土下座と合掌
遊里のお説教(?)を終えたかと思うと里佳子は頬を膨らませながら誠の“城”に侵入してきた。
もちろん、ノックはしてから入ってきたが遊里以外で誠の部屋に入った人間はいないので侵入には違いなかった。身内である両親も入ることを許されていない誠の部屋に赤の他人の里佳子がズカズカ上がりこんできたのだ。何故頬を膨らませているのかは分かっていると思う。あの遊里との修羅場に誠に置いてけぼりにされたからだ。プクッと河豚の腹みたいに膨れた里佳子の頬を突いてみたいと言うどうでもいい事を考えていると彼女は急にベッドに座り込んで足を組む。相変わらず頬は膨れている。
さすがにこの沈黙は気まずい。何か話そう。
「えっと~…、里佳子?」
「“さん”をつけろよ、デコ助野郎」
これは世の言う、ボケと言うやつなのだろうか?それともあの有名なアニメ映画の台詞を引用したのだろうか?どっち道ボケに間違いはないだろうが一言言わせて貰おう。
「俺は、ハゲてない」
「ふーんだ」
すると、今度は足を組んだままプイッと漫画のヤキモチ妬きの女の子みたいに顔を背ける。
彼女の行動で更に凹み、自然と誠の体勢は土下座の形に自然となっていく。そう意識しないままに。
尻に敷かれるタイプである事が里佳子の眼前で明白になった誠だったが今はそんなことを考えている余地など彼には残されていなかったのだ。
「申し訳ありませんでした!」
「……プッ」
土下座しながら謝っている姿を見て微笑した。声をちょっとだけ出して笑うと足を組むのを止めてベッドから立ち上がって土下座を続けているこの部屋の主に顔をそっと近づける。
「むっ?」
むっと声を出したのはこの部屋の主。では何故むっと声を出したのかと言えば里佳子に頭を撫でられたのだ。しかも優しく頭を現在進行形で撫でられているのだ。それこそペットの犬や猫みたいに。
そして、自分の頭の頭頂部を撫でているクラスメートの女子から止めの一言が下る。
「可愛いなぁ。誠は」
「!??」
その途端に全身の筋力が抜けて骨抜きにされるがごとく床にへたり込む。その様子を見た里佳子の口元がまた緩む。「ふふっ」と笑っているのかよく分からない声が耳に届く。
「ほらっ、起きたらどうだね?久瀬誠君」
「フッ…、何を言うかな?同級生の沢里佳子」
へなへな立ち上がる誠の背中に頼りになるものなど微塵も無い。それ位打ちのめされていたのだ。
「男の子の癖に、何か頼りないなぁ」
「誰のせいだと思っている!」
別に怒っている訳ではない。イライラしているわけでもない(ちょっとはあるが)。諭しているのだ。
誰のせいで自分の精神がどれだけズタボロにされたのか?と。
「ムッー…」
「………」
「自分で自分を傷つけた?」
「テメェわざとボケてやがるな!?」
すると、誠の目の前で里佳子は合掌し頭を下げて自慢のサラサラの長い髪は下に全て垂れる。垂れたかと思うと急に顔を上げて誠と視線を合わせる。
「ジョーダンだよ?ねっ?」
でた。可愛い女の子の秘密兵器“上目遣い”。おまけに合掌と来ている。
「………怒る気になり辛くなったじゃないか………」
「うんっ」
「でっ、何で急に俺の家に上がらせてくれって言い出したんだ?」
「えっ?」
「だって、一応俺達年頃な訳だし…」
すると、そっと俯き黙りこくる。一体里佳子と出会ってから沈黙はどれくらい体験しただろう?
少なからず50回くらいは体験したのではないのだろうか?実質さっきのだって沈黙だった訳だし。
短い沈黙が過ぎるとむくっと俯いていた顔を上げて急に話し始める。
「えーっとね?」
何か照れくさそうに指で頬をポリポリ掻いていると意を決したのか「話すよ」と誠の前で宣言する。
「私ね、親との生活した記憶があまり無いんだ。出張ばかりで。ずーーっと独りぼっちだったんだ」
「あぁ、前に言っていたな」
「うん。それで親に反発したくて万引き始めたのも話したでしょ?」
何も言わずに軽く頷く。
「それで、同い年の男の子と付き合い始めたの。傍に誰かいてくれればそれで良いって。でもソイツがとんでもない奴で。私と付き合うために付き合っていた女の子振ったんだよ?信じられる?」
「んにゃ」
「で、またこれが信じられない展開になっちゃって……。恥ずかしい話…。私妊娠してたの…」
「ハァァァ!?お前それマジかよ!???」
「シッーーー!声大きい…!」
人差し指を口元で立てて静かにするようにアピール。つられる様に誠も自分の指を口の前に付き立てて静かにするとアピールした。
里佳子の話し声は徐々に小さくなっていった―。