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ウザい女子と無視する男子

百合奈と里佳子が校門を通ってから数分も経たぬうちに、

生徒達が自転車で通学してきたり、教師達が自動車やバイク等を利用して次々と校門をくぐっていく。

「おはよっ」と飛び交う生徒同士の朝の挨拶。パチパチと点き始める校舎の廊下や教室の蛍光灯。

誠は教師の少ない朝早い職員室から鍵を取って教室の扉を開けて自分の席に座り、

1人だけの教室を楽しんでいた。自分以外誰もいない空間。窓際の教室の隅っこ。

誠にとってこれほどにまで落ち着く場所は残念ながら数分間しか楽しめない。

だからこそ、余計に貴重だと感じるのだ。

そして、毎回毎回1番のりの誠を発見するのが誠が最も苦手としている“アイツ”である。

「おっ、はよー!」

「・・・」

生徒会の役員の1人であり堅物なのにどこか頭のネジが抜けている福井百合奈。

自分の事を“百合奈”と呼べ!と強要したりする女子だ。

「おやっ!挨拶が全く聞こえないなぁ」

「・・・」

そう百合奈に指摘されると誠は机に自分の机に顔を押し付けて狸寝入りを敢行した。

すると、ドドドドという足音が聞こえてきて耳元で“奴”は大音量で自分の声を張り上げた。

「もーしもーし!?」

「・・・」

「おーい!!」

誠は思う。何でこんな野郎が真面目な真面目な生徒会の役員をやっているのか?と。

誠のストレスのボルテージが徐々に上がっていく。誠のイライラを上げている百合奈の方は

攻撃を止めない。むしろ、攻撃を活発化して来た。

「起きろー」「ちょーっとシカトぉ???」

そして、止めの一撃。

「誠くーん??」

その一言で誠はブハッと顔を上げて眠たげな目で笑顔を振りまく百合奈を見つめる。

百合奈は笑顔を絶やす事無く手を振ってニコニコしながら、一言。

「おっは♪」

「・・・おやよ・・・」

誠の惨敗。百合奈の攻撃に見事に撃沈された。

まるで、謎の潜水艦から魚雷を発射された豪華客船みたいに。

誠の夢の空間はこうやって無くなる。しかも、無くなる理由は全て百合奈。

百合奈は誠にとって悪魔の化身と言う位置づけがされていた。

「百合奈ぁ・・・」

頼りない声を上げて1人の女子生徒が教室に入ってきた。すると、ぴょこっと猫耳立てて

百合奈が教室の扉に目を向ける。

「あっ、里佳子」

教室にへなへなもたれながら入ってきたのは今朝、誠が塚口駅のコインロッカーから出てきた

同級生の沢 里佳子だった。

「どうしたのさ?里佳子。私より遅いなんて」

「さっきまで保健室だよぉ」

「えっと、ソリャドウシテカナぁ??」

「半分こでしょ!半分こ!」

誠には意味不明な原因だった。変な理由で保健室行ったんだなと誠は心の中で言った。

里佳子の席は誠の斜め右。百合奈の席はよりにもよって誠の隣。

うるさい騒音メーカーを右に抱えたなと1ヶ月前の席替えのときくじを引いた自分と

くじを作った担当教師を恨みに恨みまくった。

でも、どうしようもないと彼は半ば諦めた。諦めたら諦めたなりに百合奈対策を模索したが

どれも結局は失敗に終わったのもまた事実だ。

1ヶ月が経ちもうそろそろ席替えしても良いでしょと希望の光が射すのを密かに心待ちにしている。

席替え=百合奈から離れる=静かになる=天国。

「あっ、おはよ。久瀬くん」

一方物静かでおしとやかな里佳子とは隣同士になっても良いかな?とも思っており

その彼の心境は実に曖昧な物であった。

「おはよ」

と普通に里佳子と挨拶を交わすと百合奈がすぐさま猛抗議。

「私には、すぐに挨拶してくれなかったのにィ、里佳子とはあっさりやるんだぁ」

「今日は寒いなぁ」

「話をそらすな!」


無視。


これだけが、百合奈必勝対策で唯一成功している方法だ。5分もすると彼女はなぜか諦める。

彼女の行動パターンを調べ上げて出した結果が“無視する”だった。


5分。その時間にはもう一つ理由がある。それは、5分も立つと必ず同級生の1人は登校してくるからだ。

そして、今日もクラスメートの男子が教室に入ってきた。

「あっ、おはよ、沢に、福井・・・、えっと久瀬君」

「あっ、おはようっす」

「おはよう」

男子生徒が誠の苗字に君付けをした理由。それは誠を不良としてみているからだった。

あまり、人との関係を築いていない誠はクラスだけでなく2年全体で不良のレッテルを貼られていた。

しかし、本人はそんな事どうでも良かった。どう思われてでも彼は“1人”を好んだ。


1人と言うモノを愛していた。


8時25分


本日、最初の予鈴のチャイムが学校中に鳴り響く。そのチャイムを聞いて校舎の外にいる生徒たちは

少しばかり急ぎ足で校門を目指す。

「オハヨ」「おはようっ」

次々と教室に流れ込む生徒たち。切れた息で挨拶を交わす友人たち。

教室に10人くらいの生徒が一斉に入室して来た。

彼らの視線には必ずと言っていいほど角の誠の席が見えたが挨拶をする人間は1人もいない。

それから、5分もすると2度目の予鈴のチャイムが鳴る。そのタイミングが一番混む。

朝寝坊、朝飯の食うスピード、乗り損ない・・・理由はいろいろある。

なんにせよ、みんな遅刻して出席日数の少なさによる平常点の減点が嫌なのは目に見える。

赤点マスターなら尚更だ。

だから、家が遠いと言うのはある種の幸運かもしれないと誠は思う。

「はーい、みんな座れー」

担任教師の藤枝のお出ましだ。日番日誌や生徒たちに配る手紙類。

そして前回の提出物のノートを脇に挟んでいる。

「そんじゃあ、前の数学のノート返すぞ」

朝のHRの始まりはノート返却で始まった。段々自分の番が近づく。

「加藤・・・久瀬ぇ」

「はいッ・・・」

誠は立ち上がって教室の前にある教卓に足音立てて近づく。

机と机で出来た道。そこを歩く誠。両端の机の主たちは目を逸らし誠も別に驚きもしなかった。

そして、教卓にたどり着きノートを受け取る。

「今回も、完璧だったぞ」

藤枝はノートを渡す間際に誠の耳にささやいた。

そういわれた誠は小声で“ありがとうございます”とかすれた声で答えた。

そして、ノートを受け取り自分の席に戻った。

誠がノートを受け取った後も生徒たちは次々と立ち上がって受け取りに行く。

たまに、“再提出”という付箋を貼られる生徒もいた。

「嘘だろ!?再提出だとっ!??」

そう大声で言い放ったのはクラスの人気者、須藤康博である。

須藤はクラスで人気はあるが頭が非常に悪いことで有名だ。

「くそっ!前沢!ノート見してけれェ!」

「・・・」

「嘘だろ!???」

須藤にご指名された前沢 詩はそっと先ほど返されたノートの表紙を須藤に見せる。

そこには、“再提出”の付箋が貼られていた。須藤、悶える。前沢、なだめる。

「よしっ!今日も牛乳だ!前沢!!再提出もとい、牛乳飲み仲間同士で勉強会だぜ!」

「おー」

そんな光景がこのクラスでは当たり前になっていた。

「はいっ、須藤。告白は後にしろ」

藤枝が須藤に落ち着いた声で言い、須藤はそれに反発するように立ち上がって答えた。

「告白じゃないっすよ!?ただのお誘いですよ!お・さ・そ・い・っ」

「そんなに欠点嫌なら、久瀬のノート見せてもらえればどうだよ?」

「えっ??久瀬君の???」

そう藤枝が発言すると藤枝はチラッと誠を見て、須藤も誠に視線を移す。

誠は、イスから立ち上がって教師・藤枝に抗議する様にポケットに片手を突っ込んで―、

「せんせぇ、虐めるのは止めてくださいよ」と言った。

ところが、藤枝は抗議に屈しない。落ち着いて誠の目を見た。

「久瀬、お前は優等生組なんだからもっと社交的になったらどうだ?」

“優等生組”と言う単語に教室中が少しばかりざわめき出した。


‐嘘?久瀬君って頭いいの!?

‐不良だから頭悪いのかと・・・。

‐何点くらい取るのかな??


噂に耳を傾ける事無く誠はさらに続ける。

「俺は、“1人”が大好きなんですよ、先生」

「そんな頭持っていてもったいないぞ??久瀬」

「・・・・」

誠は左の人差し指で頬をぼりぼり掻いて黙り込む。

「お前くらいだぞ?進路調査票出してないの・・・。先生が進学を勧めているのに」

「流石に俺の頭じゃお勧めの大学は進めませんよ??」

「何を言うんだ、お前の頭の良さなら東大も夢じゃないんだぞ」

ざわめきがことさらにうるさくなる。


‐ととととっ、東大!??

‐嘘だろ!????


「進路調査票、まだ提出期限2週間あるからそれまでに提出しろよ?」

「・・・・はいっ」

誠は席にゆっくり腰を下ろす。ざわめきはまだ止まない。

朝のHRの最初の10分間はこうやって消費され藤枝が話題を変える。

「さて、今度の期末テストなんだが―、」


誠は、欠伸をしながら窓の外の刻一刻と変わりゆく景色を覗いていた。



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