、オレンジ色に突き刺さる夕日。誠は1人で帰宅の為に塚口駅に向かっていた。駅前の商店街の中に里佳子と出会ったリベラと言う本屋がある。向かいの道路で立っていた彼は、本屋に入って少し時間を潰そう。そう考えてリベラに入店しようと近付いたのだが店内から何者かが走って出てきたのを見た。
「里佳…子?」
青信号になるとすぐに彼女が走り去っていった方向に走り始める。なぜかは分からない。ただ嫌な予感だけが誠の頭の中を駆け巡る。
「あのバカ…!」
無我夢中で走り続けて里佳子の姿を探す。単純な一本道なのだが高低差がある坂道が多く予想以上に体力の消耗が早い。里佳子もきっと息が切れてどこかで止まっているはずだ。
「はぁはぁ…」
しかし、中々彼女の姿を確認する事は出来ない。息が切れても尚誠は里佳子のその後姿を捜して走り続ける。軽く汗をかきネクタイを解いてカバンに突っ込んで走り続ける。
「居たっ…!」
やっと見つけた。里佳子の後ろ髪。様子からするに彼女も大分息を切れているらしい。里佳子の姿を確認して小走りに変えて彼女に近付く―。
「探したぞ?」
「えっ?」
突然声を掛けられた里佳子は咄嗟に声の方を振り向いてその顔を見て声の主が誰かすぐに分かった。
「はぁはぁ」
「誠?」
「ここで何してる?はぁはぁ…」
「まっ、誠こそ…」
誠に返された里佳子の声は後ろめたそうな声であった。その声と同時に彼女は少しだけ後ずさる。
しかし、その行動を見て誠は一気に距離を縮めて彼女が手に持っていたものを取り上げる。
「どう言うつもりなんだ?」
「ゴメン…」
「ゴメンって…、もうしないって約束じゃなかったのか?」
「………」
彼女は黙り込む。里佳子から取り上げたものを彼女の手元に戻して出来るだけ優しく声を掛けてみる。
「一体何があったんだ?」
「………」
「沢里佳子!」
「!!!!」
フルネームで大声で呼ばれると彼女はフッと顔を上げて途端に目から涙を流して手元に持っていたソレを無理矢理両手で誠の胸に押し付けて走ってきた方向とは逆方向に走り去っていく。
「………」
誠が追う事は無かった。彼女に無理矢理押し込まれたソレを見るとどうにも彼女を追いかけることが出来なかったのだ。
「……、クソッ」
ソレをごみ置き場に放り投げると誠も走ってきた方向をゆっくり歩き始めた。
里佳子は、また万引きをはたらいたのだ。
理由は、分からない―。