ハンカチ
終業式は12月24日のクリスマスイヴにある。終業式まではまた何日か休みがある。
テスト返却と修学旅行の説明があった12月17日から6日が経った12月23日。
もう、クリスマスムード一色の街。それはどこもかしこも同じなのだろう。
「いいぇーい、次は私の十八番中の十八番だぜ!!」
「ガンバ!百合奈!」
そして、なぜか誠はいつもの面々と共にカラオケボックスと言う狭い閉鎖空間にいた。
百合奈の言う十八番の歌と言うのは前に彼女が好きだと言っていたアニメのオープニングで使用された曲…らしい。
誠が知っている筈がない。
百合奈が歌を歌いだす前に「これは神だから」。
それだけを言って歌を歌いだして早20分。さっきから同じ曲をループしている…気がする。
あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて彼女の歌を聴く事に意識は入っていない。
「なんで俺が…」
事の発端は、前沢と別れて直後に来た百合奈からの一通のメールから始まった。
23日にカラオケ行こうぜ! 百合奈
「断る」
百合奈のそのメールを見てすぐさま拒否の意思を表示して返事をせずに無視をしたのだが…。
「あっー!うるさい!!!」
一晩中鳴り続ける着信音とバイブの連続。その犯人は当然のごとく百合奈。
これではストーカーの域を軽く超えている。そしてその攻撃に誠は撃沈されたのだ。
「78点…。う~ん…。いまいちだなぁ。もっと歌いたい。でも喉ガラガラ。という訳で次、里佳子!」
「歌唱力には自信あるんだよ。百合奈なんて軽く越えちゃうかもォ」
「なんにょー!??」
「行け!沢」
「須藤君がバックについているしねぇ」
「このクソガキがァ」
阿呆らしい。そう思って誠はトイレに立つフリをして自分のいるボックスから脱出する。
その姿を確認した里佳子はマイクを持って臨戦態勢で彼に声を掛けようとしたが残念な事に曲が始まる。
「よし!行け!里佳子!」
「あっ!…うん!」
異様にテンションが高い須藤と百合奈。テンションが微妙な里佳子。
前沢はノル気もなく、ジュースをストローで飲んでいる。
『ふ~ん…』
トイレに行く気はなかった。でも誠は本当に用を足してしまい嘘ではなくなった。
小便器の水を流して汚い手を洗い手を拭かないままトイレを抜け出る。
「ん?」
誠の視界を何かが遮る。遮っているのは小さい布のような物でその布は誰かの指に挟まれている。
その指の主は…。
「ハンカチ」
「前沢か…」
最近やたらと前沢と遭遇する機会が多い気がする。彼女からそれを受け取ると丁寧にハンカチで、
濡れた手を拭き始める。その姿を見た前沢がなぜか突然笑みを浮かべ軽く声を出して笑う。
「どうかしたのか?」
「ううん…なんでも。でもさなんか最近私達よく合うよね」
「あぁ…。ハンカチ明日で良いか?ちゃんとアイロン掛けだってするし」
「ねぇ久瀬君…」
“するし”と言いかけた彼の言葉を前沢が壁に寄り掛かりながら遮る。寄り掛かって立っていたのだが、
その場に座り込む。手を拭き終えるとポケットにハンカチを仕舞い込む。
「この前の事…、まだ覚えてる?」
「あぁ…。どっちが早くで、と言う所で途切れたアレだろ?」
「うん。私アレから頑張ろうって何回も思ったんだよ?何回康博ちゃんに告ろうとしたか」
「前から気になっていたんだが」
「何?」
「どうして、須藤の事“ちゃん”付けなんだ?世の言う幼馴染か?」
「バカな!」
それを真っ先に彼女は否定する。手まで振っている。彼女は笑って見せかけるが誠の目にはそうは映らない。どこか悲しげに映る。どこか思い出に浸っているような感じであった。
「じゃあ、一体…」
「それは内緒。それは私の大切な思い出だから…さぁて。そろそろ戻ろうか?時間的にも後10分位だし」
「おぅ…」
本当に、私って臆病なんだな…。人にああやこうや言っている割に自分のはさっぱり。
どこが空回っているかな?全然分からないや…。
「おおぅ!?なんだいなんだい!?詩と誠君がダブルでご帰還とは!!」
「うるさい」