コンプレックス
コーヒーショップからやっと開放されてケータイを開くとすでに何通か未読メールが届いていた。
その相手は先程メアド交換をしたメンツである3人。
“確認メール 前沢詩”
“ちゃんと届いた!? 百合奈”
“確認だよ 須藤康博”
「ん??」
その中に普段は連絡をしない筈の誠の父親から1通のメールと簡易留守メモ2通。
学校にいる間にあったらしく誠はそれ気付かずいつも通り学校生活を過ごしたのだ。
「なんだよ、今頃」
ちなみに誠は父親の事を“クソ親父”、母親は“ばばぁ”と登録している。遊里は普通に“遊里”。
クソ親父と表示されているメールと簡易留守メモ。中身を見ようとせず削除する。
“誰があんな親なんかに指図されなきゃ…”
白い息はため息と多少の憤怒。親のことを考えると無性に腹が立つ。憤りすら感じる。
それ比べて遊里は両親の事が大好きだ。たまに誘われる家族旅行だって遊里は欠かしたことがない。
もちろん、兄の誠は行った事すらない。正確に言えばそりゃ昔は親との折合いだって良かった。
すれ違いが起こり始めたのは中学受験を強制させられた時から。塾だってエリートコース。
それまで普通に接していた友達との絆もほころびが現れ挙句の果てに中学受験は失敗。
そしたら親には責められ友達とだって話すことすらなくなった。彼は親を憎んでいた。
ここまで、誠の性格が皮肉れたのもこれが一番の原因であった。
何度だって、親と仲直りしたいと思ったことがあった。
何度だって、友達ともう一度他愛の無い話をしたいと思ったことがあった。
何度だって、素直になろうと思ったことがあった。
でもその度に、あの中学受験を思い出し足がすくんでしまう。立ち止まって後ろに方向転換して逃げた。
普通に、中学に進学して新しい友達作って高校受験を受けて新しい友達古い友達を交えて弁当広げて、
楽しくうるさくふざけたいと思ったことが何回だって何回だって思ったさ。
でも、俺にそれは無理に等しい話だ。俺は遊里とかとは違う。アイツは人との接し方が上手い。
いくら手を伸ばしたって届かない。あいつはそういう奴だからだ。
「ただい―、あっ…」
家の玄関を開けてそっと足元を見る。そこには見覚えのある大きい靴と小さい靴。黙り込む。
誠にとって一番嫌いな人間。“クソ親父”と“ばばぁ”がいつもより早く帰宅していたのだ。
「あっ、誠お帰り」
誠を第一に出迎えたのは妹の遊里だった。遊里の顔はどこかほくそ笑んでいる。
そりゃ、嬉しいだろう。自分が慕っている両親と食事が楽しめるのだから。
「ただいま」
それだけ遊里に伝えると靴を脱ぎ捨てて2階にある自分の部屋に早々に向かおうとする。
「誠帰ったのか?」
リビングのドアの窓ガラスから少しだけ見えた父親の姿。耳に入る父親の渋い声。
「あぁ…」
「ちゃんとただいまは言えよな」
「分かったよ…」
顔は見ていない。ドア越しの短い父と子の会話。母は調理台に立っているらしく声は掛けてこない。
それだけを注意されると階段を上る。その姿を遊里はそっと見送る。
「誠?」
両親が大好きな遊里は誠の行動など到底理解できる物ではなかった。
「遊里、手伝ってぇ?」
「はーい、お母さん」
俺はこれで良いのか?このまま親と水を深く掘り下げたまま高校卒業して大人になって
仕事見つけて、働いて、一生のパートナーを見つけて、家族作って子ども作って…。
『そのままでいいのか?』
そう声を掛けるのは、もう1人の俺。それを無視してドアノブに手をかけて部屋に入る。
「あれ?出かけるの?」
「コンビニ」
「その格好じゃ薄いんじゃ?」
「分かってるよ、頭冷やすんだ…」
遊里との会話を終わらせると玄関から出て行く。寒空の暗い夜道を1人で歩いていく。
とりあえず、コンビニを目指してただ歩いていく。
「遊里、誠どうした?」
「コンビニだって。もうすぐ晩御飯だって言うのに」
「そうか…」
誠の父はちょっとだけ悲しげな目を見せる。
「お父さん??」
「いやっ。誠抜きで飯にしようか」
「えっ?でも」
「……、大丈夫。誠だってもう子どもじゃないんだ」
「いらっしゃいませ」
コンビニには青白く光る蛍光灯。そしてその光りの下で売れるのを待っている商品たち。
とりあえず、雑誌でも立ち読みをするか。とホンのコーナーに足を運ぼうとする。すると、
「あれ?」
聞き覚えのある声と見覚えのある顔。今日、コーヒーショップでメアドを交換した仲間の1人。
「前沢?」
「久瀬君?」