約束
カラオケボックスを時間ギリギリまで歌い(前沢と誠は歌わず)5人はすっかり日の落ちた街を歩いていた。日が落ちてもクリスマスの電飾の光は落ちてはいなく辺りはまだ明るかった。
喉をガラガラにした百合奈と須藤が並びその後を里佳子、その更に後ろを前沢と誠が並んでいた。
前沢と誠の間に会話は無い。話すことが無いのではなく話しにくかったのだ。話のきっかけを頭に巡らせるが中々頭に浮かばない。寒い空気が頬に突き刺さり多少の痛みがある。
ちなみに彼らが今向かっているのは、例のコーヒーショップ。喉の渇きを潤すためだ。
「いやぁ!歌った歌った、明日は終業式で冬休みかぁ。なんかあっと言う間だね…、ゲフォ…喉ギャ」
「福井は歌い過ぎだ。俺も人の事言えんが…」
須藤と百合奈は完全に喉を潰しその2人の様子を軽く歌った里佳子がちょっと呆れた表情で見つめる。
里佳子の呆れ顔も彼女の秘密を知るまでは全く見ることはなかった。自然と誠の顔がにやける。
隣を歩いていた前沢の目に誠のにやけ顔が映りその視線の先の里佳子を見つけて「ハハーン」と小さい声を上げたが前沢は別にその事を誠に伝えようとはしない。
視線を変えるとそこに立っていたのは友人の百合奈と楽しそうに話しながら歩いている須藤の姿。
須藤の笑顔は、前沢の目の前ではあまり見せたことは無い笑顔だった。軽くため息を吐く。
「前沢?どうしたんだよ?ため息なんてついてよ…」
「関係ないでしょー?アンタにはさ」
そう言うと彼女は誠の前を急ぎ足で歩き距離を離していく。その足は須藤達をも追い抜いた。
「私、用事思い出したから先帰るね」
「あっ、うん」
百合奈が応対すると彼女の姿は暗闇の中に消えていった。話しかけるタイミングを失ってしまった誠の顔を見た里佳子が足を止めて誠と肩を並べて彼の顔を見上げる。
「なっ、何だよ…」
「詩と何かあったの?」
「なっ…何でもねぇよ…」
「フーン…?本当?」
ちょっとだけ里佳子はその艶やかな唇を尖らせて疑問形で誠を軽く問いただそうとする。
前沢と…、何も無かったと言えば嘘にもなるが何かあったと言えばただ相談だけだ。それ以上は何もない。そう、別にやましい事は何もしていない。
「別にいいや。今度ゆっくり話してもらうからそのつもりで」
「おいっ。結局話すのかよ」
「なんなら、メール攻撃しようか?」
「それだけは勘弁してくれ」
きっぱりと、メール攻撃だけは拒否の申請をする。例のトラウマがあるからだ。
「分かった…!今度ゆっくり話すから。メールだけは勘弁してくれ!」
「約束?だよ?」
「約束するからッ!マジで」
誠は逃げられなくなる状況に立たされてしまった。見事に追い込まれた。さすが肉食動物。
“約束”の単語を聞くと彼女の表情はスッキリしてちょっとだけはしゃぎ回る。どこか子どもっぽい。
「百合奈。私も今日は早く帰らないといけないから」
「おぅ。分かったぜ。気をつけて帰れよ」
「うん。じゃあね」
前沢に引き続き里佳子もグループから外れて自宅に向かう為に駅に一直線に走り出した。
置いていかれた3人はコーヒーショップに向かって尚歩き続ける。
「しかし、寒いな」
「なぁに、ここで寒い言っていたら北海道はどうなのだよ」
「言うじゃねぇか福井。お前はスキー出来るから羨ましいぜ」
「多少の経験者じゃき。言うほどではないのだぜ?」
楽しそうに会話をする百合奈と須藤。その様子を後ろから黙って見守る誠。鼻からは白い息。
『関係ないでしょー?アンタにはさ』
…。
『私、用事思い出したから先帰るね』
……。
目の前には百合奈と楽しげに話している須藤の姿。
………。
「誠君?どうしたんだい?考え事かな?」
「おぅ!??」
目の前を歩いていた筈の百合奈がいつの間にやら誠の隣を歩いていた。「おぅ!??」は誠の驚きの声。
「お前、急に登場するなよ!」
「ありゃぁ!逆ギレかい!?大人気ない」
「正当なキレだ」