私…、もうちょっとバカに生まれたかったかな?
里佳子に誘われた『軽いデート』。函館山の山頂にある展望台まで行く本当に軽いデート。発着駅の入り口に入るとゴンドラはすでスタンバイしていた。扉から客が出て上に上るための客達が次々とゴンドラに入っていく。ゴンドラ内には知らない顔の同級生も何人かはいたがお互い顔は知らないから噂が立てられる心配も無いだろう。実際、本当のカップルもいる様だし。
「あそこ、座れるよ?」
「あっ、あぁ」
里佳子に主導権を握られたままゴンドラのイスに横並びに出来るだけ詰めて座る。以前里佳子が誠の家に訪れた時とは違って乗客が多いので本当の意味でこれは詰める必要があった。発車ベルが駅構内に反響してその数秒後にゴンドラが少し揺れて出発し始める。
「やだっ、怖~い!」
他の少数の乗客達がゴンドラの揺れに驚いて騒ぐ。騒ぎ終えると今度は出発する前と同じ感覚で雑談を再開する。後ろを向いて景色を眺めてみる。ゆっくりと動いていく山と函館の街の景色。遅いように感じて案外早かったりする。もう半分近く過ぎたのだろう、もう片方のゴンドラとすれ違う。
「ねぇ、誠」
「ん?」
「誠って進路の事まだ迷ってる?」
「…、あぁ?里佳子は?」
「私は…、大学かな…?」
「頭良いもんな」
「………、もしかしたら進学しか道無くなるかもね………」
「えっ?なんて言った?声小さくて…」
「ううん、何でもない」
『お待たせいたしました。間もなく到着致します。降り口は進行方向、向いまして右側となります。停車の際多少揺れますのでご注意ください。それでは山頂のひと時をお楽しみくださいませ』
そう放送が流れると揺れを伴って山頂の駅に到着した。乗客たちは右側の扉から出てゆく。
「着いたよ、行こっ」
「分かってるって」
「うわぁ、本当に綺麗」
雪が降り積もった山と真っ白い函館の街並み。地上より何倍も寒い函館山の山頂に誠達はいる。
「夜だったらもっと良いんだろうけどなぁ」
「昼でも十分だよ、北海道のくびれ、本当に見えるんだなぁって。だってそうでしょ?地図帳でしか見た事無いんだから」
里佳子は白い頬を寒さで少しだけ赤くして息も真っ白だ。
「まぁ、分からんでもないが」
北海道の下部の姿を目の当たりにして里佳子は感動している。まるでミニチュアの模型を上から眺めているような感覚だ。誠の方は両手をズボンのポケットに突っ込み、一歩下がって里佳子の後姿と“北海道のくびれ”を見つめている。
「今何時?」
「1時だよ。あと2時間もある」
「3時間ってこう言う時は長いと思わない?行きの時は短いと思ったのに」
「寒いからあっという間だよ」
「なにそれ?」
「そういうもんだよ?理由とか深い事考えたら負けだ」
その時誠のポケットに仕舞っていたケータイのバイブがブーブーと音を立てて振動する。ポケットからそれを取り出して発信者とその内容を確認する。
「遊里だ」
「遊里ちゃんから?メール?」
「あぁ…、なんだろ?」
受信メールボックスを開いて中身を確認する。するとそれは実に単純な内容であった。
お土産よろしく~、出来ればご当地キーホルダーがいいな~。
「だとよ?」
「買ってあげれば?折角の要求だし」
「でもなぁ、土産っつても色々あるしなぁ」
「それじゃ、ご当地キティとか結構人気だと思うけど?」
「そうだな…、その辺はベタにいくか」
「あそこに土産売り場あるから入ってみようよ」
「おぅ」
取り敢えず誠が購入したのは里佳子推薦のご当地キティと夕張メロン風味のクッキー12枚入りを2箱。里佳子は白い恋人24枚入りを1箱買った。
「我ながら、中々ベタなの買ったなァ」
「別にいいんじゃないか?そういえばそれ一人で食うのか?」
「ううん、両親帰ってきてるし、一緒に食べようって」
「そういえば帰ってたとか言ってたな。百合奈から聞いたが」
「うん…、私このまま3年上がれるかなぁ」
「何言ってるんだ?頭良いんだろ?」
「私…、もうちょっとバカに生まれたかったかな?」
「????」
この時の里佳子の言葉の意味が誠には理解することが出来なかった。
「皆さ~ん、これから数時間かけて新千歳空港に向いま~す。私ともこれが最後になります」
「美雪と離れるなんて嫌だぁ!」
「北海道の子、レベル高かった!」
「あぁ~。それって浮気~??サイテー」
「美雪に嫌われた!!チキショー!!」
里佳子の表情が土産屋から出た時からちょっとだけ暗い感じがする。目はどこか遠くを向いている。
「東京までもうちょっとですよ~」
「嫌だぁ!美雪と離れるなんて~!!」