大晦日
‐ソイツとは?
‐赤ちゃんできたって言ったら何処かへ行っちゃったんだ…。
体操座りを作る里佳子の目尻から涙の粒らしいものが見えたが彼女の顔がうずくまり里佳子の顔が見えなくなる。それ以上深読みしてはいけないんじゃないか?と思いながらも誠は質問を止めない。
なぜか、その時の彼はどこか熱心だった。滅多な事では熱くならない誠がだ。
‐それで、その赤ん坊はどうしたんだ?
‐下ろした。どうしようもなかったんだ…。親にも相談できないから…。
「………」
「ごめんね。暗い話題で。なんか帰りたくなっちゃった。駅まで送ってくれるかな?」
「おぅ…」
大晦日。
『里佳子…』
リビングルームのソファの上で寝転がっていると突然エプロン姿の遊里が誠の顔を覗き込む。
顔を近づけられると誠は寝転がるのを止めて改めてソファに座る。
「どしたの?誠」
「んにゃ、考え事さ」
「フーン…、里佳子さんかね?」
「他に誰がいるんだよ?」
「ありゃ、否定しないの?珍しいねぇ。前だったら顔真っ赤にして否定してたのに」
「いいだろ!別に…」
このままでは遊里の誘導尋問に耐えられなくなってしまう。話題を逸らそう。そうでもしない限り何を言われるか分からない。でも何がある?この家にいるのは誠以外は遊里しかいない。2人だけ?
「…そういや、今年は年越し親父達はどうすんだよ?」
逸らす話題がその場で思い浮かんだ。中々上出来ではないか。この時ばかりは家を留守にしている両親に感謝する。両親に感謝しているとおもむろに両親の事情を遊里が話し始める。
「お父さん達は相変わらずって感じで仕事だって。お母さんは友だちと旅行だって」
「普通子ども置いて年越し迎えるかよ?親が」
「いいじゃん別に。兄妹水入らずって言うじゃん?」
「そう言うか知らんが…、そうだ。そば食ったらお参りでも行くか?」
「おっ、いいねいいねっ。リンゴ飴とか食べよッ」
「おいおい、お参りだぞ?リンゴ飴とかでお参りの金使い切るのがオチだぞ?」
「はいはーい。さぁそば食べるから早く食べちゃお」
「おうっ。あっショウガは用意してくれてるか?」
「もちろんですぅ」
そばを食べ終えると防寒対策をバッチリして家を出て鍵を閉めると遊里に促がされるように歩きが早くなる。行くのは近くの神社だ。それなりに大きいのだが普段はあまり人はいないがやっぱり年末年始は人が多くすし詰め状態と言う言葉がぴったりだ。
「凄い人」
「そりゃ、年末だもんな。手離すなよ」
「分かってるよ~」
次々と人が入れ替わりに出て行ったり入ったりと冬だと言うのに実に暑苦しい。遊里が誠の腕をがっちり掴んで全然離そうとはしない。実際離したら絶対迷子にはなるのだが。
「誠。後どれ位で着くの?」
「あと、1分も掛からないよ。ほら見えたろ?」
「あっ、本当だ」
賽銭箱がすぐ目の前に登場し鈴と繋がっているしめ縄が垂れている。兄妹が横に並んだところで誠と遊里同時に小銭を賽銭箱に放り投げて鈴を鳴らす。そして合掌してお願い事をするポーズ。
それを終えるまで30秒も掛からないがその30秒がこの時ばかりは長く感じる。お願い事を考えるからだ。そして、一度思いつくと次から次へとお願い事が思いつくのだ。
「ねぇ、誠は何をお願いしたの?」
「教えるかよ」
「フーン…」
「あっ」
あっと行ったのは誠ではない。誠の存在に気付いた誰かが声を上げたのだ。声の主の方に顔を向けるとそこには見覚えのある顔が立っていた。
「おぅ、前沢か」
「本当に私たちってよく合うよね。何かの縁?」
「………」
誠の腕にぎゅっと締め付けられる感覚が襲う。遊里が強く締め付けたからだ。
「あらっ、もしかして“彼女”とデート中だった?」
「違うよ。妹の遊里」
「…、こっこんばんわ…」
「はぁーん…。なーるほど」
「遊里。コイツは俺のクラスメートの前沢」
誠に紹介されると前沢は遊里と視線を合わせて自己紹介を始める。
「こんばんわ、久瀬君のクラスメートの前沢詩よ。よろしくね」
「よっ、よろしく…」
「むっー…。中々可愛い妹さんじゃないの?久瀬君」
「そうか?」
「そーだよ?なんか小動物みたいで…。あっ兄妹水入らず邪魔しちゃってゴメンね。私行くから」
「おぅ…」
そう言い残すと背の高い目のクラスメートの女子は人ごみの中へ姿を消した。
「誠…」
「おう」
「リンゴ飴…、おごってよね?」
「分かってるからよ…」