予約の力
同時刻。
前沢詩はリベラの前で左手首に巻いている小さい腕時計を落ち着きなく見ている。
そして、腕時計から目を離すと辺りをキョロキョロ見渡す。
今日の前沢の服装はどこか勝負服っぽくそれでも防寒対策はバッチリと言う完璧な服装。
「あっ。おーい」
「………」
大声を張り上げて手を振る前沢。彼女の目の前に現れたのは彼女の牛乳飲み仲間の須藤康博。
須藤の表情は寒さで強張っている。いやっ、半分はちょっとした憂鬱。
「時間通り。でも普通は男の子が先に来ているんじゃないの??」
「お前なぁ。朝2時に電話しておいて何を言いやがる」
「テヘッ☆」
「テヘッ☆、じゃねぇ!こちとら寝不足なんだぞ!」
「まぁ、ソリャさておいて…」
確信を突かれる須藤の発言に一瞬だけ顔を固める物のそこは彼女の力量。すぐに話を逸らす。
「さて置くな!」
リベラの前で夫婦漫才をやっている2人の姿を見てほっこり顔を緩ませるギャラリーも少なくなかった。
周りの視線を気にする女子(妻)前沢と周りに目が行っていない男子(夫)須藤。
前沢の方は視線が痛くてちょっと冷や汗をかいている。
「ちょっと、視線気にしようよ…。康博ちゃん」
「エッ???」
と須藤が我に帰り、辺りを見渡すとギャラリーは20人くらいは軽く越えていた。
すると、途端に須藤の顔は赤く染め上がり前沢の方は軽く呆れている。
「はっ…、入ろうか??」
「うん」
「結構恥ずかしいもんだな」
「うん」
自動ドアが開き注目を浴びた2人の仲良し夫婦は店の中へ姿を消していった。
店の中は同じ学校の制服を着た生徒が何人かいたが私服姿の2人に気付く人間は全くいない。
クラスが違う、年が違うなどの理由もあるのだが。
「でっ。なんで俺が付き合わなきゃいけないんだよ」
「別にイイじゃん?せっかく可愛い前沢さんが相手にしてくれるんだから」
「可愛いねぇ???」
須藤の言葉は皮肉がこめられている。前沢もその皮肉った声は聞こえたが完全にスルー。
店の奥の方に行くと新刊コーナーにはすでに人だかりが出来ており須藤は唖然。
前沢の方もちょっとだけ唖然。「あはは」と言う声が出るだけだ。
「さすが、話題の本…」
「おいっ、まさかとは思うが、アレ狙いか??」
「うん?そうだけど?」
「あんな人だかりの中かっ!??」
「ふふん。前沢さんを侮ってもらっては困るなァ」
すると、インフォメーションに前沢は歩み寄って店員に話しかける。
店員が奥に入ると本を持って出て来て前沢に確認を取り指でOKマークを示す。
彼女は代金を払い、代わりに本を受け取る。
「ありがとうございました」
「はーい」
袋に入った本を片手に前沢は上機嫌になり連れの須藤の方に駆け寄る。
「ほれ。予約とインターネットの力は素晴らしいね」
「そうだな…っておい!!」
「!???」
「始めから俺来る必要性ゼロじゃねぇか!!」
「康博ちゃん…、この服見ても分からんとは…」
「おいっ、聞いているのか?」
「聞いてますよ。鈍感さん」
そう言い放つと店の出口の方へ歩き始める。ちょっと不機嫌気味に前沢の口は自然に尖る。
その後を須藤は早歩きで追いかける。
「鈍感っておい。どう意味で?」
「別にィ?意味ないですけどォ??」
「お前の発言はなぜか皮肉がこもっている様に聞こえて仕方がないのだが」
「そうかな???」
なんだかんだ言って仲がいいのがこの2人の魅力だ。(クラスメート出席番号21番・談)
「どこ行こうかな?」
そう言いつつ彼女は近くのコーヒーショップに目星をつけてそこに距離を縮める。
その後をストーカーみたいに須藤が追いかける。言葉を掛ける余裕がないくらい寒いらしい。
2人の吐く息は真っ白で乾ききっている。前沢の方は自分のカバンからリップを取り出して塗る。
そして、リップを塗り終わるとそれを須藤に見せて「いる?」と冗談半分に聞く。
「バカ野郎!そんなもん…、間…接」
「間接ゥ??」
「なんでもねぇよ」
「可愛い」
途端に須藤の顔がまた赤く染まる。その姿を見て前沢は大笑い。
彼女に大笑いをされたのは誠に勉強を教えてもらった放課後以来の出来事。
「息……、無理ィィィ!」
「お前。何がそんなに面白い??」
「その…!鈍感さと…!可愛さ……!!」