掃除当番と乳酸菌
百合奈との昼休みの学食での激闘を繰り広げた誠は憔悴しきっていた。
例え、スタミナの付くカレーライスを食したとしても、精神はすでにズタボロだった。
5・6時間目の授業もズタズタにされた精神のままで誠は受けた。
「おーいっ、誠くーん??」
「・・・・・・」
そして、放課後のSTになり今日の掃除当番が発表された。
「今日の教室当番は3班。小山から須藤だぞぉ?」
「マジかよ!?」
須藤が、掃除当番の発表に敏感に反応してその場で立ち上がった。
立ち上がった須藤の後姿を見た須藤の牛乳飲み仲間の前沢が冷かしをこめて言葉を掛ける。
「康博ちゃーん、ふぁいとー」
「前沢!!心無い言葉掛けんな!!」
前沢の冷かしに満ち満ちた言葉に須藤は大声を上げて怒鳴ったが当の本人はスルー。
その時の、前沢の冷かしのレヴェルは半端じゃなかった。
“ふぁいとー”に到っては平仮名でしか表現できないほど頼りないものだった。
すると、須藤の冷やかしあいに担任の藤枝も割り込んで
「須藤、痴話げんかなら校門でしろォ」と前沢も抱きこんだ様な冷かしを言い放った。
須藤は、猛講義を藤枝にぶつけて中々掃除が始まらない。
その不毛な冷やかしあいの最中、自分の机の中の用意をカバンに詰め込む同級生たちは数知れず。
誠や百合奈、里佳子たちもその数知れないメンバーに属していた。
「あほらしい・・・」
誠はつぶやいた。ものの10分もあれば済む事なのになんでそんなに嫌がるのか。
嫌がる理由が分からなかった。
「先生!痴話げんかなんて酷いっすよ!?」
「じゃあ、“夫婦漫才”か??」
「余計に酷い!!!!」
なんだろうか?空気が教室掃除の当番の話から教師と生徒のコント大会になっている。
藤枝がボケ担当で、須藤が頼り甲斐のないツッコミ役。
話の当事者の前沢は、爪に塗ってあるマニキュアを見ながらふーっと息を掛けて話には混じらない。
誠の彼女の評価は“面倒くさがり”。まさに今の状況がそうだった。
これじゃあ、いつまで経っても話に埒が明かない。
「諦めて、掃除に参加しろよ、須藤」
「そうだぞー、康博ちゃーん」
「前沢!!当事者が威張るな!!!」
「あっ、ちと剥げてるな・・・。塗り直さないと・・・」
「無視すンな!!!!!」
なんで須藤の“ん”が“ン”になったかと言えば声がひっくり返ったからだ。
もう、3人コントの劇場と化したこの教室は異常なほどに喧しい。
廊下側の窓から教室から出て行き下校や部活目的の生徒たちが一瞬だけ教室の様子を
覗き込んで通り過ぎていく。同じ班の小山が須藤に話を持ちかける。
「須藤、いい加減諦めろよ。お前が参加しないと俺達帰れないんだからよ」
「こっ、小山までェ」
藤枝の顔フッと緩んで須藤の目を見たまま教室中に聞こえる様に言った。
「はい、礼!」
「せんせ―」
「起立ッ」
と須藤が『先生』と言いかけたが委員長の“起立”と言う声に負けた。
「気をつけっ・・・、礼!」
「ありがとうございました」
「ありがとーございましたァ」
と、一斉に生徒達が立ち上がって礼をして、教室を出て行く。
誠も、イスを机に上げて教室を出て行こうとした。
「ほらっ、ほうき」「こここっ、小山ぁ」「諦めて掃け」
掃除当番でSTを5分くらい時間を消費した須藤はまだ往生際が悪い。ほうきを中々受け取ろうとしない。
誠は、須藤の姿を見て朝方の姿を思い出した。
朝自分に何かを頼もうとして誠の攻撃に見事に惨敗した須藤。
須藤の意図は分かる。絶対、アレを見せて欲しかったのだと思う。
誠は、カバンからある物を取り出して手を取って往生際の悪い須藤の机に近づく。
「だからよー」
「・・・」
須藤の机の上に投げつける様に“ある物”を置いた。その誠の姿を見て須藤は目を向けた。
誠は何も言わずに教室の前側の扉から出て行く。
「久瀬君?」
須藤は、扉から出て行った誠を見送って机に視線を落とす。
「あっ」
“数学 久瀬 誠”と書かれていたノートが置いてあった。
「数学ノート・・・。案外優しいのかな?久瀬君」
誠は階段を手すりに手を掛けながら下りて行った。
誠は、クラスメートや同級生たちと群れる事はしない。
だから、部活動はしていない。
階段をさっさと下りて1階にたどり着くと自販機の前に一瞬立ち尽くして
気に入るジュースが無かったらすぐさま立ち去る。ほとんどが彼の気分だが。
今日は甘い物が飲みたいなとか、ただ単にのど渇いたなとかとで買うか買わないか決めている。
今日の気分は、イライラしているから(百合奈関係)カルシウムを摂取したい気分だ。
「あった」
“ヨーグルト風味乳酸菌”ちょっと違う気もする訳だがこれしか牛乳に近い飲み物が無かった。
牛乳のペットボトルがある訳でもない。あったら逆に気持ち悪い。
「120円は安いよな」
高校の自販機の500ml入りのペットボトルはなぜか安価なのだがこれは高校生にとっては救いだ。
特に、バイトとかをしておらず部活に金をつぎ込む生徒にとっては・・・。
3枚の硬貨を投入口に入れてボタンに赤い光が点灯し自販機が選択を強いる。
「さぁ!選べ!!」とばかりに赤々と丸い小さい光が点いていた。
“ヨーグルト風味乳酸菌”のボタンを押してジュースを取り出し口から取り出す。
取り出してすぐに、ペットボトルのキャップをパチッと音を立てて開けて中身を飲みだす。
冷たいヨーグルトの味のする“乳酸菌”。頭にキーンッと響く耳鳴り。
全体の3分の1ほどを飲み干すとカバンの脇に突き刺してその場から立ち去ろうとした。
「久瀬君!」
階段の上から聞き覚えのあるちょっとおバカっぽい男子の声が廊下に反響して聞こえてきた。
この声は、さっきのSTで5分ほどを消費して前沢に弄り倒されて掃除当番の存在を否定した―、
「須藤・・・」
階段の踊り場に到着していた須藤の片手には親切にもさっき誠が貸してやった数学ノートがあった。
須藤はカバン片手にノート片手に踊り場から誠の元に降りて来た。
「ハァハァ・・・」と息を切らしている須藤。それを見ている誠。
「間に合って・・・、良かったァ・・・」
「何の様だよ?須藤」
「何の用って・・・、そりゃ―」
誠は、須藤に背中を向けて校舎の出口を目指す。その後を須藤が追いかける。
切らした息で誠を追いかけ、誠の方はそれに負けじと誠もスタスタ歩く。
「待ってくれよ・・・!久瀬・・・君・・・」
「お前そのノート、まだ写し終えてないだろ?」
スタスタ歩きながら誠の歩行スピードは更に上がる。須藤は肩を掴もうとするもギリギリ届かない。
「ソリャ・・・、そうだけ・・・ど」
「じゃあ、なんで付いて来るんだよ?」
誠は足を止めて、くるっと回れ右をして須藤に顔を向ける。須藤も顔を上げる。
「ストーカーか?」
「いやっ!決してそうではなく!」
「じゃあ、なんだよ?」
「いやー・・・、ちょいと・・・」
‐勉強、数学教えてくれないかなァっと・・・。
「・・・・」
‐ハァァァ????
ノートを片手に持っている須藤の姿と予想を裏切る発言に誠は少し戸惑う。
‐戸惑い。
誠が想像していた須藤の言葉は、『ノート、ありがとう!!』と言うものかと想像していた。
それが、予想を覆し『勉強教えてくれ』。
これはちょっと面白い奴かもしれない。
誠は、自分の数学ノートを持って息を切らしている須藤の話を聞くことにした。
コイツの面白みがどれだけの物か、試すことにしたのだ。
「なんで?」
無難に須藤にその質問をぶつけてみる。すると、須藤は答える。
「なんでって、ソリャ頭悪いからだよ!」
「それを何で俺が教える??」
「キミの、ノートを借りたから・・・」
「そんじゃあ・・・、その片手のノートは???」
すると、須藤は少しばかり黙り込んで誠のの目に真顔で答えた。
「カバンに入らなくて!」
「・・・・プッ」
「あっ!笑った!!!」
誠の顔にちょっとだけ笑みがこぼれて誠は須藤の肩を叩く。
「合格だ、須藤。一緒に図書室に来いよ」
「おっ。あっあああ・・・・、ありがとう」