どっちが早く…。
「ほれっ」
「あっ、ありがとう」
偶然、近所のコンビニでクラスメートの女子である前沢詩に出会った。出会って間もなく、
誠はコンビニの外のベンチに彼女を連れ出して座らせ熱い缶コーヒーを彼女に渡した。
隣で誠もベンチに座り缶コーヒーをすする。缶コーヒーで手を温める前沢の姿をチラリと見る。
「で、私連れ出してきてどういうつもり?愛の告白かなんか?」
「いやっ、前沢とちょっとだけ話したくて」
「私と?」
軽く頷くと再び缶コーヒーに口をつける。缶コーヒーを飲む姿を見て前沢も釣られて缶コーヒーを飲む。
外の気温は低く空気も乾燥状態。だが彼らにとってその空気は清清しい空気だった。
「家、近くだったのか?」
「まぁ、このコンビニは近いね」
「でも、電車は一緒じゃないよな」
「そりゃあ、私は基本遅いですから。行動が」
そう言うと前沢は小さい顔の中にある口を緩ます。間近で見てみると前沢もかなりの美人だ。
小さい顔に反して体つきはスリムで脚も長い。しかもその長さを強調するようなファッションセンス。
「私に話ってそれだけ?」
「あっ。いや」
再び缶コーヒーに口をつけた。しかし、
「あれっ?」
もう中身は完全に無くなっていた。その姿を見た前沢が微笑を浮かべて彼女も缶コーヒーを手に持って飲み干す。飲み干すと近くのゴミ箱へ投げ入れて誠の空き缶も受け取りゴミ箱へポイ。
前沢が全てを終え、その姿を見た誠は口を開いた。
「今日、藤枝に進路の事で呼び出されてな」
「進路?何それ?まだ決めてないの?」
「前沢は、進路とかって?」
「私は、メイキャップアーティスト目指してるの。私のお母さんそれなりにその世界では有名人だしお母さんに弟子入りして自立して店とか作りたいなぁ…って。おかしい?」
「………。いやっ。俺より十分良い夢だよ」
「久瀬君??」
真っ黒な寒空。今にも雪が振り出して積もりそうなくらいの凍てつく寒さ。星とかは見えない。
ベンチの前の舗装したばかりアスファルトの道路の上を車が幾台か通り過ぎるもののそれ以外はなにもない。通行人はほとんどなく街灯だってそう褒めたような物ではない。
けど、2人だけの空間を作り出すだけには十分すぎる環境だった。
「俺、親が嫌いで嫌いで反抗して勧められている大学だって行く気しないんだ。就職して親から離れたいっていつもそう思っていた」
「いた?」
「今は微妙なんだよ。里佳子とかお前とか百合奈とか須藤とかと話していると凄く楽しくて。友達なんて一生作らないって決意していたのに簡単に崩されて。大人になったら俺達どうなるのかな?」
誠の悩み。このまま高校卒業して就職して皆とも離れていつしか心すら離れていくと考えるとなぜか恐怖を覚える。怖くて怖くて堪らない。大学に行ったらまた誰かに再会できるかもしれない。
里佳子か、百合奈か、前沢か、須藤か。誰でもいい。まだ仲良くしていたい。
卒業してからもずっと、ずっと…。
「久瀬君って、里佳子の事どう思っているの?」
「えっ???」
「正直に答えてみて?里佳子の事どう思っているのか」
「俺は…、里佳子は俺にとって大切な人だと思う」
「それはどういう意味で大切なわけ?クラスメート?友人?それとも恋人…として?」
「それは…」
前沢の質問を前に黙り込んでしまう。考えてみれば俺にとって里佳子って一体何なんだ?
ただクラスメート?女友達?それとも―。
「まぁ、それは宿題ね。私だって人の事言えないし」
「……、須藤の事か?」
途端に前沢の顔が赤くなり彼女の肌は直接は見えないが鳥肌が立ったのだと思う。
そして、目を大きく見開く。見開いた後は体育座りをして顔を埋める。
『そういえば、里佳子も同じポーズをしていたよな…』
「やっぱり…か」
「いつから、気付いていたの?」
「そりゃ、露骨なんだよ。須藤の行動が。それにお前も須藤に対してだけはやけに声が高揚するし」
「休みの3日目に偶然百合奈にあって確信突かれたんだ。“自分の恋に臆病”。ホントその通り…」
「前沢?」
体育座りを止めて元の体勢に戻すと彼女は立ち上がって誠の家とか逆の方向へ向かおうとする。
その後を誠は少し追いかけようとする。
すると、彼女は立ち止まり誠の方に方向転換して顔を上げる。誠は一定距離を保つ。
「ねぇ、久瀬君。いっちょ勝負とかしてみる?」
「勝負??」
「うん。どっちが早く……」
「早く??」
聞き返すと「やっぱりいいや」と言うと前沢は再び180度体を回転させて誠との距離を離す。
誠もその後姿を見て何かを察したのか、自分の家の方向に向かって歩き始めた。
‐ねぇ、久瀬君。いっちょ勝負しない?
‐勝負?
‐うん。どっちが早く……。
「どっちが早く、恋を実らせるか…」