恋愛の達人
「私ね、親の事万引き始めた頃は大嫌いだったんだよ。いつも私を1人ぼっちにする両親を」
「………」
「それで、親に気付いて欲しくて始めたんだよ。万引きを。それと私付き合っていたんだよ。男と」
「マジかよ!?」
驚きに誠が声を上げる。その顔を見て里佳子は微笑を見せ、話を続ける。
「それで、とうとう体までソイツにあげちゃって」
「………」
「それでいいと思っていたの。万引きだってする、男とだって何でもやる。それで良かったと思っていたの。それでその事親に連絡しようとして何回も何回も受話器を握ったの。でもその度に言い辛くなるんだよ…」
‐お父さん。
‐あっ、里佳子か。どうしたんだ?お前から電話なんて珍しいな。嬉しいよ。母さんに代わってやるよ
‐あっ、ちょっと。
「嬉しそうに喜ぶ両親の声を聞く度にッ」
その途端に里佳子は大泣きを始める。顔をぐしゃぐしゃにして体育座りのまま泣き続ける里佳子。
その姿を見て誠は里佳子の左隣に座り込む。
でも、何も話しかけようとはしなかった。
「………」
前沢と須藤は横に並んでアーケード街を歩き、前沢の顔は不機嫌そうにしている。
なぜなら前沢の左隣にはコーヒーショップで出会ったあの人物が歩幅をあわせて歩いていたからだ。
「でっ」
「ナニカナ???」
「なんでアンタがついてきている訳ぇ??」
背の高い前沢がその人物の顔まで目線を落とし相手の方も前沢の方に目線を合わせるために見上げる。
先程、偶然出会ったクラスメートの女子の福井百合奈である。
「しっかし、背高いね。脚も長いし」
「どこに話し逸らしているの!?」
「…………」
須藤の方は黙り込んでいた。
この2人の口ゲンカに巻き込まれるのは嫌なのと、もう一つはただ単に気まずいのが理由だった。
「うおっ、寒ッ」
寒い風がアーケードの端から端まで通り抜け、シャッターの揺れる無機質な金属音が響き、寒がる通行人もいたが前沢と百合奈は議論に熱くなり全く気付いていない。
「あっ康博ちゃん、ちょっと待った」
「?????」
前沢に言われるがままに須藤は立ち止まり、須藤と前沢・百合奈ペアとの距離はどんどん離れていく。
不安になった須藤が小走りに近づこうとすると「来ちゃダメ」と言われる始末。
「康博ちゃん、今から半径5メートル進入禁止」
「ハァァァ!??」
「分かった!?」怒鳴り気味に前沢に大声で言い付けられて須藤の歩幅は自然と小さくなっていく。
その様子を体を捻りながら確かめた前沢は姿勢を元に戻して百合奈を一瞥する。
「どうしたんだい?詩」
「さぁ??これで邪魔者いなくなってでしょ??」
「フェッ??」
「惚けないでよ?どうせアンタの事だから私と康博ちゃん無理矢理くっつけ様とかって考えてるんでしょ?違う??」
「ありゃ、バレていたかぁ」
前沢の顔が少々呆れ気味になる。開いた口が塞がらないということわざがある様に前沢の口は、
半開きで笑っているようにも見える。
「さすがは詩だねェ」
「だてに他人の恋愛相談乗ってないわよ」
「その割にゃあ、自分の恋愛には臆病なのね」
「!??…中々言ってくれるじゃないの??福井さ~ん?」
普段は“百合奈”と下の名前で呼んでいるのに今の状況では“福井さん”と呼んだ前沢。
そう呼ばれた百合奈のほうはニマーッと不敵な笑みをわざと彼女に見せ付ける。
「まァ任せなさい。この恋愛のプロの福井さんが前沢詩ちゃんの恋愛を成就させてあげるゥ」
「へっ?恋愛のプロって…アンタ彼氏いるの!??」
前沢が突然大声を張ってその声はアーケード中に響く。後ろを歩いていた須藤でさえ反響した声に
驚いてちょっとだけ立ち止まる。
「声大きい!」
「あっ、ゴ…ゴメン…」
「……まぁ、フラれたけどね」
「えっ?マジ???」
百合奈は何も言わずに頷く。そのアクションを見た前沢が「ブッ!?」と噴出しそうになる。
噴出しそうになった彼女は口を片手で押さえて必死に腹のそこからこみ上げる笑いを止めようとする。
しかし、笑いをこらえようとすると、今度は前沢の両目に涙が浮かび上がる。
そして、ついに片手がオープンに前沢の大きな大きな笑い声はアーケード中に響きまた須藤は驚く。
「ハハハハ!?ななななな!??ナニソレ!???ダッサ!!!!!」
「だ、ダッサって言うな!!」
「人に臆病って言いながら!!!!!自分は何!???フラれているじゃん!!!!」
「それでも、詩よりは恋愛経験豊富だと自負しているつもり、なのじゃが?」
「じゃが!?????あっー!??息出来ない!!康博ちゃんより面白いよ!!アンタ!!」
「なんだと!?この野郎!!!」
すると、前沢は途端に走り出して百合奈にあっかんべぇをすると逃走。その後を百合奈が追跡。
「待てぇぇぇ」
「鬼さんこちら。屁のなる方へぇ!!はははは」
「誰が鬼さんだ!!!!」
前沢と百合奈にすっかり置いてけぼりにされた須藤は2人の行動を見てすぐに追いかけ始める。
「おいっ」
それしか声を掛けられない須藤と百合奈・前沢組の距離はどんどん離れていく。
一応、5メートルは守っているよな?
そう考えながら須藤は2人の後を追いかける。ところがいつの間にやら2人の姿は見えなくなっていた。